第2部 大いなる意思

@genjin

第2部 大いなる意思 

   

   ジン、再び


ジン、起きなさい。

うーん。もう少し。

ジン、もう良いでしょう。

ミカ、もうちょっと。

寝ぼけてないで、早く起きなさい。

それじゃ、優しくキスして。

ジン。いい加減にしなさい。何寝ぼけたこと言っているんですか。

ミカ。そんなにきつく言わなくても。

まだ、寝ぼけている。ここは、あなたの家ではありません。賽の河原です。私は調和と秩序を司る宇宙意識体です。あなたは直ちに地球に戻りなさい。

えっ、賽の河原。宇宙意識体。

地球が大変なことになっています。

大変なことって。その前にカオスは。みんなは。

カオスは、あなたの働きで消滅しました。あなたの仲間は無事地球に戻りましたが、今現在の消息は不明です。

今現在、消息不明。どうなっているんですか。

あなたの消滅した体を再生している間に、地球では核戦争が起こり人類の約三十パーセントが死滅しました。

えっ、核戦争。

ところが、その死んだ魂が誰一人としてこの賽の河原に来ていません。あなたを直ちに地球に戻します。その原因を探り出し、地球に留まっている負のエネルギーを早急に私のもとへ送り出してください。このままでは、宇宙が消滅してしまいます。


その前に、と言ういとまもなく一瞬で風景が様変わりした。

私は、賽の河原とは打って変わった瓦礫の山の荒涼たるビル群の狭間に立っていた。


えっ、これは酷い。瓦礫の山だ。ここはどこだ。

そうだ。ゼロで確かめよう。トラン、あれ。クウ、ミコ。ミカ。メグ、キコ。

誰も応えてくれない。どうしたんだろう。トラン、クウ、ミカ。

だめか。私の精神感応能力が届かないのか。そうだ。彼女らの消息は不明と、ハモニーが言っていた。核戦争で死んだのか。そんなはずはない。ミカやトランは不死身だし。それにゼロもある。しかし、ゼロともコンタクトできない。うーむ。分からない。

おーい。誰かいませんか。と大きな声で呼んでみた。しかし、その声は瓦礫と化したコンクリートの山にぶつかり、こだまとなって返ってきた。

誰もいないのか。ここがどこで、今日が何日なのかも分からない。

参ったな。ハモニーも酷い。何の情報もなしに良くもこんなところに放り出したもんだ。他にも聞きたいことが山ほどあったのに。

しょうがない。ショウガなら乾物屋と言っても誰も相手をしてくれない。虚しい。自力で何とかしなくちゃならんな。

あの比較的被害が少ないビルなら周りが見渡せるだろう。

しかし、地名地番やビルの名前が分かるような看板も崩れ落ちていてさっぱり分からん。

中も酷い有様だ。核戦争が起きてどのくらい経っているだろうか。人っ子ひとりいない。

当然、放射能に汚染されているのだから生存者は、どこかに避難しているんだろうな。

これ以上は登れない。おっ、あの先が折れたタワーは、ひょっとしてスカイツリーの残骸。ということは、ここは東京だ。となると反対側に見える上半分崩れ落ちたようなツインビルが都庁だ。

この位置関係からすると、ここは飯田橋辺りかな。となると北方向に見える壊れた観覧車や野球場と思しき建物が後楽園遊園地で、その手前が神田川に違いない。あの川沿いに新宿方向に歩けば防衛相に行けるはずだ。現役時代に旧防衛庁長官をヘリで送ったことがある。あそこなら核シェルターがある。きっと生存者に会える。


ここら辺りだ。瓦礫の山ばかりで見当も付かない。

あっ、人がいる。

おーい、君。

うっ。君は、鬼人か。なんでこんなところに。えっ、一人じゃないのか。それも五人。

私は鬼人たちの秘孔を突いて気絶させた。しかし、効き目は一時的で直ぐに目を覚まし、また、襲ってきた。

切りがない。ここは逃げの一手だ。

どうやら巻いたようだ。もう、追ってこない。しかし、この状況では人を見かけても迂闊に声も掛けられない。おっ、何だ。銃声か。悲鳴も聞こえる。場所はどこだ。


私は念じた。一瞬でその場所にテレポートした。防護服とマスクを装着した人たちが一体の鬼人に襲われていた。私は、鬼人の秘孔を突いて気絶させた。


間に合わなかったか。大丈夫ですか。

あなたは、うっ、ゲホ。にっ、人間ですか。

はい。

それじゃ、防護服がないと。放射能、うっ。はあはあ、や、奴らは、ゲホゲホ。

もう、喋らないでください。誰か助けを呼んできます。

む、無駄です。早く逃げ。うっ、うしろ。と言って彼は絶命した。

次の瞬間、私は頭を掴まれた。鬼人は、私の頭を一気にねじ切ろうと凄まじい力を出してきた。しかし、その力は彼に跳ね返り彼の頭が引き千切られた。鬼人は倒れた。すると、瓦礫の下のあちこちから黒い虫が現れ、あっと言う間に死んでしまった人たちに覆い被さった。まるで黒い絨毯が波打っているように見える。

何だ。この虫。わっ、ゴキブリの大群だ。私は、咄嗟にコンクリートの塊を掴んで叩きつぶそうとしたが。

なんて硬いんだ。潰れない。本当にゴキブリか。

私は、死体に群がっているゴキブリを追い払った。しかし、完全には追い払うことができずに、結局、死体はゴキブリの大群に食い尽くされてしまった。後には一辺の骨すらも残らなかった。そして、ゴキブリは、いつの間にか胡散霧消してどこかに隠れてしまった。私の心は、彼らを助けることができなかった上に、その遺体すらも守ることができなかったという自責の念と悔しさで一杯になった。


こいつら本当にゴキブリか。くそ、無性に腹が立つ。私の力で全滅させてやる。

だめか。仕方がない。核シェルターを探そう。私は瓦礫の山の下を透視した。

入り口はここだな。階段の先は真っ暗だ。

私は階段を下りていった。目が慣れてきたのか。私の力がなせる技か。真っ暗な通路も昼間の如く見えるようになった。

くそ、さっきのゴキブリか。しかし、襲ってくる気配はないな。

ゴキブリの群れは、私の動きに合わせて遠巻きに距離を置いて蠢いていた。

どうやら、生きているものは襲わないようだ。しかし、気色悪い。体がぞわぞわして鳥肌が立ってくる。

ここがシェルターの扉か。このボタン。押しても何の反応もない。

誰かいませんか。無闇に開けるとシェルター内が汚染されてしまうし、ゴキブリだって。

どうしよう。中を透視しよう。

見える。何だ。既にゴキブリが入っている。これじゃ、生存者はいないな。

私は大金庫のような鉛合金の分厚い扉を開けようとした。しかし、ロックが掛かっていて通常の力では開かない。私は力を使った。轟音と共に埃が舞い上がり、扉が開いた。

やはり、生存者はいないか。それに食料もない。しかし、このゴキブリどもはどこから侵入してきたんだ。

うむ。この通気口からだな。放射能除去フィルターが食い破られている。

もしかして、ここに逃げ込んだ人たちはゴキブリの餌食なってしまったのか。それとも。

おっ、ここは機関室だな。大型発動発電機がある。燃料は、後どのくらい持つだろう。

まずは、この始動用小型発電機に火を入れるのか。


私は、始動用発電機のエンジンをかけ、次にメインの電源を入れた。順調に動き始めた。


何だ。ゴキブリが発電機に群がってきたぞ。わっ、気持ち悪い。

えっ、こいつら電気を食っているのか。嘘だろう。電圧が不安定になってきた。

燃料があるうちに中央司令室を探さないと。

あった。この部屋だな。コンピューター、動くかな。えっ、パスワード。

私は念を集中して頭に浮かんだ言葉を入れてみた。

よっしゃ。アクセス完了。

画面が揺らぐな。電圧が不安定だからか。国際情勢。このホルダーから見てみよう。

嘘だろう。電源が落ちた。くそ、あの忌々しいゴキブリどもの所為だ。

タンクが空っぽだ。しかし、ゴキブリが電気を食うとは。放射能による突然変異か。

結局、なんにも分からず仕舞いだ。これからどうしよう。


地上に出ると、もう日は沈みかけていた。


そうだ。娘夫婦の家が八王子だった。生存者を捜しながらココの家に行ってみよう。

この防衛省前の道路が二十号線だ。この道路沿いを西に歩けば八王子に行けるはずだ。

しかし、瓦礫が邪魔して道路の道筋が分からんな。しょうがない。沈みゆく太陽に向かって歩けか。なんかの映画のタイトルみたいだ。

この駅は、おそらく新宿駅だな。

もう五時間ぐらいは歩いただろうか。灯り一つない真っ暗な世界だ。

星が綺麗だ。ここら辺りで休むとするか。

だいぶ明るくなってきたな。まさに未曾有の世界。世紀末、ハルマゲドンだ。

しかし、なぜだ。何が原因で核戦争になったんだ。

もうそろそろ昼頃か。腹が減った。昨日から何も食べてない。

この辺りが八王子になるはずだが。どこも瓦礫の山でココの家の見当が付かない。

それに、この有様では生存者はいないだろう。どこかに避難していることを祈るばかりだ。

さて、これからどうしよう。

ハモニーが言っていたな。この核戦争で世界の人口の三十パーセントが死滅したと。

二十億人以上の魂が負のエネルギーとなって、この世に留まっているということか。

原因は。それほどの人間が創始者の遺伝子を百パーセント持ち合わせていたとは考えにくい。なぜだ。なぜ、ハモニーの下へ行かないのか。

そうだ。このまま国道二十号線で甲府まで行ってみよう。山の方に見える街並みは、さほど被害を受けていないようだ。生存者がいるかも知れない。


水爆の威力もここまでは届かなかったようだ。あの看板に高尾山入り口と書いてある。しかし、人っ子ひとりいない。やっぱ、どこかに避難したんだろう。

どの家にも車がない。まあ、逃げるんなら車だろうからな。

おっ、この家にはバイクが残ってる。

ごめんください。人がいるわけないか。いくら直接的被害がなくても放射能には汚染されているだろう。お邪魔します。バイクの鍵は、きっとこれだな。

おっ、動く。でも、燃料が半分。まあ、行けるところまで行こう。歩くより速い。


暫く走るとガソリンスタンドが見えてきた。私は、燃料貯蔵庫のマンホールの蓋を開けて覗いてみた。しかし、中は空っぽであった。


あるわけないか。途中、乗り捨てられた車のタンクも全部空っぽだった。

あれ、高速道路がある。首都圏中央連絡自動車道。私が立川に住んでいた頃にはなかった道路だ。下道より高速道で行こう。そっちの方が早い。


私は中央高速道方向への行き先明示板どおりに、高尾山インターチェンジの複雑な立体交差点に入った。ほぼ一周して中央連絡道に合流して直ぐに高尾山トンネルに差しかかった。


このトンネル。一時期、避難場所に使われていたみたいだ。生活必需品が散乱している。

何か食べられるものないかな。腹が減ってしょうがない。もう、二日も食べてない。

だめか。おっ、もしかしてこのドラム缶。ラッキー、ガソリンゲットだ。


私は、ドラム缶の側にあった携行缶二缶にガソリンを詰め替え、バイクに括り付けた。


これで良し。これだけあれば優に四百キロぐらいは走れるだろう。


トンネルを出ると直ぐに八王子ジャンクションが見えてきた。

中央高速道に入ると都心から避難してきたと思しき車が、数珠繋ぎに乗り捨てられていた。

まるで、年末年始さながらの大渋滞だ。身動き一つできない状態だ。

私は、何台かの鍵が付いたままになっている車を動かしてみたが、バッテリーが上がっているのか、ガス欠なのか。どの車も始動しなかった。


どっちにしても、バイクで良かった。スイスイだ。

このトンネル内で事故を起こした車が渋滞の原因だな。この先には車がない。

藤野パーキングエリアか。コンビニに何か食べるものが残っているかも知れない。

だめか。何もない。先を急ごう。

一宮御坂インターチェンジだ。ここから国道二十号線に下りて甲府市内に入ってみよう。

嘘だろう。こんな地方都市も攻撃対象にしたのか。中心部は瓦礫の山だ。生存者は。

おっ、人だ。待てよ。私は、目を凝らした。なんと一キロ以上先のものが識別できた。

やはり、鬼人だ。どうやら、爆心地には鬼人が付きものなのか。これじゃ、かろうじて生き残った人たちも鬼人の餌食になってしまっているに違いない。

仕方ない。この街も後にして国道二十号線沿いに諏訪湖に行ってみよう。


諏訪湖だ。この辺りはなんの被害もない。人がいないだけだ。

この市役所を調べてみよう。何も見あたらない。埃と蜘蛛の巣ばかりだ。

備蓄倉庫だ。何か食べられるものはないか。おっ、非常食だ。

人がいなくなってから、いったい何年経っているんだ。触るもの全てが崩れ落ちる。到底、食べられるものじゃない。今日は、ここで休むとするか。


   再 会


ハモニーに放り出されてから三日目になる。お腹と背中の皮がくっ付きそうだ。

ひもじさと寂しさで心細くなってきた。これじゃ、ハモニーの期待に応えられない。

おーい、トラン。

おーい、ミカ。どこにいるんだ。寂しいよう。と私は諏訪湖のほとりに立って叫んだ。

お待たせしました。私を呼んだのは、あなたですか。

あっ、トラン。会いたかった。良かった。やっと会えた。

私は、嬉しさのあまり涙しながらトランに抱き付いてしまった。

ジン。ジンなのですね。どうしてこんなところにいるんですか。

ハモニーの仕業だよ。それより、ミカたちは。今はいつ。核戦争は。世界は。

ジン。落ち着いてください。質問は、一つずつお願いします。

落ち着いてなんかいられない。

やっとトランに会えたんだ。なんで今まで出てこなかったんだ。

そんなに怒らないでください。一つずつ説明します。

ミカは、ジンがペテルギウス星系で行方不明になった翌年に実体化が解けてしまいました。

どうして。ミカは私がいなくても実体のままでいられるはずだ。もしかして、賽の河原にいた所為か。

それは、分かりません。次に、今は二〇五一年二月二十二日、金曜日です。

えっ、あれから四十年も過ぎてしまったのか。核戦争は、いつ起きたんだ。原因は。

それは、私にも分かりません。

なんでだ。ゼロなら世界情勢がどうなっているか分かるはずだ。そうだ。ゼロは。ミコやメグ、キコは。

はい。私とゼロは、ミコたちからの精神感応エネルギーが受けられなくなり、本日まで機能を停止していました。その時点からミコたちの情報も途絶えています。

それは、いつ。

二〇二五年です。ですから、それ以降の世界情勢も彼女たちの所在も分かりません。

今は、ジンの精神感応エネルギーで私もゼロも再起動することができました。

それじゃ、今ならミコたちがどこにいるか分かるだろう。

それが分かりません。今の地球上にいる精神感応能力者は、ジン一人です。ゼロのセンサーで彼女たちを探知することはできません。核戦争で死亡したのでは。

バカを言うな。ミコたちは生きている。

生存していれば、ミコは六十六歳。メグとキコは六十歳になります。

いればじゃない。絶対に生きている。何年掛かっても探し出してみせる。それより先に世界の現状を知りたい。

分かりません。全世界の情報ネットワークが機能していません。

分からない。分からない。分からないことだらけだ。くそ。

ジン、落ち着いてください。情緒不安定になっています。きっと空腹の所為です。

一旦、ガイアで食事と休憩を取りましょう。

あっ、ガイアのこと忘れてた。そうしよう。焦ってみてもしょうがない。

ショウガなら乾物屋にあります。

トラン、有り難う。少し落ち着いた。でも、私のギャグを取らないの。お腹ペコペコ。

ガイア、二名転送。


ご馳走様。もう、お腹もいっぱい。ようやく落ち着いた。

これからどうします。

そうだな。ハモニーから言われた仕事がある。

なんですか。

この核戦争で人類の三十パーセントが死滅したにもかかわらず、その魂、全てがこの世に留まっている。あり得ないことだ。その原因を調査し、魂をハモニーの下へ送り出さなくてはならない。

三十パーセントということは、二十億人以上になります。大変な仕事になりますね。

あー。でも、やるしかない。そうしないと宇宙が崩壊してしまう。

その前に、私が消滅してから以降のみんなのことなんだけど。かいつまんで教えて欲しい。

はい。ジンとの約束どおり、ハモニーの仕事は辞めるように説得しました。

彼女たちが素直に応じたとは思わないけど。特に、ミコは。

そのとおりです。苦労しました。それでも渋々ですが納得して貰うことができました。

そうか。普段の生活に戻ったんだな。

それが。鬼人が。

えっ、鬼人。私は、水爆で壊滅した東京と甲府市内で鬼人と遭遇したぞ。

そうですか。実は、ジンが行方不明になってから鬼人の出現が増え始めました。

そして、私たちも何度か鬼人たちの襲撃を受けました。私たちの平和な日常生活は鬼人によって奪われました。

どういうことだい。

警察や自衛隊の武器でも撃退できるのですが、鬼人の数は一向に減りません。それどころか増える一方でした。それで、私たちは人知れず鬼人と戦うことを決めたのです。

たった四人で。

はい。ゼロもいます。

それでも、全世界の鬼人には対応できない。

そのとおりですが、ゼロが使える間はある程度の対応はできていました。でも、二〇二二年頃からミコたちの精神感応能力が弱まりゼロが使えなくなりました。そして、彼女たちからの精神感応エネルギーは、二〇二五年に完全に途絶えました。

そうか。それで、その時から今日までトランとゼロは、機能停止を余儀なくされたんだ。

ところで、話は変わるが。ロボット軍団は。

軍団は、二年経っても現れませんでした。理由は分かりません。

それじゃ、この核戦争の原因ではないということか。

はい。

それじゃ、ゼロで世界がどうなっているか確かめに行こう。

はい。

まずは、伊勢だ。家と事務所がどうなっているか。ミコたちの消息も掴めるかも知れない。


なんてことだ。五十鈴川が氾濫して家の一階部分が水没している。

それに、こんなぼろぼろの家じゃ住めない。

ジン。水面の上昇は、地球の温暖化が原因です。

四十年前に地球温暖化の影響が深刻だと言っていたが、それが現実のものとなったわけだ。

事務所を見に行こう。

ここは水に浸かっていないが、朝熊公園は水浸しだ。

やはり、建物は朽ちていますね。あっ、ジン。外に出てはいけません。

なんで。

ここは直接的な核攻撃を受けていませんが、高濃度の放射能に汚染されています。

私なら大丈夫だよ。ちょっと事務所の中を調べてみる。

それでは、私もお伴します。

酷い荒れようだ。

ミコたちに繋がる手掛かりはありませんね。

しょうがない。

ショウガなら。

もう、良いよ。この状況じゃ笑えないしね。それに場をしらけさせるのは私の専売特許だ。

ジン、認めました。

さてと、次は各都市を見に行こう。

あっ、ジン。話しをそらしましたね。

行くぞ。


私たちは日本の六大都市を皮切りに、全世界の首都を巡った。


だめだ。どの都市も水爆で壊滅状態だ。それに、低地は全て海水に浸食されている。

ゼロ、生存者はどこにいる。

はい。生存者の位置を地球の立体映像に投影します。

ジン。ほとんどの生存者は、放射能に汚染されていない地域にいます。

トランの言うとおりだ。生命反応は、ほぼ山あいに集中している。

ゼロ、伊勢に一番近い場所は。

はい。内宮に百十三人の生存者がいます。

えっ、内宮。放射能は。

内宮を含め五十鈴川上流は、人体に影響を及ぼすほどの残留放射能はありません。

そうか。二見は汚染されていたのに。きっとミカが守ってくれたんだ。

違います。地形の影響です。五十鈴川沿いの谷あいに吹く風や・・

トラン、詳しい説明は良いよ。それも含めてみんな神様のご加護だ。感謝しないと。

分かりました。

そこにミコたちが避難しているかも知れない。行ってみよう。


境内を囲むように高い屏があります。入り口は、宇治橋前駐車場の一ヶ所しかありません。

随分と高い屏だ。しかも、コンクリートで頑丈に作られている。

そこの二人。その場に手を挙げてひざまずいてください。

あの。私たちは怪しいものではありません。人を探しています。

分かりました。でも、指示に従ってください。

はい。

失礼しました。あなたたちは、武器を持っていませんね。

はい。決して怪しいものではありません。私の娘と友人を捜しています。

分かりました。ここにいては危険です。まずは、門の中へ。

彼らは武器を持っていません。放射能にも汚染されていません。門を開けてください。

了解。門を開けます。

私の名前は、神定人です。彼は、トランです。娘と友人を探しています。

娘の名前は、神定命です。友人は、神宮司恵さんと同じ苗字の清子さんです。

分かりました。役所にお連れしますので、そこで調べてみましょう。

そのような名前は、このコミュニティーの住民票に登録されていません。

そうですか。

他のコミュニティーにファックスで問い合わせてみます。

えっ、他のコミュニティーと連絡が取れるのですか。

はい。但し、電話回線で繋がっている三箇所のコミュニティーだけですが。

そうですか。それだけでも助かります。

判明するまで、ここの宿泊施設を利用してください。

分かりました。何から何まで本当に有り難うございます。

いいえ、このような状況ですので生き残った者同士助け合わないと。それに塀の外は危険です。いつゾンビに襲われるかも知れません。分かり次第、お知らせします。それでは。

はい。よろしくお願いします。

ジン。核戦争がいつ起きたのか。また、その原因を聞かなくても良かったのですか。

そんなことを聞いたら、こっちの素性をねほりはほり聞かれて困ったことになる。

それもそうですね。自分たちで調べるしかありませんね。

そのとおり。


翌日、役所から問い合わせの回答があった。


残念ながら。どこのコミュニティーにも彼女たちの名前は登録されていませんでした。

有り難うございます。お手数をお掛けました。

いいえ、お役に立てなくて申し訳ありません。きっとどこかのコミュニティーで生活していると思います。気を落とさずに探してください。

はい。何のお礼もできませんが、大変お世話になりました。失礼させていただきます。

あっ、ちょっと待ってください。このナイフと食料を持って行ってください。

有り難うございます。お気持ちだけいただきます。それに、貴重な食料は尚更です。

しかし、ゾンビに襲われたら素手では勝てません。

私たちは格闘術に長けています。心配無用です。

分かりました。では、お気を付けて。娘さんたちが見つかることを祈っています。

有り難うございます。さようなら。

ジン。これからどうしますか。

そうだな。まずは、負のエネルギーがこの世に留まっている原因を突き止め、ハモニーの下へ送り出す。併せてミコたちの捜索だ。しかし、どうやって突き止める。

あまりにも情報がない。

ジン。良い方法があります。

どんな方法。

はい、アクアのオブザーバーです。

そうか。オブザーバーなら地球の情報を記録しているはずだ。しかし。

はい。アクアのステルス技術の解明ができていません。直ちに再開します。

そんな悠長なことは言っていられない。

そうだ。いっそのこと直接アクアとコンタクトして情報を貰おう。ガイア、二名転送。

ガイア。全周波数、チャンネルオープン。

アクアのアイリス代表。こちらはガイアの船長、ジンです。応答、願います。

ジン。なぜ、もっと早く連絡してくださらなかったのですか。

済みません。私が賽の河原にいる間に四十年が過ぎてしまいました。詳しい話は後ほど。実は、私が不在間、トランもガイアも精神感応エネルギーが途絶えて機能停止状態でした。この四十年間の地球の情報が記録されていません。教えてください。

