常識は通用しないらしい2





私はしっかりと勉学に励んでいるというに、あのクソ山中め。言い掛かりのような罪をなすりつけて私にちょっかいばかり出してきおって……。二年二組の教室で、北野玲那(きたのれおな)は心の中でそう悪態をついた。彼女の悪態はまだまだ続く。彼女は社会科教師の山中洋がとにかく嫌いだった。

「インドのことや、インド~。わかってるか~」

山中の地理の説明ほど耳障りなものはない。玲那は無意識のうちに舌打ちをした。

「……死ねばいいのに」

隣の席にも聞こえないようなボリュームで呟いたはずだが、山中の耳にはしっかりと届いていたようで、彼は教卓の上で小太りな身体を玲那の方へ向けた。

「北野~。今なんか言ぅたか~」

「何も言ってはおらぬわ」

山中洋は自分の陰口に対してのみ地獄耳なのである。だが彼の耳は、他の都合の悪いことは一切拾わないようにできている。

「お前なぁ~。ちゃんと前向いとけよ。授業中やぞ」

授業態度を注意された玲那は、横向きに座りケータイを操作したまま「フンッ」と鼻を鳴らした。

また始まったよ。クラス中の生徒がそう思った時、玲那と山中の始まりかけたバトルを唐突に遮るものがあった。黒板の上のスピーカーからピンポンパンポ~ンと間抜けな音が鳴り、生徒達は皆顔を上げた。

≪え~、ごほん、ごほん。私は世界一素晴らしい研究者、スコーン・タルト大博士である。二年、北野玲那君。二月生まれのB型で、北野家の長女である北野玲那君。牛丼屋でタダで食べれる紅生姜が大好きな北野玲那君。至急、体育館裏まで来ていただきたい≫

ブツッと放送は切れ、ピンポンパンポ~ンという右肩下がりのメロディがラストを締めた。

「な、なんだこれは!」

玲那は手にしていたケータイを机に叩きつけながら立ち上がった。至極当然の反応である。周りの生徒はざわざわしながら玲那を眺めている。

「わ、私の個人情報が校内中に……だだ漏れではないか!」

周りの生徒が発するざわざわは、具体的には次のようなものだった。「えっ、北野さんって紅生姜好きなの?」「無料の紅生姜たらふく食べなきゃならないほど困窮してるのかな」「北野さんタダの物とか食べるんだ……」「いつも俺らを見下してるくせに、好物紅生姜かよ。ダサッ」。そして山中教師の「北野~。授業中やぞ~。座れ~」という言葉もそれに含まれていた。

「呑気に座ってなどいられるか!どこの輩だ!?こんな無礼をはたらくのは!」

誰に問うでもなく叫ぶ玲那。彼女の顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。今すぐに体育館裏へ駆け付けて、先ほどの放送主をフルボッコにしてやりたかった。こんなにコケにされたのは初めてである。

机の横に引っかけておいた日本刀を掴み、教室を飛び出そうとする玲那だったが、前方のドアが突然開いた。玲那は教室の真ん中で突っ立っている状態になる。

ドアを開けたのは化学教師の男性だった。彼は涼しげなブルーの髪とグリーンの目を持ちとてもクールな顔立ちをしているが、その容姿に見あわず玲那に対して腰が低かった。

「あ、北野様、北野様に面会を求めている者達がいるのですけれど……」

彼は腰が低いとかいうレベルではなかった。生徒である玲那を様付けで呼んでいる。それはこの学校では最早常識なのか、他の生徒達は驚くことはしなかった。クラスメイトは未だに玲那と紅生姜の関係について語り合っている。

玲那は噛みつくように化学教師に訊ねた。放送主への怒りを迷うことなく化学教師にぶつけたのである。

「誰だ、そいつらは!?」

「スコーン・タルトと名乗っていました。もう一人の方も何かゴニョゴニョと言っていたが、よく聞き取れませんでした」

「知らぬわ!誰だそやつらは!鬱陶しい、帰らせろ!」

怒りでさらに顔を赤くしながら命令する玲那。しかし化学教師は困ったような顔で何かを言った。先ほどのキプツェルと同様に彼の口調はゴニョゴニョと聞き取りにくく、玲那は更にイライラを募らせた。

「いえ、帰ってもらおうと思ったのですが、とてつもなく危険な悪性兵器を所持していて……。とても敵わないのです」

「チッ、使えない奴め」

玲那は盛大に舌打ちをした。クラスメイト達はとばっちりが飛んでこないように、サッと顔をそらした。

「あれはもう北野様しか勝ち目がないと思います」

玲那は低く鼻を鳴らすと、腰のベルトに日本刀を固定した。

「ふん、良かろう。あのふざけた放送の罪は重いぞ」

「おぉ……頼もしい……」

玲那が廊下へ出ると、当然のように四つん這いになって化学教師の男性が待ち構えていた。彼女も当然のようにその背に跨がる。カサカサと四肢を動かす化学教師を操って、玲那は体育館裏へ向かった。背後から聞こえる山中の制止の声も、もう彼女の耳には入っていなかった。




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