第12話 とちのいいつたえ
丸山先生が黒板に『とちの いいつたえ』と書いた。
清春が黒板の前に立って、咳払いした。
「若いヨメさんに、タヌキがとりついたという話をこれからします」
丸山先生は清春の席に座った。
「おいおい、清春。一年生もいるんだからな、あまり怖い話はやめとけよ」
全校児童が口に指を当てて丸山先生をにらんだ。
「シィーッ!」
丸山先生は小声でつぶやいた。
「……ションベン行けなくなっても知らんから……」
清春の話が始まった。
「二本柳の吊り橋のあたりの話です」
三年の女子が歓声を上げた。
「やだぁ、いつも通るとこだぁ」
再び、「シィーッ!」
「若いヨメさんは若いムコさんがとても好きでした。家には古ぼけたバアさんがいて、意地が悪くて、若いヨメさんをよくいびったそうです」
丸山先生がでっかいクシャミをした。
一同が先生を振り返ってキッとにらんだ。
「それでも、ヨメさんはムコさんが好きだったのでしんぼうしました。あんまりつらいときは、二本柳の吊り橋の下に来て川で洗濯をしながら泣いていたそうです」
みんな、ワクワクしながら聞いている。
「洗うものがないときは、まだ汚れていない自分の手拭いを頭からはずして洗いました。どれだけつらくても、口答え一つしないで、ひとり川で泣いていたそうです」
女子の何人かは涙ぐんでいる。
「ところがある日。川から戻ったヨメさんの目つきが、ヘンでした。……そして……身体を硬くして口走るのです。ヨメがぁ、かわいそうだぁ、ヨメがぁ、かわいそうだぁぁ」
清春の熱演に教室中がすくみあがっている。
「バアさんは腰を抜かして動けません。ムコさんに抱かれた腕の中でヨメさんは白い目をむいています。ある嵐の夜。突然布団から飛び起きたヨメさんは、ヨメがあぁぁかわいそうだぁぁ、と叫びながら外に飛び出してしまいました」
みんな、身を乗り出してまばたきもせずに聞いている。
「大雨、大風。ものすごい嵐の中、白い浴衣を引きずって、ヨメさんはあの吊り橋へ走っていきました。そして、ヨメさんは橋の上から、嵐で洪水になった川に身を投げたそうです」
ヨメさんが吊り橋から落ちる。
すさまじい顔で濁流の中を流れる。
そんな映像が頭の中で渦巻いて、みんなの顔が歪んでいる。
「ヨメさんの死体は見つかりませんでした」
教室中が金縛りになってしまった。
清春はじっと目を閉じている。
みんなの目が、「それから?」というふうに清春に圧をかける。
しばらく目を閉じていた清春は、そのままの表情で続けた。
「それからというもの、嵐の夜、二本柳の吊り橋を通ると、どこからともなく声が聞こえてくるそうです……その声とは」
教室中が息を止めた。
「ヨメがぁ…」
清春の目がカッと見開いた。絶叫した。
「かァあいそーだぁーーっ!!」
教室中が跳ねた。
泣き出す子、鼻水を垂れ流す子、顎をがくがくさせながら言葉がでない子、おしっこをもらす子。
「ほら、言わんこっちゃない。清春、責任とるんだぞ」
と丸山先生がぼやいた。
清春の怪談話をボクは何度も聞いて飽きていた。
ヨメさんが飛び込んだのが今日は二本柳の吊り橋だけど、この前は龍神谷の滝つぼだったし、その前は……牛沼だっけな、忘れちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます