勇騎士学園の臆病者 ~臆病者と落ちこぼれ三人娘のダンジョン奮闘記~

白濁壺

一章 勇気の出し方

第1話

『我が名は魔王クティヌス、勇者よ……。勇者よ……、お兄ちゃん……、ワタシヲコロシテ……』


 魔王が勇者により倒されて3年。魔物はダンジョンにしか現れなくなり、人々は勇者によって作られた仮初の平和を謳歌していた。


 勇者達は勇騎士ブレイズナーと呼ばれている。

 勇騎士ブレイズナーとは魔物が世界に溢れ出し魔王が誕生したいにしえの時代、世界政府が彼らに対抗する為に育成された者達だ。


 北東の地ジャポニカには4つの勇騎士ブレイズナー育成学園があり、北の蝦夷学園、西の難波学園、南の琉球学園、東の穢土学園がそれぞれ競い合っていた。

 学生達は勇騎士ブレイズナーでは無く学徒兵スクラウトと呼ばれており、卒業後、世界政府の審査に合格した者だけが勇騎士ブレイズナーとなる。


 そして、ここ穢土学園の1年生に1学期が始まってすぐ転校してきた秋月・エリオという12歳の少年がいた。

 国費で寮生活をする学徒兵スクラウトは、普通途中から転入してくることはない。

 