分かりました。オブザーバーからの情報を転送します。

有り難うございます。

うむ。核戦争は、二〇四一年に勃発したのか。

はい。その時点で救助隊を地球に向かわせました。間もなく太陽系外縁オールトの雲に入るところです。あと一年後に到着予定です。

それと、救助隊の本隊は惑星間戦争で消滅したセレス星の移民船団です。

地球への移住を切望しています。

分かりました。救助隊の現在位置を送ってください。一年も待てませんので私たちが迎えに行きます。

トラン、ゼロで救助隊を一気に移動させるぞ。私が不在間の状況確認は後回しだ。

分かりました。


かなりの大船団だ。明らかにアクア星のものとは異なる形だ。

はい。十キロメートル四方の立方体からなる移民船団八十二機です。

流線型をした先頭の船がアクアの宇宙船です。

了解。早速、コンタクト。

アクア救助隊。こちらガイアの船長、ジンです。応答願います。

ジン船長。こちらアクア救助隊のパイロット船船長のアランです。地球への先導お願いします。

はい。一瞬で移動しますので吃驚しないでください。

はい。創始者のテクノロジーの偉大さは承知しています。

では、全艦エンジンを停止してください。移動します。


素晴らしい。私たちにも創始者のテクノロジーが使えたら宇宙連合の創設も短期間で済むのですが。残念です。

それより、どのようにして地球人類を救助するのですか。

それについては、セレスの移民船団長に説明して貰います。こちらに来ていただけますか。

はい。ガイア、二名転送。

私は移民船団の長を務めるエリスです。よろしくお願いします。

私は、ジン。彼がトランです。よろしくお願いします。

まずは、アクアからお借りした放射能除去装置を各国の汚染都市に設置します。

その作業と並行して私たちの医療船を各国に派遣して傷病者の救助にあたります。

まずは、私たちが拠点として使わせて貰える地域が必要です。地球人に私たちを受け入れて貰えるかが問題です。

現在の地球では、どの国もほぼ無政府状態です。核戦争から十年経っていますが、残留放射能の所為で復興は遅々として進んでいません。ですから、地球人の承諾を得るにしても地球の代表たる国がありません。ここは、地球人の救援を最優先でお願いします。

それでは、私たちの船団が降着できる場所を探しましょう。

それなら、サハラ砂漠が良いと思います。砂漠ですから人が住むには適さない場所ですが。

それは問題ありません。アクアの環境制御装置があります。

それに、人が住んでいない砂漠地帯なら地球の人々に迷惑をかけずに済みます。

早速、サハラ砂漠に降下します。


八十二機からなる船団は、一機ごとにキューブ型から都市型へと変形した。


凄い科学力だ。

一機ごとに全ての都市機能が集約されています。アクアの技術で改修してあります。

各都市は、反重力装置を使って降下します。

分かりました。

降着完了後、直ちに放射能除去装置の設置と地球人の救助を開始します。

私たちにも手伝わせてください。

それでは、放射能除去装置の方をお願いできますか。

もちろん。

装置はどこにありますか。

装置は、この船の倉庫にあります。

アラン隊長、倉庫に案内してください。

ここです。装置は一五〇〇台あります。

凄い数ですね。一機の大きさは、日本の建て売り住宅ぐらいですか。

これを全部設置しなくてはなりません。約一年は掛かると思います。

大丈夫です。私たちに任せてください。

ゼロを使って一ヶ月以内で終わらせます。一刻も早く放射能を除去しないと。

分かりました。設置については、全てジンとトランにお任せします。

任せてください。アラン隊長とエリス代表は、地球人の救助をお願いします。

トラン。全ての装置をゼロに収容。まずは、日本から始めよう。


トラン。東京で残留放射能が最も強い地域はどこになる。

はい、爆心地の国会議事堂がある千代田区永田町です。

良し。一台目は、そこだな。

国会議事堂が跡形もない。広島の原爆ドームみたいに骨組みくらいは残っていると思っていたが、土台すら溶け落ちている。

被害状況から計算すると、東京に落とされた水爆は百メガトン級です。

百メガトン、ピンとこない。

広島に落とされた原爆の三千八百倍の威力(ウィキペディア「ツァーリボンバ」)です。

それでもピンとこないけど。瓦礫の山は、八王子の先まで続いていたな。

設置完了しました。スウィッチを入れます。


低いうなり音と共に装置が動き出した。


残留放射能がみるみるうちに浄化されていきます。

この勢いなら数ヶ月で除染完了だ。

いいえ。二週間で完了します。

そんなに早く。

はい。それでは、次へ行きましょう。


どこからともなくゴキブリの大群が現れ装置に群がった。


こいつら突然変異で電気も餌として食ってしまう。トラン、装置を守らないと。

だめです。相手が多すぎて追い払えません。

だめか。装置が停止してしまった。


ゴキブリの大群は、電気を吸い尽くすと、また、どこかへと隠れてしまった。


くそ、忌々しいゴキブリどもめ。何とかならんのか。

それでは、装置を丸ごとシールドしましょう。

あっ、エネルギーシールドは使えないよ。ゴキブリたちに餌を上げるようなものだ。

承知しています。このシールドは、創始者のテクノロジーを使った超合金で作ります。

見ていてください。

あっ、と言う間だね。でも、こんな金属製のざるみたいなものを被せるだけじゃ。

大丈夫です。装置丸ごと囲っています。地中からも侵入できません。

しかし、ゴキブリには効くかも知れないが、鬼人たちにはどうか。

それも、大丈夫です。どんな力を加えても破壊できません。試してみてください。

よっしゃ、この鉄骨で叩いてみるからね。もし、壊れちゃっても文句言わないように。

どうぞ、どうぞ。

うひゃ、一トンくらいはあるこの鉄骨でもびくともしない。手の方がしびれた。

でも、熱線は。

耐熱温度は五千度です。但し、このシールドを維持するには、ジンの精神感応エネルギーが不可欠です。

そうか。それじゃ、充電して再起動させてくれ。

はい。


装置が動き出すと、また、ゴキブリの大群がどこからともなく現れてシールドに群がった。


ゴキブリに覆われた黒いドームのできあがりだ。気色悪い。

そうだ。トラン。このゴキブリを駆除する殺虫剤はないか。こいつらのために生存者たちも苦労していると思う。

あります。しかし、一時的には効いても根絶は無理です。それより確実な方法があります。

どんな方法だ。

遺伝子操作で繁殖能力を持たないゴキブリを増殖させます。

どいうことだ。

まず、このシールドに群がっているゴキブリたちから始めます。遺伝子操作されたゴキブリとの交配で生まれた個体には繁殖能力がありません。後は、ねずみ算方式に繁殖能力を持たないゴキブリが増殖していきます。

そうか。最後は、寿命で絶滅するというわけだ。

そのとおりです。これから装置を設置する先々で同じことを繰り返せば、一年も経たないうちに全世界のゴキブリは絶滅します。

良し。その手で行こう。ところで、日本全土を浄化するには、あと何カ所に設置すれば良いんだ。

はい。札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡、鹿児島の七箇所です。

早速、札幌に行こう。むっ。今、悲鳴が聞こえた。

私には、聞こえませんでした。

ほら。また、聞こえた。

ゼロも探知しました。首相官邸です。


もう、諦めな。お前たちの常人にない回復力も、これまでだ。

五月蠅いわよ。死んだって、あんたの言いなりになんかならない。

そっちの二人は、どうだ。

私たちだって、あなたに屈服するぐらいなら死んだ方がましですわ。

強情な奴らだ。俺のものになれば永遠に生きられるのに。

ばっかじゃない。あんたの性具になってまで生きていたいとは思わないわよ。

分かったよ。どうせ死んだお前らの体は俺のものになる。

絶対、諦めない。ねえ、みんな。

あんたの不死身の身体も、いつかは滅びるはずよ。この世に永遠のものなんて絶対にないんだから。


彼女たちは、三体の鬼人たちに囲まれていた。既に、数十人の人たちが鬼人に殺され、ゴキブリたちの餌食となっていた。


鬼人たちよ。あいつらの回復力も、もうすぐ尽きるぞ。やれ。

ねえ、みんな。私たちの命が尽きる前に、絶対に鬼人とあの悪魔を倒すわよ。

ええ。私たちは、諦めない。絶対にあなたたちを倒しますわ。


彼女たちは、それぞれに対する鬼人の攻撃にもめげず、傷ついた身体で立ち向かって行った。しかし、何度、鬼人を倒しても彼らは彼女たち以上の再生力を持って攻撃してくる。とうとう、彼女たちは、崩れかけたビルの壁際に追い込まれてしまった。


これまでだな。観念しろ。鬼人たち。これを使え。


鬼人たちは、彼が用意した手投げ弾やロケットランチャーで一斉に攻撃した。辺り一帯に大きな爆発音が鳴り響き、その後に瓦礫の山が残った。


あーあ、君たちは手加減とやらを知らん。これじゃ、彼女たちの身体はバラバラだ。

それじゃ、魂だけでも。

おかしい。あいつらの魂が取り込めない。なんでだ。


その時、瓦礫の山が崩れて彼女たちに覆い被さったジンが現れた。


ほう。間一髪だったね。お嬢さんたち。咄嗟のことだったんで君たちに断りもなく抱き付いてしまったけど。君たちを守るためだから。どうか、許してくれ給え。

ところで、君たちみたいな若い娘さんたちが、なぜ鬼人たちと戦っているのかね。

あれ、お父さん、お父さんだよね。お父さんでしょう。ほら見て、私、私。

私と言われても血泥で汚れた顔じゃ、分からない。それに、私には君みたいな若い娘はいませんよ。あなたは、誰ですか。

何言ってんのよ。私、ミコだよ。四十年間、今までどこにいたのよ。

えーぇっ、嘘でしょう。私の娘なら、今は六十六歳だぞ。

何言ってるのよ。お父さんだって、年取ってないじゃないの。

ジン。ジンに間違えありません。また、会えるなんて奇跡ですわ。私です。

メグなのかい。

はい、メグです。

神様の思し召しですね。私はキコです。

キコ。えー、なんで。でも、やっと会えた。

ジン。後にしてください。また、鬼人たちが攻撃してきます。


再び閃光と爆発の轟音が鳴り響いた。


何、これ。さっきよりも凄まじい破壊力だ。創始者のバリア、凄いね。

ジン。彼らが使った武器は、戦術核を搭載した携帯火器です。このバリアでは防げません。

じゃあ、どうやって防げたのかな。

どうやら、ジンの能力が発揮されたようです。

私の能力だと。

そうです。

でも、こんなところで核爆弾を使ったら、あいつらもお仕舞いだろう。

いいえ、彼らも不死身の身体を持っています。

メグ、それってどういうことだい。

そうだ。話を聞くよりキコのテレパシーで教えて貰うよ。その方が早い。

ジン。それが、私にはもう、その能力はありません。

私も、なくなっちゃったよ。

私もです。

メグの予知能力も、ミコの霊媒師的な能力もなくなったと言うことかい。

そうだよ。私の中にいたクウもどこかに行っちゃった。

間もなく、核爆弾による粉じんが晴れます。

本当だ。奴らも吹き飛んでいない。

どうなってんの。これほどの破壊力を持ってしても無傷とは。それに、おっさんたちはどこから湧いて出てきたんだ。

湧いて出てきたとは、失敬な。私らはウジ虫じゃないぞ。

いいや、虫けら同然の存在だよ。地球のダニだ。

お父さん。あいつが、悪魔よ。鬼人を操っている。

悪魔。決して表立って出てこなかった卑怯者か。

卑怯者呼ばわりは、酷いな。思い出したぞ。おっさんは、神定人だな。いや、お節介な保護司さんと言った方が良いかな。

なぜ、私の名前を知っている。

お忘れですか。お節介な保護司さん。

君は、もしかして鈴木翔太君か。

そうだよ。

本当に、君が翔太君なら、六十六歳の老人のはずだ。

どういうわけか、あんたらと一緒で俺も歳を取らない。そんな話は、どうでも良い。お前らは、俺の邪魔ばかりしてきた。ここで会ったが百年目だ。

いや。まだ、四十年だ。

ジン。年数は、どうでも良いことです。彼らを何とかしないと。

分かってるよ。トランは、ミコたちを頼む。酷い怪我をしている。彼女らの再生力が尽きかけているようだ。

それがね。お父さんと出会えたせいか、再生力が戻ったみたい。ほら、体中の傷口が少しずつ治ってきてる。

私も。

私もですわ。

どうして、再生力が戻ったなんだろう。

おそらく、ジンと接触したことで再生力が復活したのでしょう。取り敢えず、三人をゼロに退避させます。

分かった。


トランと彼女たちは一瞬に消え、トランだけが戻ってきた。


彼女らは、OKです。ゼロの中で休んでいます。

それじゃ、鬼人の方はトランに任せるよ。私は、翔太と戦う。

私の相手は三人ですか。

しょうがないでしょう。トランの方が若いんだから。

歳の問題ではないでしょう。ジンの方が、私より遙かに強いのに。

だからさ。翔太の方が、底知れぬ強さを持っている。私の感なんだけど、流石のトランも負けるかも知れない。

分かりました。鬼人たちは、任せてください。

翔太君。君の相手は、私がするよ。その前に、聞きたいことがある。地球を滅ぼしたのは君の仕業かね。

俺の所為じゃねえよ。人間の醜悪な心が、自らの終焉を招いたんだ。

醜悪な心。

そうさ。強欲、嫉妬、憎悪、猜疑心、欺瞞、そして、宗教・文化、貧富の差や人種の違いから生じる選民意識。人間の醜悪な内面性をあげたら切りがないぜ。

そのような心は、人間本来の煩悩だ。それらが原因だとしたら、とっくの昔に人類は滅んでいるぞ。君が何かしたんじゃないのか。それに、私らが以前から探していた卑怯な悪魔が君なら、なぜ、多くの人間を殺そうとする。

そんな質問に答える必要も義理もないね。それに、知ったところで無駄になるだけだ。どうせ、おっさんは、ここで死ぬんだからさ。

何だ。凄い力だ。もしかしてサイコキネシス。

ほう、俺の念力に良く耐えてるね。これならどうだ。

バリアが限界を超えて壊れたようだ。私への攻撃が君自身に跳ね返って君の身体が潰れている。それ以上、私に力を使うと君はぺっしゃんこになるぞ。

なんだ。なぜだ。血が噴き出してきた。でも、心配無用だぜ。直ぐ回復すらあ。そんじゃあ、直接攻撃に変えるか。


彼は、私の前に素早く移動して、私を抱きしめた。


おい、何をする。私には、そんな趣味はないぞ。男は嫌いだ。

俺もゲイじゃねえぜ。お前の生命エネルギーを吸い取るのさ。

それは無理だ。君の力じゃ、私から生命エネルギーを吸い取ることはできんよ。

あれ、本当だ。じゃあ、抱き付いている意味がないな。

いや、今度は私の番だ。

おっさん。早く離せよ。気色悪い。

済まんな。離す前に、さっきの質問に答えて貰おうか。

言っただろう。答える必要も義理もねえってよ。

どうでも良いから早く離せよ。爺。

爺じゃないよ。まだ、おっさんと呼んでくれた方が増しだ。どうしても言えないなら君の心に聞くよ。

止めろ。くそ爺。


私は、精神感応能力をフルに使って彼の心と向き合った。


そうか。そうだったのか。あの時、宮川の河川敷で、君も彼らに殺されていたんだ。

そうだよ。おれは、奴らに呼び出された時、恨まれているのは分かっていた。だからやられる前に奴らを殺そうと思っていた矢先、お前が来た。奴らに不意打ちを食らわせて殺すはずだったが、お前が現れたことで機を逸してしまった。それで、お前と一緒に袋だたきに遭い殺された。だがな。俺は、成仏せずに生き返った。

どうやって。

地球のおかげさ。

地球。地球にそんな力があるのか。

あるから、俺は生き返った。地球上の人間を全て抹殺することへの見返りとしてな。俺も人を殺すのが好きだったからな。ちょうど良かったよ。

なぜ、人間を。

人間は、地球と地球上の全生物を滅ぼす存在だからだって地球が言ってたぜ。

人間が地球を滅ぼすとは、どう言うことだ。

後は、地球と直接、話しな。

地球と話せるのか。

あー、現にテレパシーで俺の心と話してる。同じことさ。

地球、聞こえますか。

はい。あなたは、私と話せるのですね。

はい。私は、彼と同じで一度死に生き返りました。その時、宇宙の調和と秩序を司る全知全能の意識体ハモニーと出会い、特殊能力を授かりました。

えっ、ハモニー。あー、分かりました。ヴィシュヌのことですね。

ヴィシュヌ。誰のことですか。あなたが、ハモニーと呼ぶ宇宙の調和と秩序を司る神的存在。つまり、この二元宇宙を維持する役目を負った宇宙意識体のことです。

私は、あなたが言うヴィシュヌからこの二元宇宙の崩壊を防ぐために、負のエネルギーをハモニー、つまり、ヴィシュヌの下へ送り出す仕事を託されました。話は変わりますが、あなたが人間を殺させるために、翔太君を生き返らせたのですか。

はい。

なぜです。

惑星は、その星自体とそこに住む全ての生物で一個の生命体を形成しています。ところが、人間だけが他の生物を絶滅に追い込み、私自身の生命をも脅かす存在になりました。しかし、私には人間の行いを食い止める力がありません。木が木を伐採する人間に対抗できないのと同じです。そこで、私の生命エネルギーの一部を持って彼を生き返らせ、彼に私自身と人間以外の全生命体を守るという仕事を託したのです。彼は、適任者です。人を殺すことに躊躇しない。そして、彼は人殺しが好きで、かつ、快感としていましたから。

そうさ。俺は、地球と地球上の生物を守るために人を殺す。爺が宇宙を守るのと一緒さ。

彼は、潜在的な特殊能力を既に持っていました。負のエネルギーを取り込む力です。私の生命エネルギーが、その能力を覚醒させたようです。

クウを取り込んだ時のミコと一緒だ。

俺は、負のエネルギーを取り込めば取り込むほどに不死身の身体になった。凄いだろう。それとよ。俺は、お前らが近くにいると俺が取り込んだ負のエネルギーを、他の人間に取り付かせることができるんだよ。

ただ、彼には負のエネルギーの存在を探知する能力がありませんでした。

だがな、今は持ってるぜ。あんたの娘から取り上げた地蔵のおかげだよ。それからだな。お前たちがいなくても、俺が取り込んだ負のエネルギーを人間に取り付かせることができるようになったのは。

えっ、地蔵、クウのことか。

名前なんか知らねえ。俺は、負のエネルギーを探知する能力がなかったが、爺は持ってたよな。そこで、爺が探し出した負のエネルギーを俺が取り込んで、そのエネルギーを取り付かせた人間に大量殺人をさせようとしたんだ。でも、ことごとくお前らに邪魔された。

そうだったのか。だから、鬼人が現れるところに必ず私たちがいたわけだ。

そうだよ。でもよ。爺が消えた四十年前、負のエネルギーが探知できるのは、爺じゃなくて娘の方だと分かった。そこで、娘を殺して魂を俺に取り込もうとしたんだが、あいつは強いだけじゃなく驚異的な再生力も持っていた。俺は何度も倒され、その度に負のエネルギーのおかげで蘇った。何度目かの戦いで、あいつの中から地蔵の霊が飛び出してきた。俺は、直ぐさま取り込んだ。すると、どうだ。俺も負のエネルギーを探知できるようになった。それどころか。お前らがいなくても負のエネルギーを人に移すことができるようにもなった。但し、生きている人間には移せなくなったけどな。

そうか。君の中にクウがいるのか。クウ、聞こえるかい。

その声は、ジン、ジンですね。

クウ、彼の虜になっていたのか。

はい。ミコから弾き出された瞬間に、彼に取り込まれてしまいました。彼もミコ同様の力を持っていて、私は、彼から逃れることができません。ジンの力で彼から私を解放してください。

分かった。クウ、私の下に戻りなさい。

爺、止めろ。・・・。あーっ、地蔵が。くそ。

大丈夫です。今のあなたにとって、これ以上、負のエネルギーを探す必要はありません。あなたの中には、既に何十億人分の負のエネルギーが取り込まれています。もう、それで十分です。あなたは、この場から逃げ私との約束を引き続き実行してください。

けどよ。この爺から逃げられねえよ。

大丈夫、あなたの負のエネルギーを使って逃げなさい。

あっ、そうか。


彼は、サイコキネシスを使って私の束縛をいとも簡単に解いた。そして、例の捨て台詞、「覚えてやがれ」を残して一目散に逃げていった。


ジン、翔太を倒しましたか。

いいや、逃がしてしまった。トランの方は、どうだい。

何度倒しも彼らは直ぐに立ち上がって攻撃してきました。しつこくてウンザリしていましたが、今、エネルギーが切れたかのように死んでしまいました。彼らの屍は、ゴキブリに食われてしまいました。

彼は、地球と繋がっていた。

地球ですか。

そうだ。彼の心、そして、地球の意思とも精神感応した。内容については、口で言うより精神感応で伝えるよ。


一瞬でトランに伝わった。


そうでしたか。彼は、鬼人を創り出すために私たちを利用していたのですか。そして、大量の負のエネルギーを使って念力を作り出し逃げて行ったのですね。でも、ジンの力の方が上でしょう。

油断した。次は逃がさないよ。

それで、星も一個の生命体で意思を持っていたと言うことですね。星と精神感応したのは、ジンが初めてでしょう。創始者の記録にもありませんから。

いいや、翔太が先だ。彼は、地球と繋がっている。しかし、人類をこの地球上から消滅させることが、地球自身の意思とは想像だにしなかった。

でも、現在の地球人類の文明程度では、地球が死ぬほどとは思えませんが。

そうだな。太陽の寿命は、あと約五十億年と言われている。太陽系内の惑星も、当然同じ寿命だろう。それなのに、なぜ今なんだ。しかも、人類は核兵器を使い自分たちのみならず、他の生物までも絶滅に追い込んでしまった。これが、地球の意思ということか。

地球に聞いてみてください。

それが、やっては見ているんだが、なぜか、今は、地球と交信ができない。

それでは、ゼロに戻りましょう。


お父さん。四十年間、何していたのよ。もう、とっくに死んじゃったと思ってたのに、酷いじゃないの。生きているなら、連絡ぐらいしてよ。

そう怒りなさんな。こっちだって、この状況に面食らってるんだから。

ジンの言うとおりです。

ミコ、ジンを責めても仕方ないですわ。それより、悪魔は。

そうだ。悪魔をやっつけてくれた。

それが、翔太には地球が味方していて逃がしてしまった。

地球。悪魔が翔太って。

どう言うことですか。

口で説明するより、精神感応。あっ、君たちには。

ジン。地球の意思の話しより、今のこの状況を聞かないと。

そうだな。

残念です。私たちは核戦争で生き残った人たちを、放射能で汚染されていない白樺高原のコミューンまで連れて行くところだったのです。しかし。

そうなのよ。お父さんたちがいなくなったら、例の悪魔が私たちを何度も襲ってきた。しつこいくらいにね。でも、私たちは負けなかったよ。今日までは。

彼も私たちと同様に不死身で、鬼人たちを従えて襲ってきました。

しかし、戦う武器がどうして刀なんだ。

いつ頃からか忘れてしまいましたが、秘孔を付いても鬼人たちを倒せなくなったのです。

そして、その頃からゼロも使えなくなりましたわ。

二〇二五年です。精神感応エネルギーが途絶えた年です。

そうそう。私の中のクウもその頃にいなくなってた。

そして、何度目かの戦いで鬼人を倒す唯一の方法が首を切り落とすことだと知りました。

それで、刀。

はい。この刀は、ゼロが使えなくなる前にトランに作って貰いました。

刃こぼれもなし、軽くて切れ味も最高。

ミコ、不謹慎ですわ。

ご免。だけど、鬼人たちを倒す唯一の方法なんだから。

でも、最初は鬼人を斬ることが、どうしてもできませんでした。

そうしてためらっているうちに犠牲者がどんどん増えてしまいました。

鬼人は、殺戮を思うがままに行い殺した人たちの霊魂を取り込んでいたわ。

そんな能力が鬼人にもあったのですか。

鬼人にはないけど、翔太にはあるみたいよ。

ミコの言うとおりだ。先ほど翔太も言っていた。

私と同じね。

それで、翔太が逃げたことでミコたちを襲っていた鬼人たちを倒すことができたのですね。

鬼人たちが現れ始めた当初は、警察と自衛隊が主に対応して撃退していました。しかし、核戦争後は政府機関が崩壊して自衛隊も壊滅状態に陥ってしまいました。

その後は、有志による自警団が生存者を守るために鬼人と戦いました。しかし、彼らは鬼人たちの敵ではありませんでした。

仕方ないよ。自警団の人たちは、私らみたいな戦闘力も再生力も持ってないから。

そう。その再生力で私たちは、年も取らずに今日まで戦うことができました。

その再生力は、私の血のおかげだよね。

そうだよ。

それじゃメグも若いままなのは、どう言うこと。

実は、メグにもジンの血が入っています。

えっ、私には覚えがない。

ジンが行方不明になった翌年に新種のインフルエンザが流行しました。それにメグも罹ってしまい死にかけました。

メグを助けるために、やむを得ずミコとキコの血とメグの血を融合させました。

風邪ぐらいで死ぬのか。

そのウイルスは、当時のワクチンや治療法では全く効果がありませんでした。

メグが罹患したことで、そのウイルスが何者かによって遺伝子操作されていることが分かりました。

と言うことは細菌兵器。

ゼロで調査しましたが、断定できる証拠は見つかりませんでした。

お父さん。それでね。トランが創始者の技術でアンチウイルスを作って被害の拡大を最小限に留めたんだ。人知れずにね。

それでも、全世界で三百万人以上が死亡しました。

そうだったのか。

話は変わるけど、予知やテレパシーができなくなったのは、いつ頃からだった。

刀で鬼人と戦うようになってからですわ。

そうです。鬼人を刀で倒すことにためらいがなくなってからです。

なるほど。創始者の遺伝子を百パーセント持っている君たちも人を助けるためとは言え、戦うことに慣れて心が荒んでしまった結果、能力が使えなくなったというわけだな。

再生力も徐々に失われて、最近では傷も治り難くなっていて。

でも、見てみて。ゼロに避難している間に、傷が全部治ってる。再生力が戻ったみたい。

やっぱり、ジンのおかげですわ。

今日、ジンたちに会えていなかったら私たち鬼人たちに負けてしまったかも。

私も覚悟を決めていたわ。

でも、そうなる前に、悪魔の翔太を絶対倒す。この決意で私たちは戦いました。

お父さんが翔太を逃がしてしまったから。これからも戦うわ。

君たちの戦いは、今日までだ。これからは、私とトランが引き継ぐよ。それに翔太は、地球の意思で人類の滅亡を企てている。君たちに翔太は倒せない。

それに、翔太の中には何十億という負のエネルギーが溜め込まれています。

トランの言うとおりだ。彼は、クウを虜にし、核戦争で死んだ魂のほとんどを彼の体内に取り込んでいる。その負のエネルギーがなくならない限り、彼も死なない。そして、彼は、その負のエネルギーを死人に移し替えることによって鬼人を操っている。

