いったいどこで間違えた?2





「出発するぞキプツェル君。そこの赤いボタンを押してくれ」

「これですね」

キプツェルがボタンを押すと、ウィ――ンと機械音が鳴ってドアが閉まった。キプツェルはその出来の良さに思わず「おぉ……」と声を漏らした。まるで映画の世界である。

「ふふふ、驚いたかい?」

「すごいですねこれ!販売したら売れるんじゃないですか!?特許とりましょうよ特許!」

「そうだな、それもいいかもなぁ……。そしたらあんな寂れた研究所なんか捨てて新しい研究所を……」

食道を運転中に妄想が膨らむメルキオール研究所の二人。

「いいですね!そしたら是非私を副所長の座に……」

「いいだろういいだろう。私の部下となったことを光栄に思え、ふはははは!」

「ついに私も副所長かぁ……むふふ」

ニマニマと笑う二人に、化学教師がついに口を挟む。彼は眉間にシワを寄せ、片眉をつり上げた。

「……うるさいぞ、ボンクラ共め。我等が北野様ならこの程度造作もない。くだらないことで騒ぐな」

思いきり上から目線な言葉に、ついに反抗する。何故このタイミングなのかというと、それはもちろん玲那がいないからだ。

「あんたさっきから偉そうだが、私を誰だと思っているんだ?メルキオール研究所所長、スコーン・タルトであるぞ!」

「その部下であるぞ!」

「地位などくだらない。北野様の部下であることに意味があるのだ」

博士とキプツェルは「部下じゃなくて奴隷だろ」と思ったが、彼のあまりの崇拝っぷりにもう何も言えなかった。

慎重に食道を落下し、小世界旅客機は玲那の胃袋に到着した。道中も噛み砕かれた食べ物などが散乱していてとても良い景観とは言えなかったが、胃袋内はドロドロになった食べ物がゆっくりと蠢いていてとてもグロテスクだった。

「うわぁ~、なんだかとってもGROTESQUEですね」

キプツェルが思わず口元を手で押さえる。博士も周りを見回しながら眉を寄せた。

「そうだな、GROTESQUEだな」

小世界旅客機の窓に打ち寄せる表現しがたい液体を見て顔を青くする二人に、化学教師は声を荒げた。

「北野様の体内がグロテスクなわけないだろう!それになぜ貴様等はグロテスクをわざわざ英語で発音するんだ!?」

ついにツッコミまで入れてしまう化学教師。彼はとても実直で、そして馬鹿正直であった。

胃袋の外壁に沿うように小世界旅客機を停車させる。博士は辺りの様子を確認してから言った。

「よし、この辺に対メディシンⅡ薬品を撒こう」

博士の言葉に、キプツェルは洗面器から顔を上げる。幸い洗面器はまだ空っぽであった。

「撒くだけでいいんですか?」

「撒くだけで効果があるんだ。君も公園で撒いただろう」

博士はキプツェルに横顔を向けたまま、後部座席にその短い腕を延ばした。彼は対メディシン?薬品の入ったペットボトルとゾウさん如雨露を引っ張り出す。

「君は緑のゾウさんを使いたまえ。私はピンクを使う。……あぁ、奴隷ナンバーZくん、だっけ?君はその辺にあるのを適当に使うといいよ」

「ていうかこいつにゾウさん貸すなんてもったいないですよ、博士」

「それもそうだな。オイ、お前は手で掬って撒け」

「貴様等、言わしておけば調子に乗りやがって……。俺はやらんぞ。俺は元々貴様等の見張りで着いて来たのだ。俺がやる必要はないだろう」

化学教師は後部座席にふんぞり返って優雅に足を組み直した。そんな彼にキプツェルが噛みつく。

「またこいつ勝手なことを!」

「君は北野君を救いたくないということかね?忠実なる部下が聞いて呆れる」

ハンと鼻を鳴らしながら言う博士。彼にしては余裕のある反撃だった。

「そんなことは言っていないだろう。そのナンタラとか言うくだらない薬品を処理するのは貴様等の責任だ。私には貴様等を見張るというどんなことよりも重大な責務がある」

化学教師も博士に負けじと余裕ぶって言い返した。いや、彼は全くの本心でそれを言っているのだから、完全なる余裕なのである。

「それこそ下らない!博士、何か言い返してやって下さいよ!」

「本当に、聞き捨てならないなあ。君の言葉は。私の作った薬品は……くだらなくなどない!!」

「つっこむとこそこかよ!」

キプツェルは反射的に突っ込みを入れ、どんな博士の奇行にも脊髄反射で突っ込みを入れてしまう自分に気付き自己嫌悪に陥った。

「私の!私の薬品は!どれも素晴らしいものばかりなんだ!それを、それを愚弄する奴は……天っ誅っ!」

涙目の博士は、そう叫びつつ化学教師に向けてゾウさん如雨露の中身をぶちまけた。

「ぐはああぁぁあぁぁッ!」

「博士、博士!落ち着いて!」

「天誅!天誅――!」

「目が、目がぁ――ッ!」

対メディシンⅡ薬品をぶちまける博士と、それを何とか押さえ付けようと奮闘するキプツェル。そして目を押さえて身をよじる化学教師。狭い小世界旅客機の中は阿鼻叫喚である。

「博士!やり過ぎです!その薬品はとってもGROTESQUEなんですから!」

「GROTESQUEだからやっているんだ!死ね!奴隷の分際で!」

「やめろっ、来るなっ。ヒエェエ!助けて~!」

「博士、もう奴隷が可哀相すぎて涙を誘います!止めてあげ……」

「貴様等」

突然降ってきた玲那の声に、三人は「!」を浮かべて動作を停止した。

「私の体内で何を騒いでおるのだ!」

「このお声は」

化学教師がほうっと息を吐いて上を見上げる。彼の視線の先には小世界旅客機の天井があるだけだが、おそらく常人には見えない何かが見えているのだろう。

「これは、北野の……あ、いや、北野様の声か?」

「すごいな……何となく」

玲那の声は四方八方から聞こえ、その発生源はわからない。その声はぐわんぐわんと反響しながら三人の耳に届いていた。

「遊んでなどおらずにさっさと終らせろ。それと……そこの雑魚二人。全員雑魚だが、その中でも特に雑魚な方の二人だ」

「はぁ……それは、私達のことですかね?」

「当たり前だろう、他に誰がいるというんだね、キプツェル君」

自分を指差して隣を見るキプツェルと、「認めたくないが」と心中で付け足しながらそれに答える博士。化学教師はその後ろで「私も雑魚だったのか……」とうなだれていた。

「私のことを、北野と呼び捨てにしたな……?聞こえていないとでも思ったか」

「「申し訳ありません!!」」

玲那の言葉が終わらないうちに全身全霊で謝る二人。玲那には見えないということも忘れて、深々と頭を下げた。

「次はないと思え」

「「あああああ、ありがとうございます!!」」

「嗚呼、北野様はやはりお優しい……」

研究者二人は般若のような表情で床を見つめ、化学教師は熱のこもった視線を天井へ向けた。


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