 人々は世界政府により管理されてるからだ。


 転入生エリオには職業ジョブが無い。この世界では皆生まれながらに職業ジョブを持つのだが、彼の職業ジョブは空欄なのだ。


 そんな彼は稀に見る臆病で、いつも何かに怯えていた。


「おいエリオ、ジャンポ買ってきたか?」

 同級生の小沢・マコトがエリオの背中を蹴りつけるとニヤニヤといやらしい笑いをする。

 マコトは騎士の職業ジョブを持ってはいるが、その精神はとても騎士とは言えないほど下劣なのである。

 彼は小柄な体躯なせいか虚勢を張って自分を大きく見せる、そして仲間には見せかけの友情を見せる為に仲間が多かった。


 その仲間の力を借りて小沢・マコトはイジメを行う。彼に逆らえば後ろに控える仲間が黙っていない、そのせいで誰も彼には逆らえないのだ。


 まさに虎の威を借る狐であるが、そのおかげでマコトは一年生のトップチーム“ダーティー・ブロス”のメンバー入りをしている。


「いやだよ、お金だってもらってないし、買えないよ……」

 エリオは怯えながら愛想笑いをしてマコトの要求を拒否する。彼は臆病だが絶対にマコトの言うことは聞かない。それがマコトを苛立たせた。


「臆病なゴミ屑は俺の言うこと聞いてれば良いんだよ」

 そう言うとマコトは蹴りやパンチをエリオに浴びせる。エリオは12歳にしては大きめの体を丸めてひたすら暴力に耐えた。


「デクの棒のくせに生意気でやんすね」

 太鼓持ちの山下・トオルがマコトの後ろでゲラゲラと笑うと丸まっているエリオに蹴りを入れる。

 彼は戦士の職業ジョブを持つ防衛戦士タンクである。

 防衛戦士タンクとしては細身で普通の防衛戦士タンクより劣るが、人に取り入るのがうまいトオルはマコトに取り入って“ダーティー・ブロス”入りをしているのだ。


 虎の威を借る狐の更に威を借る鼬鼠いたちと言ったところだろうか。


 トオルがエリオを蹴り飛ばそうとすると、その間に一人の少女が割って入った。

「あんた達、やめなさいよ!」

 その少女は魔法使いの有栖川・ミリアだ。彼女は魔法使いだが、使える魔法はレイライと言う暗闇を照らすだけしか能がないモノで最底辺の魔法使いと馬鹿にされていた。


「おやおや、チーム“アホ過ぎ“のミリアさんじゃないですか、最底辺の魔法使いが何のようでやんすか」

 トオルが何の力もない魔法使いを下卑げびた笑いで馬鹿にする。チームの名前をわざと間違えて言うトオルをミリアは眉を潜め睨み返す。


「“アホ過ぎ”じゃないわよ“アカツキ“よ!」


「ミリア、最底辺のお前が俺たちに歯向かっていいと思ってんのかよ」

 マコトは立ちはだかるミリアの学生服の襟を掴み自分の方に引き寄せた。同じ位の身長だが騎士と魔法使いではその力には雲泥の差があり彼女はなす術もなく吊り上げられた。


 そんなミリアを助ける者はいなかった。周りのクラスメイトは分かっているのだ。

 イジメられてる者を助ければ助けた者もまたイジメられる。みんな本能でわかっているから関わり合いになるのが嫌だったのだ。


「やめるっすよ!」

 ミリアのパーティーメンバーである戦士の川上・ユウコが我慢できなくなり机を強く叩きミリアを助けようとして立ち上がった。

 だが、それに反応してトオルはユウコの腕を掴み力で制する。

 12歳の女性にしては大柄なユウコと小柄なトオルでは一見してユウコの方が優位に見えるがレベル15のトオルの力にレベル1のユウコではあらがう事ができなかった。


「離すっすよ!」

 その拘束から逃れようと暴れるユウコに苛立ったトオルはユウコの腹に膝蹴りを喰らわせた。

 ユウコはウッと声上げるとお腹を抑えて倒れ込んだ。

 虎の威を借る狐、いや鼬鼠いたちである山下・トオルでも1年生のトップチームの戦士の力は伊達じゃなかった。

 

「マコト、いつまで遊んでるのよ、さっさと教室に帰ってきなさいよ」

 隣のクラスの竹下・ミサトが廊下から首だけを入れミリアを吊り上げているマコトを呼び寄せる。

 マリアはマコトの恋人で彼は彼女の尻に敷かれている、そのせいかミサトの言うことには逆らえなかったのだ。


「ちっ! いいか、これに懲りたら二度と生意気な口を聞くんじゃねぇぞ」

 マコトはミリアを壁に投げ捨てると彼女の方に唾を吐き捨てる。

「そうでやんす、次はただじゃおかないでやんすよ」 

 トオルは最後にトドメとばかりにユウコとエリオに蹴りを入れて笑いながら部屋を出て行った。


 二人が出ていくと同級生達がミリアの周りに集まり彼女を心配する。その中の一人がエリオを睨みけた。

「あんた、助けてくれた人も守れないわけ、この臆病者!」

「……ごめん」

 ミリアは起き上がると周りの女生徒達見まわす。

「私が助けたかったから助けただけよ、エリオは悪くないわ」

 エリオを擁護するミリアに女生徒たちはそれでもエリオが悪いだのエリオはクズだのそれぞれ思い思いの悪口を言う。


 だが、その悪口を聞いたミリアは周りを取り囲む女生徒たちに声を上げる。

「弱い人は弱いから声があげられないの! じゃあ、ただ見てたあなた達は何かしてくれた? 何もしてないんだから彼を責めるのは筋違いよ」

 その言葉に同級生達は黙り込む。ミリアはそれを見届けると立ち上がり体の埃を払った。


 ミリアが立ち上がると同級生はバツが悪くなり散り散りに自分の席へと戻った。

 ただエリオだけが彼女の前に申し訳なさそうに立っていた。

 

「エリオあなたは強いわよ」

「……僕が?」

「だって言いなりになってないじゃない。言いなりになれば楽なのに、あなたは反抗してる。言いなりにならないあなたの魂は腐っていないわ」

「……」

 ミリアに魂は腐ってないと言われたエリオは自分の胸に手を置いて彼女の言葉を否定するように頭をブンブンと横に振った。

 そんな彼を見てミリアはエリオに手を差し出す。

「ねえ、エリオ、あなた私たちのチームに入りなさいよ」

「え?」

「ちょ、エリオこいつを仲間にするのは反対っすよ!」

 お腹をさすりながらユウコはミリアに抗議をする。ユウコは助けてくれたミリアを助けずにただ丸まっていたエリオを許せなかったのだ。


「別にいいと思いますわよ」

 同じチームメンバーである神官のマリア=ベル=フランシスがメガネをクイッとあげてそう言うと、再び本に視線を落とした。

 彼女の興味はフランシス十字聖教の教典だけで、それ以外はどうでもいいことなのだ。


「マリアは何も考えてないからダメなんっすよ!」

 ユウコはジタンダを踏み、どうでも良いと言うような態度のマリアに抗議をするが彼女はギャンギャン騒ぐユウコを一瞥すると無視をするようにヘッドホンを耳に当て分厚い聖典をめくった。


