第9話 姑息な罠


 ミコトが家に帰り着くと、父に魔法陣のことと病気を蔓延させようとしている怪しげな商人のことを報告すると共に、勝手に対処した事を謝っておく。

 商人がここを訪れる前に、これから応接室に罠を仕掛けておかなければならない。


 ミコトは応接室に入ると、内部の音が漏れないように、そして応接室の中が外から見えないように、指定した人以外が応接室から出られないように、そして指定した人以外の魔術が使えないようにといくつも応接室内に魔法陣を描き込んで、それぞれの魔法陣に認識阻害の魔術を重ねがけしておく。


 この魔法陣の効果により、応接室の中は指定者以外の魔力を散らしてしまうので魔法や魔術は使えないし、その上で魔道具が起動しないようミコトが対策をしたので武力さえ気をつければ多分大丈夫だ。

 それに父が魔力を込めれば、指定者以外の生物に対し、重力が4倍に働くように細工もしてある。




 父が変に思うといけないので、


「僕は学院の図書館で偶然にも禁術を見つけてしまい覚えてきたけど、このことが学院にバレると大変なので、この術の事は見なかった事にして欲しい」


と父に念を押して応接室の魔法陣のことを説明しておいた。




 父は、最初からミコトの話す内容に驚いていたが、商人が人為的に自分の領民を苦しめていた事が分かると、その目は復讐に燃え始めていた。


(父の目がこちらに向かわなくてよかったぁ。図書館の禁書と言い訳したけど、あんな魔術を詳しく問い詰められたらまずかったもんなぁ)


 内心やり過ぎたと自覚しているミコトが、安堵のため息を付いているところに父のお願いが加わった。


「ミコト。商人は時に嘘を付く。それが本物の商人なのかはわからないが、嘘への対応はできないか?」


「そんなことなら簡単です。嘘への対処なら商人同士の契約でもよく使われている術ですし、学院でも習いました」


 父の願いで、父の魔力が加わると部屋の中で嘘がつけないよう魔方陣を描き加えた。

 父には何か考えがあるようだ。





 怪しい商人を待ち構えて2日後、商人がやってきた。

 ミコトはそそくさと、やってきた商人3人を応接室に案内する。

 念のため屋敷の外を確認したが、この3人の他には居ないようである。

 つまり、ミコトたちが対処するのはこの3人だけで済むと言うことであるのだ。





 ミコトは父との打ち合わせのとおりにお茶を用意するフリをして、応接室に鍵をかける。

 あとは、父の進行を見守るだけだ。


「遠路はるばるよく来てくださった。どちらの商売人の方かな?」


「西の国から来ました。旅の商人なので決まった土地にはいないのです。そこで仕入れたものを次の街で売るようなものなので」


(明らかに怪しい回答だ。)


 ミコトはそう思ったが父は、受け流して


「そうですか。実は領内の食料事情が悪くなり困っているのですよ。恥ずかしながら商人の皆さんに力を借りないとこの冬を乗り切れそうに無いのです」


「それはお困りでしょう。私どもは先日息子さんからそう話を聞いて、何らかのお力添えできるのではと参上した次第なのですよ」


(病気を振りまきながら、よく言うなぁ)


「それでは、私から正式にお願いがあります。」


 父はここで力を込める。




「我が領地に弓を引いたのは誰だ。答えよ」


 商人の顔色が一気に変わる。

 1人の商人が指先で何かをしているようだが、何も動かないので焦っているようだ。

 魔道具でも使おうとしたのだろうか。


「もう一度聞く。我が領地にチョッカイをかけたのは誰だ?」


 今度は重力が商人たちを襲ったようだ。

 父の前で、床にへばりついた1人の商人が苦しそうに答える。


「恐れながら、ミズチ領の領主に御座います」


 この部屋の中で嘘はつけない。


「我々も苦しみながら従ったまでで…」


「言い訳するな。黒死病をばら撒いたお前達に明日は無い」


 秘密裏に行っていた黒死病の事が公にされ、商人たちは目が泳いでいる。

 恐らく商人である事は嘘で、ミズチ領の領主が放った間者だったのだろう。

 ミコトとしては、それが彼らを見た最後だった。

 敵の処罰は残酷なのでミコトに見せたくなかったのかもしれない。





 疲弊して痩せ細っていた父は今や力に満ち、過去に戦い慣れしているミコトとしても恐ろしさすら感じる状況だ。


「兵を集めよ。」


 父の命により、人が集まる。

 辺境国である為、生粋の兵士はいない。

 集まったのは、ミコトが何処かで見た事のあるオッチャンばかりだ。


(なんか物足りないが、いないよりマシか)


