投げ込んだ小石2
「あ~キプツェル~」
夜の七時。帰宅したスフレバウムクーヘンは廊下の前方にキプツェルの背中を見つけると、情けない声を上げながらそれに抱き着いた。キプツェルが肩越しに振り返る。
「どうしたんだよバウムクーヘン」
「もうあたしの充電器はキプツェルだけだよ」
「相変わらず意味わかんないこと言ってんな」
スフレはキプツェルの背中に額を擦り付けるのを止めると、彼の前に回ってその顔を見上げた。
「玲那ちゃんだよ玲那ちゃん。あの冴って子がず~っとべったりで」
「ああ、そうだよな」
「玲那ちゃんだって嫌がらないしさ。あたしはもうぷんぷんだよ!」
そう言ってスフレは頬を膨らませてみせる。キプツェルは「うーん」と考え込んでから言った。
「でもまぁ、花木も今はまだ北野さんしか打ち解けてる人いないし、北野さんが付きっきりなのは仕方ないんじゃね?」
「そうだとしてもあたしが嫌なのー!」
スフレは尚もブーブーと文句を言った。どうやら相当ストレスが溜まっているらしい。
「玲那ちゃんもキプツェルも構ってくれないしさぁ」
「いやぁ、何か最近すげー忙しくて」
「わかってるよぉ。初釜産業さんにあたしのこと紹介してくれたのもキプツェルでしょ?」
「バレてたか」
先日キプツェルが仕事を受けた初釜産業から依頼が来たと思ったら、そのカラクリをスフレは今日知った。今日の打ち合わせで初釜産業の従業員から「この間一緒に仕事をした人から君を勧められてね」と言われたのだ。どうりで珍しく大きな依頼が入ったと思った。
「まぁあたし最近仕事なかったし有り難いけどさ」
スフレはキプツェルの隣に並ぶと、ぶつぶつと言った。横一列になったのを合図に二人は歩き出す。行き先は自ずと集団研究室だ。
「キプツェル明日は?仕事?」
「明日は研究。そろそろまとめなきゃ締め切りに間に合わない」
「そっかあ」
キプツェルの答えを聞いて、スフレは不満気に唇を尖らせた。その表情を見て、キプツェルが小さく吹き出す。
「な、何!?何で笑ったの!?」
「いやー、何か嬉しいなと思って」
「何が?」
ニコニコしているキプツェルに、スフレはドギマギしながら尋ねる。
「バウムクーヘンって最初花木みたいにツンケンしてたじゃん。それが今ではこんなに懐いてくれてるって嬉しいだろ」
「昔のことなんて思い出さないでよ……」
「ごめんごめん」
スフレは「怒ったぞ」という意味を込めて頬を膨らます。キプツェルはその頬を指でつついて空気を抜いた。
そんなやり取りをしつつ歩いていると、集団研究室のドアはすでに目の前に迫っている。そのドアが、二人の眼前で静かに開いた。
「おお、シフォン君」
「こんなところで何をいちゃついているんだお前らは」
研究室から出て来たシフォンは、ドアを開けた目の前にいる二人に些か面食らいながらそう言った。
「そういやシフォン君聞いたか?花木のこと」
キプツェルのその言葉に真っ先に反応したのはスフレだった。
「えっ!?なにそれ!あたし聞いてない!」
「バウムクーヘンは今帰って来たばっかだろ」
「あたしも聞きたい!」
「騒がなくてもちゃんと教えてやるよ」
キプツェルはスフレを落ち着かせ、シフォンに目をやる。二人のやり取りが終わるのを待っていたシフォンは、さっそく口を開いた。
「俺はさっきティラミスさんに聞いた。どうなんだろうな。北野様の負担が増えなければいいが」
「えー!玲那ちゃん絡み?あたしも早く知りたい!」
「わかったからとりあえず研究室に入るぞ。じゃあ」
キプツェルはシフォンに一言告げると、スフレと共にドアの向こうに消えた。一人廊下に残されたシフォンは、ドアが閉まるとすぐに歩き出した。
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