死人。それなら、私たちが今まで倒してきた鬼人たちは、既に死んでいた人たちだったのですね。人を斬ることで気に病んでいた心が少しは和らぎました。

それじゃこの話しは、これくらいにしてガイアで休もう。続きは明日だ。

ガイアに会うのも久し振りね。

ゆっくりお風呂に入って、今までの垢を落としたいです。

そうだね。ついでに、心の垢もね。

ジン。負のエネルギーがハモニーの下へ行かなかった理由が分かりましたね。

そうだな。翔太が原因だった。死んだ魂は、全て翔太の中に取り込まれている。

凄い能力ですね。

翔太を倒さないと、負のエネルギーをハモニーの下に送り出せない。


お父さん。おはよう。

おはようございます。

おはようございます。

おはよう。よく眠れたかい。

こんなにぐっすり眠れたのは、お父さんたちがいなくなってから初めてだよ。

メグも私も、よく眠れました。

それは良かった。

お父さんが戻ってきたんだから、ミカも戻ってくるよね

それが、いくら念じてもミカは現れない。

おそらく、核戦争で人類の三十パーセントが死滅した所為だろう。

ジンの言うとおりです。祈りの精神エネルギーが減少したため、ミカは実体化が維持できなくなったものと推測します。

クウがいれば、そこのところも分かるのだが。

クウは、お父さんのところに戻ってないの。

ああ。

じゃあ、クウは、今どこにいるの。

分からん。翔太の虜になっていたが私が助け出した。しかし、私の元に戻ってこなかった。

ミカも戻ってこない。こうなると分かっていたら、ミカを妻に。

ジン、私を妻にしてくれるのですか。と言いつつミカが唐突に現れた。


私は嬉しさの余り、なり振り構わずミカを抱きしめてしまった。


ミカ、帰ってきたんだね。もう二度と会えないと思っていた。良かった。良かった。

噂をすれば影ですね。


私は我に返り咄嗟にミカから離れた。


えっ、あの、その。妻ではなくつまりだな。

お父さん、苦しい。私、ミカがお母さんになっても構わないし、そうなったらとっても嬉しい。

ジン、もう年貢の納め時です。

みんな。その話は、こっちに置いといて。それより、ミカが戻ってきたんだ。こんなに嬉しいことはないよ。

こっちって、どっち。

ミコ、揚げ足をとらない。

ジン、観念してミカと結婚するしかないですね。

私も二人の結婚を祝福します。

ジン、自分に正直になるしかありません。

メグ、キコ、トランまでも。

ジンがミカのことを愛しているのは、ここにいる全員が承知しています。それに、奥さんのことを愛していることも分かっています。

おばあちゃんとお母さんは、とっくの昔に亡くなったよ。何の遠慮もいらないさ。

分かった。自分の気持ちに素直になるよ。ミカ。えーと、私とけっ、結婚してください。

何だ。お父さん、もっと気の利いたプロポーズできないの。

ジン、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします。

何だ。ミカの返事もつまらない。

ミコ。プロポーズって言葉じゃなく心がこもっていることが大事なの。

キコの言うとおり。二人の言葉は、相思相愛だからこそ何の飾りもいらないの。

私だって分かってますよーだ。

じゃあ、早速結婚式を。

トラン、待ってください。

ミカ、どうしてよ。

ミコ、この地球の状況では、私たち式を挙げられませんわ。ねえ、ジン。

そのとおり。それにミカが、なぜ実体化して戻ってこられたのか。

その理由は、簡単ですわ。祈りの精神エネルギーが戻ってきたからですわ。

地球に降りたセレス星人四億三千四百万人分の精神エネルギーが増えた所為でしょう。

そうか。やっぱり祈りの精神エネルギーが足りなかったのか。

お父さん。セレス星って。

セレスは、六億年前に火星との惑星間戦争で消滅した第五惑星の名前だよ。

ふーん、セレスって言うんだ。

これでセレス星を脱出した国は、母星と同じ名前のセレス、アクエリアスとアクアの三ヵ国になるね。当然、他の国の人たちも脱出しているだろうね。無事でいることを願うよ。

ところで、ジン。私たちも放射能除去装置の設置をお手伝いしますわ。

いいや。ミカたちの助けはいらないよ。ゼロを使えば楽勝さ。君たちは鬼人たちとの戦いを強いられ、かつ、悲惨な核戦争を経験して精神感応能力を失ってしまった。

そこでだ。君たちの心身をリフレッシュさせるために、セレスシティーで平穏に暮らせるようエリス代表に頼みたいと思っている。


私たちは、ガイアでアフリカの西サハラ砂漠にあるセレスシティーに向かった。


ご紹介します。妻のミカと娘のミコ。そして、友人のメグとキコです。

まあ、四人とも若くてお美しい。私は、セレスの代表エリスです

初めまして、どうぞよろしくお願いします。

こちらこそ。ところで、ジン。放射能除去装置の設置は順調ですか。

いいえ。まだ、東京に一基設置しただけです。これから頑張ります。

その前に、エリス代表にお願いしたいことがあります。

何でしょう。

彼女たちのことなんですが、この街に住まわせてくれませんか。

もちろんです。大歓迎です。

お父さん。ちょっと待ってよ。私たちも一緒に戦うよ。ねえ、メグ、キコ。

はい、私たちもジンたちと一緒に戦います。

それはダメ。君たちは、もう十分戦ってきた。それに、幾多の辛い目にも会ったと思う。

そうです。ジンの言うとおりです。これからは、ジンと私が戦います。

でも。

デモもストライキもなし。この四十年間、過酷な戦いを生き抜いてきたんだ。君たちの能力が消えたことがそのことを物語っている。今は、この街で平穏な暮らしに戻り心の傷を癒してほしい。エリス、この四人のことをお願いします。

四人。私も、ですか。

当然、ミカもだ。ミカには、彼女ら三人の心が癒えるまで傍にいて貰いたい。

分かりましたわ。

私、納得いかない。お父さんとトランだけで翔太たちに勝てるの。

ミコ、私たちだけでも十分過ぎるほどです。

トランの言うとおりだよ。

ミコ。翔太たちのことは、二人に任せましょう。

そうですね。私たちの能力もなくなってしまいましたし、鬼人たちをいくら倒しても負のエネルギーは、翔太の能力が邪魔してハモニーの下へ送れない。

メグとキコが、そう言うなら仕方ないか。分かりましたよ。お父さん。

エリス。彼女たちのこと改めてお願いします。

分かりました。

ちょっと確認したいのですが、彼女たちは四十年間戦ってきたと言われましたね。

はい。分かります。年齢と見た目が合わないって言うことでしょう。

そうです。どう見ても、あなたたちは、二十歳ぐらいにしか見えません。

どうして歳を取らないかは、私たちにも分からないけど。お父さんの血の所為かな。

ねぇ、お父さん。

私にも分からないよ。ハモニーの意思かな。

それじゃ。ジン、行きましょう。次は札幌です。

全世界に設置するのに一ヶ月は掛かる。それじゃ、行ってくるよ。

行ってらっしゃい。


トラン、どこに設置するのが一番有効かな。

大通公園の中央です。

テレビ塔が溶け落ちている。ビルも全壊だ。

生命反応はありません。早速、設置します。

これで札幌の放射能も徐々に減少していくでしょう。後は、翔太たちが現れるのを待つだけです。

噂をすれば影だな。

そうですね。早速、十体の鬼人たちがこちらに向かってきます。

もしかして、彼らの周りに蠢いている黒い絨毯のようなもの。

ゴキブリの大群です。

やっぱり。


ゴキブリの大群は、あっと言う間に装置に群がり漆黒のドームができあがった。


ジン、このゴキブリたちにも遺伝子操作を施します。

トラン。ゴキブリは後にして鬼人たちと。その前に翔太の居場所を突き止めてくれ。

ゼロのセンサーに反応ありません。

ここにはいないと言うことか。

そのようです。十体の鬼人だけです。


彼らは、私たちを取り囲んで一斉に襲ってきた。


凄い力だ。トラン、大丈夫か。

問題ありません。

やっぱり、秘孔を付いても一瞬怯むだけで倒れてくれないな。

仕方ありません。気が引けますが、やはり、頭部を切断しましょう。

しかしだな。

はい。この刀を使ってください。

やりたくないけど、やるしかないか。


私がためらっている間に、トランが全ての鬼人を倒してしまった。


ジン、おかしいです。

何がだい。

前は倒しても、倒しても再生して襲ってきましたが、今日は再生しません。

そうか。分かったぞ。翔太がいないからだ。

やはり。以前の戦いでは、翔太がいる間は何度も再生して襲って来ましたが、彼が逃げていなくなった途端に再生しなくなりました。

と言うことは、翔太の能力は狭い範囲でしか使えないと言うことだな。

それより、トラン。鬼人たちを倒す方法なんだけど、刀のほかに何かないのかな。

どうしてですか。

刀だと倒す相手の懐に入らなくちゃ斬れない。鬼人といえども元は人間だ。

ジンの気持ち分かります。私だって彼らを斬らずに済んだらと思います。もちろん、セレス星のロボットを使う方法もありますが、例のゴキブリが邪魔します

そうだ。彼らは既に死んだ人間だよね。翔太が死人に負のエネルギーを与えて鬼人にしている。そのエネルギーを彼らから分離すれば良いんだ。

しかし、今の鬼人に秘孔は通用しません。おそらく、死んだ人間には秘孔が通じないのでしょう。それに、ジンはクウやミコのような能力を持っていません。

仕方ない。次からは、私も刀で戦うよ。ミコたちもそうやって戦ってきたんだ。

そうですね。そして、この過酷な戦いが彼女たちの能力を奪ってしまいました。

地球が味方をしている翔太を倒さない限り、この戦いは終わらない。しかし、翔太の居場所が分からないし、以前のように隠れて出てこない。

ゼロにも探知できない以上、今のところ為す術がありません。

そうだな。今は、放射能除去装置の設置が最優先だ。


エリス、これで日本の放射能は二週間ほどで除去されます。

次は、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ大陸、アフリカ、オーストラリアの順に装置を設置します。

創始者の科学力は、本当に素晴らしい。私たちの技術では、装置を一瞬に運搬することはできません。驚きです。私たちに創始者のテクノロジーを是非教えてください。

創始者のテクノロジーの産物は、全て動力源が精神感応です。電気や化石燃料、もちろん原子力や反物質でもありません。

つまり、私たちが創始者の技術を手に入れても動かすことができません。電源のない機械は、使い物にならないからです。

ジンの言うとおりです。

それでは、あなたたちはどのようにして、創始者のテクノロジーを使っているのですか。

それは。

トラン。彼が、その能力者です。


私は精神感応能力でトランに私たちが、その動力源であることを秘密にするよう伝えた。


そうなんですか。分かりました。

それでは、私たちはアジア大陸に向かいます。


ジン、どうして精神感応能力者であることを隠すのですか。

それは、猜疑心だな。アクエリアスやアクア、セレスも含めて、元は太陽系第五惑星の子孫だ。アクエリアスでは、火星人への敵意が今も残っていた。しかも、六億年前のことが。

私には分かりません。

人間の業というものかな。もしかすると、火星人類に何の縁もない現地球人に過去の怒りの矛先を向ける者がいるかも知れない。

それで。

もし、そういう輩がいたとしたら。

創始者の技術をどんな手段を持ってしても手に入れようとするでしょう。

そう、そのとおり。つまり、精神感応能力者が狙われるというわけだ。

結局、私たちが争いの種になってしまう。

でも、私がその種になってしまうわけですね。

申し訳ないが、ミカたちをそんな目に合わせたくない。

ジン自身は、どうなのですか。

地球人も持っていないことが、これからのセレスと地球の関係には不可欠だ。

分かりました。人間の業、つまり選民意識や嫉妬、欲、恨みが、後の友好関係を築く上で邪魔になるというわけですね。

そう言うこと。それじゃ、残りの除去装置を各都市に運んで設置しよう。


核戦争の主たる戦場となった主要都市に、放射能除去装置を設置するのに一ヶ月を要した。どの都市でも設置後、必ずと言って良いほどにゴキブリと鬼人たちが襲ってきた。しかし、その中に翔太の姿はなかった。


エリス、全ての除去装置の設置が完了しました。

有り難うございます。お疲れ様でした。

これで地球の放射能は除去され、私たちの救援活動も本格的に始められます。

地球人類の救助、よろしくお願いします。私たちは、ミカたちと合流して暫く休みたいと思います。それでは。

このセレスシティーの見物でもして、ゆっくり休んでください。では。

彼女たちは、今、街のどこにいる。クウがいないとミコの居場所も分からない。

ゼロでも探知不能です。彼女たちの精神感応能力がなくなっていますから。

まずは、エリスに教えて貰った住所に行ってみよう。

このモバイルでタクシーを呼びます。

ここです。


そこは北大西洋に面した海岸で、元は人の住めない西サハラ砂漠であった。碁盤の目のように区画整理された土地に、モダンな一軒家が建ち並ぶ閑静な住宅街である。一軒ごとに違うデザインで、海岸に面した側は光の反射や映り込みのないガラス張りになっている。どの家にも綺麗に刈り込まれた芝生の前庭、車が四台ほど入る地下駐車場が備わっていた。


彼女たちいるかな。あれ、呼び鈴がない。

ジン、今開けます。

ジン、トラン、お帰りなさい。

ミカ。ただいま。

お邪魔します。

へぇ、外側もモダンだったけど中も白を基調とした清潔感溢れる洒落た造りだね。全面ガラス張りで大海原の素晴らしい景色が一望できます。

ここが、元西サハラ砂漠があった場所とは思えませんわ。

セレス星のテクノロジーも凄いね。気候を操作できるんだから。

エリスが言っていましたが、この技術は全てアクア星のものだそうです。

アクア星。

はい。アクア星のワープ技術が、更に進化してアクエリアス星と地球間を十年ほどで往来できるようになったそうです。元々は同じセレス星の人たちですから、何の確執もなく相互に協力し合うことで技術が格段と進歩したそうです。

そうか。となると地球人類も彼らの技術を受け入れていよいよ宇宙に進出か。

ジン。そう簡単には行かないと思います。地球側がセレスの人たちをすんなり受け入れるかどうか。

そうか。四十年前、アクア星が地球に来た時のことを思うと無理かな。

でも、今回は状況が違います。地球側もセレスの人たちを受け入れてくれると思いますわ。

話しは変わるけど、ミコたちは。

彼女たちは、買い物に行っていますわ。私は留守番なんです。ところで、翔太たちの件はどうなりました。

放射能除去装置の設置は完了したけど、妨害に現れたのは鬼人とゴキブリだけ。

肝心の翔太は、現れませんでした。

翔太を倒せなかったけど、ひとつ収穫があった。

収穫とは何ですか。

翔太が近くにいなければ、倒した鬼人は再生されないということが分かった。

そうですか。

翔太を捕らえて彼に取り込まれている何十億という負のエネルギーを解放しないことには、この戦い終わらない。

ただいま。

お父さんたち戻ってたの。

やあ、ミコ。メグ、キコもお帰り。みんな元気そうで良かった。

元気そうじゃなくて、元気ハツラツだよ。

ただ、心の傷は、この一月ではね。

メグたちの心がそう簡単に癒えないことは、鬼人たちとの戦いで分かったよ。

そうですね。ジンと私も、この一月間の戦いで心はぼろぼろです。

君たち三人は、この悲惨な戦いを四十年も続けてきたんだ。

それじゃ、お父さんも精神感応能力がなくなっちゃたの。

私は、大丈夫。

ミコ、心配はいりません。ジンの精神力は、並の人間よりも遙かに強いのです。

本当。自分じゃ、何の自覚もないけどね。実際、私は弱い人間さ。

そうだ。翔太はどうなった。

残念ながら、翔太は現れなかった。でも、翔太が近くにいないと倒した鬼人たちが再生しないことが分かったぞ。

卑怯者ね。お父さんに勝てないと分かって隠れているのね。

そうかも知れないが、本当の理由は分からない。

翔太が取り込んでいる何十億もの負のエネルギーを、早く助け出してハモニーのところへ逝かせてあげたいのだが。

彼の居場所は、ゼロにも探知不能です。

今のところ彼を誘き出す手だても思い付かない。

しょうがないな。

ミコ、しょうがなら乾物屋に売ってるよ。

今は、翔太たちの動きを待って対応するしかありません。

あんれまあ、無視ですか。

それじゃ、お父さんたち暇でしょう。

ああ、今は待機中と言うところだな。

この四十年間の積もり積もった話しを聞いて。

そうだな。まずは、お母さんたちのことを聞きたい。

おばあちゃんは八十八歳、お母さんは八十五歳で亡くなったよ。二人ともピンコロだった。

そうか。二人とも苦しまずに天寿を全うしたんだな。心は。

ココは彼女の家族共々、東京が核攻撃を受けた時に亡くなったみたい。

みたいとは。

遺体が見つかっていないって通知があって死亡が確認されていないんだ。

それじゃ、生きている可能性もあるわけだ。

私も希望は捨ててないよ。生きていたら六十三歳のお婆ちゃんになってるだろうけどね。

メグ、キコ。君たちの家族は。

私は、一人っ子で両親は核戦争になる前に亡くなりました。

私もメグと同じで肉親は両親だけです。その両親も戦争前に他界しています。

そうか。二人とも天涯孤独の身か。

いいえ、一人っきりではありません。ミカやミコ、そして、ジンやトランもいます。

メグの言うとおりです。私たちは孤独ではありません。

そうだね。君たちには私たちがいる。孤独などと言って申し訳なかった。これからは、私が二人の父親になるよ。

そうなると、私は、あなたたちの母親ですね。

お父さんは文字どおり親父だけど、ミカがお母さんとは。若すぎるよね。

歳を言ったら私は約一万歳になりますわ。

はっきり言ってミカの年齢は不明だな。生年月日をいつにしたら良いか分からん。人類が信仰心を持ったときか。祈りの精神エネルギーが実体化したときか。

この際、年齢は関係ないと思います。法律上ではジンが父親になれば、自ずとミカが母親になります。

トランの言うとおりですわ。私は、ジンの妻ですから。

と言うことで、メグ、キコ。私たちを親と思って大いに甘えてくれ。

私は、兄として君たちの相談に乗るよ。悩み事があったら、いつでもどうぞ。

えっ、トランが兄貴。

そりゃ、そうでしょう。私の製造年月日は、百五十七万四千七百八十二年前です。ですから、私の年齢は、百五十七万・・

トラン。そこまで。歳の話しはさて置き、みんなの家族のことは分かった。次に、どうして第三次世界大戦が起きてしまったのかだ。


空白の四十年


それはね。メグ、よろしく。

ミコ、私に振らないでください。キコ、よろしくね。

えっ、あの。ゼロからの情報はないのですか。

ある。ある。それじゃ、トランよろしく。大まかで良いからね。

はい。かいつまんで世界情勢をスクリーンに出します。

二〇一二年:新種のインフルエンザ大流行。死者三百万人を超える。WHO細菌兵器の可能性を示唆するも犯人不明


これ以降、翔太が鬼人たちを引き連れて私たちを襲ってくるようになったわ。


二〇一七年:A国 ポピュリストのカード氏が大統領に就任

B国 ヨーロッパ連合離脱

二〇一八年:A国 自国第一主義、保護貿易推進、戦術核の開発及びその使用を公言

RSA国 A国の核戦略に対抗して核兵器の近代化と増強を推進

二〇二五年:TY国 アジア及びアフリカ諸国への経済協力及び軍事協定を締結

二〇二八年:A国 ドル大暴落。NATO離脱及び極東から撤退


そうそう。この頃だったかな。円も大暴落して日本の経済が大混乱したんだ。

A国が撤退した後、日本はTY国の経済支援を受けるようになりました。

その頃から治安もどんどん悪化して犯罪が多発するようになりましたわ。

そして、財閥や企業家はどんどん海外へ逃げ出していきました。

A国は、自国第一主義の政策が原因で国際的に孤立していきました。その結果、国力が弱体化しました。

それからだったかな。鬼人が世界のあっちこっちに現れるようになったのは。

そうそう。それまでは、私たちを攻撃してくるくらいだったのにね。

最初は、昔の映画にあったみたいなゾンビ出現と大騒ぎになりました。

ニュースが、どこかの国のバイオ兵器だって言ってたよ。


二〇三〇年:世界の基軸通貨がゲンとなる。

TY国 アジア、アフリカ諸国間との経済及び軍事衝突から局地戦へと発展

      NATO軍 RSA国との国境紛争勃発

二〇四一年:極東地域で核戦争勃発。第三次世界大戦に発展


以上です。

トラン、あまりにも大雑把すぎないかい。世界大戦になった原因とか、経緯が分からない。

ミコたちは知ってるかい。

私、知らない。

メグは。

知りません。キコ、お願いします。

また、私に振らないでください。私も知りません。

仕方ないよ。お父さんたちがいなくなってから、私らは翔太や鬼人たちとの戦いで世界のことまで気にする暇がなかったもん。

世界のことは分かりませんが、日本のことは多少覚えています。日本のことだったら、ミコもメグも覚えてることあるでしょう。

そうだ。いつからかは忘れたけど、日本もアメリカ並に強盗や殺人事件が増えたよね。

それに生活困窮者も激増し、老人に限らず自殺や餓死する人も日常茶飯事になりました。毎日のニュースに事欠かないほどでしたわ。

そうじゃなくて、もっと重大なこと。

えーと。そうそう、TY国がT国や尖閣諸島を強引にTY国領にしちゃったね。

そうそう、いつ頃だったか覚えてないけど、良くニュースでやってました。

二〇二九年のことです。

A国や国連は、TY国に対して何もしなかったのか。

日Aが主体となって国連の安全保障理事会に、TY国への非難と経済制裁を発議しましたが、RSA国の反対で否決されました。

そうか。常任理事国の一国でも反対すれば、国連としては何もできない規則だ。

これ以降、TY国は今までの経済支援と併せて軍事力を背景にした強引な支配をアジア・アフリカ諸国に対して行いました。そして、二〇三〇年には、アジア・アフリカ諸国とTY国との間で局地戦が始まりました。

TY国は国連を脱退後、欧米を始めとする自由主義国家に対してサイバー攻撃を開始しました。そして、サイバー戦からEMP攻撃へとエスカレートし、各国の情報システムが崩壊しました。

ねえねえ、EMP攻撃って何。

私、知ってます。電磁パルスで電子機器を破壊することでしょう。確か、核爆弾を高々度で爆発させると地上への熱線や放射能、爆風の影響がなく電磁パルスだけが発生して、コンピューターなどの電子機器のみが使用不能になるっていう話を聞いたことがあります。