 マリアは人とのつながりを極端に嫌う。それは彼女の生い立ちに関係がある。マリアはフランシス王国の第一王女である。

 フランシス王国の第一王女は代々聖女となることを義務付けられており、彼女も聖女となるべくして育てられていた。

 通常、聖女は10歳でその能力を開花させる。しかし、マリアは10歳を迎えたが聖女としての能力を開花することがなかった。

 そのことで彼女はもちろんの事、王女である彼女の母も責められ幽閉された。

 そしてフランシス王国はマリアを出来損ないとして第一王女の位を剥奪し東方の地へ追い出したのだ。


 10歳までは蝶よ花よと育てられチヤホヤしていたのに、才能がないとわかると掌を返して冷たくなった周囲の人間を見てマリアは極度の人間不信になった。

 それからと言うものマリアは心を閉ざし誰とも関わらなくった。


 だが、一人ぼっちだったマリアもミリアの猛烈なアタックの前にはその鉄壁の精神防御壁も簡単に壊され、彼女のチームに強制加入させられたのだった。


「ユウコ、これは決定事項よ」

 拒絶するユウコにミリアは指を差して彼女の拒否の言葉を拒絶した。

「だって本人がやる気ないっすよ! エリオあんただって入る気はないっすよね!」

 ユウコはビクビクする彼を脅すように言う。完全に断れと言うような表情で睨みつける彼女の表情は完全に悪鬼羅刹のそれである。

 その顔にエリオはたじろぎ、あとずさると壁の隅に逃げ縮こまった。


 そんな彼をミリアは腕を掴んで立たせて椅子に座らせると、ミリアも当然のように入るわよねとニコリと無言の圧力を加えた。

 まるで大岡越前の子供の腕を引っ張って勝った方が母親と認めると言った大岡裁きのように二人の意見に引っ張られエリオは今にも泣きそうに顔を歪ませる。


 最終的に多数決で決定することになった。そしてミリアとマリアの賛成でユウコの反対意見は封じ込められたのだ。

 ユウコは驚いた、マリアは他人に興味がない、それなのに聖典から目を離しエリオをじっと見つめていたからだ。

 マリアはエリオと自分を重ねていたのだ、いらないモノとして捨てられた自分と生徒たちからいらないモノとされている彼とを。

 

「お前ら騒がしいぞさっさと席につけ!」

 いつの間にか授業開始のチャイムが鳴っており、教師が出席簿を手で叩きながら教室へ入ってきた。

 みんなが席へ戻る中、ミリアはお昼休み付き合ってねとエリオにそう言うと自分の席へと戻って行った。



 昼休みになるとミリアはエリオを無理やり引き摺り回し二人のチームメンバーと非公認の活動拠点部屋に向かった。

 活動拠点はすべてのチームに与えられるのだがチームとして成立していなかった“アカツキ”には与えられていなかったのでミリアが勝手に開いている部屋を自分たちの物にしたのだ。


 旧校舎の片隅にある物置き小屋が“アカツキ”の活動拠点なのだが、既に使われていない小屋は今にも朽ち果てそうなほどボロかった。

 建て付けの悪い引き戸を開けると中は意外にも綺麗に整頓されており、外のボロさが気にならないほど綺麗にリフォームされていた。


「さて、これで私たちはダンジョンを潜るための規定人数の四人になりました。やっとダンジョンに潜れます」

 ミリアは指し棒を取り出しビュッと振って棒を伸ばし黒板に書かれている文字『メンバーを四人集めてダンジョン制覇!』をバシバシと叩く。

 

「ダンジョンに潜ったことないんですね」


 既に入学から半年経つのにチームも組めずダンジョンに潜ったことがない生徒は全生徒の二割程いる。

 それは生産系と言われる者たちで構成されており、戦いの役に立たないために戦闘系からはハブられているのだ。

 だが、ミリアたちは生産系では無い、だからエリオは驚いたのだ。

 

