第3話

【11の鐘~】


「それにしても、坊ちゃんの特性はすごいですよね」


キャロルが焼き菓子を摘む。その口調はまるで孫を誉める祖母の様だ。


「本当よね。あそこまで魔術師に向いた特性はそう出ないと思うわ。100年に1人レベルじゃないのかしら」


そして実の祖母が孫自慢で応える。



成長してくると、人には「特性」という肉体的・内面的な特徴が現れる。


別の言葉で言えば「能力補正」と「伸びしろ」だろうか。


早い子で3歳辺り、遅い子でも8歳ぐらいには現われ始める。


「現われ始めが早い方がより伸びしろがある」

「両親が持っている特性が現れやすい」


という見解もあるが、皆が当てはまるわけではないようだ。


現われた特徴に、「その年齢にしては」と前置きするとわかりやすい。


身体が大きい・力が強い・集中力がある・身軽・素早い・記憶力がいい・味覚が鋭い・字が綺麗・手先が器用・魔力が多い・体が丈夫などなど様々だ。


そして14歳になる歳の春、子供達は各領地が運営する「職業訓練校」に通いだす。


魔力が一定量より多い子は国営の「魔術学院」へ、親や家族ぐるみで特定の神様を信奉していれば、その神殿へと入る。(神殿については年齢は関係無いが)


自らの特性と性格による向き不向きを見定めながら、5年間かけて、希望職種の基礎を身につけていく。


例えば、身体が大きく力が強くても、魔物や刃物への恐怖心が強ければ騎士や戦士にはなれない。


向いてない職業に就くことは当人にとっても不幸な事で、国としては人材の無駄遣いだ。


「特性」は、7割弱の子は1つ、2つ発現する子が3割と、3つ以上となると極端に少なくなる。多い方が良いと思われがちだが、多ければそれはそれで大変だ。


いくら特性が出ていても、鍛えなければ『出ていない人より多少マシ』という程度だからだ。その為、何事においても、発現したばかりの子供が鍛錬した大人より能力が高いという事は無い。基本的には。


各学校(神殿)には発現した特性を判別する魔導具があり、誰もが納得する形ではっきりさせることができる。


さらに特性があっても、その特性が今後どれだけ伸びるのかという問題がある。伸びしろの上限だ。


(数字で例えれば)+1で終わる子もいれば、+10(!)の子もいるのである。


もちろん、+1でも発現しないより遥かに良いのは言うまでも無いが、こればかりは調べようがない。自分の可能性を信じて、その特性を磨き続けるしかない。だが、何種類も発現すると、どの特性に比重を置いて鍛えるのかが難しい。


努力できる時間は有限だ。もし、その比重をおいた特性の伸びしろが少なかったら、今後の人生の大半が無駄な努力で終わってしまうかもしれないのだから。



キースは「集中力」、「魔力量」、「魔力操作」、「想像力」と四つの特性が発現していた。


発現しても二つまでという人間が9割以上いる中、なんと4つである。それだけでも特筆ものだが、その特性のどれもが、魔術師にあると良いとされるものだった。


魔法を発動させる為には以下の手順となる。


心を落ち着かせ、集中する 『集中力』

魔力を発する部位(大抵は手や指先だ。杖という者もいる)に集める 『魔力操作』

その魔法が発動した時の様子をイメージする 『想像力』

発動語(ワード)を唱える

発動 ※魔力を消費 『魔力量』


この過程をいかに早く完了させるかが重要だ。


魔物と戦っている時に、魔法の発動までに何分も掛かっていたらどうなるか、そんなことは誰にでもわかる。


さらに魔法は、威力・効果範囲を大きくする、持続時間を長くしようとすると、発動が難しく、魔力消費も激しくなる。


「火の玉」を生み出すのに、大人の拳大にするのか、馬車を丸々飲み込むサイズにするのか。


玄関の扉に「施錠」の魔法で鍵をかける際、昼食を食べに出て帰ってくるまでの間なのか、1年間の修行の旅に出ている間なのか。


当然、どちらも後者の方が発動が難しく、魔力の消費が激しくなる。


アリステアは、キースに見せられた彼の魔法を思い出す。「就職問題」が原因で起こった何度目かの口論の時の事だ。


口論の流れで「学院を卒業したばかりの新米魔術師が偉そうに何を言っているの!」と言ったアリステアに対し、キースは「おばあ様は僕の魔法を見たことがないじゃないですか!それを見てから判断するべきです!」と返したのだ。