メグ、流石。物知り。

実際には、核爆弾が電磁波を発生するわけではありません。高度百キロ以上での核爆発により発生したガンマ線が、成層圏高度の大気の電子を叩き出すというコンプトン効果によって電磁パルスが発生するのです。(ウィキペディア「高々度核爆発」)

トランの説明でも良く分からないけど、要するに全世界の情報システムが使えなくなっちゃったと言うことでしょう。

はい。

その頃からだと思います。世界的規模の異常気象で農産物が被害を受け、どの国も徐々に食糧不足になっていきました。日本の食糧不足は深刻で、貧しい人たちはパン一つ買えない状況になりました。

それで、日本もA国並みに治安が悪化したんだな。

そうだと思います。

そうだ。その頃からスーパーやコンビニで売っている物は、みんなTY国の製品ばかりになっていたよね。

そうですね。日本製品を買えるのは、お金持ちとTY国人だけと良く言われてました。

A国は、助けてくれなっかたのかな。

そう言えば、いつ頃からかA国製品が、どのお店でも見られなくなりました。

どうしてかな。

二〇一八年以降、欧米先進国ではポピュリズムが台頭するようになりました。A国ではポピュリストが大統領になり、欧州連合ではB国の離脱を皮切りに連合は弱体化しました。

ポピュリズムって何。

日本語では、大衆主義、人民主義と訳されています。

ますます分かんない。

ミコ。例えて言えば、自国第一主義。つまり、自分の国さえ良ければ、よその国はどうなろうと構わないと言う自己中国家のことだよ。

ジン、それは違います。ポピュリズムとは、一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して大衆の支持のもとに、既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想のことです。

その政治思想とA国製品が、日本からなくなったこととどう結びつくの。

そうだな。A国の政治が自国第一主義になって、他国との協力や支援を止めてしまった。と言うことかな。

それで、日本にあったA国軍基地がなくなっちゃったんだ。

二〇三〇年までに、アジア各国に駐留していたA国軍を全て撤退させています。

どうして。

おそらく、A国の一般大衆の利益や権利、願望を取り入れた結果でしょう。

そうか。A国がアジアから撤退したため、TY国が露骨に領土拡大と政治的支配に乗り出したんだな。

TY国は経済支援と軍事力を楯に、アジア・アフリカ諸国の政治体制を共産社主義に変えようとしました。それに各国は抵抗し、戦争状態に陥りました。

そう言えば、T国がTY国に占領されたとき、日本も危ないって多くの金持ちが日本からA国やオーストラリアに逃げていきました。

日本は、東京が核攻撃で壊滅するまではTY国に負けていなかったよ。

それじゃ、TY国が日本を核攻撃したのが核戦争の始まりと言うことか。

それが、ジン。アクアから入手した記録によると、東京に核ミサイルを撃った国が不明とあります。

なんで。状況からしてTY国しかいないでしょう。

TY国は、A国がアジアから撤退した後、経済的に疲弊している日本を支援している。日本に核攻撃をしたのは、決して我が国ではない。これは、我が国を貶めるためにA国がやったことだ。との声明を出しています。

はちゃめちゃな言い分だ。それで、欧米の監視網は。

それが、サイバー戦とEMP攻撃で全ての監視システムが無効になっていましたので、決定的な証拠を掴むことができませんでした。例によって、国連は無力でした。

それじゃ、日本は泣き寝入りか。

その時、日本も核兵器を作ってTY国に報復するって言う噂がたってたよ。

まさか。日本には、非核三原則があるだろう。

非核三原則って。

核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず。だよ。

ジンの言うとおりです。日本は核兵器を作るつもりもなく、TY国に報復する国力もありませんでした。

でも、当時のニュースでTY国は、日本が東京に核攻撃をしたのは我が国だと決めつけ、核兵器で我が国に報復しようとしていることは明白。したがって、我が国は、日本の核攻撃を黙認するわけにはいかない。我が国は自国民を守るため、あらゆる手段を持って日本の攻撃を阻止する。と言って日本の各都市に核ミサイルを撃ちました。

何て身勝手な理由だ。何の正当性もない。

この事が発端で全面核戦争になったと思います。

時は、二〇四一年です。この戦争は、北半球のみならず南半球にも波及しました。

ざっくりだけど、だいたい分かった。みんな、有り難う。

あれ、もう良いの。翔太たちとの戦いのことは、言わなくて良いの。

良いよ。君たちに思い出して貰うには辛すぎる。それに、この一ヶ月間、鬼人たちと戦ってその辛さや悲惨さは十二分に分かっている。今は、忘れて楽しいことを考えよう。

それじゃ、明日この街の案内を兼ねて、みんなで遊ぼうよ。

そうしましょう。

それが良い。楽しみだな。

夕食は、私が作ります。

ミカ、よろしくお願いします。

そうだ。食事時間までに、この家の中を案内するから付いてきて。

おっ、よろしく。

まずは、このリビングからね。ハル、テレビ・オン。

えっ、ハルって。

この家のコンピューター。全て音声入力になってるの。

窓を見て。テレビになってるでしょう。

へー、窓がスクリーンに、しかも、でっかい。テレビを点けると、窓の外の景色が自動的に見えなくなるんだ。

部屋の明るさも自動的に調整されています。

昼間は、何もやっていないけどね。朝と夕にニュースやお知らせだけ。

後、ゲームもできますわ。

ハル、テレビ・オフ。

凄いね。

後は、向こうがダイニングとキッチン。

広いな。キッチンと対面式でカウンターと止まり木みたいな椅子が五つある。

もちろん。お酒もあるわよ。食事は、こっちのテーブルね。

このワンフロアの一階だけで、どのくらいの広さがあるのかな。

約百坪。

トラン、坪じゃ分からんな。

横二十メーター、縦十六メーターです。前庭を入れると約二百坪になります。

こんなに広い部屋なのに柱がない。地震大丈夫なのかな。

ジン、心配いりませんわ。震度十でも大丈夫です。しかも、この建物自体が宇宙船になっています。いざというときは、宙に浮いてしまえば良いのです。

へー、凄いな。反重力装置があるんだ。

次は二階ね。五部屋が横並び。全室バス、トイレ、バルコニー付きで大西洋が一望できるんだ。

おー、素晴らしい眺めだ。まるで高級ホテルみたいだね。

それと、どの部屋もダブルベットになってるから、お父さんはミカと一緒の部屋を使ってね。トランはこの部屋ね。後の部屋は私たちのだから男性禁止ね。

ちょっと待ってくれ。ミカと一緒。

当たり前でしょう。夫婦なんだし、五部屋しかないんだから。

そっ、そりゃ。そうなんだけど。

そうだ。結婚式をしましょう。

メグ、良い考えですわ。

メグ、キコ。ちょっと待ってよ。

ジン、一段落付いたんだから結婚式を挙げましょう。

トランまで。

私、ミカに聞いてくる。

あっ、ミコ。参ったな。


残念だな。ミカは、まだ早いって。世界が平和になってからだって。

そうだよ。今は、まだ、あちこちで紛争が絶えないし、放射能も完全には除去されていない。私はリビングのソファーで良いよ。

ジン。それなら、私がソファーを使いますから、この部屋を使ってください。

トラン、ありがとう。でも、申し訳ないよ。

だったら、この部屋二人で使ったら。

えっ、勘弁してくれ。そんな気ないよ。

私だってありません。

そんじゃ、じゃんけん。

最初はグー、じゃんけんぽん。

私の負けです。私がソファーで寝ます。

済まんな。

そうだ。トラン。私の部屋を一緒に使おうよ。私、構わないから。

ミコが宜しければ、お言葉に甘えたいと思います。

ちょっと待った。構わない。お言葉に甘える。ミコもトランも何を言ってるんだ。

何って、私たち相思相愛よ。

そうです。皆さんには、まだ言ってなかったのですが、ジンとミカが結婚したら私たちも結婚しようって誓い合いました。

えっ、相思相愛。いつから、そんなことはどうでも良い。だからって、結婚前に一緒に寝るなんて、お釈迦様が許しても俺は絶対に許さんぞ。私だってミカと・・・じゃなくて。あー、同棲は、絶対だめ。

皆さん、ご飯できましたよ。

あれ、ミカの声だ。どこから。まあ、この話は終わり。食事にしよう。


ねえ、ミカ。お父さんったら、私がトランと同じ部屋を使うと言ったら絶対だめだって。お釈迦様が許しても、お父さんが絶対許さないって。古いよね。

何が古いだよ。親としては、同棲を許すわけにはいかん。

ジン、問題ありませんわ。ミコとトランは愛し合っていますから。

あれ、ミカ。気付いてた。いつから。

ジンは鈍いですわ。グランドキャニオンでの事件を思い出してみてください。

分からんな。

トランが悪魔になって教祖と戦った時のこと。ミコが必死でトランを助けようとした時のことですよ。

あー、思い出した。それで。

本当、お父さん。鈍すぎ。

私は、初めてミコに会ったときから好きでした。

相思相愛の二人なら一緒に暮らしても、何の問題もありませんわ。

そうよ。ミカも問題なし。って言ってるんだから。

ジン。許してあげてください。

私からもお願いします。

キコまでも。

それと、ジンとミカも一緒の部屋で暮らしてください。

えっーと、それは。

私は構いませんわ。私もジンと相思相愛ですから。

そりゃ、そうだけど。まだ結婚式を挙げてない。

同棲、上等ですわ。

ミカ、何てことを。

お父さん。もう、観念したら。

自分に素直になってください。

メグ。しかしだな。

二人とも大人なんですから。

またしても、キコまでが。しょうがない。みんながそう言うなら。

ショウガなら乾物屋でしょう。お父さん。本当、素直じゃないんだから。それじゃ、最初に言ったとおりになったから、トランはさっきの部屋を使ってね。

はい。

話は変わりますが、グランドキャニオンの事件って何ですか。

メグ。それはね。話すと長くなるよ。

ミコ。話しを始める前に、ひとつ試したいことがある。

何、お父さん。

キコ、私の手を握ってくれ。

お父さん、何言ってるの。ミカの前で。

ミコ。ジンは、キコの能力が戻っていないか確かめているのですわ。

どうだい。

グランドキャニオンの件、分かりました。

キコ、今度はメグの手を取って試してみなさい。

メグ、どう。

分かります。

どうやら、心の傷も癒えてきているようだ。時期に、ミコもメグも能力が使えるようになると思うよ。

私も試してみます。

何を。

メグ、ゼロに乗れるか試してみる。

私も。

どうやら、三人ともゼロとコンタクトできるほどには精神感応能力が戻ってないようです。焦ることはないよ。もうじきゼロも使えるようになるさ。


こうして、私たちは久し振りに一家団欒の一夜を過ごした。そして、翔太たちとの戦いの日々も忘れ他愛のない話に花を咲かせた。


   対  決


おはよう。

おはようございます。

お父さん。今日は、街を案内するから。

ミコ、よろしく。まずは、腹ごしらえだ。朝飯にしよう。

ジン、出来てますわ。みんな席に付いてくださいね。

ミカ、いただきます。


ミカ、美味しかったよ。みんな完食。ご馳走様。

お父さん。自分の使った食器はセルフでね。

えっ、自分で洗うのか。

洗うのは、ハルがやってくれるから。食器をシンクに入れとくだけ。

ハルって、この家のコンピューター。

そうですわ。炊事、洗濯、掃除などの家事全般からセキュリティーに至るまで全てハルがやってくれますわ。

だから、私たちは食器や洗濯物を所定の場所に入れとくだでOKよ。

便利だね。

それじゃ、街に繰り出しましょう。ちょうど、タクシーも来ています。

ミニバンクラスか。

八人乗りですわ。

へぇー、一枚ドアで屋根方向にスライドして開くんだ。これならどの座席もいっぺんに乗れて便利だね。

行き先をお願いします。

セントラルパークのシティープラザまでお願いします。

分かりました。シートベルトをお付けください。それでは、発進します。

静かだね。エンジン音が聞こえない。

この車のエンジンは、電気エネルギーで動く反重力装置で駆動音はしません。

そうか。バッテリーは、どのくらい持つのかな。

バッテリーはありません。電気は宇宙にあるソーラーシステムから、直接供給されていますので半永久的に使えます。

間もなく着きます。ご利用有り難うございました。お気を付けて。

さっきの車も住んでる家も、全てコンピューターで管理されているんだ。

お父さん。ただのコンピュータじゃないよ。全てAIで管理されているんだ。

AI技術と言えば、四十年前の地球でも開発されていたけど、活用方法を間違えると人類に仇なす存在になるって一部の人が懸念してたよね。

お父さん。仇なすってどんな茄子。

仇なすは、野菜の茄子じゃないよ。意味は、敵対したり害を与えたりすると言う意味の言葉だよ。ほら、SF映画にあっただろ。人工知能がロボット軍を造り人類の抹殺を企てるというストーリー。

それ知ってます。

おっ、メグも見た。

はい。でも、セレスのAI技術は凄い物で、人類に限らず全ての生物を守るようにプログラムされていると聞いてます。

そうか。映画みたいなことはないんだな。安心したよ。

それじゃ、まずは、ショッピングモールに行きましょう。

あれ、四十年前の地球のファッションと変わらないね。

はい。セレスにとってすれば、四十年前にガイアが伝えた地球の文化が返って新鮮な物に映ったそうです。ですから、セレスでは今が流行です。

なるほど。それじゃ、セレスらしい物って何かある。

表面的には、ほぼ地球の物を模倣していますが、強いて言えば材質が違います。

軽量で肌触りが良く、暑さ寒さに一枚で対応できます。もちろん、速乾抗菌、長持ちします。全て水だけで汚れが落ちます。洗剤は使いません。

へぇー、それじゃ、お店儲からないね。あっ、間違い。セレスじゃ、お金いらなかったね。

はい。そのため、大量生産はしていません。店にある服は、全て見本です。

気に入ったデザインがあったら、あのブースに入ってサイズを測り、その場で出来上がりを待つだけです。

どのくらい待つのかな。

私の時は、五分でした。

そんなに早いのか。

はい。ジンも試してみてください。

良し。このデザインにしよう。Z8イか。


ブースの中でお店の人がサイズを測るのかと思ったら、赤外線センサーか何かで直ぐ計測して選んだデザインが自分に似合うかどうか、3Dで見られるようになっている。凄いね。これなら、無駄にならないね。

それで、何を選んだの。

胸にワンポイントがあるポロシャツにしたよ。

お客様、出来上がりました。これからも、当店のご利用をお願いします。

おっ、早い。五分も掛からなかったね。ありがとう。次も利用させて貰います。

ごひいきに。またのお越しをお待ちしております。気を付けてお帰りください。

有り難う。さようなら。

本当、お金も払わないのに、丁寧な接客で申し訳ないな。

彼にとって、自分のデザインが気に入って貰えたことが一番嬉しいのです。

彼、デザイナーだったのか。ただの店員さんかと思った。

どんなお店にもアワードがあって、月間、年間の売り上げじゃなくて、どれだけの人がそのお店を利用したかで表彰されるそうです。

そうか。それが励みになって、みんな頑張れるんだな。

そうですね。売れる売れないじゃなくて、認め認められないかですね。

認められなかったら、その人自信なくすよね。

そうだけど、だからと言って生活ができなくなるわけじゃないよ。

そうか。志があれば続けるも良し、諦めて次の目標に向かっても良しだ。


こうして約半年が過ぎ北半球の放射能も、ほぼ全ての生命体に影響がないまでに除去された。また、繁殖ができないゴキブリの増加と餌不足による共食いとが相まって、ゴキブリもほぼ絶滅していた。そして、鬼人たちの出没回数も徐々に減ってきていた。


この一ヶ月間、鬼人たちの攻撃がないね。

ゴキブリがほぼ絶滅したのでセレス星のガーディアンも、鬼人たちに対抗できるようになってきました。

そうだな。私たち二人だけじゃ、全てに対応することは無理だったからな。

ジン。

何だい、ハル。

エリスからの緊急電話です。

分かった。繋いでくれ。


窓がスクリーンに代わり、エリスの姿が大写しに画面に現れた。


エリス、緊急の中身は。

はい。アジア地域から核ミサイルが発射されました。ミサイルの目標は、放射能除去装置を設置した各国の首都になっています。ヨーロッパやアメリカに向けて発射されたミサイルは、セレスの衛星から撃ち落とせますが、東京をターゲットにしたミサイルは、到達時間が短く迎撃できません。

分かりました。東京は私とトランで守ります。

よろしくお願いします。

はい。トラン、行くぞ。


現在、ミサイルは東京上空百キロです。

ガイア、トラクタービーム発射。

ジン、降下速度が速く捕捉できません。間に合いません。

ガイア、私をミサイルの前に転送。

転送では、ミサイルの速度が速すぎてできません。

分かった。できるかどうか、自分でテレポートするよ。


私は、必死の思いで心に念じ、テレポートでミサイルに取り付いた。しかし、猛スピードでミサイルと共に落下する羽目になり、大気との摩擦で私は火だるまになった。


参ったな。服が燃えてしまって丸裸だ。おーとっ、そんなこと気にしている場合じゃない。

ジン、高度千メーターで爆発します。十秒後です。

分かった。この高さで止めるよ。ガイア、今度は捕捉できるね。

はい。トラクタービーム発射します。

ジン、お帰りなさい。今、地球の大気圏を離脱しました。

有り難う。ガイア。それじゃ、核弾頭を無効化してくれ。

はい、無効化しました。

ガイア、セレス星の代表にコンタクト。

はい、チャンネルオープン。

エリス、あれ。エリスが出てこない。

あっ、済みません。

エリス、東京への核弾頭ミサイルは処理しました。他の大陸間弾道ミサイルは、どうなりました。

全て処理済みで問題ありませんが、シティーの東ゲート約十五キロ先に鬼人が現れました。現在、ガーディアンで対処していますが防ぎきれません

始めに現れた鬼人は三体でした。今は、その鬼人の犠牲者になった人たちも鬼人と化して数十体以上になっています。鬼人の侵入を防ぐために、東ゲートを封鎖しました。

逃げ遅れた人たちはいますか。

はい。北半球からの避難民が一千五百人余りと、その受け入れに携わっていたセレス人五百名です。

分かりました。私たちも現場に向かいます。

それと言い遅れましたが、ジンの娘さんたちも救出に向かったようです。

ジン。急がないと。

トラン。分かってるよ。ガイア発進。現場にジャンプ。


ガイアはゼロ同様、一瞬で現場に到着した。


トラン。ミコたちの居場所は。

ミコは、鬼人たちの前にいます。ミカたちは、東ゲート付近です。今は、ミコが対峙している鬼人たちを倒すことに専念しましょう。

分かった。ガイア、鬼人たちの前に転送。


私とトランは、既に三十体以上に増えた鬼人たちの前に立ちはだかった。


行くぞ。トラン。

はい。


二人は、刀を武器に鬼人たちに突っこんで行った。


あっ、お父さんたち遅い。

おっ、ミコ。他の連中は。

ミカたちは避難者の誘導を手伝っているわ。

分かった。ここは、我々に任せてミカたちのところへ行ってくれ。これ以上、犠牲者が増えて鬼人化しないようにしないと。

分かった。後は、お父さんとトランに任せるわ。ガイア、転送。

ジン。

何だい。

犠牲者が鬼人化すると言うことは、翔太が近くにいるということです。

分かった。ガイア、ゼロ。翔太の居場所を突き止めてくれ。


ミカ。お父さんたちが来たわ。

良かった。これで安心して、この方たちの救出に専念できますわ。

ミカ、大変。

キコ、どうしました。

この先のゲートが開かなくて。セレスの人たちの話では、ここから先へ鬼人が侵入できないように開けられないって。ここで鬼人を殲滅するって。

ミカ、どうしよう。

ミカ、私たちで鬼人の足止めをするから、その間にゲートを開けて貰って逃がしましょう。

メグ、分かりましたわ。

それじゃ、行きましょう。ミコ、キコ。

よっしゃ。みんな助けるからね。


キコ、メグ、ミコの三人は、再び戦いの真っ只中に身を投じることになった。しかし、彼女らの驚異的な再生力と攻撃力を持ってしても、鬼人たちの侵攻を完全に止めることができず徐々に後退を余儀なくされて行った。


やっぱり、切りがないわね。倒しても倒しても、次から次へと再生してしまうし、新たな鬼人たちもやって来る。

このままでは、押し切られてしまうわ。

メグ、次の鬼人たちが来るまでに、ミカたちの様子を見てきて。

分かったわ。ミコ、キコ。無理はしないでね。


ミカ。鬼人たちは、後一キロ先のところまで来ているわ。

メグ。後、もう少しだから、私もミコたちの所に行きますわ。

それじゃ、後は、セレスの人たちに任せて行きましょう。

そうは、させないよ。

あなたは、翔太。


ガーディアンのビームが一斉に放たれたが、翔太は鬼人たちのように消滅しなかった。


無駄だよ。俺には効かない。


翔太は、ゆっくりと避難民に近づいて行った。メグとミカは、彼の正面に立ちはだかり戦いを挑もうとしたが、翔太の念力で金縛り状態になってしまった。


メグ、動けませんわ。

私も。このままじゃ、みんなが危ない。

君たちは、後の楽しみに取って置くよ。さあ、宴と行きますか。


翔太は、ガーディアンのビームに晒されながら、パニックに陥って逃げ惑う群衆の中へと歩んで行った。群衆の中に入ってしまった彼をガーディアンたちは攻撃できない。


さてと。それじゃ、楽しませて貰おうか。ほう、肥え太って逃げ遅れたおっさんか。覚悟しな。

まっ、待ってくれ。金ならいくらでもやる。今は、持ち合わせがないから、ほら、この宝石をやる。二百万ドルはするダイヤだ。だから、殺さないでくれ。

金なんか、いらねえよ。俺は、人殺しが好きなんだ。

だったら、私じゃなくても良いだろう。あそこに、みすぼらしいホームレスがいるだろう。あいつら見たいな役立たずを殺せば良いだろう。私は、世界でもトップクラスの金持ちだ。助けてくれたら、いくらでも金をやる。

良いね。自分さえ助かればと言う身勝手なおっさん。好きだね。

じゃ、助けてくれるのか。


翔太は、ニヤッとして手を差し伸べるようなしぐさで、彼の胸を素手で突き刺した。彼は、悶絶して死んだ。


良いね。悲壮感に満ちた顔。鬼人として永遠の命をやるよ。次は。

そこの可愛いお嬢ちゃん。

何てことを。これ以上、許しませんわ。


ミカは、渾身の力を振り絞って翔太の念力を振り払った。次の瞬間、翔太目がけて体当たりをしようとしたが、鬼人となったお金持ちに阻止されてしまった。


俺の邪魔すんなよ。ほう、お嬢ちゃん。俺が怖くないのか。どんな殺し方が良いかな。首をへし折るとか。好きな死に方、言ってみろよ。


しかし、彼女は無反応のまま持っていた縫いぐるみを差し出した。


俺にくれるってかよ。つまんねえな。俺は、お嬢ちゃんの恐怖に満ちた顔が見たいんだよ。


翔太は、縫いぐるみを彼女から鷲掴みにして奪い取った。その時、ぬいぐるみに繋がっていたイヤホンジャック抜けて辺りに歌声が流れ出した。すると、ミカと対峙していた鬼人が倒れ、メグの縛りも解けた。メグは、素早く女の子を抱きかかえ翔太から離れた。


どうなってんだ。

ねぇ、ミカ。この歌、私たちの歌だわ。

はい。懐かしいですわ。もう、四十年以上も経ちますわ。

あっ、あなた。大丈夫。

うん。大丈夫だよ。私、イヤホンを最大にしてあの歌を聴いていたの。

そうしていれば、不思議と怖くないから。

それで、翔太が縫いぐるみを取ったのね。ミカ、この子、お願いします。


メグは、再び翔太と対峙した。


何度きても無駄だよ。また、念力で動けなくしてやる。あれ。

どうやら、だめみたいね。行きますわよ。


翔太はメグの攻撃をかわしながら、鬼人が倒れたことと念力が使えなくなったことの原因を考えていた。


そうか、あの歌だな。


翔太は、縫いぐるみ型の音楽プレーヤーを壊した。


今度は、念力が使えるぞ。ほら。

ミカ、動けない。


メグの動きが止まった。翔太は、舌なめずりをしながらメグに近づいて行った。


楽しみは、後に取って置きたかったけど仕方ねえな。先ずは手足の骨を一本ずつへし折って、最後は首の骨で終わりだ。鬼人として生き返らせてやるよ。

させませんわ。


ミカが大きな声で歌い出した。次の瞬間、メグは動けるようになり、一瞬で翔太の首を切り落とした。しかし、翔太は死なず切断された首を小脇に抱えて一目散に逃げて行った。走り去る後ろ姿とは逆向きに抱えられた頭から、例の捨て台詞「覚えてやがれ。」を残して。


