第4話 高利貸しの話③
佐助が目を覚ますと、そこは神社の境内であった。
あの男の姿は見えない。太陽にに照らされ木々は緑色に美しく輝いていた。
太陽は真上に上がっていた。いつのまにか正午になっていたのだ。
そよそよと優しい風が吹き抜ける。
「はて、あれは夢だったのか」
ふと自分の手の中を見ると小さな銀色が転がった。男に渡された鈴である。
「おや、夢ではない」
とすると高利貸しの主人の身に起きたこともまた夢ではないのだ。
さて、そうなると久次郎の行方を探らねばならない。
佐助は一度店へ戻ることを決意した。そっと外から窺えば問題なかろう。
勢いよく石段を駆け下りて行った。
店へ戻ると、特に変わった様子はない。
中をそっと伺った佐助は帳簿をつけている主人の姿を見つけた。
いつもの場所にどっしりと座っている。
銀治の姿はない。あれはやはり夢ではなかったのだと佐助の背中に嫌な汗が流れた。
ふと主人が顔を上げ、佐助と目が合った。
「これ佐助、お前さん今までどこにおった」
手招きされれば行かざるを得ない。
佐助は観念したように主人の傍へ寄った。
「お前さん昨日の酒はどこに置いた?」
「え…?」
佐助は耳を疑った。主人はまるで何も無かったかのような態度である。
そこへ高利貸しの妻がやってきた。
「あなた、朝から銀治がおりませんの」
「金の催促に行っているんじゃないのか?」
驚いた風の高利貸しとその妻に続き、佐助は恐る恐る着いて行く。
銀治の布団は乱れた様子であった。ただ死体は無い。
「銀治は何処に行った。佐助、何かしっておるか?」
「わたくしは何も存じません…」
なぜ死体が無いのかも疑問に思ったが佐助は口にしなかった。
高利貸しの主人は困った。銀治が居なくては返金の催促がままならない。
高利貸しは佐助に命じた。
「佐助、銀治を探しておいで」
「旦那様、そういえば昨日久次郎殿を売った茶屋の方ならば何かご存じでは。何処に売られたのでしょうか?」
それらしく佐助は尋ねた。高利貸しはなるほど、と呟く。
「伊蔵のところの茶屋に売った」
「では、そちらに確認しに行って参ります」
居場所を聞きだした佐助は駆けだした。
《根源を見つけたら、丑三つ時に鈴を鳴らせ》
突然佐助の耳に昨日の男の声が聞こえた。
それは佐助の胸辺りから聞こえるのである。
着物の懐には銀の鈴が入っている。佐助は鈴を耳に近づける。
《…丑三つ時に鳴らせ》
鈴から直接声が聞こえ佐助は飛び上がった。
「ひえぇっ」
道行く人が不審な目で佐助を見て足早に避けて行った。
高利貸しに言われた通り、久次郎は伊蔵の茶屋で働いていた。
佐助は夜になるまで、茶屋の壁に張り付いていた。
《さぁ鳴らせ》
丑三つ時の事である。再び鈴から声が聞こえた。
チリン鈴を鳴らすと、冷たい煙と共に鴉面の男が佐助の目の前に現れた。
「やれやれ、これでようやく空腹が満たせる」
そう言うと、五色坊はするりと壁を通り抜け、久次郎の枕元へ立った。
「ほうほう、これはまた旨そうな」
そういうと懐から箸を取り出した。久次郎の額にずぶりと箸を沈め、靄のような白いものを引っ張り出す。そしてそれを口の中に放り込んだ。
「まぁまぁ美味い」
久次郎の懐には人を呪う時に使用する札が入っていた。
それをついでに取り出すと五色坊はまた壁を通り抜け、呆然としている佐助の前に姿を現した。
「かかか壁を通り抜け…」
「もうお前の所の主人は元通りであろう、銀治とやらは既にこれに喰われておる」
そう言って佐助に見せたのは先ほど五色坊が久次郎の懐から取り出した札であった。
一見黒く見える札には怪しげな文字が細かく並んでおり、真ん中には大きく"口"と書かれていた。
「これが呪いの元だ、あと少しでお前の主人も喰われていたであろうよ」
佐助はぼうやりとそれを見つめたまま、崩れ落ちるように座り込んだ。
まぁ我には関係のない事だが、と小さく呟いた五色坊は鈴の音と共に消えた。
銀の鈴は静かに形を変え、やがて佐助の手中で崩れていった。
天狗と娘 k2e3 @Youdai_Katou
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