じゃあ、見せてもらいましょうという話になり、キースがいくつか魔法を使ったのだが、アリステアは度肝を抜かれた。


「最初は火の玉にしますね」


と予告があり、次の瞬間には「火の玉」と発動語が聞こえ、実際に< 火 の 玉 >の魔法が発動していた。


予告から発動まで1秒も掛かっていない。


そして生み出した< 火 の 玉 >は、一般的な二階建て住宅を余裕で飲み込む様な巨大なものだった。


< 結 界 >の魔法は、通常は自分を中心に直径3m程を囲うものだが、彼が作り出した結界は直径30mを超えていた。


(やはり「いきます」という予告から次の瞬間には発動していた)


70年近く生きてきて、こんな魔術師の話は聞いたことがなかった。


威力と範囲も「とんでも」だが、何よりも発動までが速すぎる。過程を全てすっ飛ばしているかの様だ。


しかも、膨大な魔力を消費しているはずなのに、彼は何でもない様子でケロリとしていた。


挙句の果てに「あれで6割ぐらいですね」とのたまった。


自分の目で見たのでなければ絶対に信じなかっただろう。


特性からも、魔術師としてかなりの才能の持ち主である事は理解していたつもりだが、あそこまでとは思わなかった。吟遊詩人の歌に出てくる魔術師の様である。


しかもそれが自分の可愛い孫なのだ。



そう、キースは可愛い。それは祖母としての贔屓目ではない。


なぜなら自分だけではなく、キャロルやその夫のヒギンズだってメロメロなのだ。


大袈裟ではなく、彼は「地上に降りてきた天使」なのだ。


身長は160cmと小柄で華奢だ。


髪はサラッサラの金髪、自然と緩い7:3に分かれ、前髪が眉毛にかかっている。


目は睫毛が長くぱっちりくりくりとした二重で、南方の海の浅瀬の様なエメラルドグリーンの瞳、その頬っぺたはほんのりピンクで、見ただけでもちもちしているのが判る。


見た目だけでは無い。性格もとびきりだ。優しく人に気遣いができる。「紳士的」とも言える。


アリステアと一緒にいる時、彼女が廊下や庭を歩こうとすれば、彼は必ず左前に付き(左足が義足だからだ)、手を取ってエスコートする。


キャロルがちょっと大きい荷物を持っていれば「キャロル大丈夫? 一緒に持つよ!」と言って反対側に回り、荷物に手を添える。


(持ってあげるとは言わない。自分一人では持てないという事も解っているのだ)


さらに彼は、家族でなくても(それがたとえ露店のただの売り子でも)名前を知っている相手であれば、最初に名前を呼ぶ。


「ねぇ」やら「ちょっと」やら、ましてや「おい」などとは絶対に言わない。


人は、そこまで親しくない人に名前を呼ばれると、相手に親近感を抱く。


名前を呼ばれ振り返ると、あの眩しいまでの天使の様な笑顔だ。


降参である。


なんでも言う事をきいてしまうだろう。

(そもそも無理難題言う事も無いが)


2人とも


(もうずっと家に居てくれて良いのに・・・)


と思っているが、同時に


(でも、さすがに18歳からずっと無職はちょっとね・・・)


と、口には出さないのだけの分別はあった。


それからも二人は、お茶とお菓子を摘みながら「キースのどこが一番可愛いか」をテーマに延々と喋り続けた。


これが、王国650年の歴史上、唯一の白銀級冒険者と、「海の神の娘」とまで謳われた、神官兼家政婦である二人の日常であった。

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