第2話 オヤジを撃ちに行く


ボクたちはオヤジの毛皮を頭からすっぽりかぶり、オヤジの肉球のついた革で作った靴を履いて出かけた。

毛皮コートはオヤジの匂いと同じになり、靴はオヤジの足音と同じになる。


ボクたちは人の言葉も使わなかった。

何かを伝えたいときは、指差したり、身振りで、あるいはウーッとかフゥーッとかオヤジの言葉でおもいを伝えあった。

つまりボクたちはオヤジになりきってヤマを歩いたのだ。


じいちゃんが言った最初のやつ、「真似」だ。これは楽しかった。


いつの間にかボクの気分は仔グマになっていた。


じいちゃんは匂いでオヤジを感じ、見つけることができる。

低いうなり声をあげて地面を嗅ぎ回る。

ボクもじいちゃんの真似をして土に鼻をこすりつけたり、木の幹の匂いを嗅いだり、四つん這いになって走り回ったりしてこのゲームを楽しんだ。


でも、ある地点を通過すると、じいちゃんが今までになく緊張するのが伝わってきた。

ここで待てという風にボクの身体を押しとどめて、一人でクマザサの中を前進して行った。

ボクはその場にとどまってじいちゃんの後ろ姿を見守っていた。


すると一頭のオヤジがクマザサの茂みから現れた。

仔を連れたメスだった。

ボクの心はほとんど仔グマだったので、その仔を見て友だちの姿を見つけたように嬉しかった。


じいちゃんは四つん這いになった。

身体を前後にゆっさゆっさと揺らし始めた。

頭も上下に揺らす。

オヤジは立ち止まってじいちゃんを見ている。

じいちゃんはフゥーッと息を吐きながら身体と頭を揺らし続ける。

ボクは戸惑い、混乱した。

じいちゃんはオヤジになりきってオヤジを真似ていたけど、実は全然似てない。

すごく違う。

じいちゃんはいま、じいちゃんではないけれど完全なオヤジでもない。

中途半端だ。

だけど、だけど、うーん、だけど、どこかがオヤジだ。

何かがオヤジだった。

どっちつかずのオヤジだった。

彦作じいちゃんは彦作をやめてしまったわけではなく、むしろ、どこかに彦作を残しつつ、オヤジではなかったけれど、全然オヤジではないというわけでもなかった。

彦作とオヤジの間にある怪しげな境界にいた。

似ていることと同じこととは違う。

違うけれども、オヤジは襲いかからずにじいちゃんを見ている。

目からは警戒の光が消えている。

オヤジはだまされている。

驚いたことにオヤジの目はうっとりとしてきた。

これはもしかして。

ああ、そうだ、ドラマとか映画で見たことのあるあの目だ。

恋人が恋人を見つめるあの目だ。

オヤジはじいちゃんに恋をしたのか。

だとしたら一目惚れか。

そんなバカな。

ありえない。

でも、じいちゃんは言っていた。

「真似て、誘って、愛する」と。

じいちゃんはオヤジをナンパしようとしている。

そしてそれはほとんど成功しつつある。

オヤジはまだ戸惑った様子ででかい頭を上げたり下げたりしている。

目の前の不可解で難しい問題に答えを出せずにいるのだ。

その時、オヤジに決心を促すように彦作じいちゃんが身体を揺すりながらオヤジに近づいた。

オヤジはじいちゃんの演技に心奪われているので、それが誘い水になった。

疑いを一旦どこかへ預けて、じいちゃんに向かってまっすぐに歩き出した。

「もうどうにでもして」という感じで。

その後ろから仔が速脚でついて来る。

そしてじいちゃんは銃を持ち上げて、二頭を撃った。


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