第30話 ドカン
日曜の早朝、ボクの家に清春が来た。
真剣な表情でボクを連れ出す。
清春はずんずん歩きながら早口でまくし立てた。
「ゆうべ、九時頃、二本柳の吊り橋の前を通ったんだ。そんとき、見たんだ。吊り橋渡った向こう、山の斜面でふわふわと火の玉が踊ってた。まえ、比呂が見たって言ってたろ、あの火の玉だ。しばらく見てると、火の玉が橋を渡って来たんで隠れたんだ。でもさ、それは火の玉じゃなかった。懐中電灯の明かりだった。その懐中電灯は吊り橋を渡りきるとパチって消された。んで、ドロンドロンドロンってエンジンがかかって行っちゃった。ハッピー号だった」
吊り橋にやって来た。
ボクたちはずっと無言だった。
橋の入り口で立ち止まり、対岸を見る。
目を合わせ、厳粛に頷く。
吊り橋を渡り始めた。
次第に足早に、そして走る。
橋を渡りきり、そのまま、広いクマザサの平原を突っ走る。
朝もやが香ばしい夏の朝。
なにか嫌な予感がして胃の底から苦い汁がにじみ出てくる。
斜面を駆け上がる。
時々立ち止まり、吊り橋を見る。
清春がゆうべ見た位置を思い出して目測する。
洞くつの前に出た。
奥行き数メートルの洞くつだ。
ボクは言った。
「……オヤジの穴だ」
オヤジの穴は入り口が狭くて奥が広い。
でもその穴にはいきものの気配がなかった。
「もう住んでない穴だ」
中を覗き込む。
朝日が射し込んでいる。
光が反射して穴の奥で何かが光った。
「なんだあれ!?」
清春がそう言って中に入った。
ボクたちが見つけたのは、でかいスーツケースが二個。
「なんでこんなところにスーツケースがあるんだ」
清春は、怒ったようにそう言う。
二人でケースを見下ろす。
考える。
迷う。
洞くつの内外にゆっくりと目を走らせる。
せーのでスーツケースを開けた。
「……え……!……」とボク。
「なして!?」と清春。
発破用のダイナマイトがぎっしり詰まっていた。
清春がつぶやいた。
「……ドカンだ……」
清春は興奮していたが、ボクはぼんやりしていた。
マラソン大会からずっとぼんやりしている。
この朝のドカンの発見から急転直下というかジェットコースターのように次々といろんなことが起こったんだけど、ボクの心はずっと現実から離れていた。
この夏には何かが起こるぞ、とずっとボクにささやき続けて来た声がいよいよ現実になり始めた。
歯車が動き始めた。
いや、もっと前からタイマーのスタートは押されていたんだけど。
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