でたらめな愛のうた5
その後、シフォンと冴がありとあらゆる案を出したが、全て却下された。時計は靴になり、靴は上着になり、上着はストラップになり、ストラップはぬいぐるみになり、ぬいぐるみは食器になり、食器は洗剤になり、最終的に三人が選んだものは。
「やはり生活に必要な物が第一だな」
「これなら蓮太郎君も喜んでくれるよ」
「ええ、これならハズレがありません。誰にあげても喜ばれますよ」
現在三人は、思いの外荷物が多くなってしまったので、予定を変更して贈り物を買ったその足で蓮太郎の元に向かっている。幸いシフォンが車を持っているので、何でも屋朱雀店まではすぐだ。
「そういえば、奴は今店にいるのか?普段あまり店にはいないと聞いたのだが」
「さっき連絡したらいるって言ってたよ。あ、でも休日なら雅美ちゃんもいるかな。ボクあの子に会うのは少し気まずいなあ」
「裏口などはないのか?知り合いなら通してくれるだろう」
「別に君に言われなくても今そう考えていた所だよ」
「本当に捻くれた性格をしているなお前は」
再びギャーギャーと騒ぎ初めた二人。シフォンが言い返す度に走る車がぐにゃりぐにゃりと揺れる。
「貴様等、いい加減にしろ!もう店に着くぞ!」
仕方がないので玲那が制止に入ることにする。玲那の言う通り、ちょうど何でも屋の前についたところだ。
「でもどうするんですか?裏口で話している途中にそのアルバイトの子が来てしまったら」
シフォンが少し不安げな声で尋ねる。彼はまがいなりにも大人だ。いくら冴と口喧嘩しようとも、公私混同せずに物事を考えることができるようだ。
「そうだな、店で誰かが引き止めておくか……。Z、お前行くか?」
玲那としては、今日シフォンと冴の口喧嘩が堪えないのを見てきての提案だったのだが、シフォンは珍しく彼女の提案を断った。
「いえ、私とそのアルバイトの子は面識こそあれど話したことはありません……。特に依頼もないですし、私が行くのは些か不審では……」
「それもそうか。仕方がない、私が行くとしよう」
「すみません」
「どうして君が謝るんだい?現状で考えられる最高の布陣だと思うけれど。へこへこ謝って君って犬みたいだね」
冴の余計な一言で今日何度目かもわからない口喧嘩を始める二人。玲那はそれを見て、この様子なら二人にしても大丈夫かと安心した。半日でこれほど打ち解けることが出来たのなら、自分が居なくとも蓮太郎の所までのお使いくらいできるだろう。この調子なら、冴が研究所に馴染むのも案外早いかもしれない。
「おい貴様等いい加減にしろ。私はもう行くぞ」
玲那が車から降りると、二人も慌てて飛び降りた。終わったら連絡してくれと言って玲那は店の中へ入って行った。
「よし、ボクらも行こうか」
「言っておくが、北野様のご命令だからお前に付き合ってやっているのだからな」
「それじゃあ荷物を持ってくれ。ボクは一つ持つから残り全部ちゃんと運んでくれよ」
「…………」
段ボール箱を一つ抱えてさっさと歩き出す冴。シフォンはしばらく無言で彼女の後ろ姿を見ていたが、残った二つの段ボール箱を持つと黙ってその後を追った。
シフォンが冴に追い付いた時には、彼女はすでに裏口の前にいた。インターフォンに手を伸ばしたり下ろしたりしているところを見ると、どうやらシフォンを待っていたわけではなくインターフォンを押す勇気が出ないらしい。
「何をしている。さっさと呼べばいいだろう」
シフォンは抱えていた荷物を足元に置く。冷静になって見てみるとすごい量だなと思った。
「い、いや、こうやって改まると急に恥ずかしくなってきて……」
「そういうものか?」
俺は普段から北野様への感謝の気持ちを忘れていないから改まったところで恥ずかしくなどならないがな、と思いながらシフォンはインターフォンを押した。
「あ゛っ!何をするんだ!」
「お前が押せないなら俺が押せばいいだけだろう」
「そういう問題じゃ……」
