子供の戦争2




玲那はチャイムが鳴ると共に二年二組の教室に飛び込んでいた。雰囲気的に両隣のクラスではすでにホームルームが始まっているようだが、玲那のクラスはまだのようである。教師が来ていないのだ。他の集団で談笑していた小灯が玲那の方へ寄って来た。

「北野~、おはよう」

「ああ。何だ、せっかく急いで来たのに拍子抜けだな」

「何か転入生来るっぽいよ。それで先生遅れてるんだと思う」

玲那は「そうか」と返事をしつつ自分の席へ向かった。小灯もそれについてくる。

ホームルームの出席状況も成績に響いてくる。普段から遅刻気味の玲那や小灯は、出席できるなら一回でも逃したくないところだ。今日は無事一回分稼げたので、その転入生には感謝したいところである。

その後五分ほど教師はやって来なかった。教師のいない教室は無法地帯である。ホームルーム時間にも関わらず、生徒達は各々好きな場所へ移動して談笑に勤しんでいる。

「はい席についてー」

教室の前方のドアが開くと共に、ようやく教師がやって来た。このクラスの担任の栗見教諭は鼻にかかった声で着席を促しながら教壇に上がる。

「時間ないからほら早く早く」

自分が遅れたせいで時間がなくなったのに……そんな意味の愚痴を呟き合いながら、生徒達は自分の席に戻る。全員が座ったことを確認して、栗見は咳払いを一つして言った。

「えー、今日は転入生が来ています。入って来て」

栗見が前方のドアに声をかけると、そのドアから一人の女子生徒が姿を現した。スラリと背が高く、校内にも関わらずショートブーツを着用している。

「なっ……!」

その姿に玲那は目を見開いた。教壇に上がった転入生は、何と花木冴だったのである。

生徒達の反応はそれぞれ大差ないものだった。冴は顔だけ見るとなかなかきれいな造りをしているので、肘で小突き合っている男子生徒がいる。冴が浮かべる笑顔を見て、仲良くなれそうだと大半の女子生徒が安堵した。実際は驚く玲那を見て、ついニヤついてしまっているだけなのだが。

玲那は何か言ってやりたいのを何とか堪えた。周囲の者は玲那と冴が知り合いだということは知らないのだ。休み時間に捕まえて問いただそうと思った。しかし、玲那のそんな考えなど冴はお構いなしだった。

「では花木さん、自己紹介を……」

「玲那ちゃん!びっくりしたかい!?」

栗見の言葉など聞かず、冴は教壇を飛び降り玲那に駆け寄った。玲那はつい席から立ちあがる。

クラスメイトはざわついた。転入生が自分勝手に動き出したかと思えば、なんと学校の暴君北野玲那に飛びついたのだ。玲那の周りの席の生徒は二人から離れるようにイスを引き、隅の方の席にいた小灯はあんぐりと口を開けた。

「おい、花木、周りを見ろ!ここは研究所ではないのだぞ!」

「周りなんて関係ないよ!ボクは玲那ちゃんに会いに来たんだから!」

クラスメイトはさらにざわつく。あろうことか、転入生はあの暴君を「玲那ちゃん」と呼んでいる。

「え、ええと……」

担任教師の栗見はどうすること出来ず無意味な声を発した。ざわざわとする教室に、ホームルーム終了のチャイムが鳴り響く。

「では、今日のホームルームはこれで……。あ、と、花木さんの席ですが……」

「ボクの席は玲那ちゃんの隣さ!」

「ああ、ええと、岸谷君さえ良ければ……」

玲那の左隣りの席に座っていた男子生徒は、荷物をまとめるとすっと立ち上がった。その空いた席に、冴は当然のように腰掛けた。

「では今日のホームルームはこれで」

栗見はそれだけ言うとそそくさと教室を出て行った。彼女だって転入生があんな生徒だなんて聞いていなかったのだ。玲那一人でも頭を抱えていたのに、また問題児がやって来たなんて、栗見は思わず深いため息をついた。彼女の足は一時間目の授業の教室ではなく、自然と校長室へ向かっていた。