メグ、大丈夫ですか。

もう、だめかと思いました。でも、なぜ、動けるようになったのでしょう。

歌、歌ですわ。

歌って、あの子が聞いていた四十年以上も前の私たちの歌。

そうですわ。彼女が持っていたプレーヤーのイヤホンジャックが外れて、スピーカーから歌が流れ出したら、私たちが動けるようになり鬼人も倒れましたわ。

あの歌に。そんな効果があるのですか。

分かりませんけど翔太の行動から、私たちの歌には鬼人たちを倒す効果があると思います。現に、あの鬼人と化したお金持ちは、歌が聞こえ出た瞬間に倒れましたわ。それに、私が歌うことで同じ現象が起きましたわ。

皆さん。これで安心です。慌てずに避難してください。


死の恐怖に囚われていた人たちは、安堵して足早にゲートの中へと避難した。


あなたが最後ね。お名前は。

私、キャサリン。キャシーって呼んで

キャシー。分かったわ。私は、メグ。彼女は、ミカと言うのよ。

知ってる。いつも音楽プレーヤーで見てるもん。お姉さんたちは、コスモスって言うコーラスグループでしょう。他に、ミコ、キコ。そして、トラン。

まあ、嬉しいわ。私たちのファンね。

うん、そうだよ。

でも、コスモスは四十年以上も前に解散しましたわ。

えっ、四十年以上も前に。変だな。いつも見ている動画の人たちと変わらないわ。本当に、二人ともこの動画の人。


キャシーは、腕時計型ウェアラブルに動画をアップして二人をじっと見つめた。


えーとっ、あの、その、そう。コスモスは、私たちのお婆ちゃんたちなの。ねえ、ミカ。

そ、そうですわ。私たちは、孫ですわ。だから似ていても当然ですわ。

そう、私たち孫なの。だから似ているの。

何か変だな。さっき、ミカは私たちのファンって言ったような気がするけど。

それは、私たちのお婆ちゃんのファンという意味ですわ。

それじゃ、何で名前が一緒なの。

あっ、それは。

メグ、みんな避難した。これ以上、防ぎ切れない。もう、そこまで鬼人たちが来てるよ。

あっ、ミコ。キャシー、あなたが最後よ。さあ、避難して。ゲートを閉めるわ。

何で名前が同じなの。あのお姉さんも。

時間がないの。さあさあ、早く中に入って。


キャサリンは、「また、後でね。」と言いながら渋々ゲートの中に避難した。そして、ミカたちを残してゲートは閉じた。


よっしゃ、これで安心して戦えるね。この鬼人たちを倒したら、この辺りの鬼人は終わりだね。

ミコ、戦う必要はありませんわ。四人で歌を歌いましょう。

ミカ、何を言ってるの。歌で鬼人たちが倒せれば、こんな苦労はしてないよ。

ミコ、それを試すの。

メグまで何言ってるの。早く戦闘態勢を取らないと。


三十人あまりの鬼人たちが、一斉に彼女たち目がけて突進してきた。ミコとキコは刀を構え、ミカとメグは作詞深田じゅんこ、作曲橋本祥路の「時の旅人」を歌い始めた。


歌ってる場合じゃないわよ。


ミコが突進してくる鬼人に刀を振るう寸前に、その鬼人は紐が切れた操り人形のようにパタンと地に倒れ伏した。


あれ、どうなってんの。私、まだ、斬っていないし、それに再生もしてこない。

やっぱり。

メグ。やっぱりって、何よ。

話は、後。ミコもキコも一緒に歌って。

分かったわ。


四人は、歌った。すると、鬼人たちは次々と倒れて逝った。


これで、この辺りの鬼人は全滅ね。ところで、どうして歌で倒せるの。

理由は分からないけど、翔太が現れて戦っているときに、偶然コスモス時代の歌が流れてきて鬼人が倒れた。それで、歌で鬼人たちを倒せるんじゃないかと。

今は、それを確信しましたわ。

それじゃ、これからは、刀で戦わずに済むのね。もっと早く分かっていれば、辛い思いもしないで済んだのに。

キコ、仕方ありません。歌が鬼人たちに効果があると分かったのは、ついさっき。本当に偶然、奇跡というしかありません。

メグ、どうして、今。私たちの歌が。

翔太が襲おうとした少女が持っていたプレーヤーから流れ出してきたの。その時に、鬼人が倒れた。ミカが、そのことに気付いて歌を歌うと、今度は翔太の念力で動けなくなっていた私の縛りが解けた。そう言えば、ミカも翔太の念力で動けなくなっていたんだけど。

おそらく、少女を助けたいという必死の思いが彼の縛りを解いたのでしょう。

それじゃ、他の鬼人たちも翔太の呪縛から解放させてあげないとね。

どうやって。どんなに大きな声で歌っても、遠くいる鬼人までには届かないわ。

そうね。キコの言うとおりね。

みんな。取り敢えず、お父さんたちと合流しようよ。この事を話さないとね。

ミカ、お父さんたちの居場所分かる。

分かりますわ。この道沿い十キロ先で鬼人たちと戦っていますわ。

あっ、

メグ、どうしたの。


次の瞬間、四人は激しい閃光と爆発に巻き込まれた。辺りはキノコ雲に覆われて何も見えない状態になった。


何てことだ。どこから核ミサイルが飛んできたんだ。

いや、ミサイルにしては規模が小さすぎる。

ねえ、どうしたの。コスモスのお姉ちゃんたちに何かあったの。

君は。

コスモスって。

私、キャシー。コスモスは、私たちを助けてくれたお姉ちゃんたちのグループ名。さっきのお姉ちゃんたち歌手なんだよ。

そうだったのか。彼女たちがいた付近に核攻撃があったらしい。

彼女たちは、もう。

おじさんたち、私にも見せて。


キャシーは、モニターをじっと見つめた。そこには、小規模のキノコ雲が立ち登り、彼女たちの姿を見つけることはできなかった。次の瞬間、ゲート付近で再び閃光と爆発があった。


大丈夫だよ。ゲートも街もシールドされているから、どんな兵器を持ってしても破壊することはできないよ。ましてや今の地球の兵器じゃね。

そんなことより、お姉ちゃんたちは。

おそらく。即死だ。最初の閃光で蒸発してしまっているよ。

嘘よ。そんなこと絶対にない。私、信じない。

そうだね。彼女たちは、無事だと思うよ。

おい。そんな嘘言って良いのか。

良いんだよ。ねえ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが信じていれば、彼女たちも嬉しいと思うよ。

そうか。そうだね。おじさんたちも信じるよ。彼女たちが無事でいることを。


あれ、ここは。

ここは、ガイアの中。

はい。危ないところでした。

どういうこと。さっき、メグが急に私たちの前に立った時、一瞬凄い閃光が走ったような。

メグ、何があったのですか。

私、危険を予知したの。

どんな。

私たちが核弾頭付携帯火器に撃たれて死んでしまうところ。予知はしたけど、間に合わなかったみたい。

でも、私たち、助かってる。ガイアのお陰ね。

有り難う。ガイア。

どういたしまして、皆さんの安全は私にお任せください。

でも、どうして私たちが攻撃されることが分かったのですか。

答えは簡単です。メグの予知能力が私のコアとリンクし、皆さんの危機を察知することができたのです。

と言うことは、メグの能力が回復したと言うことですか。

そうです。

でも、私が先ほど予知した出来事は直ぐ起こってしまいました。予知したとは言えません。

大丈夫です。力は、時期百パーセントに戻ります。そうなれば、メグもキコもゼロに出入りできるようになります。

良いな。メグ、キコ。私の能力も早く戻ってこないかな。

ミコの能力も間もなく戻ります。

その話は後にして、鬼人たちへの対応が先ですわ。

そうだ。ガイア。この辺りに出現している鬼人たち全員に、私たちの歌を聞かせたいんだけど何か方法ある。

あります。上空から地上に向けて歌を流します。それでは、皆さん。歌ってください。

ちょっと待って、今度は何を歌う。

そうですわね。やはり、コスモスの時に歌った歌しか覚えていませんから。

それじゃ、私たちのテーマソング「COSMOS」(作詞作曲:ミマス)は。

みんな、覚えてる。

はい。もちろん。

コーラスグループ「コスモス」の復活ですね。

ガイア、マイクは。

マイクは、必要ありません。そのまま歌ってください。ガイア本体がオーディオシステムになります。

ミカ、ボーカルリーダーよろしくね。

分かりました。


四人は、ミカの声に併せて合唱した。ガイアは、シティー上空三百メーターで静止して彼女たちの歌声を地上に向け流した。


あれ、上空から懐かしい歌が聞こえてくる。


二人は上空を見つめた。


これは、コスモスのテーマソングです。

そうそう。また、何で彼女らは、こんな時に歌ってるんだ。

ジン。その答えは、周りを見てください。倒しても倒しても再生してくる鬼人と、新たに鬼人になってしまった者たちが次々に倒れて逝きます。

えっ、歌の所為。

どうやら、そのようです。

それじゃ、いつ終わるとも知れないここでの戦いが、やっと終わるわけだ。

はい。ただし、翔太を倒さない限り鬼人たちとの戦いは、これからも続きます。

そうだ。翔太はどこにいる。ガイアに戻ろう。

はい。ガイア、二名転送。


みんな無事で良かった。

お父さん。鬼人たちは。

君たちの歌のお陰でシティー周辺の鬼人は全滅したよ。ところで、どうして君たちの歌で鬼人たちが倒れたんだ。

それは、私のテレパシー能力で説明します。

それじゃ、キコ、ハグ。

お父さん、だめ。ハグしなくても手だけで大丈夫でしょう。

良いじゃないか。家族なんだから。しかも、ここはアフリカ。郷に入っては郷に従えだよ。

ジン、下心が見え見えです。

トランまで、分かりましたよ。手だけで我慢するよ。


えっ、翔太が。そう言うことか。これで翔太たちとの戦いにも終止符が打てる。

ガイア。逃げた翔太の現在地を捕捉してくれ。

捕捉不能です。シティーのシールド外に彼の痕跡は見つかりません。

翔太は、ミカの歌から逃げるようにどこかへ行ってしまいました。

そう。その後に爆発が起きてガイアに助けられたの。

ですから、私たちにも彼がどの方向に逃げ去ったのか。分かりません。

逃げ足だけは、天下一品ね。

そうか。またしても、彼を逃がしてしまったか。

残念ですわ。私たちの歌で彼を救って上げられたかも知れませんのに。

何言ってるのよ。翔太は殺人鬼、悪魔。当然、地獄行きよ。救済なんて。

ミコ、彼も犠牲者ですわ。

えっ、何であいつが犠牲者なのよ。

彼の人生は、修羅の世界そのものですわ。しかも終わりのない修羅の世界、心に安らぎを得られない世界ですわ。

自業自得でしょう。あいつは、人殺しが好きで楽しんでいる。

本当に、そうでしょうか。

ミカ、ミコ。本当のところは、分かりません。

そうだな。メグの言うとおりだ。

私が、彼と接触できれば分かると思いますが。

それは無理だ。危険過ぎる。それに私にもキコと同じ能力があるから、その役目は私にもできる。

そうですね。ジンは、前に翔太や地球とテレパシーで話していますものね。

この話は、ひとまずお仕舞い。コスモスの歌声で鬼人を倒せることをエリスに伝えよう。

これで、世界中の鬼人たちを全員救って上げられますわ。

救済とは、神たるミカゆえの言葉だな。

私もミカの考えに賛成です。鬼人たちも翔太の被害者ですから。

そうよね。考えてみたら鬼人たちは、自分の意思で人を襲っているわけじゃないものね。

そうです。私たちの歌で鬼人を救って上げましょう。


私たちは、セレスタワーの最上階にあるエリスの執務室を訪ねることにした。


ガイア、セレスと通信。チャンネルオープン。

エリス、ジンです。鬼人たちは全滅しました。直接会ってお話ししたいことがあるのですが、今すぐ伺っても宜しいですか。

はい。

失礼します。

本当に、直ぐどころか一瞬ですね。

済みません。ドアも通らずに。

それで、お話しとは。

はい。鬼人に有効な手段が見つかりました。

それは、もしかして空から聞こえてきた歌声のことではないですか。

はい。どうして分かったのですか。

東門の警備隊から避難民とともに数体の鬼人が侵入し、彼らの殺戮行為を防ぎきれないとの報告がありました。そんな時に空から歌が聞こえてきました。その直後、侵入した鬼人たちが、次々にバッテリー切れのロボットのように倒れたとの報告を受けました。

えっ、鬼人が門内に入ってしまったのですか。

ミカ、キャシーは大丈夫かな。

ジン、私たち東門に行ってきます。

直ぐに行ってきなさい。キャシーは、鬼人たちから世界を救うヒントをくれた大事な人なんだからね。


ミカ、ミコ、メグ、キコの四人は一瞬で東門に移動した。


あれ、ミカ。これガイアの転送じゃないよね。

はい。ゼロを使いました。やっぱり転送より速いですわ。

あっ、コスモスのお姉ちゃんたちだ。ほら、おじさんたち。お姉ちゃんたちは、あんな爆発で死なないって言ったとおりでしょう。

本当だ。君の言うとおりだったね。良かったね。

お姉ちゃんたち。ほんと無事で良かった。

キャシーこそ、無事で良かったわ。鬼人が門内に入ってしまったと聞いて心配しました。本当、無事で良かった。

えーと、ミカとメグでしょう。お姉ちゃんたちは、キコとミコね。

初めまして。私、キコ。こっちのお姉ちゃんがミコ。

キャシー、初めまして、よろしくね。

わー、これでコスモス全員。あれ、そうだ。コスモスにはトランと言う男の人もいたよね。

はい。彼は今、セレスの代表と話していますわ。

もう一人、男性がいるよ。私のお父さん。ジンって言うんだ。

でも、コスモスのメンバーじゃないでしょう。歌ってないもん。

だって、当時はマネージャーだったから。

当時、変だな。コスモスは、四十年前に結成されたコーラスグループでしょう。

結成されたのは、四十年前だけど今も健在よ。ほら、私たち。

あっ、ミコ。

何、ミカ。

やっぱり、お姉ちゃんたちコスモス本人だ。だけど、何で年取っていないの。

ほら、ミコ。この先は、ミコにお任せますわ。

あっ、しまった。ミカ、どうしよう。

どうしようもないですわ。

私たちが当時のコスモスの孫という話は、もう通りそうもないですね。

メグ。そんなこと言わずに助けてよ。

もう、無理です。

ねえ、お姉ちゃんたちがコスモス本人なら私のためにここで一曲歌って。そうしてくれたら、年のことなんてどうでも良いわ。

本当。リクエストある。

えーとね。私が一番好きな曲。岡本真夜の「TOMMOROW」、日本語でね。

ミコ、ここで歌うの。

キコ、仕方ないでしょう。みんなも協力して。

ちょっと恥ずかしいから、向こうの人がいない公園に行きましょう。

私も恥ずかしいから、キコの意見に賛成。

それじゃ、キャシー。向こうの公園で。

わー、嬉しい。大好きなコスモスの歌、独り占めね。


彼女たちは、三百メーターほど離れた緑地公園に移動した。ここが砂漠だったことを忘れてしまうほどの深緑と花畑が、先ほどの惨劇もなかったように辺り一面に広がっていた。


ここなら、どんな大きな声で歌っても平気ね。

ほら、ちょうどコスモスの花も満開です。

さあ、コスモスのステージ始めるよ。

キャシーも良かったら一緒に歌ってね。


彼女たちは、一面に広がる芝生を背にして歌い始めた。最初のワンコーラスを聴いていたキャシーも時期に一緒に歌い始めた。


キャシー、楽しい。

うん。とっても楽しい。もっと一緒に歌いたい。

キャシーは、他にどんな歌知ってるの。

コスモスが歌う曲は、みんな歌えるよ。

それじゃ、みんな。「花は咲く」、「負けないで」、「世界に一つだけの花」なんかどう。

昔を思い出して、みんなで歌いましょう。

ミカ、リーダーよろしく。


彼女たちが夢中になって歌っていると、いつの間にか彼女たちの後ろに広がる芝地に沢山の人々が集まってきた。公園内は、さながら野外コンサート場と化していた。一曲目が終わったところで、大きな歓声と拍手が起こり彼女たちは振り返った。


まあ、どうしましょう。こんなに沢山の人たちが。いつの間に。

さっき避難してきた人たちもいるよ。

もう、止めましょうか。

そんなこと言わないで、もっと歌おうよ。

でもね。キャシー、ちょっと恥ずかしい。キャシーは恥ずかしくないの。

恥ずかしくないよ。歌、大好きだもの。お姉ちゃんたちは嫌い。

そんなことありませんわ。私たちも大好きですわ。

それじゃ、歌おうよ。ねえ、皆さん。私たち、もっと歌っても良いですか。

もちろん。私は、あなたたちの歌声に誘われて聴きに来たのですから。

君たちの歌で心が癒され、先ほどの惨劇も忘れることができそうです。

心が和みます。


群衆からは口々に同様の言葉が投げかけられ、再び歓声と拍手の渦が巻き起こった。全ての人たちが芝生で整備された地面に座り込んでいた。


困りましたわ。後二曲歌うだけじゃ、許してくれそうもありませんわ。

取り敢えず、歌いましょう。

それじゃ、これから歌う曲を知っている人は、一緒に歌ってくださいね。

昔、日本で流行った歌です。「負けないで」と「世界に一つだけの花」という曲を歌います。


「どんな歌だろう」とか「私知ってる」とかの声が群衆の中から湧き起こり、公園内にどよめきが伝わった。しかし、コスモスが歌い始めるとそのどよめきが静まり、辺り一帯に彼女たちの澄み切った歌声が響き渡った。最初は、静かに聴き入っていた人たちも歌い始めていた。歌の輪は徐々に広がり公園内を歌一色に染め上げていった。二曲目が終わるとコスモスの花畑を踏みにじりながら、翔太を先頭に鬼人たちが現れた。群衆は、どよめきとパニックの様相を呈し始めた。しかし、コスモスは動じず今度は翔太たちの方を向いて三曲目を歌い始めた。歌を聞いた鬼人たちは次々に倒れたが、翔太は構わず彼女たちがいる場所に迫ってきた。


今度は、逃げないのね。

ああ、お前たちをここで殺しておかないと後々面倒になるからな。

面倒とは、私たちの歌のことですか。

ふん。お前たちの歌が。笑わせてくれるね。俺には屁の突っ張りにもならねえ。

それは、嘘だわ。私には見える。あなたの身体に取り込まれた魂が逃げ出していく様が。私たちの歌の所為ね。さあ、みんなも恐れずに歌って。

そうはさせるか。この携帯核ロケットランチャーで皆殺しだ。

そんな武器で私たちを倒せないわよ。

そうかな。お前たちは倒せなくても、後ろにいる連中は皆蒸発するぜ。

どうしよう。私たちだけなら問題ないけど。

大丈夫ですわ。いざとなったら、私が彼らをゼロの中に避難させます。ミコたちは構わず歌って。

さあ、これでお仕舞だ。うっ、体が動かない。お前ら念力が使えるのか。

私たちには、そんな力はないわよ。

私だ。間に合ったね。


ジンが翔太の後ろに現れ、彼の肩に手を置いた。


くそ爺か。いつの間に、後ろから来るとは卑怯だぞ。

くそ爺じゃないよ。ジンという名がある。それに、君に卑怯者呼ばわりされるのは心外だ。

名前なんかどうでも良い。爺、放しやがれ。

そうはいかない。前は君の力を過小評価して逃がしてしまったが、今日は逃がさない。

トラン。この武器の破壊、よろしく。

はい。

さあ、みんな。トランも来たことだし改めて全員で歌うよ。

ミコ、リクエストがあるんだけど。

何、お父さん。

一九八五年、深刻化したアフリカの飢餓救済のために作られたチャリティーソングで、「WE ARE THE WAORLD」っていう曲なんだけど。当時のアメリカのスーパースターたちが、みんなで歌ってるんだ。当然、英語だよ。

知らないよ。私が生まれた年だもん。

私も知りません。

私も。

そうか。メグもキコも、生まれる前の曲だから知らなくて当然だな。

ジン、私は歌えます。私には全宇宙の歌がインプットされています。

私も歌えるかも知れませんわ。

トランが歌えば、きっとミカも歌えるはずだ。みんな、まずはトランの歌を聴いてくれ。

分かったわ。じゃあ、トラン、リーダーよろしくね。

分かりました。それでは、歌います。


トランがワンフレーズを歌うと、次にミカもトランに合わせて歌い始めた。コスモスの五人は、いつしか手を繋ぎ合わせていた。すると全員の頭の中に歌詞やメロディーが流れ込んで来た。他の三人もツーコーラス目から一緒に歌い出した。間もなくコスモスとジンの精神感応が最高潮に達し、彼女たちの歌が全世界のみならず全銀河にも爽快な精神波となって響き渡った。もちろん、この波動はハモニーにも届いていた。そして、地球では全世界の人たちの心と精神が感応し合い、人々はコスモスと一緒に同じ歌を歌い始めていた。


爺さん。いやジン。ありがとう。これで俺も安息の地へ行ける。

翔太、何も言わなくても分かるぞ。君には居場所がなかった。必要とされることもなかったんだな。生まれたときから孤独だった。愛されることもなく愛することも知らずに生きてきた。君は愛して欲しかったんだな。

ああ、俺はただ両親に愛して貰いたかった。それだけだ。


翔太が取り込んだ何十億という負の生命エネルギーが、次から次へと飛び出して行った。翔太はゆっくりと崩れ落ちた。ジンは倒れかかった彼を支えて地面にひざまずいた。翔太は、穏やかな面持ちをたたえて静かに目を閉じた。ジンは右手で翔太の体を支えつつ左手を地面に付けた。


地球、地球よ。この歌声が聞こえますか。あなたが地球の害と見なした全人類の心の歌が。そして、あなたが人類抹殺のために手先として選んだ翔太の本当の心が分かりますか。人類は、決してあなたを死に追いやる存在ではありません。

ジン。聞こえています。でも、人類は自ら殺戮の道を選びました。

それは、核戦争のことですね。でも、人間は過ちを犯す度に反省し、次の教訓とします。その結果が今、この歌声に現れています。必ず人間は立ち直り世界をより良いものに変えていきます。それは、あなたの命そのものです。

分かります。私は、ことを急ぎすぎたようです。私が生まれて四十六億年、二度に亘る人類文明の滅亡を見つめてきました。今度で三度目になるかは、この先見届けたいと思います。私自ら人類の滅亡を企てることは止めにします。

お願いします。これから先も翔太のような心を持った人間がいくらでも現れると思います。しかし、その者たちの闇の心に付け入るようなことはしないでください。

約束しましょう。もっと長い目で人間の行く末を見守ることにします。

それでは、翔太の心を解放してください。

分かりました。


翔太の体は灰と化し、風と共に消え去って逝った。


翔太、安らかに。これで彼は永遠の闇から救われる。

お父さん、翔太は。

彼は逝ったよ。最後は穏やかな顔だった。

そうですか。これで彼を修羅の道から救うことができましたわ。

そうね。彼との戦いもこれで終わりね。

ああ、君たちの精神感応能力がなくなってしまうほどの凄惨な戦いは終わった。

でも、お父さん。他の鬼人たちは。

ジン、その事でエリスから連絡がありました。

内容は。

はい。この公園でコスモスが歌っていた歌を全世界の人たちが、不思議にも同時期、同じ歌を一斉に歌い始めたそうです。そして、その歌によって鬼人たちが次々に倒れて逝ったとのことです。

