第7話 彼女の祖先は親友か?


 翌日クラスの中で彼女に会ったのだが、彼女は他の娘のように馴れ馴れしくミコトに接触してこなかったので、ミコトはいつもどおりに過ごせた。


 やはり気遣いのできるいい娘だと思う。

 彼女を改めて見ると小柄だが、とても可愛い。

 昨日約束した今日の放課後の事が楽しみだと考えただけで胸がドキドキする。

 こんな感覚は前世のミコトが初恋をした時以来なのだと思い出した。


(もうあれからどれだけ経つのだろう?すっかり忘れていたが、こんな感じもいいものだな。ああ2度目の初恋なのかぁ?)


 そんな事を思いながらも彼女に見入ってしまう。

 他の娘に比べて少し胸は小さいようだが、両肩にかかる細く長い髪の毛が赤毛で目立つので、そこに目がいかないのは彼女なりの工夫だろう。


「へぇー。女の子に興味があるの?ミコトも男の子だったんだなぁ」


 ミコトの視線の先を見たアルがからかってくる。

 既に彼女がいるアルは余裕の表情だが、長年の記憶があるこちらとしてはアルの方が恋愛初心者だ。





 賢者だったミコトには、一夫多妻だったこともあり何人も妻がいたし、子どももそれなりに生まれていた。

 ミコトが過去に娶った妻は、今でも愛しているしそれぞれに感謝している。

 みんな人間的に素晴らしかった。

 ミコトの荒んだ人生に幸せを分けてくれた人たちだ。

 一緒に居たくて寿命を延ばしてあげたが、彼女たちの持つ魔力量が少ないので、10年ほど寿命を延ばすのがやっとであり、その都度悲しい別れが訪れたのだ。





「ミコト。あの娘は人気高いよ。賢者の末裔である、ユリシーズ・イシュタールさ。汚い貴族に騙され没落した家柄でも、未だに貴族として残れているのはあの娘の両親が素晴らしい人格者だからだ」


 アルの言葉で現実に戻る。


「賢者の末裔?イシュタール?」


 賢者イシュタールはミコトの記憶にある数少ない友の名だ。

 無謀な挑戦をするミコトが死に直面する度に、文句も言わず

に何度も力を合わせてくれた友の名だ。

 ミコトにとってたった1人の大親友である。


 心が通じた親友。

 いつになっても忘れるはずがない。


(えっ、この世界はあの殺伐とした世界の未来なのか?)


 ミコトがそう疑問を持ったところで、この日最後の授業が始まった。

 授業が終わるとミコトはそそくさと荷物をまとめ、教室を出ようとしたところでアルに止められる。


「ミコト、今日も一緒に帰ろうか」


 いつものように女の子からガードしてくれるつもりのようだ。


「ごめん、今日はちょっと予定があるんだ」


「どこに行くんだい?」


ミコトはアルから目をそらす。


「ああ、そうか。じゃあ幸運を祈る」


 アルは相変わらずカンのいい奴だった。

 何も言わないのにミコトの事情を察したらしい。





 ミコトが待ち合わせ場所のベンチでしばらく待っていると1人の女の子がやって来た。


「ごめん。待った?」


「いいや。さっき着いたばかり」


「えへへ、嘘だねぇ。向こうからずっと見ていたんだから知っているのよ」


 案外お茶目な奴だ。

 そこが可愛いかもと思ってしまう。


「ねぇ、君は俺のこと知っていたよね」


「この学院でミコトくんのこと知らない人はいないと思うよ。すっかり有名人だし。先輩たちもみんな知っているわ。嫌われ者講師を学院から追い出したって」


「へえー、そうなんだ。目立ちたくないんだけどなぁ」


「私はユリシーズ。ユイって呼んでね。ミコトくん、昨日は助けてくれてありがとう」


「わかった。これからユイちゃんって呼ぶね」


「違うよ。ユ・イ。わかった?私もミコトって呼ぶから」


「わかったよ。でも昨日は何で先輩たちに襲われていたの?」


「一緒にいた娘があの男たちに纏わり付かれて困っていたので、私は助けようとしたのよ。だけど逆に私までが捕まって建物の裏に連れ込まれてしまったの。あの子は、一般クラスなので貴族に犯されても何もできないから」


