第24話 30年後の同窓会
オボコ岳の頂上から下界を見下ろして、健蔵さんが長い息を吐いた。
「……いいヤマだな……」
清春が冷やかす。
「どーしたの健蔵さん、しみじみしちゃって」
「最高の故郷だ。大きくなってこのヤマを出ても、ぜったい忘れるんじゃないぞ」
「ホントにどーしたの健蔵さん」
とボクも言うと、
「屈折した年頃なのよ」
と清春が合わせる。
葉子ちゃんまでがしみじみと言う。
「ねぇ、三十年くらいしたら、みんなで集まろうよ」
ボクは意味をよく呑み込めない。
「え、どういうこと」
「三十年後、自分の奥さんとかだんなさんとか子どもを連れて、もう一度集まるのよ、このヤマに」
「三十年後の同窓会か」と健蔵さん。
「おもしろいな!」とボク。
「いつ? どこに集まんの?」と清春。
「今日よ。三十年後の今日。場所は、あそこ」
と、葉子ちゃんは真下を指差した。
「あのたんぽぽ畑。どう?」
「よし!」
と清春が胸の前で指を一本立ててボクにウインクした。
ボクも指を立てた。
「約束よ!」
葉子ちゃんも指を立てて、健蔵さんを見た。
「健蔵さん」
「ははは、俺もか」
「あたりまえっしょ」と清春。
「三十年経ったら、俺、ジジイだべ」
「ジジイが単車にまたがって」と清春。
「ドロンッドロンッドロンッドロンッて」とボク。
「…ま、生きてたらな」
と言って、健蔵さんも指を立てた。
「あ、そうだ!」
と清春が何かを思いついた。
「なに」と聞くボク。
「三十年後にみんなで飲む酒」と清春が片目を瞑る。
「気が早すぎ~」と葉子ちゃんが笑う。
清春が下を見下ろす。
ボクは清春の視線を追って、納得した。
「うん。いいね」
健蔵さんも理解した。
「なるほど」
「なに?」
葉子ちゃんだけがわかっていない。
ボクたちは急いでオボコ岳を下山しはじめた。
「待ってよ、なんなのよ」
杉の木の下のたんぽぽ畑に着いた。
ボクと清春は、たんぽぽたちに合掌して、
「今年のたんぽぽ、いただきます」
と声を合わせた。
「だから、何なのよ!?」
と葉子ちゃんは置いてきぼりの不満。
「たんぽぽのお酒」と清春がたね明かし。
「今から作っておこう」とボクはたんぽぽをつみはじめる。
「三十年ものか…うまいぞきっと」と健蔵さんは舌なめずりだ。
葉子ちゃんはおっさんのように腕組みをしてニヤリと不敵に笑う。
「ナイスアイデア」
ボクたちは四つん這いになってたんぽぽを収穫し続けた。
公平のばあちゃんに限らず、このヤマの人たちはいろんなお酒を作る。
梅酒はもちろん、山ぶどう酒、コクワ酒、へびいちご酒、ヨモギ酒、マンネンタケ酒、カリン酒、あんず酒、グズベリ酒、クロマメノキ酒、ナナカマド酒、イカリソウ酒、マタタビ酒、ナツハゼ酒、ツルリンドウ酒。
まだまだたくさん。
ヤマで採れるものは何でもかんでもお酒にしてしまう。
それぞれのお酒はそれぞれの季節やそれぞれの思い出を瓶の中に詰めたものだ。
何年かしてそのお酒をいただく。
するとその年のその季節や思い出が体の中に蘇るのだ、とお酒を飲めないボクは勝手に想像する。
そして夏にはたんぽぽを漬ける。
今日つんだたんぽぽはお酒につけられて、今日のこの風や土の味や空気のつぶや太陽の光が少しずつお酒の中にしみだし、やがて瓶の中はたんぽぽから出尽くした「今年の夏」で満ちる。
この夏のお酒は三十年後にみんなの唇から喉を降りていく。
胃に達して血管をめぐり、三十年前の今日の、この夏の日を蘇らせるのだ。
ボクたちは三十年後にたんぽぽのお酒で再生するのだ。
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