第8話 実家がある領地の異変
ある日、ミコトの元へ母から手紙が届いた。
領地の農産物に被害が出ているようだ。
その対応に追われた父が疲弊しているので、1度顔見せに帰ってきて欲しいとの内容だった。
ミコトが学院で特に学ぶことも無いので、1週間の休暇を申し入れたところあっさりと許可されたのには驚いたのだが・・・・。
貴族としては様々な家の行事があるので、そのあたりも考慮して学院の規則もゆるい制度になっているのかもしれない
ミコトは学院を出ると、人目につかないよう気をつけながら誰にも見られない場所を選んで実家近くの転移陣へと転移した。
魔術の発動とともに一瞬でミコトの目の前に見慣れた景色が現れる。
転移先である訓練場の転移陣は、ちゃんと機能したようだ。
ここは、ミコトのため特別に父が攻撃魔法の訓練用地として与えてくれた場所である。
ミコトがアルト先生から習う攻撃魔法は危険なため、少し家から離れた山中にある場所だ。
訓練時以外は誰も来ない場所であるのをいいことに、ここでミコトは作物の試験栽培や各種実験を行っていた。
実家の室内にあった転移陣は、就学のために街を出て行く時に壊しておいたのでこの場所からは徒歩で実家まで移動することになる。
ミコトが長く留守にしていたためなのか、訓練場入り口側の畑に植えていた小麦が不自然な枯れ方をしていた。
他にもミコトが育てていたいろんな野菜も壊滅状態だ。
訓練場で研究していた畑を見てみると、ジャガイモだけは元気だった。
畑の一角に植えられたジャガイモと雑草だけが元気に育っているのも変な光景だ。
例え畑の一角でも、これほどの栽培面積のジャガイモが地中にうまく実をつけているとするならば、かなりの収穫量になるはずである。
畑のジャガイモは実りを終えて枯れはじめる前の状態のようで、ジャガイモ栽培としては少し早めの収穫となるのであるが、それでも地中のジャガイモが大きくなっていたのは大変に良かった。
ミコトは一部の地面に天地返しの魔術をかけ、土中のジャガイモを地表に出す。
ジャガイモを集めるのは人力しかないのが残念であるが、ミコトは急いで種芋用のジャガイモを拾って収穫しておいた。
ジャガイモ畑の一部分のみの収穫であったがミコトの畑での種芋量としては十分だ。
この地に次はいつ帰ってこられるかもわからないし、種芋さえ確保していればいつでも植えることができるのである。
ミコトは種芋用のジャガイモを2袋、魔術空間に放り込んで再び移動する。
移動中、少し気になって畑の枯れた小麦を掴んでみたが、何か変な魔力を感じた。
どうもキナ臭い。
何らかの呪いのような物が枯れた小麦にに漂っているので、とにかく急いで実家を目指すことにする。
帰路にある畑は、一面に雑草ばかりが茂り荒れ果てた状態だし、時折すれ違う住民にも覇気がない。
実家に帰り着くと、痩せ細った父がミコトを迎えてくれた。
あまり寝てないのだろう。
目の下にクマがある。
それでも息子の帰りを喜んでくれたのは嬉しかった。
それにしても領地の様子がおかしい。
父に話を聞いたところ、今年の税免除と災害に備えて備蓄していた保存食を領民に配布して何とか領民を飢えさせずに持ち堪えている状態だった。
それでも王への税負担は逃れられないので、領主である父がなんとかやり繰りして納めるつもりのようだ。
ミコトの感じた枯れた食用植物に残っている魔力の残渣。
そこに悪意ある何らかの意図を感じる。
何よりこの領内だけに植物の病気が蔓延していることがおかしいのである。
翌日、ミコトは領地周辺部をひと回りして調査することにした。
昨晩父から聞いたところでは領地内の食糧事情が良くないようなので、予め訓練場に向かい、昨日の残りのジャガイモを収穫して領民に配布するつもりだ。
ミコトは訪れる集落ごとに一定量のジャガイモを配布して、芽がでた部分で芋を切り分け、腐らないよう切り口に木灰を塗って畑に植えるよう指示しておいたので、ジャガイモが実をつける数カ月後に食糧問題は解決するだろう。
今なら季節的にも、ジャガイモを植えるのに適している。
ジャガイモ自体は領民に雑草だと思われているため、種芋配布時にミコトが前もって調理したジャガイモを食べさせて、食用植物なのだとわからせるのも必要な作業だ。
保存中に芽吹いた芋は、毒のある芽の周りを避けて調理すれば食べられることも一緒に領民へ教えた。
ジャガイモの成長は早いので、何とか冬までに収穫できると思う。
村々を廻る間に変な気配を感じたミコトがその場所を調べると、隠された魔法陣を見つけた。
