第4話 清春はボクの親友
背の高いクマザサのなかのけものみちをボクたちは走っている。
ボクは走るのが遅い。
学年で一番遅い。
学年といっても六年は十人しかいない。
女子が六人、男子が四人。
ボクは女子にも勝てない。
ドンくさいので、ヒロドンと呼ばれている。
遅いけれど、走るのは大好きだ。
とくにヤマ走りは心がふわふわするから嬉しい。
清春は誰よりも速い。
まるでシカのように走る、というと月並みなたとえだけど、本当にシカの走りなんだ。
全身の関節のバネが柔らかくてしなやかで、跳ねるように走る。
運動会でも、よその学校との対抗試合でも、誰も清春に追いつける子はいない。
いつか清春が女子の着替えをのぞき見していた時、見張り役であるボクの「先生が来た」という合図を見て一目散に走り逃げた時が清春の最高記録だと思う。
今、ボクは清春の後ろを走っている。
ボクは清春の走りを後ろから見るのが好きだ。
美しい走りを見るには一番のポジションなんだ。
清春は楽しそうに跳び走る。
ボクに合わせてかなりゆっくりの走りのはずだが、ゆっくりだから走りのメカニズムがよく見える。
ふくらはぎが盛り上がってポンと土を蹴り、その動きが太ももに伝わってお尻の筋肉を硬く柔らかく次々と変化させたかとおもうと、その力が脚を回転させ、背中と肩の筋肉に伝わって両腕が滑らかに動いて交互に回転する。
気持ちの良いリズムで全身のいろいろな場所の筋肉と関節が盛り上がり、縮み、弾んで跳んで蹴って、連動して、前に、横に、走るという動きにつながる。
ボクは清春の後ろ姿を見ながら楽しくて笑ってしまう。
走るってすごいなあとおもうし、そのすごさに笑ってしまうのだ。
しかもそれが清春だ。
だから嬉しい。
だってボクたちは親友だから。
何かがクマザサの中を走り逃げている。
「進行方向右手、距離約五十メートル」
ボクが早口で叫ぶと、清春はボクに手を挙げた。
了解。
そして背たけよりも高いクマザサの中に走り込んだ。
ボクは並走しながら叫ぶ。
「ほぉーほっ! ほーりゃぁ!」
すると、『ほぉー、ほぉーい』という清春の声がクマザサの中から応えた。
ボクは脚は遅いけれど、いきもののことや狩りの仕方はよく知っている。
「ほぉーっ!」とか「ほぉーりゃ」とか「ソーレア」という叫びは、ヤマでシカとかウサギを追い立てるセコという役目の人の掛け声だ。
「清春、そっちだ! ソーレャァ、ソーレア!」
ボクは右に左にジグザグに走って追い立てる。
清春が笹やぶから走り出た。
「比呂、シカだな? ぜったいシカだな!?」
と、ボクに並んで聞く。
ボクは息を切らして答える。
「うん! ぜったい! 昨日も見たから。仔ジカがクマの沢の方に走ってった」
清春の脚がぴたっと止まった。
「……クマの…沢!?……」
クマザサは静まり返った。
すぐ近く、大きなクモの巣が破れているのにボクは気づいた。
「……クモの巣が破れてる……オヤジが通ったかな」
清春もあたりを見まわしてつぶやいた。
「……比呂……こっちもだ……クモの巣、破れてる」
清春は鼻をヒクヒクさせた。
「……比呂……におわないか……」
ボクも空気の匂いをかいだ。
「……うん、オヤジのにおいだね……」
清春の顔に重い不安が貼り付いた。
「オヤジだな……」
清春は逃げ腰になっていた。
ところが、なぜかボクはウキウキしていた。
「片耳オヤジかな」
静かだ。
突風がクマザサを揺らした。
いきなり目の前に何かが立ち上がった。
ボクたちはハッと息を飲む、悲鳴をあげる、走り逃げる、この三つの動作を同時におこなった。
だから目の前に立ち上がったのがなんだったのか、わからない。
見ていない。
オヤジだったのかシカなのかイノシシなのか宇宙人なのか……そんなことはもうどうでもいい。
とにかく逃げるしかないべさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます