エピローグ 旅立ち


ボクはわかったんだ。


というかおもい出した。


この夏、あのたんぽぽ畑を発見したとき、

片耳オヤジと出会い、

出会った瞬間に殺された。


そして飢えていたコヤジの、

食料になった。


コヤジはボクを食べていのちを保った。


いのちあるものはいのちあるものを殺して食わなければいのちを保てない。



そして、片耳オヤジとコヤジはボクに恩返しをしてくれた。


旅立つ前の準備をする時間をくれた。


それがこの夏のあれやこれやの出来事だ。


たんぽぽ畑はこの山に棲むオヤジたちがいのちのために殺したいきものを埋めてできたお墓だ。


このたんぽぽの下にはたくさんのいきものが埋まっている。


みんなオヤジたちのいのちを救ったものたちばかりなんだ。



ヤマのいのちの目標は殺されることだ、といつか彦作じいちゃんが言っていた。

殺すのは命を与える祈りなのだと。

オヤジに殺されたボクは、身体が食べられた後には霊魂となり再び生まれてこの世界に戻ってくるのだろうか。



たんぽぽのずっと下の方、地の底からカァーンカァーンという例の音が聞こえる。


たんぽぽが震える。

地面が揺れる。


オボコ岳の三本の岩の真ん中の岩、中津磐が突然音もなく振動し、奥歯が抜けるように地から離れ、天に向かって浮上し始めた。


ボクは岩肌にしがみついた。


三人の小学生も、横沢のじいちゃんも、公平のばあちゃんも、葉子ちゃんのコロはボクが抱きかかえた。


そのほかのみんな、オヤジに殺され、オヤジのいのちをつないだみんなが中津磐にしがみついた。


たんぽぽの下にいたすべての者たちがオボコ岳の中津磐にしがみついた。

しがみつくほど必死にならなくてもいいんだ。

ちょっと指を引っ掛けるとか、どこかの凹みに腰掛けるとか、ボクたちは楽に中津磐の磐船に「乗る」ことができる。


どこからかボクのとうさんとかあさんもやってきてボクの隣に座った。


中津磐は誰ひとりとして地に落とすことなく、しっかりと抱きかかえるように星々が瞬く空に浮上していく。


下を見下ろすと片耳オヤジとコヤジが見上げている。

森の中から、どこにこれだけのオヤジがいたんだというほどのたくさんのオヤジがぞろぞろ出て来て、星へ向かう中津磐を見上げ、見送っている。


「みんな」


ボクは口に手を当てて声をかけた。


「ありがとう。またね」


オヤジたちは頭を上下に揺さぶってずっといつまでも見送ってくれた。


オボコ鉱山小学校のグラウンドには盆踊りの照明が輝いている。

踊っている人はいない。

みんなこちらを見上げている。

人々の姿は米粒みたいに小さいから表情の一つ一つはわからないけれど、清春や葉子ちゃんや丸山先生や校長先生や所長さんや、みんなみんな、こちらを見上げているのはわかる。


ボクはこれから向かって行く夜空を見上げた。


中津磐の船に乗って星々の世界へ向かう、なんて素敵な旅なんだろう。


みんなと顔を見合わせて笑う。


はくちょう座デネブ、わし座アルタイル、こと座ベガ、夏の大三角、もっと遠くの何億光年もの先にある星にも行ってみよう。


ずっとずっと遠くの星まで行って、そこに行き着いたらボクは、また生まれ戻ってくることができるのだろうか。


できるといいな。


ボクは、自由だ。


ボク、ヒロドンはすごく自由になって見知らぬ星を目指す。



みんなありがとう。


またね。




(おわり)

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たんぽぽの恩返し 南新田 @runa1234

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