冴に場所を取られた岸谷という男子生徒は、一番後ろに置かれた空き机に荷物を移していた。冴から感謝や謝罪の言葉は、もちろん当たり前のように当然ながら一切無い。その様子を見ていた他の者の心から、冴と仲良くなるという選択肢は掻き消えた。

ちなみに玲那の右隣だが、そこにはこのクラスで二番目に有名な不良生徒が座っている。玲那が目立ちすぎてほとんど存在感が無いのだが、なるべく不機嫌にはさせたくない。そこで栗見は比較的大人しい生徒である岸谷に席を代わるよう言ったのだ。岸谷もそれに甘んじているわけである。

玲那は遠巻きな生徒達の視線を感じていた。冴はイスをめいいっぱい近付け、玲那の腕に擦りついていた。

そんな二人に近付き声をかける勇気ある女子生徒がいた。西村小灯その人である。

「北野、転入生の子と知り合いだったの?」

小灯の言葉に、玲那は顔を輝かせて彼女を見た。こんなに小灯の存在が有り難いと思ったことは未だかつて無い。

「あ、ああ、そうなんだ、研究所の一員でな」

「玲那ちゃん、こいつ何?」

玲那に声をかけた小灯を、冴は敵意丸出しで睨み付けた。小灯は負けじとその視線を真正面から受け止める。二人の勝負の行方をクラスメイト全員が見守っているのを、玲那は肌で感じていた。

「こいつはこのクラスの一人で……」

「そんなのわかってるよ。玲那ちゃんはまさかこんな奴と友達なの?」

「いや、そうと言うか何と言うか……」

「北野、ビシッと言ってやってよ。私達友達でしょ」

「ま、まぁ……」

「玲那ちゃんボクがいるのにこんな奴と仲良くするの?そんなわけ無いよね?」

「いや、それは……」

「そんなこと北野は思ってないよね?ほんとのこと言ってよ」

「うん……な……」

そこへ、冴と小灯の勝負に乱入する者があった。三人の女子生徒が小灯を囲むように立ち、横目で冴と玲那を見下ろす。

「にっしー、行こ」

女子生徒達はそう言って小灯の腕を引っ張った。彼女達は、玲那と小灯が仲良くなる前に小灯とよく行動を共にしていた者だ。小灯が玲那と仲良くなったからといって絶交したわけではなく、今でもたまに雑談などしている。しかし昔ほど一緒にいる時間は長くない。

かつての友人達に腕を引かれた小灯だが、しかしその場を動こうとはしなかった。ムッとした顔で冴を見下ろしたまま、彼女らに答える。

「ダメだよここでハッキリさせとかなきゃ」

どうやら小灯に逃げる気は無いらしい。冴は玲那の腕を抱く手に力を込めて、更に眼光鋭くする。二人の間に火花が散った。

「席につけー、授業始まるぞー」

いつもと同じ調子で教室に入って来た教師は、一斉に向けられた目に若干たじろいだ。その瞬間一時間目開始のチャイムが鳴る。

「何だ、どうしたんだ……?」

今頃栗見が校長室で愚痴を発射しているところなのだが、そんなことこの教師の知ったことではない。このクラスに転入生が来ることは聞いているが、まさかその転入生が問題を起こしているとは思わない。

「ほらそこ、早く席につけ」

状況は全く飲み込めないが、とりあえず立っている生徒に着席を促す。普段なら半数以上が席についていない一時間目前のこのタイミングで、たった四人しか立ち上がっていないことも教師にとっては不思議だった。

かつての友人は再び小灯の腕を引っ張る。さすがの小灯も今度は席に戻った。しかし思い切り不満顔だ。

「えー、昨日の続きだな。十五ページを開いて」

教壇に上がった教師は、なるべくいつもと同じように授業を開始した。生徒達はいつになく素直に教科書とノートを開く。

冴が振り返って、小灯に口の端を上げてみせた。小灯は眉間にシワを刻みながら唇を噛みしめた。



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