第16話 ボク、大人になれないかも


ボクたちは健蔵さんと一緒にヤマに入った。

山菜採りだ。


今日のメインは、ギョウジャニンニクとタラノメ。

ギョウジャニンニクは成長が遅いので、茎が太くなるまで何年もかかる。

だから、同じ場所で採らないで、毎年採る場所を変えないといけない。

タラノメは、タラの木の背丈が高くてボクらには届かないので健蔵さんに枝を引き寄せてもらう。

無理に曲げると簡単にポッキリと折れてしまうのを健蔵さんも知っているので安心してまかせられる。

先っちょの一番芽をつむとタラの木はあわてて第二、第三の芽を伸ばすんだけど、その後芽まで採っちゃうとその木は枯れてしまう。

だから、一番芽だけをとる。

これは常識だ。


タラの木を引き寄せている健蔵さんに清春が聞いた。


「……健蔵さん」

「ん」

「……鉱山……なくなるの?」


健蔵さんは清春を見た。

清春は用心深くタラノメをつみながら言う。


「……とうさんが言ってた……もう石がねぇって……」

「資源には限りがあるからな。それに……」


健蔵さんは体を清春に向けた。


「どんどん掘り続けるって時代も、そろそろな……」

「どうすんの? 閉山になったら」

「そんときはそんときだ。他の鉱山に移るしかないべ」


清春が黙り込むと、健蔵さんは励ますように言う。


「お前はとうさんみたいに、ヤマの男になるんだろ?」


清春は黙り込んでいる。

青空に白い雲が浮かぶ。

健蔵さんは話題を変えた。今度はボクに言った。


「比呂は何が好きだ。どんな人間になりたい」


キタキツネがこちらをうかがっている。

風がながれる。

新緑がそよぐ。

清春はものおもう。

ボクは脚元のたんぽぽをじっと見つめて、つぶやいた。


「…ボク…大人になれないかも…」

「なんでだ」


たんぽぽ。


「…ボク、ヘンなことばっかり考えてるから…頭おかしいかも…長生きできないかも…」

「どういう変なことを考えるんだ」


ボクはたんぽぽに目を落として、清春に言った。


「…こいつさぁ、何に見える?」

「たんぽぽ」


と清春は答えた。


「うん。たんぽぽだ。でも、普通のたんぽぽと違うんだ」

「同じだよ」


ボクは、なにか迷っている。

言葉を探した。

言葉が見つからないので腰をかがめて、たんぽぽに話し掛けた。


「ぼくは、どんな大人になれますか?」


清春も健蔵さんも、驚いている。

ボクはじっとたんぽぽを見つめているが、ふたりの視線を感じて、ちょっと恥ずかしい。


「どうだ。たんぽぽは何か答えてくれたか」


と健蔵さんが聞く。


「……うん」


とボクは答え、胸の前で指を一本立てた。


「たんぽぽは、ただこうして指を一本立てるだけなんだ」


ボクはイメージした。

指を立てるたんぽぽを。


「ゆったり笑って指を一本立てるんだよ」


健蔵さんは、所長さんが指を一本立てているのを見たように普通に言う。


「そうか、指か」


清春も、丸山先生が指を一本立てたのを見たように普通に言う。


「指か」

「うん、指だ」


ボクはイメージした。

静かな微笑で指を一本立てている。

でもそれは所長さんでも丸山先生でもない。

たんぽぽだ。

たんぽぽ以外のなにものでもない。

ボクは改めてたんぽぽを見つめた。

そして、清春を見つめた。

清春は急に泣きそうになっている。


「…な、ヘンだろ?」


とボクが言うと、


「うん。ヘン、かな、どうだべ、わかんない」


と清春は清春なりに気を使って答えた。


「…最近、身体がムズムズするんだ」


とボクが体を震わせて言うと、清春は同調した。


「あ、その感じわかる。俺もだ」

「風が吹くと、あちこちで声が聞こえてくるんだ」

「え……どんな?」

「今年の夏は、いつもの夏とは違うんだ。夏には何かが起こるんだ。おまえわかってるのか、って」

「……聞こえるのか……」

「うん、今まで黙ってたけど」


健蔵さんは真顔でボクに聞く。


「で、夏に何が起こるんだ?」


ボクは胸の前で指を一本立てる。


「こうしか答えてくれない」



ボクは、森の中をゆっくりと見回す。

コヤジが遊んでいる。


「…幻想ばかり見えるんだ…ボク、長生きできないかも…」


清春は、やっぱりちょっと涙目でボクを見ている。

落ち込むボクに、健蔵さんが声をかける。


「ヒロ、おまえには、このヤマの力が見えている。ヤマの隠れた力や物語がな。幻想を見る力というのは、おまえの才能なんだ」


才能って言われても……ボクは、ほっとしていいのかよくわからないので苦笑いをした。

健蔵さんが清春を見た。


「…清春、お前はどうだ」

「え」

「何が好きだ。何になりたい」

「なんだろうな」

「走るのは好きだろ。ほっとくと一日中走ってるもんな」

「うん。大好きだ」

「走ると、どんな感じだ」


清春は考える。


「走りながら鼻から空気を吸い込むと、その空気が身体中にしみ込んでいく。血管の中を空気が流れて、体がどんどん新しくなっていく感じ。そんな感じが好きだな。そして、脚がちゃんとついてくる。頭でいい感じの走りをイメージした通りに脚が回転して土を蹴ってくれて前にどんどん運んでくれる」

「そうか」


健蔵さんが、リュックから箱を出した。

二つの箱を清春とボクに渡した。


「開けてみろ」


ボクたちは箱を開けた。


「あっ!?」


真新しいスニーカーだ。

清春の顔が輝く。

ボクもだ。

森を風が渡っていく。

コヤジがこちらに走ってくる。

ボクたちは、たんぽぽの一本指のことなどすっかり忘れて、笑いながら靴にひもを通す。

健蔵さんがタバコに火をつけて、ゆっくり煙を吸い込んで言った。


「いいか。おまえたちは何でもなりたいものになれるんだ」




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