そうか。

良かったですわ。彼ら全員を救うことができて、本当に良かったですわ。

そうですね。私たちの長きに亘った戦いもこれで終わりですね。

良かった。本当に良かった。これで核戦争で崩壊した世界を本格的に復興させることができる。

でも、ジン。

あー、トラン。もちろん、復興させるのは、私たちじゃないよ。セレスの協力の下、地球人類自身で立て直すんだ。分かってるよ。

そのとおりです。

創始者の科学力を持ってすれば、あっという間に復興できるけど。それでは、だめだ。

そうですわ。自分たちが犯した過ちは、自分たちの手で償わなければなりませんわ。

そうね。簡単に復興できちゃったら、人は反省しないもんね。

それに、創始者の科学力で復旧したものは、精神感応能力者がいないと永続できない。どっちにしても我々の存在をこれ以上大っぴらにはできない。

でも、もうみんなにばれちゃったんじゃない。

そうだが、ここにいる一部の人たちだけだ。エリスに頼んでここでの出来事は、全てセレスの科学力を持って対処したことにして貰う。

それでは、エリスのところに戻りましょう。

あっ、ちょっと待ってください。

なんだい。メグ。

あの人たち。

そうですわ。公園に集まった人たちを解散させないといけませんわ。

それじゃ、みんなで行って歌は終わりと言わなくちゃね。トラン、よろしくね。

皆さん。セレスの警備隊により鬼人たちは全滅しました。ご安心ください。それと、私たちの歌はこれで終わりとします。一緒に歌っていただき有り難うございました。お気を付けてお帰りください。

あれ、鬼人たちは、君たちが倒したんじゃないの。

私たちではありません。警備隊のお陰です。私たちは、ちょっとお手伝いしただけです。

だけど、歌の所為で鬼人たちが倒れたみたいに見えたけど。

それは、セレスの高度な科学力が作ったある特定の周波数発生装置のお陰です。詳しい話は、後ほどセレスの代表が発表すると思います。

変だな。まあ、良いか。みんな帰ろう。

北半球からの避難者は、先ほどの東門に行ってください。私たち管理局の者が誘導します。


公園に集まった人々は、時期に胡散霧消した。


さてと、エリスのところに戻ろうか。

ちょっと待って、お姉ちゃんたち。私を忘れないでね。

あれ、キャシー。

私は、誤魔化されないわ。鬼人たちをやっつけたのは、コスモスでしょう。

君がキャサリンか。

そう。キャシーって呼んで。あなたがミコのお父さんね。初めまして。

こちらこそ。初めまして。ジンで良いよ。

分かったわ。ジンね。それじゃ、あなたがトラン。格好良い。

キャシー、鬼人はセレスの科学力が作った武器で倒されたのです。

そういうことにして置くわ。それより私もコスモスのメンバーにして。

それは無理。コスモスは、とっくの昔に解散しているから。

そんなこと言って良いの。ミコ。

どう言う意味よ。

私、みんなにばらしちゃうから。

何をばらすのですか。

トラン。それはね。あなたたちが普通の人間じゃないってこと。四十年以上生きていて歳を取っていないっていうことよ。ねえ、そうでしょ。ミコ。

あちゃ。その話は、私たちがキャシーのために歌ったことでチャラにするって言ったでしょう。約束は守りなさいよ。

それじゃ、約束を守るわ。その代わり、別の秘密を言っちゃうよ。

別の秘密って。

みんな歳を取らないだけじゃなくて、それ以上に普通じゃないっていうこと。

私たちは歳を取らないだけで、その他はごく普通の人間よ。

メグ、嘘でしょう。だって、メグは危険を予知できるし、キコはテレパシー、ミコは。

ちょっと待って、どうしてそんなことが分かったの。

やっぱり。

ミコ。また、やっちゃった。

メグ、私が何をやっちゃったのよ。

ミコは、私たちがコスモス本人だということも、今度は特別な能力を持っているということも、全部自分で認めてしまったのよ。

えっ。あっ、しまった。じゃあ、キャシーが言ったことは当てずっぽう。

ミコ、当てずっぽうじゃないよ。当たっているか自信がなかっただけ。だって、ミコたちが手を繋いで歌っているときに私もキコの手を握ったの。そしたら、不思議とみんなのことが分かっちゃった。でも、そんなことあり得ないと思って確かめてみたの。

参りましたね。ジン。

どうしたものかね。トラン、この可愛すぎる脅迫者。

ちょっと待ってください。

どうしたの、キコ。

どうしたも、こうしたも。私の能力は接触型テレパシー。

そんなこと知ってるよ。

だから、私の能力は接触した相手の心を読む能力なのに。

あっ、逆ね。

そう。こっちの心が読まれちゃった。

ということは、キャシーも普通の人間じゃないということ。

そうなります。今、キャシーの体をスキャンしたのですが、彼女は完全に創始者の血を受け継いでいます。

しかし、トラン。そんなことは、あり得ないだろう。創始者が地球に定住したのは、遙か昔のアトランティスやムー大陸があった時代だろう。

ジン、それは伝説の大陸でしょう。

メグ、それがムー大陸は実際に日本海溝真下の広大な空洞内にあった。そこは、トランの地球での故郷でもある。それに、アトランティスの遺跡らしきものも大西洋の海底で発見されている。

私も見てみたい。ムー大陸。

行っても一万年以上も経ったただの廃墟だ。それより、キャシーがどのようにしてこの永い年月、地球人との混血を免れてきたのかだ。

情報不足でゼロも解明できません。

キャシーとキコ、私とハグ。じゃなくて手と手を取り合って貰えないかい。

私、ジンとハグしたい。だってジンは、私のお父さんと同じ臭いがするから。

それじゃ、私も。

キコ、しなくて良いって。お父さんの鼻の下が伸び切ってる。

ミコ、余計なことは言わなくて良し。それじゃ、三人でハグ。

やっぱり。キャシーは、私たちと同じ精神感応能力を持ってるわ。

キコ、教えて。

キコ。話すよりも、みんなでハグした方が早い。

でも、ジン。全員いっぺんにはハグできません。

それもそうだ。仕方ない。ここは諦めて全員手を繋いでくれ。

おかしい。キャシーのことが全く分からない。どういうことだ。

心の中が真っ白で何も見えません。

へぇー、そうなんだ。さっきは、断片的にしか分からなかったけど。

キャシー、リアクション薄い。

ミコ、そんなこと言ってる場合じゃないわよ。

キコ、どうして。

キャシーには私たちのことが全て分かったのに、私たちにはキャシーのことがさっぱり分からない。私の能力がなくなってしまったのかしら。

キコ、そうじゃない。私にもキャシーの心の中が見えなかった。

ジンにも読めないと言うことは、キャシーは記憶喪失。

それも違うな。例え記憶を失っていても彼女の精神と感応すれば、潜在意識も含めて脳に記憶されていることは全て分かる。精神感応とは、そう言うものだ。

私、記憶喪失じゃないわ。ジュネーブのおうちが暴徒に襲われて、パパたちと車に乗ってマルセイユまで逃げて来たんだけど。そこで、また、暴漢たちに襲われて。パパは、囮になってママと私を助けてくれた。

辛いことを思い出させて御免なさい。それで、ママはどこにいるの。

街中を逃げているうちに、ママともはぐれちゃった。ママを探していたら暴漢に見つかって。その時、助けてくれたのがセレスの救助隊。救助艇でこの街まで連れて来てくれたの。

それじゃ、パパとママは。

私、パパもママも無事でどこかにいると信じているわ。

そうね。きっと無事でいるわね。

良いことを思い付きましたわ。

ミカ、良いことってなんだい。

ジン、キャシーのパパとママを探してあげることですわ。

ミカ、本当。一緒に探してくれるの。

私、ミカの考えに賛成。

私も。

私も。

当然、私も賛成です。

全員賛成というところで、早速、探しに行きたいところだが。まずは、家に帰って風呂と食事と睡眠。英気を養ってから、明日、マルセイユに向けて出発だ。

ジン、有り難う。みんな、有り難う。

ミカたちは、先に帰って食事の準備やらをお願いするよ。トランと私は、エリス代表のところに寄ってから帰る。

分かったわ。お父さん。じゃあ、後でね。

キャシー、私たちの家に案内するわ。

私、とっても嬉しい。コスモスと一緒に行けるなんて。


トランと私はガイアで、ミカたち女性陣はゼロで、それぞれの目的地に一瞬で移動した。


   マルセイユ


ただいま。

お帰りなさい。お風呂にしますか。食事にしますか。

私は先に、お風呂にするよ。

私たちも、お風呂に入る。

えっ、まだ、入ってないのか。

お父さん。まだって言ったって、別れてから十五分しか経ってないよ。

そうだよな。じゃあ、みんなで一緒に入ろう。確か、この家には、十人ぐらい一遍に入れる大浴場があったよね。

はい、はい。そんなお風呂はないんだから、お父さんの戯言は無視してみんな自分の部屋のお風呂に入ってね。

キャシーは、ジンと入る。

えっ、それはだめでしょう。キャシーは、子供と言っても女の子でしょう。

どうして。私、いつもパパとママと三人一緒だったよ。

でも、キャシー。歳いくつ。

十三歳。

それじゃ、トラン。早速、大浴場を造ってくれないかい。

分かりました。屋上に露天風呂を造ります。各部屋から通じる廊下も造ります。

良いね。

でも、ジン。今から造るんじゃ、今日は、みんなで入るのは無理ね。

キャシー、大丈夫だよ。トランなら。今すぐ、完成させちゃうから。

そうか。創始者の技術を使うのね。

そうです。それと混浴になりますから、各人の入浴衣も用意して置きます。

入浴衣。日本の混浴には、そんなのないぞ。掟破りだ。

お父さん。ここは日本じゃないし、そんな決まりもあるわけないでしょう。全く。

あれ、そうだったっけ。しょうがないな。乾物屋には、あるけど。

ジン、くだらないことばっかり言ってないで、早くお風呂に入ってください。食事の準備は、私がしておきますから。

済まんな。ミカ。

支度が済んだら、私も直ぐに行きますわ。

よっしゃあ。じゃあ、お先に。


みんな来ないね。それに、トラン。この風呂深すぎ。これじゃ、まるで岩風呂風温泉プールだ。

はい。キャシーのリクエストです。

和洋折衷か。なんか今イチだな。

わー、すてき。

あっ、キャシー飛び込んじゃ、危ない。


キャシーは、ジンの言葉も意に介さず一気に頭から飛び込んだ。


あー、気持ちいい。

あのね。キャシー。お風呂はプールじゃないんだから。それに仮にも女性の端くれでしょう。せめて前ぐらい隠しなさいよ。

どうして。ママもパパも隠してなかったし、ジンも隠してないじゃない。

どうしたも、こうしたもないの。日本じゃ、隠すの。但し、衛生上の観点から湯船にタオルを入れないのが決まり。だから、お風呂の中では隠さないけど、外では前を隠すのがエチケットだよ。

それじゃ、どうしてミカは隠さないの。

あちゃ、ミカ。

トラン。素晴らしい露天風呂ですわ。開放感たっぷりで。

ミカ、開放感は良いけど、前まで解放し過ぎ。目のやり場に困るよ。入浴衣は。

必要ありませんわ。夫婦ですから。

私もいますが。

トランもキャシーも家族ですわ。何の問題もありませんわ。

それじゃ、私たちも。

私としては嬉しいんだけど。あっけらかん過ぎてスケベ心がしぼんじゃったよ。返ってこっちが恥ずかしくなってきたよ。なあ、トラン。

私は別に。皆さん健康的な体で素晴らしいです。

こら、ミコ。お前の方が嫌らしい目付きになってるぞ。私とトランを見比べるな。

ジン、そんなことよりこの景色を楽しみましょう。心が癒されますわ。

そうだな。ミカ。満点の星空と満月が北大西洋という広大な鏡に反射して、さながら私たちは宇宙の真っ只中に浮いているかのようだ。

この静寂と平穏なひと時が、ずっと続くと良いのですが。

トラン、そうもいかんようだ。あっちから嵐が来るぞ。

ねえ、みんな。誰が一番早く泳げるか競争しようよ。

よっしゃ、キャシー。絶対負けないよ。

私も参加します。

それじゃ、私も。

全く困った連中だ。トラン、もうひとつ、こぢんまりした岩風呂を造ってくれないかな。ミカと二人ゆっくり湯船に浸かりたいよ。

分かりました。皆さん。ビックリしないでください。一瞬で様変わりしますから。


キャシーたちが泳ぐのを止めた瞬間、岩風呂風温泉プールが四コース距離二十メーターの競泳用プールに変わった。その後方一段高くなったところに、五人くらいが入れる茅ぶき屋根付きの純和風岩風呂が出現した。


わあ、凄い。ビックリするなという方が無理。本当、ビックリ。

キャシー、凄いでしょう。これで本当の勝負ができるわ。

何、大人気ないこと言ってるんだ。ミコたち。少しは手加減して上げなさい。

何言ってるのよ。お父さん。キャシーは、十三歳とは言っても私たちよりちょっと小さいだけよ。ほら、キャシー並んで。

私、背はミコやメグ、キコより小さいけど、胸は私が一番大きいよ。ほら見て。

反論できないのが悔しい。

あのね。君たちは、私を男として見てないのか。オオカミになって襲っちゃうぞ。ガォー。

きゃあ、逃げましょう。


彼女らは、プールに逃げ込んだ。


あらまあ。ジン。襲うのは私だけにしてくださいね。妻なら幾ら襲っても罪になりませんから。

それじゃ。私らは、ゆっくりと露天風呂に入って月見酒と行きますか。トランも。

私も彼女たちと一緒に泳いできます。

そうか。気を遣わなくても良いのに。

いいえ、邪魔者は退散します。夫婦水入らずで、どうぞ、ごゆっくり。

じゃあ、お言葉に甘えて、しっぽりと二人だけで。うふふとな。

ジン、嫌らしさが戻ってきてますわ。

そりゃ、仕方ない。最愛の妻と二人きりなんだから。とは言っても、目の前でバシャバシャ、ガヤガヤでは落ち着いてキスもできない。せめてハグぐらい。

ねえねえ、お父さん。トラン、何とかしてよ。何回やってもトランの勝ち。

圧倒的で、私たちつまんない。

おーい。トラン。トランは審判として彼女たちの勝敗を公平に見てやってくれ。

分かりました。

全く。おちおちハグもできない。あいつらわざと俺たちの邪魔をしてるのか。

考え過ぎですわ。

いいや、絶対そうだ。部屋の風呂に行こう。

あれ。お父さんたちいない。やっと私が一勝したのに。それじゃ、今度は私たちで露天風呂、楽しんじゃお。みんな、こっち、こっち。


こんな平穏さが続くと良いんだが、明日からそうは行かんだろうな。

でも、ジン。私たちの力が少しでも役に立つなら、私は労をいといませんわ。

私は、もちろん。ミコたちも同じ気持ちだよ。みんな気持ちの優しい良い娘たちだ。


ジンはミカを優しく抱き寄せキスし、お姫様抱っこでベッドルームに運んだ。


おはよう。ねえねえ。早くご飯食べて出かけないと、今日中にマルセイユに着かないよ。

時間は大丈夫。ガイアでひとっ飛びよ。

ミコ、ガイアは使わずゼロで行くよ。

何で。

ガイアは目立ち過ぎる。普通の地球人として行動しよう。セレス人と間違えられても困る。

ジン。どうして、常人として振る舞うの。

それは、私たちのような能力者は人々に受け入れられないからだよ。今も昔も。

そうです。四十年前は、メグもミカも自分の能力を隠していました。

でも、私たちはこれまで人前でその能力を使って鬼人を倒してきました。

そうです。既に、私たちの能力は、人々に知れ渡っています。今さら隠さなくても。

ミコたちの振る舞いは、日本の一部の人たちが承知しているだけです。

トラン、それは確かですか。

はい、メグ。日本での三人の活躍は、世界に情報発信されていません。

何だ。私たちスーパーヒロインとして、超有名になっていると思っていたのに。

残念ながら地球の全てのマスメディアは、大戦当初から機能不全に陥っていました。

そうだ。キャシーの持っている腕時計型端末機で調べて貰おう。

良いよ。今調べてみるから。えーと、日本政府、鬼人、神定命、神宮司恵、清子、コスモス。やっぱりヒットしない。日本の情報はひとつもないわ。

コスモスもだめ。キャシーはコスモスの歌を持ってるよね。

うん。持ってるよ。でも、元は、パパが子供の頃にダウンロードした曲なんだ。

そうか。核戦争が始まる前のことか。

まあ、そう言うことだ。私たちは以前のように縁の下の力持ちに徹しよう。

そうですわ。ハモニーから託された仕事も終わっていませんもの。

そうだな。ハモニーから請け負った仕事は、私が生きている限り続くものだ。


私たちは朝食を済ませた後、ゼロでマルセイユ駅上空に一瞬で移動した。


上から見た感じでは、パリやロンドン見たいな核攻撃による直接的な被害はなさそうです。

それじゃ、早速、キャシーのパパとママを探しましょう。

まあ、待ちなさい。闇雲に探しても見つからないし、外に出るのは危険過ぎる。

ジンの言うとおりですわ。まずは、街の状況を調べてみましょう。

キャシー。

はい。

キャシーは、車でこの街まで来てご両親とはぐれたと言ってたよね。

はい。

乗り捨てた車の場所、覚えてるかい。

御免なさい。私、後席で寝てたから覚えてない。車の急ブレーキで目が覚めたの。それから、パパが私を背負ってママと一緒に逃げたわ。

場所の手掛かりになるようなこと覚えてない。地名とか番地とか建物とか。

場所は分からないけど、私がセレスの救助隊に助けられた時、側に大きな教会があったの覚えているわ。でも、教会の名前は分からない。

そうか。その教会を手掛かりに、まずは、ママを探そう。ママを見つければ、パパの手掛かりも分かるはずだ。トラン、マルセイユの大きな教会は。

市内の代表的な教会は、サント・マリー・マジョール大聖堂、サン・ビクトール修道院、ノートルダム・ドゥラガルト寺院があります。

良し。先ずは、その三つから始めよう。

それでは、サント・マリー・マジョール大聖堂から行きます。


この教会。見覚えある。うん。間違いないわ。ここで救助隊に助けて貰ったの。

ラッキー。初一発から当たりね。

それじゃ、ここでゼロから降りよう。但し、

待った。お父さん。その先は言わずとも、だけど絶対私らも一緒に行くわよ。

お父さんが、だめって言っても。

話は最後まで聞きなさい。但しの後は、歩きじゃ辛いので車が必要だな。と言いたかったんだ。

あれ、それじゃ、私たちも一緒に行っても良いってこと。

そうだよ。だけど、もうひとつ但しが付くけどね。

もうひとつの但しは、何。

決して単独行動はとらないこと。絶対に約束だぞ。

あいよ。お父さん。

分かりました。決して単独では動きません。

私も守ります。

ジン、私は。

ミカも当然、単独行動はだめ。

でも私は。

デモもバリケードもなし。

それを言うなら、デモもストライキもなしです。

トラン、訂正ありがとう。早速、車をこしらえてくれ。

こしらえる。あっ、分かりました。作ると言うことですね。シトロエンのマイクロバスタイプにします。十二人乗りです。

この辺りには、誰もいないね。

聖堂を挟んだ反対側にフェリー乗り場があります。そこには大勢の人がいます。

良し。行って見よう。みんな車に乗って。

この車のドアは、屋根の中央部を軸に跳ね上げ方式にしました。みんな一遍に乗れます。

おー、広いね。一人ひとつの席か。ゆったり乗れるね。さあ、乗った。乗った。

ところで、誰が運転するの。

トラン、よろしく。

ですが、ジン。私は免許を持っていません。規則違反です。

この無政府状態で規則もへったくれもないよ。それに、トラン以外、この車の運転方法も道も知らない。頼むよ。

分かりました。皆さん、シートベルトをしてください。

フェリー乗り場にセレスの救助艇が降りています。

もしかすると避難民として救助されているかも知れませんね。

私が救助隊の人に聞いてみます。キャシー、お父さんとお母さんの名前は。

パパはジョナサン・オーエン。ママがエリザベスだよ。メグ、よろしく。


ご両親の名前は、避難者名簿にありませんでした。

そうですか。今までに救助された人たちの中にもなかったから、パパとママはこの街のどこかにいるんですね。

後は、キャシーの記憶を頼りに探そう。

ジン、私の頭ん中を見てみて。もう、隠さないから。

そうか。前にハグしたときは、心の中を見られないように防御していたのか。

それでは、前みたいにみんなで手を繋いでください。


キャシーが辿った街中の風景を全員が共有した。


先ほどの聖堂裏を起点にキャシーが来た道を逆に辿って行きます。

よろしく。後は、トランがキャシーの見た街並みどおりに運転するから。

キャシーは、ママとはぐれた場所に通りかかったら教えてね。

分かりました。

それじゃ、出発。トラン、ゆっくり走ってくれ。

この道路状況では、速く走れという方が無理です。

ジン、最初からつまずきました。キャシーが大聖堂の裏道に出てきた道路は、このカテドラル通りですが、進入禁止の上に狭く道なりに何台も車が止まっていて通り抜けることができません。

仕方ない。ここからは歩いて行こう。

建物は、さほど傷んでいないけど。人っ子ひとりいませんわ。

この街には直接的な核攻撃はなかったが、放射能には汚染されていたんだろう。

住民は、どこかに避難しているのでしょう。

あっ、この赤い看板覚えてる。

ランシュ劇場です。劇場横の道モンテ・ザクロ通り沿いに行きます。

ジン。この通りを抜けた教会の前で、私たち暴徒に襲われます。

メグ、分かった。女性陣はゼロで待機。トランと二人で襲われてみるよ。

そうですね。彼らから何らかの手掛かりが掴めるかも知れません。

ここか。なんて言う教会だろう。

ノートルダム・デ・アキュール教会です。

おい。手を頭の上に置け。

どうやら、二人とも武器は持っていないようですぜ。

お前たちはどこから来た。

私たちは、日本から来ました。

あなたたちは、盗賊ですか。

まあ、似たようなもんだ。分かったら大人しく金出しな。

金は持っていません。セレスシティーに行けば、金などなくても暮らせますよ。

何だと。お前らセレスのまわし者か。俺たちはセレスと戦っている。お前たちがセレスの人間なら、生かして置くわけにはいかないな。セレス人は敵だ。

いいえ。私たちは、セレス人ではありません。セレス人に助けて貰っただけです。それより、なぜセレスと戦っているのですか。

何言ってんだ。あいつらは、地球を侵略しにきた宇宙人だぞ。

そうだ。あいつらが核戦争を起こしたんだ。

あいつらは、地球人を助けると言って我々の同胞を奴隷にしている。それが証拠にセレスシティーに行った連中は、誰一人帰ってこないし連絡もない。

そんなことは、ありません。現に、私たちはシティーで暮らしています。セレスの人たちは、とても親切で地球を侵略しようとは思っていません。核戦争を起こしたのもセレス人ではありません。

