いったいどこで間違えた?3




対メディシンⅡ薬品も撒き終わり、もう帰ろうという雰囲気になった。薬品はかなり適当に撒いたが、この活発に動く胃の様子を見る限り、それで十分だろう。

小世界旅客機を操り、三人来た道を逆走し始めた。玲那の忠実な奴隷である化学教師も含め、正直に言うと一刻も早くこのグロテスクな空間から脱出したいのだ。シャバの空気が吸いたいのである。何故ならここはあまりにもグロテスクだから。

視界を埋め尽くす気持ちの悪い風景に表情を険しくする三人は、とりあえず玲那の口を目指していた。体内などという右も左もわからない空間では、入ったところから出るのが一番安全なのである。

「光が見えてきたぞ!」

博士が指差すのと同時に、キプツェルと化学教師もその光を認識した。始め小さかった光はどんどん大きくなってくる。

「やっと出口か……。長い旅でしたね、博士」

「これで北野様が助かるのか……。よかった……」

化学教師は玲那の健康を涙を流して喜んだ。そんな彼の言動にすっかり慣れてしまった博士とキプツェルは、彼などいないかのように振る舞う。

「やっと帰れた―!」

「私達は頑張ったな、キプツェル君!」

感無量で涙目になっいる博士は、トンとキプツェルの肩に手を置いた。キプツェルはそんな博士を見下ろして一言放つ。

「元はと言えば博士のせいですけどね」

キプツェルの冷たい一言に博士の涙もきれいさっぱり引っ込んだ。

「北野様――!北野様――!奴隷ナンバーZ、只今帰還いたしました――!」

化学教師は鼻水をすすりながら、両手を大きく振っていた。むろんその姿は玲那からは見えない。

事件の終わりが目前に迫り、研究者二人にどっと疲れが押し寄せてくる。博士は腰をとんとんと叩いた。

「とりあえず帰って寝るか」

「いや、博士は薬品の整理をして下さいよ」

「やはり研究所の収納スペースに問題があると思うのだが」

「そうだ!帰ったら早速特許とりに行きましょうよ特許!」

「そうだったな!むふふ、新しい研究所……」

「むふふ、副所長の座……」

化学教師は「コイツら結局似た者同士だ……」と思いながら、研究者二人を冷めた目で見ていた。その二人も彼に同じような視線を何度か向けていたのだが、そういうことはお互いに気付かないものである。

化学教師が冷ややかなツッコミを二人に浴びせようとしたその時、北野様の口がひときわ大きく開いて、眩しいほどの光が飛び込んできた。

「目がああぁあぁあぁぁぁっ」

「目がああぁあぁあぁぁぁっ」

「目がああぁあぁあぁぁぁっ」

そして、飛び込んできたのは光だけではなかった。

「ぐはあああッ」

「うわあ!どうなってるんだ!」

「くそっ、操縦がきかん!」

ぐらぐらと揺れる小世界旅客機。車内の三人は立っていることもままならず、思わずしゃがみこんだ。四本の手足で必死に床にしがみつく。

状況を把握しようとキプツェルは何とか窓に顔を向ける。彼が見たものは、窓に打ち寄せる緑色の澄んだ液体だった。

「ぐわああッ、北野のヤツ、じゃなかった、北野様、こんな時にジュースなんて飲みやがった!」

「何を考えているんだあの人は!」

「北野様、私を見捨てるおつもりですか!?」

博士は必死にハンドルに手を伸ばし、なんとか小世界旅客機を操縦しようと試みたが、その努力虚しく三人はものすごい勢いで押し流されてしまった。

ようやく車体の揺れが収まった頃、もみくちゃになった三人は顔を上げた。キプツェルは自分の頬を蹴る化学教師の足を眉間にシワを寄せながらどかし、起き上がった。

「いてててて……。頭打った……」

「ものすごい揺れだったな」

キプツェルの下にいた博士も立ち上がる。キプツェルは後頭部をさすりながら辺りを見回した。

「ここは何処だ?おい、X、地図とかないのか?」

一番下敷きになっていた化学教師もようやく起き上がる。彼は打ち付けたあらゆるヶ所をさすり、白衣の襟を正した。

「ここは人間の体内だぞ。いくら優秀な私でもそんなものは持っとらんわ。あと、私の名前はスコーン・タルトだ」

「名など今はどうでもいいだろう。そんなことよりここは何処か、というのが大事だ」

「いや、名前は大事だ。だいたい、君は偉そうすぎる。もう少し年上を敬うということをだな……」

博士が説教を始めようとしたその時、あのぐわんぐわんとした声が降ってきた。

「お前達、聞こえるか」

研究者二人は「北野!」と思いながら顔を上げ、化学教師は「北野様!」と言いながら顔を上げた。

「済まないな、少し喉が渇いてしまってな」

玲那の心のこもっていない謝罪と言い訳にもなっていない言い訳に、キプツェルと博士は表情を変えずに内心で彼女を罵った。「済まないな、じゃねぇよ!」「さっさと此処から出せこのボンクラ」といった具合だ。

そんな二人とは対称的に、化学教師は天井に向かって叫ぶ。

「滅相もございません!北野様、お体はご無事ですか!」

だが玲那はそんな化学教師をスルーしてこう言った。

「貴様等、とりあえず早く出てこい。貴様等が私の体内にいると思うとものすごく気分が悪い」

博士とキプツェルは額に青筋を浮かべながら「誰のためにしてると思ってるんだ!」と思ったが、もちろん声には出さなかった。

「はッ、かしこまりました!おい、ノロマ共!北野様が不快な思いをしてらっしゃる。さっさと出るぞ!」

博士とキプツェルの心の声は一致した。「仕切るんじゃねーよ、変態教師!!」

「北野様!すぐに出るので少々お待ちを!」

「なるべく早くな」

「はい!」

化学教師の瞳は少年のようにキラキラと輝いていた。










仕方なく再び出口を目指す三人の奴隷達。和気あいあいとお喋りなど楽しみながら、確実にゴールへと向かっている。

「どうやら出口に着いたようだ」

「さっきより狭いですね」

「何でもいい、早く出るぞ。北野様が待っておられるのだ!」

二人の研究者はもう何度目かわからない引きつった笑みを化学に向けた。化学教師は相変わらずその笑みの真意には気が付かなかった。




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