第6話 彼女ができた


 剣術の授業については、学院側がミコトの免許皆伝の話をしてくれたので、それ以上目立つことなく終わった。

 仮にも王都の学院の講師が、6歳になったばかりの子どもに軽くあしらわれたのだ。

 あの場にいた生徒に対し、この事で騒がないように学院側から念を押されたのは、学院としても表沙汰にしたくない表れなのだろうと思う。





 それから数日は何事もなく過ぎていった。

 ただ、ミコトに対する女の子からのラブレターが多くて処分に困るようになった。

 この学院で将来の伴侶を見つけようとする女の子にミコトは優良物件だと映ったらしい。


 アルが気を利かして、俺の目につく前に捨ててくれるのだが、それでも結構な量がミコトに届く。

 この世界での女性の立ち位置は低い。

 彼女たちも安定した将来のために、より良い伴侶を得ようと必死なのだ。


 婿探しの目的で頑張って学院に入学した娘も多いと聞く。

 本人の思いだけでなく、親からの過大な期待を背負っている者もいるようだ。

 ミコトは末端貴族であるが、能力的に優良物件なのがわかった以上、その娘たちからアタックされるのは仕方ない事だった。


 彼女たちは、かわいらしい見かけと違い玉砕覚悟で挑んでくるので、ミコトとしては怖かったのが本音である。

 お陰で学院内では緊張しっぱなしだし、それが男子寮に帰り着くまで続くのだからミコトは気持ち的に休まることがないのである。


 ミコトは対策として軽く認識疎外の魔法を使っているのだが、それでも彼女たちのアタックが続いている。

 それほど魔法より想いの方が強いのだろう。


 ミコトとしてはその執念をほかに向けて欲しいのだが・・・。


 このまま続けばさすがにミコトも倒れてしまうかもしれないので、早くミ自分のことを諦めてくれればいいと願うのだが、この世の中そんなにうまくいくものではないようだ。

 ミコトに迫って来る女の子たちを精神的に操るわけにもいかず、ミコトにできる防衛手段は今使っている認識疎外くらいのものである。

 認識疎外魔法を強くすることもできるのだが、それでは誰にも認識されないことになり、そうなると学院の欠席扱いになるのでそこはミコトとしても痛い所なのだ。


 ミコトにとって、この学院生活は魔法も武術も教わる価値がない上に少女たちに襲われる毎日なので、この頃の日常は悪夢であった。

 それも数日後には解消されることとなる。


 女の子から逃げ惑っていたある日、ミコトはやっと学院内に心安らぐ居場所を見つけたのだ。

 ミコトが追手から逃れるために偶然逃げ込んだ図書館では、さすがに追手の女の子たちもおとなしくなったのである。

 書籍に集中している者にとって騒がしいのは迷惑この上ないので、出来得る限り静かにするのがこの図書館利用の必須条件なのだ。


 本好きのミコトはここがとても気に入った。

 女の子からの猛烈なアタックから逃れられる上に、この図書館の図書の充実が素晴らしかったのである。


 流石に王都に作られたたった1つの学院だけのことはある。

 ここは情報の集積地なのだ。

 そのために学習意欲の塊であるミコトは、今では時間が空くと図書館に通っている。


 ここならば図書の充実ばかりでなく、学院卒業生のいろんな研究論文も閲覧できる上に静かに過ごせるし、ミコトを取り巻く女の子たちを気にしないでいいのだ。


 ミコトが元賢者としてかなりの知識があったとしても、その知識と住む世界が違えば理屈や風習も違うし、新たな理論も存在する。

 その上、物の考え方もミコトの経験してきた所と変わっているのだ。

 ここはミコトにとっては最高の環境だった。


 事によってはミコトの魔法も使えないものがあるかもしれないのだから、この世界での情報収集はミコトの重要事項であったのだ。





 数日後、ミコトの手元には図書館で見つけた本が一冊あった。

 その本は研究論文であり、その中で新たな切り口で時空魔術に関しての考察を行っているのである。

 ミコトはこれを読んだときに心が踊った。

 その理論は、ミコトの今までの記憶の中と照らし合わせて興味を引くものであったのだ。

 その論文に記載された考えは、まだ魔術として1つも完成してないのでこの世界で陽の目を見ていない。

 しかし、ミコトはこの論文を書いたランホウと言う学者はかなり時空魔術の核心に迫っていると感じたのだ。

 ミコトがこの論文を読みすすめると、その理論や考え方に納得することも多く、呪文さえ固まれば近いうちに時を止める魔術ができそうなくらいの出来栄えなのである。

 この理論を基にミコトが作り上げた魔術をランホウに教えられないのがもどかしいが、そんな術はこの世に存在しない方がいいのも事実である。


 理論上行えることでも、やってはいけないこともあるのだ。

 今はただ、ミコトの賢者としての物事への探究がそうさせているだけなのだから、ミコト自身がその魔法や魔術を構築しその発動と結果が満足できるものであればそれで納得できるのである。