この魔法陣をミコトが詳細に調べた結果、作物の成長阻害を目的としていたので、これが人的被害であることは明確である。
発見した魔法陣を壊すのは簡単だが、相手に気づかれ新たに作り直される可能性もあるのでそのままにしたのは苦しい選択だ。
ジャガイモは普段食されていないので、魔法陣に組み込まれた魔法対象に入ってないのが幸いしたようだ。
この辺りでは芽の周りを食べると激しい腹痛を起こすので、ジャガイモは毒物と思われているのである。
領民が雑草だと思うのも仕方がないことだ。
ミコトは見つけた魔法陣のそばに、対策用の魔法陣を描いていく。
その上で対策用の魔法陣にだけ認識不能の魔術を重ねがけする。
描き上げた魔法陣は広範囲をカバーしており、その範囲内に存在しているこの呪いの魔法陣に作用する。
ミコトの作った魔法陣は呪い返しと呼ばれる術に転移術による方向性をもたせたものだ。
術者情報は魔法陣の魔術発動条件であるので、魔法陣の一部に記載されている。
この情報を使って呪いの魔法陣を描いた術者の記憶に作用させ、その基本関係地へ呪いを移す魔術である。
作物の育たない集落が持ち直せば、術者は絶対に呪いの魔法陣を描き足すはず。
描けば描くほど、我が身の関係地に呪いが降りかかるとは思わずに。
ミコトが領内をひと回りして呪い対策を行っている間に、ある村で妙な話を耳にした。
作物枯れだけでなく、発熱と下痢を伴う病気が蔓延し始めているらしい。
どうも見慣れない商人が商売した後に病の発症が見られるようだ。
ミコトが水への混入物を疑って、村の井戸を調べたが異常は無かった。
そこで領主の息子に病をうつす訳にはいかないとごねる村人に無理に頼んで、病人を診察する。
病人は明らかに黒死病だ。鬱血して肌が黒く染まっている。
ペストと言い直した方が分かりやすいかもしれないが。
感染力が強く、直ぐに死に至る伝染病である。
ミコトが村人たちに確認すると、思ったとおりネズミを見かける事が多いとの事。
すぐに村人にネズミの駆除を指示した。
原因が分かったので、1本の針にペスト菌を死滅させる魔術を書き込み、錬金術を使ってコピーを多量に作ると治療を開始。
感染した者には、針を1日1度、3日間続けて腕や足などの筋肉に刺すよう説明して配布した。
ミコトは病気の感染順に辿りながら、怪しい商人を追跡することにする。
とうとう、数カ所目の村で目的の商人を見つけた。
隠れて商人の荷物を調べると、案の定ネズミを飼っているのが判明する。
商人は村に着く度に、このネズミを密かに放っていたようである。
ネズミの繁殖力はすごいので、すぐに村のネズミと交配し病気を広めていくらしい。
商人は次の村の襲撃のために数匹だけを手元に残しているようだ。
ミコトはこっそりと商人のネズミをすり替えて、病気持ちのネズミには、天へ旅立ってもらう。
恐らく商人が気付くことはないだろうが、事を慎重にするのは正しい選択だろう。
それからミコトは先回りして商人の向かう先で旅の休憩を装い待ち構え、商人が近づき通り過ぎるところを呼び止め、偶然にも商人に出会ったフリをして話しかけた。
(このような状況ならば幼い子どもが話しかけても大丈夫だろう)
そう思って怪しい行動の商人に話しかけたのだが、ミコトの思惑通りにことが運ぶ。
「それらの荷物は?もしかして旅の商人ですか?」
「そうですが何か?」
「これはいい所に。僕はここの領主の息子だけど、見ての通り領地内の作物が枯れてしまい困っているんだ。被害状況を調べるために父と手分けして領内を巡っているところだけれど、領民の食糧不足が深刻な状況なんだよ。そのため他の領地から穀物を取り寄せたいのだけれどなかなかここまで来てくれる商人がいなくて頼むに頼めない。そこでだけれども商売人の其方はそれができるの?」
とミコトが聞いてみた所、商人から予想どおりの反応が帰ってきた。
「それはお困りでしょう。私どもなら何とか力になれると思いますよ」
と返事が貰えたのだ。
「商売の途中申し訳ないけれどもこの事を契約したいから後ほど領主の館に寄ってほしい。このままでは領民の食べ物が無くなってしまうので、できれば急いで訪ねてくれると助かる」
と、さも困ったようにお願いしたのでうまくいくはずだ。
「分かりました。近日中にお伺い致します」
と商人と約束を取り付けたのでミコトは一旦家に戻った。
商人が訪れる前までに急い下準備を行わないといけない。
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