どうでもいい割に首を突っ込むのね4
場所は再び公園。先日ベンチにいたおばあさんと学生は姿を消していて、代わりにランドセルを背負った小学生がはしゃいでいた。
「薬の撒き方、これでいいんですかね?」
「大丈夫、きっと上手くいくさ」
「その自信はどこから?」
「三途の河の向こうから」
博士はそう答えながら、新しくできたこぶをさすった。
現在公園にはゾウさん如雨露で汚い色の液体を公園中に撒いている白衣を着た男が二人いた。言わずもがな、メルキオール研究所のスコーン・タルト所長と助手のキプツェル・マカロンである。
彼らの姿は見るからに不審で、先ほどまで楽しく公園を利用していた人々は遠巻きに二人を眺めていた。キプツェルはそんな視線に心のヒットポイントを削りながら、込み上げる羞恥心を押さえつけ真顔で如雨露を揺らした。
「……そういえば、メディシンⅡの感染者にはどのような症状が出るんですか?」
ばら蒔かれたメディシンⅡを何とかすることばかり考えて、その薬の効果のことを聞きそびれていたな、とキプツェルは考えた。隣で鼻唄混じりにゾウさん如雨露を操る博士に、メディシンⅡについて尋ねる。
「そんなにややこしい症状はない、人格が変わるんだよ」
「それはさっき聞きました」
「でも他にこれといって他に症状なんかは……」
「じゃあどうやって感染者を見分けるんです?」
目に見える症状がなければ感染者を見付けることは困難だ。人格が変わるなんて、その人の元の人格を知っていなければ判別など出来ない。
キプツェルは真剣にこの問題について話していたのだが、そんな彼に博士はまた頓珍漢なことを真面目に言い放った。
「まだ感染者がいると決まったわけじゃないじゃないか」
「いますよ!絶対います!」
「その自信はどこから?」
「うるさいだまれ。だってこの薬作んのに一週間もかかったんですよ!?」
キプツェルの身ぶり手振りに合わせて、如雨露から放出された液体は不規則な線を描いた。
「確かに時間がかかりすぎたとは思う。だがしかし周りを見渡してみなさい。みんな幸せそうじゃないか」
博士は公園を見回しながらそう答えた。二人の怪しげな男が変な色の液体を撒く公園には、もう人っ子一人いなかった。
「……どのくらいで感染するんです?」
博士のアホには付き合っていられない、キプツェルは現実的な問題を訊ねる。博士はケロっとした顔でそれに答えた。
「最短で三日、長くても六日ってところだな」
「それ絶対感染者いますって!」
もう一度言うが、対メディシンⅡ薬を作るのに一週間かかっているのだ。それはつまり、四日も前に感染している者がいる可能性もあるということなのである。博士はその重大さをイマイチ理解していない、とキプツェルは苛立った。
「しかしみんな元気そうだしな……。ああ、そういえばメディシンⅡにはかかる人とかからない人がいるんだった」
「どういうことですか?」
キプツェルは「早く言えよ」という言葉を辛うじて飲み込んだ。あともう一歩で口から飛び出すところであった。
「まぁ、かかる人にも条件が必要ってことさ。メディシンⅠはそんなことなかったんだけどね」
そんなくだらない上に危険な薬がもうひとつあったことに、キプツェルはため息をついた。博士が何故そんな薬を作ったのかはさておき、話を進めることにする。
「その条件とは?」
「うん、結構たくさんあるんだがね。まず十代であること」
「ふむふむ」
「それから、日常的に化粧をしている人」
「ふむふむ……って、は?」
「さらに、牛丼屋の紅生姜を大量に摂取している人」
「何ですかそのしょうもない条件は」
博士がこれを本気で言っているのか冗談で言っているのか、キプツェルには判別がつかなくなっていた。だがこの様子だと、どうやら本気で言っているようだとキプツェルは考えた。
「そしてこれが決定的な条件なんだが、それは前髪が一部ハネていることだ!」
「それ個人特定してません!?」
ついにツッコミをいれてしまったキプツェル助手。彼自身はボケ属性だったのだが、博士と同じ時間を過ごすうちにすっかりとツッコミ属性にジョブチェンジしてしまった。
「まぁどうでもいい条件にB型であること、二月生まれであること、長子であること、三ヶ月以内に発熱していることなどもあるんだがね」
「こっちの方がもっともらしい!」
博士は空になった如雨露に薬品を補充しながらへらへらっと笑った。
「まぁ、こんな条件が全て当て嵌まる人なんてそうそういないさ」
しかしキプツェルは彼のように安心することはできなかった。キプツェルは一度モゴモゴさせてから、言いにくそうに口を開いた。
「そうそういないのは確かですが、その条件にピッタリ当て嵌まる人を私は知っています……」
「なんだと!?それは大変だ!その人はもうメディシンⅡに感染しているかもしれない!」
キプツェルの一言に、残像が見えるほどの勢いで振り返る博士。キプツェルはその必死さに一歩後ずさる。
「何慌て出してるんですか。さっきまであんなに余裕ぶっこいてたのに」
「何を慌てているかだって!?そりゃ慌てもするさ!犯人が私だとバレたら……捕まるかもしれん!!」
逮捕という恐怖にわなわなと震える博士を、キプツェルは冷たい目で見下ろしていた。彼の心の中で何かが崩れて行く音がした。
「なんてことだ……。早くその人の所へ行くぞ!」
「うぇえ、私もですかぁ?」
「当たり前だ!」
今度はキプツェルが顔をガードする番だった。彼は先ほどの博士と同じように、手のひらを顔の前にかざして唾がかかるのを防いだ。
「その人物を知っているのは君しかいないのだし、なにより私が捕まるかもしれないのだぞ!私が捕まったら誰があの研究所の所長をやるというのだ!」
「いや、ふつーに私継ぎますが」
「貴様のような若造に所長が務まるか!」
キプツェル助手は「いっそのこと捕まってくれたら静かになるんだけどなあ」と内心呟いた。
「捕まらん、私は捕まらんぞ~……」
いつになく鋭い眼差しでぶつぶつと呟く博士。キプツェルはため息をつくと、彼に問いかけた。
「で、実際感染者に会ってどうするんですか?」
「感染して二日以内ならこの対メディシンⅡ薬を飲ませればなんとかなるはずだ」
キプツェルは如雨露の中の液体にチラリと目を向けた。これを飲ませるなんて人として間違ってるなと思わずにはいられなかった。
「二日以上たっていたらどうするんです?」
「我々がスモールライトでミニマム化して体内に侵入、この薬品で直接メディシンⅡを駆除するのだ!」
「それって色々と……パクってきてますね!」
どこかの猫型ロボットが出てくるアニメでよく似た道具名や展開があった気がするが、キプツェルは深く考えないことにした。考えてはいけないことだと思った。
「とにかくその感染者に会いにいくぞ!案内してくれ、キプツェル君!」
意気込んで公園の出口を指差す博士に、キプツェルは寝癖頭をかきながら「はあい」とやる気のない返事をした。
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