 ある日の夕暮れ時、ミコトは図書館からの帰りに上級生3人に絡まれている女の子2人を見つけた。

 建物の陰で何をしているのだろうと疑問に思い、ミコトは遠聴の魔術を使う。


「いいだろ。減るもんじゃないし、俺と付き合えよ。気持ちよくなれるんだぜ」


「あなた達とそんな事をするはずないでしょ。自由恋愛制度を悪用したあなた達のせいで何人学院辞めたか覚えているの?」


「お互いが気持ちのいい事して妊娠しなければいいだけじゃないか?まあ妊娠しても親父がどうにかしてくれるから安心しろよ」


「気持ちがいいのはあなたたちだけでしょ。それにあなたたちなんか絶対嫌って何度も言ってるでしょ!わからないの?」


 女の子が拒否しているが、男から掴まれた手を振りほどけないようだ。

 男たちは、自分の欲望を満たそうといやらしい笑みを浮かべている。

 人の目に触れないように、手慣れた様子で女の子たちを建物の陰に連れ込んだ手口を見ると、どうやら初犯ではないらしい。





 この世界の人間は、6歳くらいになると女の子は胸がふくらみ生理が始まる。

 男の子は、同じ頃に精通がある。

 身長は、それからも伸びて大人の体つきに変わっていく。

 ミコトは、最近自分の身体に起きた事なので記憶に新しい。


 つまり、6歳になると男女の営みで子どもが出来るのである。


(仕方ないか。ここで見かけたのも何かの縁だろう)


 ため息がてら、その辺り一帯にミコトは気を放つ。

 ミコトの気の圧力に常人は対応できない。

 これで全員気絶したはずだ。


 ミコトはゆっくりと争いの場所に近づき、女の子2人を身体強化した体で抱えたまま女子寮そばに転移し、そっと近くのベンチに2人を座らせて立ち去ろうとした。


「ミコト君、ありがとう。あなたは魔術も凄いんだね」


 小さな声でお礼を言われた。


 振り返って見てみると、そのお礼を言った娘は同じクラスで見かけたことのある綺麗な赤毛の娘だった。


 日中、彼女に日の光が当たるたびにその細くて綺麗な赤毛が美しく輝くのをミコトは覚えている。

 その赤毛につられて思わず見つめてしまう彼女は、整った顔立ちだけでなく身体的のも可愛さと美しさを兼ね備えており、その上所作も洗練されているのでいつまで見ていても飽きないくらい素晴らしい。


 毎日女の子に追いかけ回されたためにミコトが女性不振になりかけているとしても、さすがにきれいなものに対する評価までは失っていない。

 今回その美しいと思った娘に接触できたばかりでなく、彼女からミコトにお礼を言ってきたのである。


 ここでミコトは気が付いた。

 賢者の放つ気を当てられて気絶しないのは、能力として武術における師範クラスの潜在力があるはずなのだと。


 それで、ミコトはこの娘に俄然興味が湧いてきた。

 ミコトが彼女を遠くから愛でる対象から、話してみたい相手に変わった瞬間である。

 当然のことながら相手が苦手としている女の子であることも忘れ、ミコトは自然に声をかけていた。


「突然、気を放ってごめんね。意識があるなら怖かったんじゃないかな?僕としてはちょっとだけでも君と話がしたいけど、今日は遅いからやめとくよ。もしよければ明日2人だけで話せる?」


 初めて話した女の子を誘う言葉ではないが、この時は全然気にならなかった。


「私はいいわよ。明日の放課後ここで待っているわ」


「それと、さっき転移した僕の魔術のことは内緒だよ。使えることがバレるとなかなか面倒だから」


「うん。わかっている。一瞬で移動できるなんてありえないほどすごい魔術だよね。私も貴族の面倒さは知っているから。じゃあ明日ね」


 そう言って2人はアッサリと別れた。

 そこのベンチから女子寮は近い。

 あそこからなら2人ともすぐに寮へと戻れるだろう。


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