常識は通用しないらしい3





一方、体育館裏のスコーン博士とキプツェル助手。建物の影になって少し薄暗いその場所で、キプツェルは腕時計を眺めながら呟いた。

「遅いですね~。北野さん」

「そうだな……。もう三分も待っている」

博士も腕時計で時刻を確認し、あまりにも図々しすぎる不満を漏らした。

「なんか変な先生も来ましたしね。一瞬北野さんと見間違えてしまいましたが」

「そうだな。まぁこの天才博士スコーン・タルトが開発したオートマチック改良型の前にはカスも同然だったがな」

青髪で白衣を着ている化学教師と、赤髪で制服姿の玲那をどうやったら見間違えるのかはわからないが、角から現れたその姿にキプツェルは落胆した。というか、髪色云々より、まず性別が違う。見間違えようがない。

「あぁ、あれですか。博士、いつの間にあんなもの作ってたんですか」

「君が遊んでる時にだよ、キプツェル君」

「私に遊んでる時間なんてありませんがね。博士の命じる雑用のせいで忙しくて、おかげで二十三にもなって彼女の一人もできやしない」

「特にこのベタベタール三世の効力は凄いだろう。個人的にはもう一つの機能、ヌルヌルータ二世の方も気に入ってるんだが……」

「おい、聞けよ。俺の愚痴を聞けよ」

「しかしやはり改良が必要だな。五秒間しか連射が出来ないのはやはり欠点だ。もし敵が素早かったら五秒は少しばかりきつい気がするな」

「大体ですねぇ、博士は人にものを頼みすぎなんですよ。あれやれこれやれって、自分では何も出来ないんですか」

「私的にはドロドロールシリーズも試してみたかったのだが、このオートマチック改良型には薬品が二つまでしか入らないから断念するしかなかった。強いて言うならばここも改良点ではあるな」

「あと、博士はウザい。とにかくウザい。なにかとウザい。あーあ、もっとウザくない師を持ちたかったなあ!」

「問題点を改良してオートマチック改良型を更にパワーアップさせるのが今の私の生き甲斐だ」

「どうでもいんだよオートマチック改良型なんて。そんなことよりメディシンⅡの話した方がいいんじゃいですか?」

「メディシンⅡはぶっちゃけもう飽きた!今はオートマチック改良型が熱い!」

博士はピストル型の発明品を、まるで射撃の名手のように構え、ポーズを取った。気分は0.3秒の速撃ちガンマンである。

「そういうあなたの杜撰な性格が私をイライラさせるんで……」

「貴様らかあ!」

本日何度目かもわからないキプツェルの愚痴を、凛とした女性の声が遮った。二人の研究者は慌てて声のした方を振り返る。

「あ……。北野さん……!」

キプツェルは一瞬放心状態になったが、すぐに我に返るとその女性の名前を呼んだ。

「本物か?さっきみたいにカスな先生と見間違えたり……はしてないな、さっきのカス先生は彼女の下で移動手段になっているらしいから」

博士は玲那の尻の下で犬になっている化学教師を失望と侮蔑の眼差しで見下ろした。

「あ、あの、北野さん。お久しぶりです、私です。キプツェル・マカロンです」

キプツェルは一歩前に出ると、表情を明るくして名乗った。博士もその場でふんぞり返る。

「私は偉大なる科学者、スコーン・タルトである」

玲那はキプツェルを頭の先から足の先まで眺めると、眉間のシワをいっそう深くして言い放った。

「貴様等などは知らぬ。顔を見ただけで吐き気がする」

玲那は不機嫌を露にして博士を見下ろした。キプツェルは短く息を吸い、そして呼吸をすることを忘れてしまったかのようにその場で固まった。

「な、なんと!この私を知らない!?この偉大なるスコーン・タルト大博士を!?」

わざとらしくのけ反って驚く博士の放つその雰囲気の全てに、玲那は苛立ちを覚えた。彼女の周りの空気が静電気を帯びたようにピリピリと弾ける。ちなみに博士は大博士でも何でもないし、博士のことを知らない人の方が圧倒的に多い。

