子供の戦争




四月二十二日、水曜日。ほとんどいつもドタバタしているメルキオール研究所だが、もちろん朝もドタバタしている。今日は玲那が寝坊をしたので、彼女の周りはいつにも増してドタバタしていた。

「Z、私のブレザーはどこだ!」

「はい、北野様、ここに」

両手で差し出されたブレザーを引ったくるように受け取る玲那。彼女は素早く袖に腕を通した。

「北野、お前朝飯いいのか?」

「暇がない!」

「んじゃこれ、ほれ」

「弁当を放るな!」

ブレッドに投げて寄越された弁当を、玲那は慌ててキャッチする。彼の作る弁当はいつも具がぎっしり詰まっているので、中身が崩れることはないだろうと思う。

「北野さん、今日夕方雨降りますよ」

集団研究所のドアの前ですれ違ったキプツェルが言った。玲那は玄関の傘立てからビニール傘を引き抜き、研究所を飛び出す。

「玲那ちゃん行ってらっしゃ~い!」

その背中をスフレの声が追いかけてる。玲那は背を向けたまま片手を上げて返事をした。

「Z、出してくれ!」

一足早く外に出ていたシフォンが、自分の車の運転席でスタンバイしていた。玲那は自分が乗り切らないままスタートを促す。

走り出した車の中で、玲那はシートに背を埋めた。ほっと息を吐く。

「そういえば、今朝は珍しく花木が早起きしていたようだが、奴はどこへ行ったのだ?」

冴の部屋は玲那の隣である。冴はいびきが大きく、玲那が起床した時いつもそのいびきが聞こえているのだが、今朝はそれがなかった。珍しく早起きしたものだと思ったのだが、集団研究所で冴の姿を見かけなかった気がする。

「ええ、何か用があるみたいで朝早く出て行きましたよ」

「そうなのか……」

冴に用とは何だろうと玲那は考える。いつも自分に纏わりついている冴だが、そういえば彼女のことをあまり知らない。あの何でも屋の店主のところに遊びにでも行ったのだろうか。

そんなことを考えながら車に揺られていると、やがて野洲高校に到着した。ホームルーム開始二分前だ。

シフォンが運転する車は学校の敷地内を慣れた様子で突き進み、集団下足箱の手前で停車した。玲那が飛び降りる。

「感謝する、Z」

「行ってらっしゃいませ」

玲那は下足箱の暗がりへ消えていった。シフォンはそれを見送り、車をバックさせる。

本来なら関係者意外立入禁止区域だ。しかもこの場所は職員室前の廊下から丸見えである。シフォンは素早く車を操作し、そそくさと学校を後にした。



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