第18話 オボコ岳はUFO
テレビの人の後ろから、やたら前髪の長い若い人が前に進み出た。
ちょっと興奮しているようだ。
「やっぱりきみもそう思うのかい」
ボクはどう答えていいのかわからずモジモジしていると、テレビの人が、
「この人、知らない? 有名なエスパー、横井正人さん。今日は横井さんの超能力でオボコ岳の秘密を探りに来たんだ」
と、前髪の長い人を紹介し、取材の目的を話してくれた。
前髪の長いエスパー横井さんは背広の胸ポケットからスプーンをつまみ出した。
実はさっきから胸ポケットにスプーンの先がのぞいているので、なんなんだろうこの人って思ってたんだ。
エスパー横井さんは長い前髪をかきあげて、スプーンの柄の一番下の部分をボクに向けた。
「ここを持ってくれる?」
「あ、はい」
ボクは親指とひとさし指の二本でそこを支えた。
小学生たち、先生たち、たまたまそこに居合わせた村の人たち、みんながボクと横井さんとスプーンを見つめている。
横井さんはみんなに、
「じゃ、始めますね」
と宣言し、スプーンに手をかざして念じはじめた。
ボクもみんなも、じっと見守る。
およそ1分ほど。
突然、スプーンはグニャァとねじれ、くにゃくにゃになり、先と柄の付け根のところからパピーンと落ちた。
ボクもみんなも言葉が出なかった。
目の前でタネも仕掛けもなく、手品じゃなく、超能力で、スプーンが曲がるどころか、ちぎれてしまった。
すごい。
本物だ。
本物の超能力だ。
「聞こえた?」
横井さんは、ボクにそして周りを見回してみんなに聞いた。
ボクもみんなもショックですぐには立ち直れなかったけど、ボクが代表して答えた。
「え、なにがですか?」
「曲がる瞬間、スプーンがスプーンであることの意思を放棄した声が、聞こえたかな」
「あの、ちょっと意味がわからないんですけど」
「スプーンが呟いたんだよ。もうスプーンやめる、って」
ボクはなんて答えていいのかわからない。
先生たちを見ても、ただただ呆然としているだけだ。
「ま、ショックだと思う。物質っていうのは案外いいかげんなものなんだよ。意思の力によって物質は変容するんだ。物理学の最先端では、観測者の意思が結果に作用するということが言われている。スプーンにもスプーンであろうとする意思がある。その意思を、観測者である僕の意思で変えちゃったんだ。本当に全世界の人が心から武器よさらばと念じたら、なんらかの形で武器とか核はその殺戮機能を放棄すると思うんだ。そういうことは絶対にあるんだよね」
核じゃなくてスプーンですよね今は、とボクは思ったけれど常識じゃ信じられないことをされてしまった後には妙に説得力がある。
テレビの人が、
「というわけで、横井さんとみなさんの力を合わせて、あの」
とオボコ岳を指差した。
「オボコ岳にUFOを呼ぼうと思うんです」
すると校長先生がみんなに呼びかけた。
「さあみんな、二列に並んでオボコ岳に向きましょう」
ボクたちは背の順番に整列した。
校長先生の言う通り二列に並んだ。
その後ろには先生たちも並んだ。
音楽の藤野先生が前に立って両腕を胸の高さに構えた。
「校歌斉唱。一、二、三、はい」
♪オボコの峰の〜岩肌やわらぎ〜四季の移ろい〜心にうつし〜……
みんなは歌いながら横目でテレビカメラが自分たちを撮っているのを意識したり、エスパー横井さんが前髪を目の上に垂らしたまま念じたりしているのをチラ見していた。
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