「そうなんだ。でもそれはひどいね」


「ミコトが助けてくれなかったら私もあの人たちに犯されたと思う。本当に危なかったんだ。寮に戻ったら怖くなって震えが止まらなかったのよ。初めてだよあんな事」


「偶然だったけど、俺もユイたちを助けることができてよかったと思うよ。もしあの時に俺が気付かなくて、ユイにそんなことがあったんだと知ったら後悔すると思うし」


「ミコトは気にすることないよ。あの先輩たち、女の子の中で有名なの。危ないから近寄っちゃいけないって。あの先輩たちに犯されて、何人も学院を辞めているのだから。それに妊娠した子もいるらしいのよ」


「自分の欲望を満たすのじゃなくて、ちゃんと告白して付き合えばいいのにね」


「そうなのよ。あの人たち頭がおかしいんじゃないかな?強姦事件が発覚しても、個人の恋愛感情のもつれだと言いはるし、女の子を自分たちの性欲処理する物としか思っていないなんて最悪よ。そして何があっても最後にはあの先輩の親にもみ消されて終わり。あんなのが貴族なんて最低」


 ユイがプンスカと怒っているのだろうけど、小さな胸を張っても可愛いだけだ。

 全く怖くない。


「じゃあ、ユイ。コレを持っていて。僕の魔術を黙っていてくれることへの口止め料さ」


 ミコトは精一杯おどけながら、金色の枠で飾られた青い葉を模した飾りのついたネックレスをユイに渡す。

 昨晩ミコトが錬金術で作った物質を彫金技術で加工したのだが、とても一晩で作り上げたとは思えない出来栄えだった。


「きれい・・・・」


 ユイは魅入られたようにネックレスの飾りを見つめている。


 それもそうだろう。

 覚えているユイの魔力パターンを意識しながら、ネックレス製作中にはその思いをずっと込めていたのだから・・・。

 見方によっては精神的に随分重い品である。


 人は指紋同様、個々に違った魔力パターンを持っているのだが、ミコトはこのことを利用して頭の中で念じた言葉が、相手の魔力パターンの感知先に送られる術式を作り、その術式に使用者と相手を登録する術式と、使用者意外の魔力では起動しない術式を付与した力作なのである。


 ユイの体の何処かに接していればその隠された機能が使えるはずだ。

 相手との空間を直接繋いで通信するので、お互いの距離は関係ない。


「このネックレスには、通信の魔術が仕込んである。ユイは昨日の奴らに目をつけられたかもしれないから、もし、危ないと感じたら魔力を込めて。そうすれば俺に連絡が着くからね」


「こんなの貰えないよ。すごくきれいで高そうだし。壊してしまっても私は払えないから遠慮するわ」


「気にしないでいいよ。俺が作ったものだし。ユイに何かあると俺が嫌だ。これなら服の下に隠して置けるだろ。それにこれはユイにしか使えないように作ったんだからさ」


「わかった。ありがとう。貰っとくわ。じゃあミコトが付けて」


 そう言って髪をかき上げる。

 想像した通り綺麗なうなじだ。

 ミコトは不慣れな手つきでユイにネックレスをつけてあげる。

 顔を赤くしたユイが俯いて小さな声でお礼を言うのが可愛かった。


 どうしたのだろう。

 顔が近い事を意識してしまい、胸がドキドキする。

 ミコトが生まれ変わりその体が若返った為なのかわからない。

 ミコト自身、自分の体の異常な反応に戸惑いを感じるがこれはこれで悪くない。





 二人にちょっとした沈黙があった。

 お互い意識しすぎて気まずいのである。


 この沈黙を先に破ったのはミコトである。

 ミコトは男としてこの気まずさを無くさなければならない。


「ユイの家は、賢者のイシュタールの子孫なんだろ?」


「えっ。何で知っているの?でも最近は純血ではないと言われているけどね」


「ごめん。クラスでユイに見とれていたらアリューシャが教えてくれた」


「見とれるなんて・・・。私そんなに魅力ないよ」


「いやっ、いつも赤い髪きれいだなって・・・」


「髪だけ?」


「いいや。ユイのことは全部好きなんだよ。それにユイとはとても話しやすい事がわかったしね。こうして会えて良かったよ。運命の神様に感謝だな・・・」


「そうか。両想いだったんだ」


 ユイは俯いて小さく呟く。

 おいおい聞こえているぞ。

 仮にも元賢者である。


「これからもユイと色々話したいな」


「それって俺と付き合えよって事?」


「簡単に言うとそう言うこと。明日から隠さなくていいから」


「うん。ありがとう。嬉しいよぅ」


 何で泣く?


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