 だが、ユウコはバカにされたと思って机をバンと叩きエリオを威嚇する。


「アンタだってダンジョンに潜ったことないすっよね!」

「あ、うん……、無いです」

「じゃあ、生意気なこと言わないで欲しいっす!」

「ちょっとユウコ、エリオにあたるの辞めなさいよ。別に嫌味とかじゃ無いでしょ」

 ミリアはユウコをなだめるとコホンと咳を一つつき話を続ける。

「それで、チームの問題点は攻撃力です、私たちには絶対的に攻撃力が足りません」

 確かに彼女の言う通り“アカツキ“には攻撃力が足りなかった。ダンジョン内の照明にしか役に立たない魔法使い、防衛戦士タンクの戦士、そして回復役の神官、絶望的に攻撃力が足りないのだ。


エリオそいつにやらせれば良いじゃないっすか」

 ユウコは親指でエリオを指差しアゴをクイッと上げて、こいつにもやらせれば良いじゃんとふてくされるようにミリアに言う。

 ミリアは両手を腰に当ててユウコにいい加減にしなさいといった表情を見せるが、実際エリオが攻撃要因としてやってくれれば戦闘が楽になるのは本当だった。


「エリオは武器持って戦える?」

「無理だよ、生物を殺すのは怖い……」

 その言葉にユウコはお腹を抱えて笑う。魔物は厳密には生物ではない、殺せば霧になって消える生物と言うには希薄な存在である。

 その魔物を殺せないとエリオは言ったのだ。これが笑わずにいられるかとユウコはここぞとばかりに大笑いをした。

 そんな彼女の頭をミリアは魔法の杖でポコリと叩く。


「痛いっすよ」

「仲間になってくれただけでもありがたいのよ、それ以上は求めるものじゃ無いわ」

「別にエリオこいつじゃなくても、生産職のやつでも仲間にすれば良いじゃ無いっすか」

「忘れたの? 全員に断られてるでしょ……」

「ぐっ……」

 既にミリアたちはあぶれた生産職の生徒に声をかけていた、しかし、攻撃魔法も使えない魔法使い、ワガママな防衛戦士タンク、学園の腫れ物であるマリアと仲間になるような学生は一人もいなかったのである。

「じゃあエリオは荷物持ちね」

「は? 荷物なんてマジックバッグあるじゃないっすか」

 ダンジョン内ではドロップアイテムが大量に排出される。それを効率よく運ぶために容量1トンのバッグが開発され学園の学徒兵スクラウトに支給される。

 故に荷物持ちと言う職業はいないし必要はない。だからユウコは戦えないエリオに役目を与えるミリアに呆れていた。


「荷物がなければ、その分動きやすくなるじゃない」

「こんな小さいバッグなんの邪魔にもならないっすよ!」

 そう言うとユウコは小型バッグを机の上に投げ捨てる。ポシェットのようなバッグは腰に巻きつけるタイプで、実際に戦闘になったとしても邪魔になるようなものではなかった。

「でも、ダンジョンに入らないと私たちは永遠にレベル1だしチームランクも最低のGランクよ」

 

 ランクとはダンジョンで手に入れたドロップ品を学園に収めることでポイントがもらえ、その納品状況でA~Gのランクが与えられるようになっている。

 ランクが上がることの最大の利点は寮内で出される食事と部屋、サポートがが格段に良くなるのだ。

 だから生徒はみんな血眼になってダンジョンに潜り、ランク上げに勤しむのだ。


「でも、僕は職業ジョブもないし、レベルも0だよ」


 エリオは職業ジョブが無く、レベルも0なのは学園では有名な話で、それは学園みんなが知っていることだった。

 通常は誰もがレベル1から始めるが、エリオはレベル0でレベル自体上がることがない。


「それも織り込み済みで仲間にしたんだから気にしなくて良いわ」

「……ありがとう」


 エリオは戦うことが嫌だしダンジョンに潜るのも嫌だったが、それでも仲間だと言ってくれるミリアに感謝の念を覚えたのだった。

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