第22話 ダッチョ


去年の対抗マラソン小学生の部、五年生で出場した清春はぶっちぎりで優勝している。

その時も今日のような記録会を直前に開いた。

同じ距離、同じコースだ。


健蔵さんはやっとみんなを見た。


「去年のタイムを五分も上回ってます!」


みんなが声を揃えて一斉に叫んだ。


「五分もか!」


健蔵さんが、ゆっくり深呼吸してみんなに言った。


「清春は、まだまだ速くなりますよ」


大歓声が弾けた。

大人たちは、


「今年も優勝間違いないべさ」

「圧巻の二連覇だべさ」

「五分も短縮だもな」


と興奮して話している。


ボクは感動して駆け寄った。

清春の横にしゃがんで言った。


「清春、すごいぞ」


大の字になって空を仰いでいた清春は、困ったような笑いを浮かべて言った。


「…ダッチョ…出ちゃったみたい…」




丸山先生の車で鉱山の診療所に清春を運んだ。

ボクは健蔵さんのバイクで行った。

清春のかあさんも、事務所から駆けつけた。

清春のとうさんは坑道の中だ。

息子のダッチョが出たと聞いて、ハハハと笑ってそんなことで穴から出れるかと言ったそうだ。


治療ベッドに横たわる清春をみんなが囲んで覗き込んでいる。

清春は下半身むき出しだ。

恥ずかしそうに顔を真っ赤にして目を固くつぶっている。

お医者さんの指が清春の下半身に伸びる。


「…こーして…金たまの袋の裏から……指入れて…」

「…あ……」

「…どうだ、痛いか?」

「あ、いや、だいじょうぶです」


お医者さんは、清春の金たま袋の裏のあたりに指先を当ててグッと力を入れて押し込んだ。


「……ん…うん…あるヮ…あるある…穴あいとるヮ…」

「…………」

「……うん…お…うんうん…左の方がでかいヮ…うん…デカイ穴だヮ…」


清春はぐったりと首を横に落とした。

もうどうにでもして、清春が清春であることを放棄したという感じだ。

お医者さんは、左右の「穴」に指を押し込みながら、清春のかあさんに説明する。


「ダッチョ(脱腸)つうのは、腸を包んで保護しとる腸間膜つうもんがあって、その膜に小さな穴があいて、力んだ時に、この穴から腸がピョロッと出るんだヮ。それがダッチョなんだヮ。腸は指で押し戻しといたからとりあえずはだいじょうぶだが、手術で穴をふさがなきゃいかん。町の病院に電話しとくからすぐ向かいなさい」


清春が、「手術」と聞いて心細そうにみんなを見上げた。

丸山先生が聞いた。


「先生、マラソン大会はどうでしょう」

「大会は一週間後か。ま、ダメだな。明日手術して一泊か二泊入院して、数日後には家に戻ってこられるだろうけど、しばらく踏ん張ったり走ったりはできん。あきらめるしかないんでないかい」


清春は泣きそうだ。


大人たちは「体が一番だから」とか「来年もあるから」とか笑って清春を励ますけど、その笑顔はこどものボクが見ても無理っぽくて固く強張っていた。



というわけで代わりの選手を選ばなければならなくなった。

丸山先生は教室に戻ってみんなの前で明るく宣言した。


「五、六年の男子でジャンケンだ」


こうして五、六年の男子九人でジャンケンしてマラソンの代役に決まったのは、一番脚の遅いボクだった。


つまり、清春が出なければ誰が出ても一緒という、完全なあきらめの境地にみんな入ってしまった。



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