第2話

【11の鐘~】


王都から馬車で鐘6つ(鐘一つは1時間)程の距離にあるカルージュの村。


その村外れに、他の家より幾分大きな二階建ての家がある。


庭は十分に整えられており、季節に応じて様々な花を咲かせる。


今の時期はチューリップの花が見頃だ。


まるで敷き詰められた小さな絨毯の様に、色ごとに区分けされ咲き誇っている。。



リビングでは、ソファーに座った老婦人が編み物をしていた。


元々この家は、この村を中心とした農地を所有していた、地主の家だったという。


地主の一族が絶え、空き家になっていたのを老婦人が買い取り住み始めた。



老婦人が編んでいたのはレースの様だ。


とても凝った複雑なデザインで編まれており、明らかに趣味のレベルを超えている。


にもかかわらず、その編み進める速さは尋常ではない。細かい作業に対し何らかの「特性」があるのだろう。


「ふぅ」


老婦人が手を止め息を吐く。


(今日はどうもいまいちだわね)


集中しきれないようだ。


遠くから「ゴーン」という重い鐘の音が2回、「カーン」という軽い鐘の音が1回聞こえた。


「昼前」を知らせる「11の鐘」だ。


確か朝食を食べ終えた時に「8の鐘」が鳴っていた。ちょうど鐘3つの間編み続けていた事になる。


確かに、普段の彼女なら鐘4つ、5つぐらい平気で編み続けられる。


(まぁ、こういう日もあるわね)


老婦人はさっさと見切りをつけ休憩する事にした。


年寄りが無理をしてもろくな事にならない。


レースの納品期限にもまだかなり余裕がある。


先週買った、お気に入りの茶葉でお茶を入れて、一昨日焼いた焼き菓子でもつまもう。


そう決めて老婦人は、ソファーの前のローテーブルに置かれた銀色のベルを取った。


ベルに魔力を流すと、ほんのり青く光る。


それを確認してベルを軽く振りテーブルに戻す。


振ったにも関わらず音はしない。


数秒後、戻したベルから「チリンチリン」という音が聞こえてきた。


この呼び出しベルは「魔導具」と呼ばれる物だ。


魔力を流して振ると、対になったベルが鳴る。その後自分のベルが鳴れば、相手からの「承知した」という返答になるという訳だ。


しばらくすると、一人の女性がリビングに入ってきた。


背が高く細身、銀色の髪を大きな三つ編みで一本にまとめ、エプロンをつけている。


家政婦の様だ。老婦人よりも幾分か若く見える。


「お待たせしましたアーティ。どうしました?」


女性の口調は静かで丁寧だが、かなり親密な感じだ。付き合いの長さを感じさせる。


「ちょっと休憩しようと思って。お茶を入れてもらえる?」


「かしこまりました。先週買った、あのお気に入りの葉で入れますね。一緒に一昨日焼いた焼き菓子もお持ちしましょう。」


「ええ、お願いね、キャロル。」


家政婦がリビングの外に出ていくと、アーティと呼ばれた女性は、部屋の中を見渡す。


壁際の化粧台に目を留めると立ち上がり、そちらへ歩いていく。その歩く後ろ姿は、僅かにぎこちない様にも見える。


化粧台の小物入れを開け、中に入っていたプレートを手に持つと、彼女は感慨深そうに表面をなぞる。


青白く、冷たい輝きを放つプレートには、大きく「アリステア」という名前が、その下には小さな文字で、出身地と思しき地名が刻まれている。


裏面には、王家の紋章と人の名前らしきものが刻印されていた。



このプレートは、「冒険者証」という身分証明書だった。


冒険者として活動を開始する前に、冒険者ギルドに新規登録をする。その際に作成されるものだ。


各国共通の仕様で、国や街への出入り、依頼の受注と達成履歴等の記録を目的とし、冒険者として活動する際は所持が義務づけられている。


見た事がある者なら、「なぜ裏の刻印が冒険者ギルドの紋ではなく王家の紋章なのか?」と、違和感を抱いたかもしれない。


プレートの素材である青白い金属は、「白銀」である。単に「ミスリル」という呼び名の方が馴染み深い。


白銀色だが、鉱石自体が魔力を含むため青白く光り、魔力の伝導率も高い。


そして非常に硬く、鍛える側にも相応の魔力がないと形を変える事すら難しい。産出量も少ない希少金属だ。


かつての老婦人は、冒険者ギルドでは無く、当時の国王から直接「白銀級」に認定された冒険者だった。


一般的には冒険者ギルドがランクを決める。いくら冒険者ギルドが国営とはいえ、そこに国王は関知しない。


それだけ彼女は特別な冒険者だった。



キャロルと呼ばれた家政婦が、お茶の用意を載せたワゴンを押して戻ってきた。


チラリと冒険者証を手にしているアリステアに目をやる。


2人分の(結局一緒に飲む事になるので、初めから2人分入れるのだ)お茶を淹れながら尋ねる。


「どうかされました? それを手に取るなんて珍しいですね」


「えぇ・・・ちょっとね・・・」


「・・・坊ちゃんの事ですね? 良いのではありませんか? 学院も卒業しましたし、何よりもう18歳の成人です」


キャロルがそう言うと途端に血相を変える。


「でも、何もよりによって冒険者でなくてもいいじゃないの!あの子なら他にいくらでも働き口はあったのに!息子夫婦がいない時に、あの子に、キースに何かあったら顔向けできないわ!」


(やれやれまた始まったか)


キャロルは若干呆れ顔でアリステアを見る。


アリステアには、ライアルという冒険者をしている一人息子がいる。その子供がキースだ。


ライアルとその妻マクリーンは同じパーティの仲間であり、活動を同じくするうちに結婚、キースが生まれた。


王国でも有数の実力派パーティであり、人間的にも真っ当(冒険者には、力はあってもどこかぶっ飛んだ人間が少なくない)なライアル達のパーティは、国発注の依頼により国境付近へ長期遠征中である。


なんともう4年にもなる。漏れ伝わってくる話では、現地での隣国との調整が完全にこじれてしまい、戻るに戻れないらしい。


アリステアとしては、キースが冒険者になるにしても(本当は嫌だが)、せめて息子夫婦が戻ってくるまでは家にいて欲しかった。


なんといっても、冒険者は一つ間違えただけで、簡単に死ぬ。死ななくても大怪我をする。


自分は左足の半ばから下だけで済んだが、少し間違えば絶対に死んでいた。


あの時は、皆が「その状況でよく生きて帰ってこれた」と口を揃えた。そういう職業だ。


ライアル達がやっと帰ってきたと思ったら、愛しの息子は墓の下(それも遺体を回収できたらの話だ)ではあんまりである。


両親ときちんと話し合って決めたのなら諦めもつくが(本当は嫌だが)、両親がいないこの状況では、親代わりのアリステアとしてはとても許す事はできなかった。

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