第32話 タレコミ


いつかの刑事さんだ。

コロンボのようなくたびれた人。


まだ気付かずに太鼓を狂ったように叩き続けていた丸山先生がやっとバチを振る手を止めた。


完全な静寂。

雨音だけ。


刑事さんがみんなに呼びかける。


「ここの責任者の方」


びしょ濡れの所長さんと校長先生が顔を見合わす。


「なにか」と校長先生。

「ちょっと」と刑事さん。


校長先生と所長さんは刑事さんの方へ歩く。

人々もぞろぞろと後に続く。


「あ、みなさんは……どうぞ盆踊り続けてください」


と刑事さんが手を挙げて止めるけれど、みんなは狂った余韻が残っていて顔が赤い。

目をぎろぎろさせて好奇心丸出しで刑事さんを取り囲む。

そんな空気にたじろぎ戸惑いながら刑事さんが校長先生の耳元に顔を寄せる。

みんなも一歩踏み出して耳をそばだてる。


その時、清春がパトカーの中の人影を見て、「あ!?」と息を飲み、ボクの浴衣を引っ張った。

パトカーの後部席に、おまわりさんに両側からはさまれて若い女の人が坐っている。

いつか、ボクと清春が二本柳の吊り橋で目撃した女の人だ。

健蔵さんと会っていた女の人。

細い指にタバコをはさんだ都会の女。

健蔵さんをブタとののしったサングラスの女。

今は、打ちひしがれて、髪を乱して、サングラスはなく、とても美しい目と形のいい鼻とぽってりとした唇の人で、そして、手首には手錠がしっかりはまっていた。


刑事さんの声が聞こえた。


「発破技師の高見健蔵という男、いますか」


オボコ鉱山小学校のグラウンドが一メートルくらい沈下した、ような気がした。

ボクと清春は顔を見合わせて緊張した。

人々の顔が一斉に所長さんに向く。


「高見君なら、わたしの部下だヮ」


人々の顔が一斉に刑事さんに向く。


「どこですか。寮にもいないようですが」


人々の顔が一斉に所長さんに向く。


「………」


所長さんは無言だ。

刑事さんがみんなに言った。


「どなたか、知らないかい」


沈黙。

知らないのか、言いたくないのか、わからないけど、沈黙。


所長さんが口を開いた。


「わけを聞かなくちゃ話すわけにはいかないべさ」


息を吸って強く言う。


「部下だから」


人々は一斉にうなずく。

刑事さんが頭をかいて、


「……今日、タレコミがあったんですヮ。男の声で。多分、高見本人だと思うんですが」


と言うと、みんなゴクッと息を飲んだ。

ドラマの世界が今自分たちに起こっている。

タレコミなんて、普通の生活じゃ使わない言葉だ。


「今夜、過激思想のテロリストがこの山に向かうってタレコミでね。仲間割れでしょうな。武器の受け渡しだったらしい。その連中は途中で逮捕しました」


数台のパトカーの各車輌の後部席に犯人らしき人影が見える。

真中のパトカーの、あの女の人。

美しい人。


ボクも清春もヤマの人たちも、さっきまで踊り狂っていた異常な精神状態のまま今度は「テロ事件」という非日常に放り込まれた。

刑事さんはパトカーの犯人たちをアゴで示して言った。


「連中は、高見が武器の調達係だとゲロしました」


どよめく。

健蔵さんがテロリストの仲間だからなのか、ゲロという警察用語に反応したのかわからないけど、ボクは前者だ。


「……武器?」と所長さん。

「ダイナマイトなんだヮ。発破の」と刑事さん。


人々のどよめきの波が津波のように広がる。

所長さんはうろたえる。


「……なんかの……間違いでないかい……」


刑事さんは、あきらかに苛立っている。

人々に向かって声を張り上げる。


「誰か、高見健蔵の居所を知らないかい!」


人々の静まり。

刑事さんは煙草をくわえて人々を見回す。

人々の無言の視線。

刑事さんは雨に濡れた煙草をへし折ってパトカーへ戻る。

その時、


『俺、知ってます!』


刑事さんも、人々も、一斉に清春を見る。





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