嘘だ。セレス星の侵略に勝つために我々は、やむを得ず核兵器を使ったんだ。

違います。世界の国々が一国主義に陥り、自国の利益のみを追求して他国を侵略したために、第三次世界大戦が起きてしまったのです。

お前らは、嘘つきだ。やっぱり、セレスのまわし者だ。俺たちを騙そうとしても無駄だ。

嘘ではありません。このモバイルに記録されている事実を見てください。

そんな記録、見る必要もない。どうせ、セレスが捏造した物だ。

でも。

トラン、もう良いよ。何を言っても彼らには通じそうもない。

ジン。どうして、彼らはセレス人が侵略者と決めつけているのでしょうか。

その詮索は後にして今は、キャシーのご両親を捜す方が先だ。

分かりました。話は変わりますが、この写真の人たちを知りませんか。

お前は馬鹿か。セレス人に協力するわけねえだろう。


暴徒のリーダーらしき者が手を挙げた。すると教会の塔から銃弾が放たれた。

銃弾は、バリアに弾かれてジンとトランの足下付近に着弾した。二人は咄嗟に教会に逃げ込んだ。


へたくそが。みんな早く追え。

中は大分荒れていますね。

そんなことより、トラン。塔にいる狙撃者を何とかしてくれ。後の連中は私が対応する。

分かりました。直ぐ戻ってきます。


トランは一瞬で消え、一瞬で戻ってきた。


えっ、もう戻ってきたの。他の連中、まだ来ない。

来ました。

撃て撃て、奴等を撃ち殺せ。

君たち。弾の無駄使いは、止めたまえ。

おかしい。何で当たらないんだ。ちっ、弾がなくなった。

それじゃ、今度はこっちから行きますよ。


二人は、どちらがより多く倒すかを競うかのように、あっという間に十三人を倒した。


トラン、私の勝ちだ。七人倒した。

いいえ、私も七人です。あいこです。

どうしてだ。ここには十三人しかいないぞ。

塔の一人を忘れていますよ。ジン。

二人とも大人気ないですわ。それより、キコ。彼らがキャシーのご両親のことで何か知っていないか確認してくださいね。

はい、ミカ。


キコは、リーダー格の一人に触れた。


分かりました。この前の道をもう少し行ってカイスリー通りを右折、マゾー広場の左手にあるホテルに彼らの本拠地があります。そこにキャシーのママが捕まっています。

よっしゃ。これまた早々に、ママが見つかって良かったね。

でも、ミコ。ホテルには武装した暴徒の仲間と彼らに捕まっている街の人たちがいるわ。

分かった。それじゃ、ママだけじゃなく囚われている人たちも助けるぞ。

でも、ジン。どうやって助けますか。

まずは、ゼロに乗って偵察だ。


結構大きいホテルね。

インターナショナル・マルセイユホテルです。

トラン、ホテルをスキャンしてくれ。

はい。武装した男が五十三名、捕まっていると思われる女性が三十二名です。

早速、ホテルの中に入ってみよう。

ジン、このまま入ったら見つかっちゃうよ。

キャシー、大丈夫だよ。私たちはゼロ次元にいるから彼らには見えない。

そうよ。私たち透明人間。しかも実体もないの。

どう言うこと。

まあ、幽霊みたいなものね。ほら見てて。

あっ、壁にぶつかる。あれ、通り抜けちゃった。

壁だけじゃないわよ。ほら、人だって。

変な感じ。つい避けちゃうわ。

困った。捕まってる女性たちは、男一人の部屋に一人ずつ充てがわれている。

一度に全員助けるのは難しいですね。

キコの言うとおりだ。

ジン、ゼロを使えば同時に助けられます。簡単です。

しかし、それでは助け出した人たちに説明しようがない。一人二人なら夢でも見たとか言って誤魔化しは効くけど。三十二人もいたんじゃねえ。

それに、ここで彼女たちだけを助けても、武装集団は新たな女性を虜にするだけですわ。

そうだよね。そうだ。だったら奴らを捕まえて警察に突き出しちゃえば良いんだ。

ミコ、そうは言っても警察も軍隊もないに等しいですわ。

あっ、そうか。フランスという国自体がないようなものだものね。

ほぼ無政府状態です。

この国に限ったことではないけどね。

ジン、この最上階のスウィートにリーダーと思しき男が女性五人といます。

また、このスケベ親父。若い娘ばかりはべらかして許せないわ。とっちめてやる。

あっ、ミコ。またか。後先考えずに突っ走っちゃう。

仕方ありませんわ。成り行きを見ましょう。


あれ、君は中国人か。なぜこんなところに。それに、どうやって部屋に入ってきた。まあ、良いや。若くて美人だ。俺の側に来い。たっぷり可愛がってやる。

私は、日本人よ。あんたが、この悪党共のリーダー。

ああ。こんな世の中、強い者が生き残り弱い者は、強い者に媚びるか死ぬかだ。お前も生きるために俺のところに来たんだろう。さあ来いよ。

ばっかじゃない。弱肉強食、上等。だったら、私があんたらをぶちのめしてやるわ。

ほう。女ひとりで俺に勝てるのか。お前が男だったらとっくに撃ってるぜ。ほら、撃つぞ。死にたくなかったら言うことを聞くことだな。

銃が怖くて言うことを聞くと思ったら大間違いよ。ほら、銃いただき。


ミコは話しながら男との距離を徐々に詰め、一瞬で銃を取り上げて弾倉を銃から抜き落とした。もちろん、薬室に残った弾も抜き忘れることはなかった。


こりゃ、油断した。お嬢ちゃん、ただ者じゃないね。それに自動拳銃の扱いにも慣れてる。だけど、俺に勝つ唯一の手段を自分で捨てるとは、お前の方がよっぽど馬鹿だ。素手で俺に勝てると思ってんのか。

逆だわ。あなたこそ、私に勝てっこないわ。

旦那様、誰か呼びますか。

必要ない。ほら、一発殴らせてやるよ。そんなか細い腕でいっくら殴られても屁でもない。

じゃ、遠慮なく。


ミコが男の眉間に人差し指を立てた瞬間、男は静かに倒れ伏した。それを見た女たちは、ざわめき絶叫しながらドアに殺到した。次の瞬間、室内の異状に気が付いた男たちが五人、銃を構えて入ってきた。ミコは、銃を撃ついとまも与えない速さで全員をあっと言う間に倒してしまった。


静かに。もう大丈夫です。

済みません。パニクってしまって。でも、どうやって彼等を倒し・・・。

そんなことより、あなたたちは、この部屋に隠れていてください。

えっ、あなたは私たちを助けてくれるのですか。

でも、あなたひとりでは。いくら強いと言っても。

大丈夫。私よりもっと強い人たちがいるから。お父さんたち。

失礼します。ドアが開けっぱなしだと面倒なことになるので閉めておきます。

あなた方は、どこから入ってきたのですか。

それより、なぜ日本の方がここにいるのですか。

この人だけが、フランス人ですね。

見た目で判断しないでください。私も日本人です。

彼は、トラン。こっちが私の父ジン。そして、ミカ、メグ、キコ。私ミコ。

こちらの可愛らしいお嬢さんは。

私、キャシー。

えっ、キャシー。何で。危ないから出て来ちゃだめって言ったでしょう。

でも、メグ。私も一緒に行きたいと願ったら、ゼロから出られちゃった。

不思議ね。能力がないと出られないんだけど。

ゼロって、能力って何ですか。

こっちの話なので気にしないでください。それより、あなたたちのお名前は。

済みません。私は、エマ。右からクロエ、ルイーズ、ローラ、マノンです。

私たちを助けると言っても男ふたりでは。

大丈夫ですわ。私たちも戦いますから。

今、ミカの言ったことは却下するよ。

戦うのはトランと私だけ。女性陣は、エマたちと一緒にこの部屋で待機だ。

えーっ、私もだめなの。お父さん。

当然、ミコもだめ。言っとくけどメグもキコも、しかりだからね。

あの。

何ですか。えーと、クロエさん。

男二人だけで戦って勝てるのですか。相手は、五十人以上ですよ。しかも、武器を持っています。それに、あなたは。

大丈夫だよ。私のお父さんは、六十過ぎのおっさんだけど、この中で一番強い。

違います。世界一、宇宙一ですわ。

ミカまで。そんなに煽てると木に登っちゃうぞ。

ジン、この部屋には木がありませんが。

トラン、真面目に聞かないの。なんせ四十年以上前のギャグ漫画なんだから。

あの。何を言っているのか分かりませんが、本当にみんな助かるのですか。

任せてください。トラン、行くぞ。

はい。まずは、ホテル内にいる連中から片付けましょう。

良し。私は最上階から始めるから、トランは一階から頼むよ。どっちがより多く敵を倒すか競争だ。

そんなことより、外にいる連中に気付かれないようにお願いします。

そんなことは、もとより承知の助。

意味分かりません。

ミカ、もう一度聞きますが、あの二人だけで本当に大丈夫なんでしょうか。

大丈夫ですわ。あの二人、全員倒して直に戻ってきますわ。

そうだ。ミカとキコ、ちょっと良いかな。こっちに来て。

なんですか。ジン。

あのね。いきなり私たちが各部屋に乗り込んで連中を倒したら、一緒にいる女性たちが吃驚して騒ぎ出すと思うんだ。

はい。そう言えば、この部屋の彼女たちもパニクって騒ぎ立てましたよね。

だから、二人の能力で囚われている彼女たちの精神をコントロールして欲しい。

私たちにそんな能力はないと思いますが。

大丈夫。

でも、どうやれば。

私とミカ、トランとキコがペアで相互に精神感応能力で連絡し合えば可能だ。

分かりました。ジンと私が二人のアンプリファイアーになると言うことですね。

アンプリ、何とかって何ですか。

増幅器です。二人の能力が私たちを通して強化されると言うことです。

さっぱり分かりませんわ。

つまり、トランと私がラジオで精神感応能力が電波。その電波に乗せた二人の能力をラジオである私たちが受信してボリュームを上げるという仕組み。

精神感応能力で、そんなこともできるのですか。

できます。

まずは、やってみよう。それじゃ、トラン行こう。


ミカ、中の様子分かる。

はい。素晴らしいですわ。ジンの精神感応能力を通してはっきり分かります。

それじゃ、部屋に入るよ。


ジンは、ドアをノックした。出てきた男の眉間に人差し指を当てた瞬間、彼は気絶した。


あっ、そのままベッドにいてください。この男は気絶しているだけですから。

助けに来てくれたのですね。

どうして分かりました。

女の直感です。

そうですか。もう暫くこの部屋に隠れていてください。他の連中を全て倒したら迎えに来ます。それまでに逃げる身支度をしていてください。

分かりました。

鍵は掛けておいてください。

女の感にしちゃうとは、巧い手口だ。ミカの仕業だね。

はい。テレパシーと気付かれないようにしました。キコも同様です。


トラン組も、ほぼ同様の手口でホテル内にいる連中を倒していった。


お待たせ。あれ、ミコとメグは。

お帰りなさい。二人ならバルコニーから見下ろした中庭にいますわ。

あちゃ、またしてもやってくれましたね。

トラン、おちょ気てる場合じゃないよ。中庭には彼の手下が二十人余りいるはずだ。早く助けに行かないと。

ジン、良く見てください。どうやらその必要はなさそうです。

えっ、全滅してる。

あっ、お父さん。終わったの。こっちはとっくに終わってるわよ

うちの連中ときたら。なぜ、どうして、大人しくできないのかね。トラン。

親のしつけが悪かったのでしょう。そんな親の顔を一度は見たいものですね。

へいへい。じっくり見せてあげるよ。ほら。

冗談はさておいて、セレスの救助艇を手配しておきました。間もなく着くと思います。

そうだ。それじゃ、捕まっていた女性たちを中庭に集めなきゃ。

手分けして集めましょう。


これで全員ですわ。

キャシー。キャシーなのね。

ママ、ママ。

キャシー、無事で良かった。

ママは、大丈夫。あいつらに酷い目に合わされなかった。

ママは、大丈夫だから。

ママ、キャシーね。この人たちに助けて貰ったの。ママたちもだよ。

有り難うございます。娘が大変お世話になりました。

たいしたことありません。お母さんもご無事で何よりです。

ねえ、ママ。この人たち。私が、大好きなコーラスグループのコスモスなんだ。

キャシー、それは内緒でしょう。

あっ、間違えた。コスモスメンバーの孫でした。それでも歌、上手いんだ。

そうなんですか。

皆さん。本当に、助けて頂いて有り難うございました。

エマ、礼には及びません。当然のことをしただけです。

あの。

なんですか。クロエ。

あなたたちは、本当に強いのですね。五十人あまりの武装集団を、あっという間に倒してしまうなんて。それも、相手を傷つけずに一瞬で。不思議です。

それは、東洋に伝わる必殺必中の秘技とでも言っておきましょう。

私、知っていますわ。東洋の古い漫画のデジタル版で読んだ覚えがあります。確か、北斗聖拳だったかな。

ちょっと違いますが、似たようなものと理解していただいて結構です。

ジン。救助船が来ました。

おっと、反重力船は音がしないから気付かなかった。それじゃ、後は救助隊に任せよう。

あっ、お母さんだけは、もう少し私たちと一緒に付き合ってください。

当然ですわ。私の夫を探していただけるのですから。

私も。

お願いします。娘を一人にできません。

ですが、この先、どんな危険があるか分かりません。彼女は、家に帰って待つことが一番の安全です。

ジン、キャシーも一緒に連れて行ってあげましょう。私が二人を守りますわ。

私たちみんなで、ママとキャシーを守ります。

お願いします。

分かりました。この先、いろんな意味で何が起ころうと吃驚しないでください。

驚きません。あなたたちが精神感応能力者であることは既に分かっています。

えっ、どうして。キャシーが言ったの。そんな暇なかったと思うけど。

実は、私たちは創始者の純潔と歴史を、太古から受け継いで来た一族なのです。

地球に移住してきた初代の創始者に比べれば、その力は遙かに及びませんが皆さんと感応するくらいの力は残っています。

それで、キャシーが百パーセント創始者の遺伝子だったわけも分かりました。

キャシーも最初から言ってくれれば良かったのに。

御免なさい。

キャシーを責めないでやってください。私たちの能力を他人に決して知られてはならないという掟がありますので。

そうか。キャシーは、そのことを知られないように心を読ませなかったのね。

実は、その時点でキャシーが精神感応能力者じゃないかなとは思っていたんだ。

お父さん。上手い。

上手いじゃないよ。少し考えれば分かることさ。まずは、創始者の遺伝子を全て受け継いでいること。次に、心を読ませない能力があること。これは、地球人にはできない。そして、決定的な証拠は、そうゼロから自力で出てきたこと。

ジン、その如何にもという大げさな名探偵ぶりは笑えますけど、全てトランからの受け売りでしょう。

あっ、そう。バレてた。キコには嘘付けないね。

ところで、お母さんたちも精神感応能力者ならば、ゼロを使えるはずですが。

ゼロを使うには、それなりの能力の強さが必要です。伝承によると、地球に移住して数十世代後には、その強さが弱まりゼロを使えなくなったとあります。

それじゃ、キャシーには、それなりの力があるということ。

そうなります。

不思議です。私の娘も使えるほどの力を持っていません。なぜ、できたのか。

他の人たちにもいなかったのですか。

はい。

それは確かです。ジンが私とコンタクトするまで、私の呼び掛けに感応できた人物はいませんでしたから。

そうか。話は変わりますが、もし宜しかったら創始者の末裔である一族のことを教えて貰えませんか。トランも知りたがっています。

良いですわ。あなたたちなら問題ないと思いますから。それじゃ、話し・・

待ってください。話すとなれば長くなりますので精神感応で。もちろん個人情報はブロックしてください。


みんなは、円陣を組んで手と手を取り合った。皆が母親からの情報を共有するのに一分も掛からなかった。


そうなんですか。歴史上の人物は、ほとんどが創始者の末裔だったのですか。

はい。地球文明に大きな影響を与えたイエス・キリストや仏陀、レオナルド・ダ・ビンチ、ノーベル、アインシュタインなど。数え上げたら切りがないです。

なるほど、非常に興味深い話です。歴史上の結節や転換点には、必ずと言って良いほど創始者の末裔が関わっていたのですね。

はい。しかし、遙か太古に精神感応能力を失っていた末裔たちは、受け継いだ知識しか使えません。もちろん、当時の文明水準に見合った形で行ってきました。

ねえ、ねえ。早くパパを探しに行こうよ。

そうだ。ママさん。

リズと呼んでください。

それじゃ、リズ。改めて自己紹介します。私は、神定人。ジンでお願いします。

妻のミカ。息子のトラン。娘のミコ。そして。

私は、神宮司恵。メグと呼んでください。

私、神宮司清子。キコで。メグと苗字は一緒ですが、姉妹ではありません。

皆さん。改めて、よろしくお願いします。

早速ですが、ご主人を捜す手掛かりとして、まずは、車をどこに置いてきたか覚えていますか。

いいえ。ソレイユ高速道の終点にいた暴徒に見つかりマルソー広場方向に右折した後、どこをどう逃げたのか。最終的に、私の夫が私たちを逃がすために囮になって。

早くパパを捜しに行こうよ。

良し。早速、ソレイユ高速道の終点に行ってみましょう。トラン、車を持ってきて。

車は既にホテルの前に来ています。

おっ、やること早いね。

彼は、私たちのいる場所に追尾してきます。さあ、乗ってください。

トラン。彼は、って言ったけど、この車のこと。

そうです。ミコ。

車を彼って言うの。

はい。彼も私と一緒で、ゼロのコアを搭載しています。ただ、彼は車両の形を成し、私は人間として創造されました。

トランは、創造されたんじゃなくて、生まれ変わったんだよ。人間だもん。

ミコ、有り難うございます。ですから、彼は、ガイアと同じです。

じゃあ、彼も話せるの。

はい、私も話せます。ただ、車ですので宇宙には行けませんが、反重力装置も搭載していますので飛行可能です。ミコ、皆さん。よろしくお願いします。

わあ、凄い。それじゃ、ガイアと一緒だ。音声入力で、あなたも動かせるのね。

もちろんです。但し、地球の文明に合わせる必要上から、普段はマニュアル方式で運転してください。

ということで。トラン、運転頼むよ。

レピュブリック通りからフォシエ通りへ右折して、マルソー広場に向かいます。

あちこちに車が乗り捨てられているけど、大通りだけあって何とか通れるね。

ねえ、お父さん。

何だい。

この車にも名前が必要だと思うんだけど。

ミコ、有り難うございます。皆さん、私にも名前をお願いします。

そうだな。ハルは。

それだめ。家のコンピューターの名前がハルだもん。

そうだった。みんな。何か良い名前がないかい。

私たちは、クウも入れて七人の仲間でしょう。そこで、北斗七星から名前を取ったら良いと思うの。

メグの考えを採用しよう。ただ、日本語じゃ、名前らしくない。トラン、欧州諸国の言語に訳すと何て言うんだい。

英語では、ビッグディッパー。ドイツ語でグローサーベーア。フランス語でグランシャリオ。イタリア語でオルサマッジョーレと言います。

メグが言い出しっぺだ。どれが気に入った。

ここはフランスだから、グランシャリオのシャリオが良いです。

私も賛成。

みんなも異議なしと言うことで、シャリオに決定するよ。

有り難うございます。シャリオですね。私も気に入りました。因みにシャリオは、ローマ時代に使われた二輪戦車のことを言います。

北斗七星の形は、戦車と言うよりも柄杓の方が合ってると思いますが。

メグ。今の戦車をイメージしてるね。

はい。どう見ても戦車の形には見えません。

ローマ時代の戦車は、馬に引かれた一人か二人用の二輪車なんだ。

自転車のことですか。

うーむ。説明し難いな。シャリオ、説明よろしく。

言葉より実物を見た方が早いと思います。リアウィンドウを見てください。

映画で見たことあります。フランス人は北斗七星が、この形に似ていると思うのですね。見えないこともないですが、やはり、柄杓の方がしっくりきます。

日本人は、皆そう思うよ。

フォシエ通りは、狭い上に車が邪魔して通れません。ここは、飛行します。

シャリオ。飛ぶのは、必要最小限にしてくれ。誰が見てるか分からないから。

どうしてですか。

車が飛ぶこと事態、今の地球の科学力では、あり得ない。

そうよ、シャリオ。私たちがセレス人と誤解されたら今後の捜索に支障をきたすんだから。

分かりました。目の前のロータリーがマルソー広場です。規則に従ってロータリーを左回りしてジェネラル・ルクレール通りに入ります。

ジン、ここです。この漢字のホテルから出てきた武装集団に襲われました。

へぇ、こんな所に西横ホテルがあるなんて。これ日本のホテルチェーンだ。

私たちはそのまま車で逃げましたが、彼らも二台の車で追っかけてきました。

ジョンは、セレスの救助隊がいるカテドラル大聖堂前のフェリー港に向かって車を走らせたのですが。途中、狭い道に迷い込んでしまい、そこに乗り捨てられていた車で通れなくなりました。ジョンは、車をバックしている暇がないと言って、私たちを建物の中に隠しました。そして、主人は彼らを引きつける囮になったのです。

それで。

暴漢たちは、私たちに気がつかずジョンを追っていきました。ジョンは、フェリー港で待ってる。約束だと言ってくれました。でも、どこをどう行けば分からず街中を彷徨っているうちに、キャシーともはぐれてしまいました。

その後、先ほどのホテルにいた連中に捕まってしまったのですね。

はい。

それじゃ、最後に車を降りた場所は、分からないと言うことですか。

はい、済みません。

大丈夫です。謝る必要はありません。私たちには、精神感応能力があります。

それじゃ、みんな先ほどと同じように手を繋いでくれ。リズから車で逃げた経路の記憶を共有しよう。

分かりました。後は、シャリオに記憶どおりの経路を走って貰います。

それじゃ、シャリオ。よろしくお願いしますわ。

はい、ミカ。リズの記憶に従い走行します。まずは、マルソー広場のロータリーを左折してカミーユ・ペルタン通りに入ります。

あっ、この凱旋門覚えています。これを過ぎて道沿いに右カーブしました。

はい。この先、ダム通りに入ります。この通りを真っ直ぐ行けば、フェリー港への道に繋がるのですが。リズの記憶では暴漢の車が、もう一台前方から来たため、フランソワ・モッサン通りに曲がったわけですね。

あっ、ここです。でも、私たちの車がありません。それと、この先の左に保険会社の事務所があります。キャシーと私は、そこに隠れて暴漢たちをやり過ごしました。

ちょっと降りて、この辺りを調べてみましょう。

この車が邪魔で、ここで車を乗り捨てました。

車、お父さんが取りに戻って来たのかな。

そうだと思います。セキュリティーシステムでジョンと私しか使えません。

どんなシステムでも破られる可能性はありますが。

でも、あの車は顔と音声を認証し、かつ、その人の生命反応が確認されない限り動きません。

となると、ジョンは逃げ延びて戻ってきたと思われます。その後、フェリー港へ向かったのでしょう。

でも、ジン。港で救援活動していた係の人に見せて貰ったリストには、ジョンの名前はありませんでした。

メグに確認して貰ったのが、今日。ご家族が別れたのが、ちょうど一週間前。

パパ、どこにいるんだろう。

もう少し、この辺りを調べて手掛かりを探しましょう。

この事務所に隠れました。ジョンは先ほどの道沿いに逃げて行きました。

先ほどの道を抜けると、レピュブリック通りに出ます。行ってみましょう。

メイン通りかな。結構広い道だ。

この道、路面電車も走ってたんだ。

さて、ジョンの車は。手詰まりか。

リズ、ひとつ質問があるんですけど。

何ですか。キコ。

スイスからここまでの間、ガソリンはどうしたのですか。街中の車は、全てガス欠でエンコしていますが。

私どもの車は、水素エンジンで燃料は水です。ですから、ガソリンは無用です。

あっ、それ知ってる。燃料電池車って言うんでしょう。

いいえ、違います。燃料電池車は、水素と酸素の化学反応によって発電された電気エネルギーでモーターを動かしますが、水素エンジンは水を電気分解してできた水素ガスそのものを燃焼させて走ります。

凄い。水さえあればいくらでも動く。夢のエンジンだ。地球の科学力も大したものだ。

実は、水素エンジンはジョンが開発したもので、まだ、市販はされていません。

そうなると、うむ。良し、分かった。この街で動いている車を探せば良いんだ。

どうやって探すのですか。

監視カメラは、電気がないから使えませんわ。

ゼロに監視して貰えば良いんだよ。

今、マルセイユで動いている車両は、セレスの救援車以外はありません。

そうか。今は、シャリオで待機するしかないな。

ところで、リズ。

何ですか。

創始者たちが造った海上都市が、地殻変動で海に沈んだ後の一万年以上の間、どのようにして創始者の血統を守り抜いたのですか。

創始者たちが海上都市を捨て移り住んだ頃は、ちょうど現在の人類の祖先にあたる種が自然選択された年代にあたります。

お父さん。自然選択って何。

トラン、よろしく。

自然選択とは厳しい自然環境が、生物に起きる突然変異を選別し、その進化の方向性を与えたという理論です。(ウキペディア「自然選択説」)

チンプンカンプン。

地球が誕生して約四十六億年。この長い年月と厳しい自然環境によって生物は淘汰され、現在の生態系ができたということですよね。

流石、メグです。自然選択は、自然淘汰とも言います。

やっぱり分かんない。

要するに、今、地球に存在する全ての生物は、自然によって選別されたということです。

すなわち、進化の過程で地球の自然環境に適応できなかった生物は絶滅したわけだ。

その典型的な例が恐竜だと思います。

それなら知ってる。地球に落ちた巨大隕石が原因だったんでしょう。

それは、仮説のひとつです。これだと言う決定的な原因は立証されていません。しかし、巨大隕石の落下が地球規模の火山活動を誘発し、陸地には硫酸性の雨が降りました。また、海は酸性化して恐竜が生きて行くには、非常に厳しい環境になったというものです。これも仮説ですが。

メグ、良く知ってるね。

あっ、昔読んだ科学雑誌の受け売りです。

話を元に戻しますが。その後、地殻変動で海上都市を失った創始者たちは、陸上に移り住むことを余儀なくされました。その当時の人口は、五千万人ほどだったと伝えられています。

