第5話 学院における実技訓練
新入生に予定されていた数々のオリエンテーションも終わり、ミコトが入学してついに授業を受けることになった。
初授業である武術の授業は、貴族・一般の両クラス合同で行われる。
既に実力のある一般クラスは、心の中で貴族クラスをバカにしていることが明らかに感じられる中で、授業を受けるのだ。
「あ~。この中にいるミコトと言うヤツ。前に出てこい」
いきなり講師に呼ばれたので、ミコトは渋々ながら集団から出ていく。
「話は聞いているぞ。アルトの弟子らしいな。奴から授業免除の申請が出ている」
「いいか。みんな見ておけ。何処にもズルをする奴がいる。こいつも貴族の力を使って免除申請したクチだろう。ここの講師を任されるほど優秀な俺が相手してやるからお前の実力をみんなに見せてみろ。お前のようなやつは鼻持ちならんからついでに化けの皮を剥いでやるぞ」
この授業を受講するにあたり、ミコトは初見からいかにも頭の悪そうな講師で気に入らなかったのだが、お互いに感じていたとは意外だった。
「講師が、生徒に手を出していいのですか?後悔しますよ」
「バカを言うな。今からやるのは俺の指導だ。直接講師が生徒に指導するのは当たり前だろ。何らおかしなことはない。そんな事を言うとは今更怖気づいたのか?ズルして実力がないのだから当然だろうな。ここでは俺が決まりだ。俺のやることに文句がある奴は、落第させる」
(はあ~。この講師、自己陶酔したおバカさんかあ~。なんでこんなのが講師なんだ?一般クラスには実力者もいるだろうから下に見られないよう必死なのだろうが、あまりにも情けない野郎だ。ナメられないよう最初に自分の権力を見せつけるのはよくある話だし、6歳児ならば簡単に勝てると踏んでいるらしい)
ミコトは心のなかで呆れていた。
「わかりました。他流試合は師匠から禁止されているのですが、授業中の指導ならば仕方ないですね。お相手しましょう」
学院で目立たないようするつもりだったが、コイツはダメだ。
ミコトは仕方なさげに側にあった訓練用の木剣を持つと、順にバランスを確かめて自分に合った剣を探す。
「シュッ。シュッ」
試し振りをして使いやすい木剣を選んでいくミコト。
(これがいいみたいだな。重さも長さも好みだし、重心バランスもいい)
ミコトがやっと木剣を選んだ時に、講師は木剣を振りかぶって襲ってきた。
授業なのだから、始めの合図も無しに打ちかかるなど誰が見ても卑怯なことである。
これにはさすがの学生たちも呆れているようだ。
なんの工夫もなくミコトに打ち下ろしてくる講師の木剣を、ミコトは軽く『カンッ』と弾いて躱す。
会心の一撃を軽く躱され驚く講師の頭を、ミコトはすれ違いざまに『コツン』と木剣で軽く叩く。
「学院講師が授業の中でいきなり生徒を襲うとは卑怯ですよね。実践ではありうることですが、仮にも授業です。こんな調子では生徒に教える授業内容では無いですよね。それでも講師ですか?それに教える側の技術がそんな低レベルでは僕があなたから学べるものは何も無いのですが・・・」
このミコトの挑発は効いたみたいだ。
生徒たちの目の前で講師の頭を叩かれたのは、痛みの無いほど軽い分バカにされている意味合いが強い。
それでこのダメ講師の頭に血が上ってしまったらしい。
ダメ講師は持っていた練習用の木剣を投げ捨て、壁に掛けてある真剣を取りミコトに向かって思い切り突いてきた。
ミコトはこの突きも木剣で軽く横から弾く。
『ガキーン』
室内に響く甲高い金属音とともに講師の突きがそらされた。
真剣でも刃に直接当たらなければ木剣でも対処可なのである。
剣を弾いたついでに、またミコトは講師の頭を『コツン』と軽く叩いた。
この行為でミコトがこの講師をバカにしているのは確定だ。
「あれあれっ。卑怯なだけでなく。頭も悪いみたいだね。実力差もわからないのかな?」
ダメ講師は何も答えず、血走った眼で睨んでくる。
ミコトがこれだけわかりやすくしているにも関わらず、実力差が理解できないようで止めるつもりはないらしい。
