常識は通用しないらしい
キプツェル・マカロンに案内させて市内にある野洲高等学校にやってきたスコーン・タルト博士。一刻も早く感染者に会わなければと急ぐ博士の両足は、道中三、四回もつれた。
キプツェルの話によると感染したと思われる者の名前は北野玲那といい、十六歳の高校二年生らしい。
彼女の外見は、前髪が一部ハネているというしょうもないところもメディシンⅡの感染条件に当て嵌まっている。更に、キプツェルの記憶によると彼女は長子で二月生まれである。更に、キプツェルは彼女はおそらくB型であると自信を持って断言している。
さらに、キプツェルは昔彼女と牛丼屋へ行った際、彼女は紅生姜を山のように食べていたという。好きなのかと訪ねたら、癖なのだと答えが返ってきたらしい。
ここまできたら確定的である。おそらく家もこの高校の近くだろうし、それなら研究所とも近い。ここまで条件が揃っていて感染していないというのは、逆におかしな話だ。
車もバイクも自転車すら持っていない博士とキプツェルは、徒歩で野洲高校までやって来ていた。年のわりに元気な博士の猛ダッシュに必死について行き、運動不足気味のキプツェルは肩で息をしていた。
「なんで私まで……」
「私は感染者の顔を知らないからな。キプツェル君、君の記憶だけが頼りだ」
ゼーハーと心配したくなるような激しい呼吸を整えていたキプツェルは、ようやく膝から手を離すと、博士の背中をバシバシ叩きながら言った。
「博士慌てすぎぃ~。大丈夫ですって、どうせ北野さんしか感染してませんよぉ~。ははは」
博士はそんなキプツェルの手を払い落とす。
「駄目だ!私の評価が!私の地位が!名誉!栄光がぁあ!」
キプツェルはドン引きしながら「最低だなこいつ」と小さく呟いた。
「早く……早く感染者の健康状態を確かめねば!」
いよいよ顔を真っ青にする博士に、キプツェルは軽い調子で言った。
「博士もう歳なんだからあんまり無理しちゃダメですよ」
つぶった片目から星を飛ばしながら言ったのだが、博士は「うるさ――い!」と叫びながら腕をぶんと振った。
「これくらいの距離走ったくらいでゲロ吐きそうになってたのはどっちだ!ごたくはいいからさっさと感染者の教室を教えろ!」
「そ、そんなことまで知りませんよ~」
ようやく学校に着いた二人だったが、玲那の教室が分からず途方にくれる。キプツェルは玲那と友達というわけではないのだ。ただ少し知っているだけなのである。
ついにイライラし始めた博士の小刻みに揺れる足先をわざと踏んづけながら、キプツェルは今しがた閃いたことを伝えた。
「あっ、そうだ、放送で呼び出しましょう!放送室ならたいがい一階にありますから、探せばすぐ見付かりますよ」
「なるほど、それはナイスな考えだ。よくやったぞキプツェル助手!」
博士は必死に右足を引き抜こうとしたが、キプツェルは全体重を己の踵に集中させ、それを許さなかった。
「しかし、今は授業中では……?もう少し待ちますか?」
「授業などどうでもいい。どうせろくに聞いてないに決まっている」
「……まぁ確かに」
「そうと決まれば今すぐ放送室にダッシュだ!」
親指を立て走り出そうとする博士に、キプツェルも勇ましい笑顔で力強く頷いた。博士が本気でキレるまで、キプツェルは彼の爪先から足をどけなかった。
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