「うるさい黙れ。知らぬといったら知らぬ。まぁ、貴様のようなカスは千回会っても覚えぬだろうがな」

「な、なんと!キプツェル君!話が違うじゃないか!彼女は君も知らないと言っているぞ!」

博士はキプツェルの脇腹を小突いて責めるが、キプツェルはうつ向いたまま何も言わなかった。

「キ、キプツェル君?どうしたんだね?聞こえていないのか?おーい、キプツェルくーん」

博士はキプツェルの眼前で手のひらをパタパタと揺らしてみるが、キプツェルは歯を食いしばり眉を寄せているだけで、全く無反応だった。

「おい、カス共」

「は、はいぃ!?」

玲那の声の重圧に、博士は反射的に返事をしてしまう。しかも完璧に声が裏返っていた。これは恥ずかしい。

しかし、博士はまさか北野玲那がこんなに怖い人だなんて知らなかったのだ。キプツェルはそのようなことを一言も言わなかったし、完全にただの女子高生だと思っていた。博士はとりあえず、腹の中で激しくキプツェルを罵った。

「たいした用がないなら私は行くぞ。もちろん貴様等を思う存分殴ってからな」

指の間接をバキボキ鳴らす玲那に、博士は思わず一歩後ずさった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!君の命に関わる重大な話をしに来たんだ!」

「ふん、そんな嘘で私から逃げられると思ってるのか?」

玲那は二人に詰め寄る。その際、化学教師の脇腹を足で蹴って前へ進むように指示したのだが、彼は楽しんで犬になっていた。他の教師達から一歩距離を取られているのを、彼は未だに気付いていない。

「ほ、本当なんだ!かくかくしかじかで!」

「そんな薬品を貴様が作るからだろう!どっちにしろ貴様を殴る!」

「ひえぇぇえ!」

ようやく立ち直ったキプツェルは、「かくかくしかじかで伝わっちゃったよ!」と全力でツッコミを入れたかったが、さすがに空気を読んで心の中だけに止めておいた。そんなことより、自分達の身が危険である。玲那が腰の刀に手をかけたのだ。散々「殴る」という言葉を使っていたのはもしかしたらフェイントだったのかもしれない。

「このままじゃ殺られる!逃げるぞキプツェル君!」

「えぇ!?助けに来たんじゃないんですか!?」

「それはあくまで私の名誉のためだ!命がなくなっては名誉もクソもない!とにかく逃げて逃げて生き延びるぞ!」

博士はそれを全て言い終える前にすでに走り出していた。

「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!」

一度だけ玲那を振り返るが、キプツェルも慌てて博士の後を追う。

「この後に及んで逃げるか……。だがこのまま逃がすわけがなかろう。追え!奴隷ナンバーZ!」

「イエッサー!」

玲那がビシッと人差し指を突き出すと、化学教師は四本の足を動かしながらものすごいスピードで地を駆けた。

「どわあぁ!来たぁあ!」

博士は首を前向きに戻し、運動不足の足腰を必死に稼働させた。

「あの先生すごいスピードですね!やばいですよあれ!」

「逃げろ、逃げるんだ!」

「もう逃げてます!あ!そうだ!またオートマチック改良型で撃退すれば……!」

閃いたとばかりに提案するキプツェルだが、博士は苦々しげな顔を返した。

「ダメだ……!あのスピードじゃあ掠りもしないだろう……!」

「さっきは撃退できたのに!」

「北野氏が乗っていることでカス先生の中の何かが違うんだろうな」

その後、スコーン博士とキプツェル助手、そして北野様と化学教師による一方的な追いかけっこは小一時間ばかし続いた。逃げ切った頃には、科学者二人は満身創痍であった。





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