第25話 マラソン大会


青空に花火が上がった。


日曜日。

町の対抗マラソンの本番だ。


ボクは山小屋を下った村道の横で一行を待っていた。

真新しい白のランニングシャツ。

ゼッケンは【雄鉾鉱山小 1】。

きりっと締めた鉢巻き。

脚元は健蔵さんにもらったスニーカー。


コヤジは彦作じいちゃんと留守番だ。


貸切バスがやってきた。

ヤマを挙げての応援に繰り出すのだ。

児童たちは揃いの体操服だ。

清春と葉子ちゃんはバスの窓からボクに手を振った。

ボクはバスに乗った。


「待ってました! ヒロ、我らがヒーロー!」


バスでは酒盛りが始まっている。

酔っ払ったおじさんたちがボクを冷やかすと、拍手の嵐がどっと起こった。

清春が走るとなると優勝がかかるからみんな緊張してその時を待つけれど、なにせじゃんけんで決まった代表で、学校で一番遅いボクが走るものだから、ヤマの人々はすでに勝敗ではなくお祭りに切り替えていた。


歓声と歌声と酔っ払い。

子どもたちの鼓笛隊の音色、バスの中ではジンギスカン。

「おーい、肉こっちにまわせ!」

健蔵さんがハッピー号で追い越していくと、バスの窓からヤジが飛んで盛り上がる。

村々をバスとダンプとナナハンが賑やかに通過していく。

畑仕事の人たちが、何事かと思わず振り返る。



『マラソン出場の選手は、入場ゲートへ集合してください』


アナウンスの声がグラウンドに響いた。

町の小学校のグラウンドにはすでにわが村の応援団が陣取っていた。

ヤマの人々が一斉に立ち上がって、「よぉーーしっ!」と拳を突きあげる。

すでにテンションがピークに達している。

酔いつぶれたおとうさんたちも何人か。

オボコ鉱山小学校の全校児童と先生たち、そしてヤマの人々が整列した。

それに向き合う形でボクが直立不動であいさつする。


「行ってまいります!」


丸山先生が大太鼓のバチを振り下ろす。

ドォーン!

三三七拍子。

子ども、先生、ヤマの人々、一丸となって正拳を突き出す。


「ウォーッス!」



ゲート付近では選手たちがウォーミングアップしている。

さすがにみんな各校の代表だけあって強そうだ。

速そうだ。

なんとなく殺気が漂っている。


ボクも、とりあえず膝の屈伸などをしてみる。

健蔵さんが耳打ちしてきた。


「マークするのはあのノッポだ。やつは速い」


ノッポがストレッチをしながら、ボクをにらんできた。

他の選手も例外なくボクを意識してチラチラ見ている……すべての選手のターゲットは優勝候補、雄鉾鉱山小の佐藤清春だった。

その佐藤を押しのけて代表になったあの【雄鉾鉱山小 1】、あいつは何者だ、おそらく佐藤以上なのだろう、あの天才快速スプリンター佐藤以上となると、あいつはモンスターに違いない……そんな目でボクを恐れている。


うへっ。

やばい。

くすぐったい気持ちになった。


「となりのチビは無視しろ。最初からガーンと飛ばすだろうが、どうせラビットだ」

「ラビット?」


チビ、脚首を回しながらボクを盗み見ている。


「ペースメーカーだ。お前のペースを乱すのが作戦だ。その手に乗るな。清春がダッチョで欠場という情報は伝わっていないようだ。これを利用しよう。みんなはお前を警戒してピタリとマークしてくるはずだ。お前は自分のペースを守るんだ。うんとスローペースで。そうすりゃ勝てるチャンスはある」

「……健蔵さん」

「なんだ」

「……ボク、勝たなくちゃだめかな」

「………」

「……あ、ごめんなさい……代表だもんね……勝つ努力はしなくちゃね」

「ヒロ」

「……はい」

「走るの好きか」

「……うん」


健蔵さんはボクを見つめている。


「順番がなけりゃもっと好きだ」


そう言うと健蔵さんの目がシュッと細くなって静かに笑った。


「うん、それでいい。好きに走ってこい。順番は二の次だ。いや、順番なんて忘れろ、関係ない。ビリでいい」


ボクはたぶん、というか絶対に、かなりの高確率でビリだと思うけれど、改めてそんなことを言われると、ビリでゴールするのが怖くなってきた。

ボクがビリだとヤマの人たちが傷つくんじゃないかな。

他の地区の人たちから物笑いのタネにされるんじゃないかな。

ボクは走るのが怖くなってしまった。


「ヒロ、三十年後、今日の走りをサカナに、オボコ岳のふもとでたんぽぽ酒を呑むべ」


ボクの血管を夏の風が走り抜けた。


「うん」




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