第21話 清春の熱走
町村対抗マラソンに向けた清春の最後の記録会が開かれた。
本番前の最終練習だ。
仕事の途中なのでライト付き坑内作業ヘルメットをかぶったままの健蔵さんがハッピー号で先導する。
後ろにボクが座ってストップウォッチを握る。
ユニフォームの清春が走る。
清春のピッチは速い。
ハッピー号に並ぶ。
一気に抜き去る。
今、清春には何かが乗り移っているようだ。
それは、夏の妖精かもしれない。
夏には何かが起こるんだと言っていたあの声、たんぽぽの声。
それが清春と一緒に走っているような気がする。
そして、健蔵さんからプレゼントされた靴だ。
靴の柔らかいシカ革と一体になって清春はシカになっていた。
春の雪解け水を飲み、夏は緑の草原を疾走し、秋はたくさんの木ノ実を腹いっぱい食べ、冬は雪に覆われた野山を悠然と歩く。
シカはヤマの全てを感じ、その身体に蓄えてきた。
清春はそんなシカと一体になって走っている。
速くないわけがない。
シカなんだから。
しなやかに跳んでいる。
当然だ。
シカなんだから。
鉱山入り口の石橋ではヘルメット姿の鉱夫のおじさんたちや、事務服姿の清春のかあさんやおばさんたちが待ち受けて手を振ったり拍手したりしている。
鉱山住宅の前でも、じいちゃんばあちゃんたちが声援する。犬も走る。
小学校へ続く坂道にさしかかった。
心臓破りの坂。
でも清春のスピードはぐんぐん上がる。
表情が幸せそうに輝く。
顎を上げて、空を見上げて、笑っている。
すごく気持ち良さそうだ。
小学校のグラウンドでは全校児童、先生たちが待ち構えていた。
鼓笛隊が応援演奏しながら待ち受ける。
そこにすごいスピードで清春が走り込んできた。
「わぁああああ!!」
子どもたちはリコーダーを口から放して大歓声。
おとなしく演奏なんかしている場合じゃない。
清春は口を大きく開け、グラウンドを周回する。
腿が上がる。
ラスト・スパートだ。
最後の直線。
ボクはハッピー号から降りてゴールラインの横でストップウォッチを構えた。
清春が来た。
来た。
ゴール。
ストップウォッチ。
清春は荒い息で倒れこんだ。
健蔵さんがハッピー号を止めてボクの方に走ってきた。
丸山先生も校長先生も、ボクの方に走ってきた。
健蔵さんがボクの手首をつかんでストップウォッチを覗き込んだ。
校長先生が聞いた。
「健蔵さん、どうだ!」
健蔵さんはストップウォッチをものすごい顔でにらんでいる。
丸山先生も、所長さんも、かけて来た。
「どうだ」
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