冴がシフォンに噛み付こうとしたところで、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。シフォンの白衣を掴んだまま慌てて振り返ると、ちょうど裏口のドアが開いて蓮太郎が顔を出した。
「これはまた珍しい組み合わせだね。いや、そうでもないのかな?」
蓮太郎は冴とシフォンの突然の訪問に驚いたようだったが、それよりも二人の周りに積まれている大量の段ボール箱に驚いたようだった。
「二人はいつから宅配業者に転職したの?」
シフォンが肘で冴をつつく。冴は「うるさいな、わかってるよ」という視線を返して蓮太郎に向き直った。
「こ、これは、その……日頃の感謝の気持ちというものを……」
「感謝?の気持ち?冴ちゃんが?いつまでもクソ生意気なガキだと思ってたけどその成長ぶり、僕嬉しいよ……」
「い、いいから黙って受け取れよ」
わざとらしく嘘泣きをする蓮太郎に冴は段ボール箱を押し付ける。
「ボク達が頭を捻って考えた最高の贈り物だ。その嘘泣きも本物の嬉し涙に変えてやるぜ」
自信満々な冴の言葉を聞いて、蓮太郎はしゃがみ込んで段ボール箱のガムテープをはがした。ぱかりとフタを開けて中に入っている物を見た時、蓮太郎は意外なような予想通りなような妙な気分になった。
「うん……。冴ちゃん、これは……」
「ティッシュだよ。見たらわかるだろう?」
大きな段ボールの中には、五箱一セットになったよく見かけるティッシュがみっちりと詰められていた。
「相変わらず冴ちゃんのセンスはどこかズレていると言うか何て言うか」
「言っておくけれど、それは玲那ちゃんと三人で選んだ物だからね」
その言葉に蓮太郎は顔を上げる。シフォンはバッチリとぶつかった視線をそっと反らした。今考えたら相当変な贈り物だったと思う。冷静になって今頃帰ってきた自分の中の常識的な部分に、シフォンは静かに腹を立てた。
「まぁありがたく貰っておくよ。きっと止めてくれる人がいなかったんだよね可哀相に」
段ボール箱を室内に運び込む蓮太郎。そんな彼の背中に、冴は少しもじもじしながら声をかけた。
「あのさ蓮太郎君、ボクは本当に君に感謝しているんだよ。君がいなかったら今のボクはいないだろうし」
「今日はどうしたの冴ちゃん」
「いいから黙って聞けよ。あの日出会ったのが君でよかったと思っている。君に出会えたから玲那ちゃんにも出会えたし、ボクは変われそうな気がする」
言われた通り黙って聞いている蓮太郎に、冴は思い切って続けた。
「どうやら親離れの時が来たらしい。この恩は一生かかってでも返すつもりだ。……今までありがとう、蓮太郎君」
冴が顔を上げると蓮太郎の手がぬっと延びてきて、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「冴ちゃんこんなに立派に育っちゃって……」
「だから嘘泣きをするな!雰囲気ぶち壊しじゃないか!」
「そうだね、いろいろ返してもらわなきゃね。アパートの家賃と通わなかったくせに請求された小学校中学校の諸々の費用、何より生活費。冴ちゃん遠慮というものを知らないから毎日毎日肉食ってたもんね」
「い、いや、それは……ほらボクまだ子供だし……」
「十七歳は立派に働ける年だよ冴ちゃん。だいたいその年で君の生活費を出していたのは誰かな?」
「いやー、あっはっはー……」
冴は蓮太郎の手をゆっくりと払うと、引き攣った笑顔を浮かべながら呟いた。
「いつかボクの研究が……」
突然ものすごい勢いで踵を返すと、冴は大声で叫びながら走り去って行った。
「いつかボクの研究がマグレ当たりして大金持ちになったら返すからさあ~~!」
取り残された蓮太郎とシフォンはみるみるうちに小さくなっていく冴の後ろ姿を見つめた。
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