第3話 新たな生活と学びの始まり


 ここで使われている文字は特殊であり、字自体が意味を持つ。

 ミコトの知る呪術をこの文字で行えば、今までより速く呪文が完成するかもしれないのだ。

 考えるだけで、その可能性にワクワクしてしまう。


(この文字を魔法陣に応用すれば、作成時間が短縮され、その上に簡素化されるかもしれないな。それにこの文字を表音文字と組み合わせて使うことでどんな魔術が出来上がるのだろうか?)


 色々と考えを巡らせていると、直ぐに時間が過ぎてしまうのが残念だ。

 教師アルトからミコトが3歳児としては特に優れていると褒められたせいか、父の機嫌はとても良かった。


 どこの親でも、子どもの優れた所は嬉しいし長所を延ばしてやろうとするものだ。

 アルトの他にも優れた教師を雇う手配をしているようなので、ミコトはダメもとで父にお願いしてみる。


「お父さん、お願いします。字が読めるようになってきたから新しい本を買ってください。それに本を売っているところも見てみたいな」


 本は高級品らしいが、教師に自分がわかっていることを教わるのも時間の無駄だし、何よりわからないフリをするのも疲れるのだ。

 自ら本を読んで学んだことにすれば、かなりこのストレスから解放される。


「ミコトは勉強熱心だなぁ。我が子ながら凄いぞ。この調子で頑張れ」


 こうして、父と本を買いに行く約束を得た。





 それからは、時々であるが父の仕事に連れ出されるようになった。

領内の視察も領主の仕事のひとつである。

 ミコトに領主の務めについて早めに慣れさせたいのと、領民への紹介を兼ねているようだ。


 視察中に集落の有力者を訪れ、変わった事や困った事がないか確認していく。

 父は領民に好かれているようで、道中色んな領民に挨拶される。


 道を通っていると、領主を見つけた領民は畑仕事を止めてまで挨拶にやって来るので対応するために度々止まらなければならない。


 その度にミコトを紹介されるので、ミコトも流石に恥ずかしさを感じなくなった





 領主の仕事についてくる幼児が珍しいのか、数カ月後にはかなりの人に覚えてもらえたと思う。

 領地を巡回することで、いろいろとわかることもあるらしい。


 机上では思いつかないことに遭遇するのは珍しくないのだ。

 その証拠に、途中犬の群れに襲われたこともあったのだが、付いていた護衛にあっさりと退治された事もあった。


 こうして害獣を駆除して領民が安心して暮らせるようにするのも領主の仕事のようだ。





 約束してからかなり時間が過ぎたのだが、父が本の購入のためにミコトを街へと連れだした。

 ミコトのお願いを覚えていてくれたようだ。


 街に着くと体術から魔術、料理に至るまで、ミコトの今後に役に立ちそうな本を父にねだって多量に買ってもらった。


 金額もそれなりにかかったと思うし、3歳児には明らかに読めない本も含まれていたのだが父からは何も言われなかった。

 これで、多少のやり過ぎはごまかせるだろう。


 これからは、興味の湧いたこの世界の文字に関する研究にも打ち込めると思うと、期待の胸が膨らんだ。





 それからしばらくは平穏な日々が続き、ついにアルトから火の魔法、水の魔法を教わることになった。

 もちろん習うのは使用頻度の高い生活魔法である。


 派手ではないのだが使えれば何かと便利だし、何よりも魔法の基本修練になるのだ。


 アルトが、この世界で魔法が使える者は教師が基礎を教えた者のばかりだと言っていることから魔法の発動には共通のコツが有るのだろうし、ミコトが習いもしない魔法を使って見せれば大問題になるのは間違いない。


 ちなみに魔法は法則に則ったものなので、個々により威力は違うが誰が使っても同じ結果になるし、対する魔術は個人の生み出した秘術みたいなものであり、通常は教わらない限り使える事はない。


 ミコトとしてはすでに魔術が使えそうな感触があったので、習うより前に隠れて自分で試してみることも考えたのだが、魔術の暴走を生前に経験しているので教わるまではやらないことに決めていた。