 ミコトはそう思ったのだが、それは間違いだった。

 直ぐに訓練が始まるのだが、意外に動きが洗練されてまとまりがいい。

 ただのオッチャンの集まりと違うようだ。




 日頃から訓練していないとあんなにまとまった動きは出来ないはず。

 ミコトは今にして、父の凄さを感じた。

 父はミコトや領民に優しいだけでなく、領民皆の幸せのためだけにこの荒地に挑み続け、魔物と戦い、領地を開拓し、皆をまとめ上げてきたのだ。


「ミコト、よくやった。俺は鼻が高いぞ。領民には俺がミコトに命じた事にしてある。だから今回の件は学院にバレる事はないので、落ち着いたらまた学院に戻り勉強しておけ。ジャガイモの事も黒死病の事もミコトが居なかったら酷いことになっていた。改めて礼を言う。ありがとう」


 1人だけに聞こえる小さな声で父に褒められ、何故だか涙が出てきた。

 父は振り返り、


「皆の者よく聞け。我が領地の枯れた作物には呪いがかけられていた。謎の病気もネズミを使ってばら撒かれたものだ。実行犯を捕らえたので、やったのは隣のミズチ領だと判明した」


 ミズチ領内は滑稽な事に、こちらにかけた呪いが自分の領内に溢れてしまい作物が枯れはじめて慌てふためいている。

 事情を知らないミズチ領の農民たちは対処のしようもないはずだ。


 原因と思われる呪いの魔法陣も自領内に見つからないので、こちらにチョッカイを掛けた術者の立場はかなり悪いだろう。

 しかし、ミズチ領の兵士たちはこちらの士気が落ちていると見て、領地境に兵を集めているようである。






 父は集められたオッチャンたちを前に士気を高める。


「明日は我が領地にミズチの兵が攻め込むだろう。皆の者。戦いだ。攻めてくる相手には、目にもの見せてやれ。しかし、無理はするな。死を選ぶより生き延びろ。天は正しき者に味方する」


 一気に士気が上がった。

 父の示した作戦では、兵士たちはこのまま夜を迎えた後に闇に紛れて領地の境にゆっくり移動するようだ。

 これでこの領地に攻め込んだミズチの兵は、いきなり現れた敵に驚くはず。





 父の作戦が解ったので、ちょっと細工をしておこうとミコトは抜け出して境を目指す。

 領地境にミコトが着くと、父の情報通りミズチ領地に兵がたむろしていた。

 ミコトは自分に認識阻害の魔術をかけ終えると、ミズチ領のテント、馬車、あらゆる目につく物に遠隔式の爆発魔術を書き込み認識阻害の二重かけを行なった。


(兵士の数十名に書き込んだ魔術が一斉に爆発するのだから、明日は戦争にもならないな)


と思いながら、ミコトは自領へ戻ると、味方にこっそりと合流した。

 父の読みどおり、明るくなると共にミズチの兵が領内へと攻めてきた。

 そこに待ち構えた父たちが現れたのだから、ミズチの兵は早くも隊列が崩れてしまう。





 そのタイミングを待っていたかのようにミズチの兵士たちの中で爆発が起こる。

 隊列の前方、真ん中、後方全てに一斉にだ。

 ミコトが兵に書き込んだ魔術は、時間差で爆発するようになっている。


 被害状況を報告に来た兵士の爆発で、ミズチ領主も吹き飛んだみたいだ。

 このような状況になればミズチの兵としても訳もわからず退却するしかない。

 仲間の爆発で沢山の死傷者を抱えた上に、パニックを起こしたミズチの兵は自分が爆発に巻き込まれないように、近づく者を斬りつける惨状が続いている。




 父の呼びかけに集まった兵士は、ミズチの兵を追撃するまでも無く、屍の処理に追われていた。

 倒れている死体から金目の装備を回収し、それ以外は死体ごと全部まとめてミズチ領に運び放り投げる。

 ミコトがオッチャンたちのキビキビした動きに見とれていると、近寄ってきた父に


「あの爆発、ミコトがやったんだろ」


 コッソリと嬉しそうに言われた。





 ミズチの兵も逃げ帰り、領地境での戦いも終わったので、オッチャン達の指導者数名が父を中心に集まって対策会議が行われた。

 会議内では情報不足から、ミズチ領内で何らかの内部分裂か裏切り行為があったのだろうと落ち着いたようだ。

 何にせよ、攻め込まれたのは事実なので、これからミズチ領に乗り込んで賠償を求めることになったらしい。

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