第3話 殺されるために生まれる命


オヤジの母仔を撃った後、じいちゃんはマッチを擦ってタバコに火をつけた。

深く吸って、煙を吐き出した。

ボクの頭の上からもタバコの煙を吹き付けた。

タバコは人の匂い。人間の世界に戻る魔法の煙だ。


「ヤマのいのちが目指すのはな、比呂、殺されることだ」

「生きることじゃないの?」

「殺されて死ぬために生まれ、殺されるまで生きるのだ」

「ふうん」

「この母仔は自分の意思でわしに殺されにきた。なぜかわかるか。それはな、わしのことを知っているからだ。わしがオヤジをてっぺんの神として敬い、愛していて、祈ってくれると知っているからだ。だから彼らはわしに殺されるためにわざわざ近づいてくる。そして、ここからが肝心なのだが、わしに殺されて、体が食べられた後には、霊魂となり、再び生まれて、この世界に戻ってくることができる。殺すのは生まれ変わりの儀式なのだ。わしが殺して祈るからこそ霊魂がヤマに解き放たれ、転生できる。殺すのは命を与える祈りなのだ。祈りの殺しがなければ動物は再生し損なうからだ」

「何回生まれ変わっても殺されるって、悲しいね」

「それがヤマのいのちの約束なんだ、比呂」


彦作じいちゃんは反省しない。

あやまらない。

感謝もしない。

貯金もしない。

だからとても偏屈なジイさんと呼ばれ山小屋には誰も寄りつかない。

自慢じゃないけれどみんなに嫌われている。

でもボクの担任の丸山先生だけは時々ふらりとやってきては、じいちゃんと何やら話をしている。

会話が弾んでいる様子はないけれど、ヤマを見ながら、川を見下ろしながら、雲を見ながら、お酒を飲みながら、ポツリポツリと話している。


うちのじいちゃんと何の話をしているの、って学校で聞いたことがある。

丸山先生は柔らかく微笑んでいるだけでそれには答えてくれないけれど、

「彦作じいちゃんはヤマのにいちゃんだな」と言う。

おかしなことを言うなあ、と聞き直したら、

にいちゃんではなくて「ニーチェ」だと言う。

なにそれ。よけいわからないや。


「彦作じいちゃんを見ていると、僕たちはなんて息苦しくて生きづらい世の中にいるんだろうっておもう」


とボクには全然理解できないことを言っていた。

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