 生まれ変わったこの世界の魔術が、自分の思っているものと違うこともあり得るし、何より魔術の暴走だけは起こしてはならないのだ。





 魔法の授業となり、ミコトはアルトから教わった通りにやってみたのだが初の魔法は発動しなかった。


 それで自分は魔法の使えない体質なのかと焦ってしまったが、アルトの模範魔法を見てこの世界では魔力の込め方にコツがあることに気が付いた。


 基本的には魔法発動がミコトの感覚と同じなのだが、その際微妙に魔力操作しないといけないようだ。


 ミコトの知る魔法環境と違うのかもしれない。

 その点に気を付けて再度発動してみると今度はうまくいった。


 この世界では、前の世界と魔法理論は同じらしいのだが、魔法に使う魔力を繊細に扱う必要があるようなのだ。





 それからは、魔力操作を日常生活に取り入れ、意識せずとも繊細に扱えるよう毎日訓練している。


そのせいか今では、剣に火や水を纏わせることができるようになったので、まだ早いと慎重なアルトを何度も説得して山へ狩りに出かけることに同意してもらった。

 もちろん護衛付きが条件であるのだが、教師であるアルトも同行するらしい。

 




 山の中、ミコトの探知に引っかかったのは熊である。

 隊列をいきなり飛び出したミコトをアルトが追いかけると、すぐに熊に出くわした。

 熊はミコトにはまだ危険だと止めようとするアルトを無視して、ミコトは剣を抜いて熊に向かっていく。

 ミコトは熊と対峙した瞬間に四つん這いの熊の懐に飛び込み、子ども用の剣でワキの 下から心臓を斜めに一突きするとともに熊の下から素早く抜け出す。


 ミコトの思惑通り、熊のワキの皮膚は薄く、力不足のミコトでも子供用の剣が簡単に熊の心臓に突き刺さった。

 その瞬間、熊は両手両足をピーンと伸ばして痙攣しドサッと倒れる。


 ミコトが抜け出すのが少しでも遅れたら、死んだ熊の下敷きになるところだ。

 一瞬のことでアルトが止める隙さえなかったのが幸いし、熊に一人で対処できたのは嬉しかった。


 ミコトとしては初の実戦で緊張したのだが、何の苦もなく1人で熊を倒してしまい、共にいたアルトと護衛を驚かせてしまった。


 ミコトにとっては、この世界での3歳児の力がどれだけのものなのかを把握するための挑戦だったのだが、意外に使えそうだと自信を持ったところである。


 この結果には当然、父の用意した武器の上質さもあるのだが。


「坊っちゃん。周りの状況や相手の力量を図らずに突っ込むのはダメです。そんな戦い方ではすぐに命を落とします。今回は運が良かったからこれ以上言いませんが、相手が想像以上の実力を持っている場合もあるのですよ。相手に見た目以上の力があったり、敵が複数だったりすれば状況はすぐに変わります。理解するのは、まだ年齢的のも難しいでしょうが、今回の実践は50点です」


「先生。ごめんなさい。少し調子に乗っていました」


「わかればいいです。これからは注意しましょう。命は大事ですから」


 当然のことなのだが怒られてしまった。

 ミコトの欲望を押し通してしまったのだから無理もない。


「なにっ?ミコトが熊を仕留めた?それも一撃でかっ?」


 アルトと護衛の報告を受け、父は卒倒するほどの驚きを見せた。

 父の中ではミコトの行為の危険さよりも、武勇の方が上回ってしまったらしい。


 この件ですっかり親バカになってしまった父が、嬉しさのあまりにアルトに一時金を与えたとミコトが知ったのは後のことである。






 ミコトの魔法の勉強については、生活魔法レベルの訓練が始まったところであるが、先日の実践訓練の反省を活かし攻撃魔法を教えてもらえるようミコトはアルトに直談判した。


 ミコトが生活魔法を習うたびに一度で再現できるため、アルトに攻撃魔法を教わる事になったのだが、攻撃魔法は危険なので訓練場がほしいとアルトを巻き込んで父に願い出る。


 親バカになっている父は、すぐに近くの山に魔術の訓練場を用意してくれた。

 藪を切り開いただけの広場であるが、誰も立ち入らない場所にしたのでミコトが少々過激な魔術を使っても特に被害は無いようだ。


 1人隠れて訓練場に行き、知識の中からいくつか魔術の発動と威力を試してみる。


 証拠を残さないために周りの状況を変えないように注意しながらの術の発動ではあるが、意外に何でも使えそうだったのはいい成果である。

 魔法環境は微妙に違っていたが、魔術は発動も威力も前世の魔術環境と同じらしい。


 ミコトは気を良くして、訓練場片隅の地面にこっそりと見えない転移陣を書き込んだので、これからはいつでもこの場に転移できる。


 3歳児として習った以上の魔法や魔術を人前で使うことは無いつもりだが、訓練は緊急時の対策として必要だ。


 属性によっては使えない術もあるかもしれないので確認作業を兼ねて訓練する事にしている。

 イザとなって使えないと困るのだ。


 なお、調べたところこの世界には転移魔術は無いようなので見つからないよう気をつけて使わないといけない。


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