そこで遊びは終わらせることにした。
「いいか?よく聞けバカ講師。お前は真剣を取ったばかりでなく、僕を殺そうとして突きを放ったな?そこで止めれば許すつもりだったけど反省しないと見た。いいか?真剣で相手に向かうということは訓練や遊びではないと言うことだ。僕を殺そうとする以上、少しだけ本気で相手してやる。そうなればそれなりの報いを受けることになるだろう。殺しはしないが覚悟しろよ」
そう言ってダメ講師の懐に飛び込み、木剣に一瞬の殺気を込めた一撃で講師の両手の骨を砕いた。
手が治っても、もう一生剣は握れないだろう。
講師は痛みと恐怖で失禁してその場で気絶した。
決着までの一瞬の出来事に生徒たちがざわめく。
「あれ、あまりに早くて見えなかった。彼はどんな技を使ったのかな?」
「魔法だろ?」
「あれはただ、近づいた瞬間に木剣で手首を叩いただけだ。同じ年齢でそんなことができるのは絶対に無理だし、僕の師匠でも無理かなぁ。後で鍛錬方法を聞いておこう」
ほとんどの生徒が一瞬のことで何が起こったか把握できない中、一般クラスの中では、ミコトの技を見切った者もいるようだ。
ミコトが感情もあらわさず普通に周りと接しているので、誰もミコトに恐怖する者はいなかったのは救いである。
しばらくすると、騒ぎを聞いて駆けつけた学院関係者がやって来て情報収集が始まった。
生徒の誰かが学院に伝えたのだろう。
当然ミコトは悪くない。
そこに居た生徒全員目撃者だからだ。
数人の生徒から話を聞いた学院関係者は、この場にいる生徒全員を集めて話をしてくれた。
「皆さんは知らないでしょうが、ここにいるミコト君はあの有名な剣聖アルト氏から免許皆伝の報せが学院に来ています。ですからどの講師を含めても剣術ではこの学院の中で彼に敵う者はいません。事前に説明してあったのにその実力差もわからずミコト君に勝負を挑むなどバカな講師ですね。この人は当然首にしますので、次からはまともな講師を期待してください。あっ。ミコト君は武術免除が決定していますのでこれから受講しなくて結構です」
それだけ言うと、学院関係者は、武術館から出て行った。
その場にいた者たちは、流れ解散となる。
ミコトは、アルト師匠がそんなに有名だった事に驚いていた。
道場をいくつも持っている事は知っていたが、ただの物知りで武術好きなおっさんだと思って今まで付き合ってきた自分が恥ずかしい。
ミコトに勝負を挑んだバカな講師は、気絶したままその場に放置された。
「ミコト君。凄かったよ。本気出したらどれだけ強いんだ?」
「ミコト君は日頃どんな鍛錬してるの?教えてよ。僕も強くなりたいからさぁ」
「ミコト君。弟子をとる気ない?今から師匠と呼んでいい?」
ミコトが一般クラスに群れる剣術馬鹿の脳筋らしき者たちに囲まれ、仕方なく苦笑している中にアルが割り込んできた。
「あいつ、講師として最低だったな。最初から俺たちを下に見て威張っていたし、ミコトに噛みついた時は俺も見ていて頭にきた。ミコトが応じなければ、俺、あいつに飛び掛かっていたかも」
ミコトはアルに話しかけられる。
「えっ、アルはあいつに勝てるの?」
「まあ、仮にも講師だろ。だから確実に負けるけどさぁ。男としては我慢ならん」
「ありがとう。気持ちだけもらっとく。でも本当にやるなよ。師匠にも言われたけど命あってのことだからな」
ミコトを囲んでいた脳筋たちも、話がわかるのかウンウンと頷いている。
「わかったよ。まあ、俺の出る幕じゃないからな」
そう言ってアルはニカッと笑う。
気持ちのいい笑顔だ。
一般クラスからは、既に貴族クラスをバカにした態度は見られない。
ミコトの気を引こうとする脳筋以外は、ある程度実力があるだけにミコトの力の片鱗を見ただけで恐れたようだ。
貴族クラスでは他のクラスメイトもミコトを遠巻きにしている。
ミコトの事なのにアルだけ自慢げにしているのがなんだか可笑しい。
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