その当時とは

約一万二千年前です。記録はありません。

伝説のムー大陸がなくなったとされる年代と一致するね。

地球の文明は、皆さんが歴史で習った石器時代にあたります。創始者たちは、地球人類との接触を避けるため、隔離されたコミュニティーを造りました。

分かりました。そこで血統を守ってきたのですね。その場所はどこですか。

パプアニューギニアですが、約八千年前に地球人類が渡来したため、創始者たちはコミュニティーを放棄しました。その後、創始者たちは全世界に散らばり、それぞれの地で隠れるようにコミューンを造りました。

そうなると血統を守ることができなくなったのでは。

はい。約五千年前頃からコミューンも維持できなくなり、創始者たちは地球に帰化せざるを得なくなりました。そんな状況下でも私たちは、今までも、これからも純血を守らなければなりません。

それは大変なことです。あっ、そういうことか。

お父さん。そういうことかって何。

メグとキコだよ。二人とも創始者の末裔だったということだよ。

そうか。それで創始者の遺伝子を百パーセント受け継いでいるんだ。そういう人たちは、他にもいるってことね。

となると。その人たちもメグやキコ、キャシーのように精神感応能力を持っているということになりますね。

いいえ、持っていません。

でも、あなたや彼女たちは。

実は、私もキャシーも精神感応能力は、ありませんでした。今までは。

ちょっと待ってください。よくよく考えると、私たちもジンに会うまでは精神感応能力を使うことができませんでした。

ねえ、キコ。

そうですね。私は、曾祖母から天照大御神の降臨を察知する能力を受け継ぎましたが、ジンに会ってからはテレパシー能力も顕在化しました。

それは違うな。二人とも私に会う前から、それぞれの能力を持っていたよ。メグは危険予知。キコはテレパシー。

でも、ジン。私は、ミカと巡り会うまで曾祖母とのことは忘れていましたし、それ以前にはテレパシー能力がありませんでした。

私も小学校四年生になった頃から危険を予知ができなかったのですが、ジンたちが同乗していたフェリーで突然その能力が戻りました。

ジン。どうやら、単なる偶然とは言えそうもないです。

そうですわ。私が実体化できたのも、トランがここにこうしていることも。全てにジンが関係していますわ。

お父さん。私だって。

ミコは、クウのお陰だよ。

そうだけど。お父さんとクウがいなかったら、今の私はここにいないわ。

そうです。私たちもジンがいなかったら、この若さでここにいませんわ。ねえ、メグ。

キコの言うとおりです。

でも、私の力じゃないよ。全ては、ハモニーから授かった力のお陰だ。

ジン。

何だい。トラン。

ゼロが移動中の車を探知しました。シャリオよろしく。

はい。皆さん、リアウィンドウに投影します。

あれ。一台じゃないね。

はい。乗用車一台、ジープ三台、タンクロ一台、トラック二台の合計七台。総勢五十

五名です。

シャリオ、もっと拡大できないかい。

拡大します。

この中に、ジョンの車がありますか。

先頭の車が、そうです。

ソレイユ高速道路に入る手前、プロンピエール通り沿いにあるガソリンスタンドから発進したようです。高速道路に入りました。

どこに向かっているのか分かるかい。

分かりません。ただ、この高速道路の終点はリヨンです。

多分、私たちがジュネーブの家から逃げてきた時に使った道路です。

ジュネーブに向かっているのかな。

まさか。あり得ないと思いますよ。キコ。遠いし、行く目的がないです。

そうだな。メグの言うとおりだ。今は、彼らの動きを監視するしかないな。

ジン。彼らの発進地点に行けば、何か手掛かりがあるかも知れませんわ。

良し。行ってみよう。ゼロで車ごと移動するよ。


このガソリンスタンドです。

シャリオ。この周辺をスキャンしてくれ。

はい。この周辺には生命反応はありません。残留放射能も検出されません。

それじゃ、手掛かりを探そう。但し、女性陣はシャリオで待機だ。

そんな。お父さん。私もだめ。

だめ。ひとり許すと。ほら、メグたちの目が訴えている。

だって、この辺には誰もいないんでしょう。安全ということでしょう。

それでも、だめ。君たちは、シャリオの中から私たちの動きを見ていてくれ。

ジン。このスタンドにはガソリンと軽油、灯油が貯蔵されています。

隣のALDIって何。倉庫かな。

ディスカウトストアです。入ってみましょう。

あれ、商品が残っているね。電気も来てる。営業しているのかな。

ジン。ゼロからの情報です。ジープが一台車列を離れて、こちらに戻って来るようです。これですね。単純過ぎるトラップで注意を怠りました。

創始者の科学力は凄いけど、アナログには勝てないね。それに、こんな透明の細い線。こりゃ、気が付かないよ。ミカ、聞いてのとおりだ。みんなを連れてゼロに退避してくれ。帰ってくる連中には、二人で対応するよ。彼らから何か手掛かりが掴めるかも知れない。

分かりました。

彼らが来るまで、もう少し周辺を調べよう。

はい。

この倉庫は、連中の住居だな。

こっちには、沢山の武器が保管されています。全て破棄します。

こっちの倉庫には、装甲車やら車両部品やらもあるぞ。どうやら、ここは奴らのアジトらしいな。トラン、物騒な物は全て破棄してくれ。

分かりました。

この建物は、テヨタの自動車販売店です。

こんな所に日本のテヨタか。酷い荒らされようだ。目ぼしい物は何もない。

ジン。

なんだい。シャリオ。

暴漢たちが戻ってきました。四人です。ライフル銃を持っています。

分かった。直ぐ、そっちへ行くよ。


こりゃ、超クラシックカーだな。動くのか。

動くから誰かが、これに乗ってきたんだろうが。侵入者を捕まえるぞ。

ネイサンは、車を調べろ。俺たちは、店の中を調べる。行くぞ。

あれ、この車鍵穴がないし、ドアハンドルもない。どうやって乗るんだ。しょうがない。ガラスを割るか。


男は、銃床でガラスを叩いたが割れなかった。


えっ、何で割れない。これならどうだ。


今度は、銃先を持ってカケヤのように振り回し、銃床をガラスに叩きつけた。しかし、ガラスは割れずに衝撃が男の手に伝わり、思わず地面に落とした銃が跳ね返り男の股間を強打した。


痛てぇ、こんちきしょう。糞。


男は痛さで頭に血が上り、怒りに負かせて銃弾を車に浴びせた。


ネイサン。どうした。敵か。

いや、車だ。

車がどうした。

この車、おかしい。

何が。

ドアハンドルも鍵穴もない。しかも、銃で撃っても傷ひとつ付かない。

本当だ。ドアがないし、弾痕もない。こりゃ、おかしい。

それより、今の銃声でこれに乗ってきた奴らが戻ってくるぞ。

そりゃ、探す手間が省ける。待ち伏せだ。

ジン。彼らが待ち構えています。

了解。問題ないよ。

銃声がしたけど、誰もいないな。

用心してください。

おーい。誰か。こっちは丸腰だから撃たないでくれ。抵抗しないから出てきてくれないか。

殊勝な心がけだ。お前たちはTY国人か。TY国人ならここで殺す。

違います。日本人です。

お前が日本人。嘘だろう。そっちの爺さんなら分かるけど。まあ、良いや。

中国人じゃなければ殺す必要もないな。

しかし、何でこんなところに日本人が。

友人を捜しています。名前は、ジョナサン・オーエン。心当たりは、ありませんか。

お前ら、あほか。そんなこと聞いてんじゃねえ。それに俺たちに、そんなこと聞いてもお門違いだ。この車の鍵をよこしな。

あっ、済みません。私たちは、そこのテヨタ車の販売員で、残留放射能がなくなったと聞きましたので、店の状況を確認がてら友人を探しに来ました。

テヨタの社員か。でも、お前らの乗ってきた車は、今は製造していないシトロエンバスだ。八十年以上も前に製造中止になっている。

この車は、探している友人から譲り受けたものです。良く整備されていますので今でも現役です。

こんなポンコツが動くのも不思議だが、銃で撃っても傷ひとつ付かない。どうなってるんだ。

友人が発明した材質で改装してあります。こんなご時世ですから。

発明。思い出した。お前たちが探している男。今は、俺たちのボスと行動を共にしているぞ。水素エンジンの車を発明した奴だ。この車も奴の発明品か。

バルト軍曹。

なんだ。ネイサン。

この車もいただいときましょうよ。

もちろんだ。奴は、凄い発明家だ。この技術を使えば、セレス人にも勝てる。

アベル大佐も満足すると思いますぜ。

そうだな。おい、お前ら。この車の鍵をよこせ。

この車に鍵はありません。それと、あなたたちに車を譲る気もありません。

はぁー。お前、何言ってんだ。命が惜しくないのか。よこせと言ってんだよ。

もちろん、命は大切です。でも、この車も大切、かつ、必需品です。渡すわけにはいきません。

うるせえんだよ。よこしやがれ。

ネイサン。止めろ。


軍曹に制止されたにも係わらず、彼はトランを撃った。


お前は、本当に気が短い。こいつらを殺さなくてもこの車は俺たちのものさ。

ぐっ、軍曹。こいつ。

どうした。えっ、弾が当たんなかったのか。

いや、こんな近くで撃ったんだ。当たらないわけがねえ。

下手くそですね。今度は、こっちから行きますよ。


トランは、あっと言う間に四人を倒してしまった。


あーあ、トラン。もうちょっと、穏便に行かないもんかね。彼らに本隊の行き先と目的を聞こうと思ったのに。

無理です。彼らが優しく教えてくれるはずもないですから。

そりゃ、そうだ。そんじゃ、キコ。よろしく。

任せてください。彼らは、マルセイユ・プロバンス空港にいるセレスの救護隊を襲うつもりです。それと、彼らの半数は元軍人さんです。

そうか。軍人崩れの盗賊か。

いいえ。彼らは盗賊ではなく、セレスから地球を取り戻す解放軍と称しています。

まあ、呼び名はどちらにしても彼らに襲われたら、何の落ち度もない大勢の人たちが犠牲になってしまう。

早速、この事をエリスに伝えます。

頼むよ。トラン。

はい。

それじゃ、私らは空港に先回りして彼らからジョンを助け出そう。

こいつらは、どうするの。

放っておくわけにも行かないから連れて行くよ。もう暫く眠っていてもらおう。


わお。なんて大きさだ。滑走路が全く見えない。

はい。一キロ四方の立方体です。この船は病院船で武器は持っていません。

ガーディアンもいないのか。

はい。

それじゃ、彼らの攻撃を防げないね。

そうだな。早くこの場から避難して貰わないと。

でも、ジン。まだ、大勢の人たちが船に乗っていませんわ。

シャリオ。病院船のリーダーにコンタクト。

はい。リアウィンドウに投影します。

こちら、病院長のアランです。エリス代表からあなたたちのことは聞いています。盗賊が来る前に飛び立ちたいのですが、まだ、大勢の傷病者が空港内に残っています。間に合いそうにもありません。

分かりました。こちらで何とかしますので、救助活動を続けてください。

はい。お願いします。

ジン。彼らの本体は、後、十四分五十三秒で到着します。

了解。だけど、どうしたものかな。

お父さん。私たちの力で彼らを阻止したら。簡単でしょう。

そりゃ、そうだけど。精神感応能力を大っぴらにはできない。

私は、彼らと戦うことに反対ですわ。

私も、ミカと思いは同じです。

私もです。

私もだけど。このままじゃ、傷病者を助けようとしている病院船が襲われて、大勢の地球人も犠牲になってしまうよ。

トラン。空港に残っている傷病者全員を一遍に転送できる空間が、病院船内部にあるか調べてくれ。

はい。あります。薬剤庫の薬剤半分を取り除けば、そこに全員を転送できます。

シャリオ、チャンネルオープン。アラン病院長。

はい。

空港内に残っている全員を薬剤庫に転送します。

しかし、薬剤庫は薬剤でいっぱいです。それに、あれだけの人数を一度に転送できるのですか。

できます。それと、薬剤の半分を取り除けば、地積は十分です。

それでは、早速、薬剤を運び出させますが間に合うかどうか。

その心配は無用です。こちらの転送装置で全て行います。病院長は、離陸と転送された傷病者の受け入れ準備をして置いてください。

大丈夫です。既に、準備は整っています。

分かりました。転送します。


薬剤庫に集合したセレスの救護班全員の目前で、瞬く間に薬剤が消失し替わりに傷病者や付き添いの人たちやらが現れた。


創始者の科学力は、なんと素晴らしいものだ。これで、空港に集まった人たちの救出を終えることができました。我々は、セレスシティーに向け飛び立ちます。

分かりました。後のことは、私たちに任せて早く避難してください。それと、転送した薬剤は傷病者の処置が終わり次第、直ぐにお返ししますので連絡してください。

了解しました。それでは、お気を付けて。シティでお会いできるのを楽しみにしています。

それでは、機会があれば。

さてと。シャリオ、彼らの現在位置は。

レ・ペンヌ=ミラボー市のジャンクションを通過中です。

彼らと一戦を交えることなく、ジョンを助ける方法を考えないとならんな。

お父さん。人質交換って言うのはどう。四人対一人。

うむ。人の数では成り立ちそうだが。彼らは、寄せ集めの無頼漢だ。

無頼漢。

はみ出し者、ならず者、ごろつきとも言います。

トラン、説明ありがとう。人質交換は、成立せんな。アベル大佐は彼らよりも、ジョンの発明家としての利用価値を優先させると思うぞ。

彼らは、仲間を助けないということ。

第一、仲間と思っているかどうかも怪しい。人質交換を持ちかけても彼らは応じず、武力で取り返そうとするかも知れない。

私も、ジンの言うとおりだと思いますわ。

どうしても、戦わざるを得ないのか。

ジン。彼らが引き返していきます。

えっ、どうして。

おそらく、セレスの病院船が飛び去って行くところを見たのでしょう。

そうか。あんだけ馬鹿でかい病院船だ。かなり遠いとことからでも見えるだろう。攻撃対象がなくなったんだ。作戦は中止ってとこだろうな。

あっ、軍曹の無線機が鳴っています。

トラン、応答よろしく。

キコ、軍曹の頭の中からコールサインを読んでください。

はい。本隊のコールサインは、タイガー。彼らは、ラットです。

タイガー。こちらラット、送れ。

こちら、タイガー。空港を占拠していたセレスの宇宙船が飛び立ってしまった。今から帰投する。どうぞ。

タイガー、ラット。了解。なお、基地に侵入した一般人二名を捕獲。どうぞ。

了解。本隊が到着するまでの間、必要な情報を尋問せよ。通信終わり。

ラット。了解。

あれ、トラン。今のトランの声じゃないよね。えーと、バルト軍曹の声だ。

キャシー、トランはね。どんな人の声も一回聞けば真似できるんだよ。

へぇー、物真似が上手いんだ。

物真似では、ありません。完全な本人の声です。

完全って、どう言うこと。真似は真似でしょう。

それは違うぞ。完全とは、声紋も話し方も本人と全く同じと言うことだよ。

トラン。私の真似は良子さん。

きゃは。ジンにそっくり。おもしろい。私の真似もできる。

もちろん。では。

トラン、そこまで。遊びは終わり。先ほどの倉庫に、ジャンプ。


彼らが帰ってくるまでに戦わずして、ジョンを助ける方法を考えないと。

人質交換は成り立ちそうもないから、戦うしかないんじゃないの。お父さん。

やっぱり、戦うしかないのか。

ジン。ダメもとで、人質交換を試してみたらどうですか。

そうだな。メグの意見採用。それじゃ、例によって女性陣はゼロで待機ね。

トラン。もし、大佐が人質交換に応じてジョンを助け出すことができたら、直ぐにシャリオで退散だ。

分かりました。しかし、応じなかった場合は。

戦うしかないな。但し、気絶させるだけだ。決して傷つけないように。

でも、人数が多すぎます。武装した五十四名です。重火器も持っています。

流石に素手だけじゃ無理だな。かといって能力を使うわけにもいかない。

彼らの戦力を分散させましょう。

どうやって。

シャリオに乗って逃げるのです。そうすれば、彼らは追ってくるはずです。

来なかったら。

来ます。彼らは、動く車が一台でも欲しいはずです。

分かった。追ってこなかったら、そん時はそん時で次の作戦を考えよう。

間もなくインターチェンジから出てきます。

シャリオ。済まんが楯になってくれ。

構いません。


おーい。バルト軍曹、どこだ。

アベル大佐。前方に見慣れぬ車がありますぜ。

軍曹が言っていた侵入者のものだろう。しかし、軍曹たちはどこにいるんだ。

あのー。あなたが、アベル大佐ですか。とシャリオの陰からジンが現れた。

なんだ。お前は、TY国人か。

いいえ、日本人です。この道の角を曲がったところにあるテヨタ店の社員です。

お前か。俺たちの基地に侵入したのは。軍曹に捕まっていたはずだが。

彼らなら、ここにいます。


トランがシャリオを動かすと、その影で見えていなかった彼らが現れた。


お前たちがやったのか。生かしちゃおかねえ。

まあ、待て。お前たち二人で武装した軍曹たちを、どうやって倒したのか。

油断に乗じて棍棒で殴っただけで死んではいません。気絶しているだけです。

じゃあ、どうして俺たちが来るまで逃げなかったんだ。

はい。私たちは、友人を捜しに来ました。ジョナサン・オーエンという人を知りませんか。

オーエンは、私だ。

お前は、黙っていろ。

オーエンさん。生きていたのですね、良かった。一緒に帰りましょう。奥さんとお子さんが待っています。

妻と娘は、無事なんですね。

お前は黙っていろ。と彼は、暴漢の一人に殴り倒された。

この男を、ただで渡すわけにはいかんな。お前らの持っている車と交換だ。

えっ。ちょっと待ってください。運転手と相談します。

トラン、意外にも向こうから取引してきたぞ。キコ、彼の真意を読んでくれ。

でも、彼に接触しないと。

大丈夫だよ。気持ちを集中すれば、接触しなくても心が読めるはずだ。

分かりました。・・・、読めました。アベル大佐は、車の鍵を手に入れた時点で、ジンたちを殺す気です。

やはり、そうか。

ジン。どうしますか。

揺さぶりを掛けてみる。相手がどう出るかだ。

あのー。車と交換だと足がなくなって帰れません。彼ら四人との交換ではだめですか。それと、オーエンさんの車も持って帰りたいのですが。

お前、バカか。

エリック、黙っていろ。

はい、ボス。

分かりました。この男と車、そして、その四人が交換条件です。我々は、地球解放軍です。あなたたちの命まで取ろうとは思いません。

ボス。早くやっちまいましょうぜ。

エリック、慌てるな。車の鍵が手に入ったら、後はお前に任せる。

了解。

今の話、聞こえましたよ。結局、私たちを殺すつもりですね。

えっ、これだけの距離と小声で言ったのに。仕方ない。エリック、やれ。

はい。


彼は、拳銃で私を撃ったが、弾は当たらなかった。それを見ていた他の連中も一斉に撃ち出したが、バリアで守られた私には当たらなかった。そして、私はシャリオに逃げ込んだ。


トラン、逃げるぞ。

はい。さあ、追ってきなさい。

バカもん。撃つな。車が使い物にならなくなる。

大佐。それが、弾は奴にも車にも当たっているのに、平気で逃げて行きますぜ。

えっ、ライフルを寄こせ。タイヤを打ち抜くぞ。


大佐の腕は確かなもので、弾は見事にタイヤに命中した。


なんでだ。当たっているのに。エリック、ジープ二台で追え。必ず捕まえろ。

二人は、殺しても構わない。なんとしても、あの車が欲しい。

了解。お前らついて来い。

良し。奴らはエリックに任せて俺たちは休むぞ。


彼らは、車を車庫に入れて宿泊施設である倉庫に向かった。


ボス。大変です。武器庫が空っぽです。装甲車もありません。

なんだと。奴らは、二人だけじゃなかったのか。全員、警戒態勢だ。配置に付け。フランク、無線機を持って来い。

はい。

ラット。こちら、タイガー。どうぞ。

タイガー、ラット。送れ。

ラット。追跡中の奴らには、仲間がいる模様。注意されたし。どうぞ。

了解、タイガー。現在、追跡中。どうぞ。

タイガー、了解。車を確保したら直ちに報告せよ。通信終わり。


トラン。彼らが追いつけるような速度で走ってくれ。

了解しました。なお、彼らの無線を傍受しました。アベル大佐は倉庫の武器がなくなっていたことで、私たちに仲間がいると思っているようです。現在、本隊は警戒態勢に移行しています。

そりゃ、好都合だ。自ら戦力の分散をしてくれるとは。この先の角を左折して停車。さっさと追っ手を片付けて。

分かりました。


奴らの車ですぜ。

なぜ、こんなところに止まってるんだ。待ち伏せか。全員下車。周囲を警戒。

A班は前方と左翼、B班は後方と右翼。上方は各人で警戒せよ。前進。

八人か。軍人崩れとは言え、流石、手慣れてるね。

ジン。感心していないで、一気に倒しますよ。

了解。トランは、右翼の四人。私は左翼の連中を受け持つよ。


二人は、シャリオから降りた。追っ手は、素早く物陰に隠れた。


お前たちには、仲間がいるな。

あなたの言うとおりです。

ジン。そんな嘘を言っても良いのですか。

嘘も方便だよ。私たちの仲間が、あなたたち全員を捕捉しています。命が惜しくば、武器を捨てて投降してください。

バカを言うな。命なんか惜しくない。逆に、お前たちを倒して車をいただくぜ。

A班前進。B班は援護しろ。

やっぱり、騙せなかったか。

奴ら、撃ってきませんね。

どうやら、仲間がいるって言うのは嘘だな。全員、射撃開始。奴らを撃ち殺せ。

それじゃ。トランは、あっちに。私はこっちに逃げるよ。

ジン。また、後で。


タイガー。こちら、ラット。送れ。

ラット。こちら、タイガー。どうぞ。

ラット。二名射殺。車確保。直ちに帰投する。どうぞ。

タイガー、了解。通信終わり。

トラン。流石だね。エリックそっくり。じゃあ、引き返そうか。トランと私は、彼らのジープを運転するから、シャリオは、気絶している連中を乗せてジープの後に付いてきて。先頭は、トランね。よろしく。さあ、凱旋だ。


これ以上、近づくと彼らの警戒線に捕まります。ここからは徒歩で。

その前に、シャリオ。彼らの警戒ポストの位置を画面に出してくれ。

はい。警戒ポストはありません。倉庫の出入り口が二カ所。それぞれに警戒員が配置されています。

それじゃ、ジョンと他の連中の居場所を画面に出してくれ。

はい。ガイアからの赤外線映像を出します。

この部屋に監禁されている人影がジョンだな。

出入り口が三カ所、それぞれ警戒員四人。倉庫の中央広間に三十四人います。

良し。ジョンがいる部屋の外壁にシャリオで移動だ。彼らに見つからないようにジョンを助け出そう。

ひとつ問題があります。

シャリオ、問題とは。

偵察用ドローンが上空を飛んでいます。

シャリオ。私たちに取って、それは問題になりません。彼らの警備システムに侵入して画像からシャリオを消します。幸い、地球の技術も五十年前とは違い更に進歩しています。創始者のテクノロジーで更に制御し易くなっています。

そうでした。セキュリティーシステムの進歩が、逆に私たちには好都合です。

君たちには返って昔のアナログの方が難しいって言うんだろう。

はい。

二人して声を揃えなくって良いよ。地球人の私としては、なんかバカにされたように感じてしまう。さて、この壁の向こうにジョンがいるわけだが、この壁を音も立てずに壊す方法は。

この刀を使います。

刀。

はい、鬼人たちを倒すのに使った刀です。

嘘でしょう。刀でコンクリが切れるはずがない。

大丈夫です。ジンは、斬った壁が倒れないように支えて置いてください。

分かった。キコ。壁のことをジョンに伝えてくれ。

良いんですか。

良いよ。ジョンも創始者の末裔だ。私たちのことがばれても構わない。

分かりました。・・・伝えました。


トランは、壁を支えている私の背後から刀を振るった。壁は、人が通れる大きさに切られ、その切り取られた壁が私にのし掛かった。


よいしょ。と私は、切り取られた壁を静かにどけた。そこからジョンが出てきた。


あなたたちは、先ほどの方たちですね。

はい。あなたを助けに来ました。

有り難うございます。妻と娘は、本当に無事なのですね。

はい。と答えるのが早いか遅いかと言う間にキャシーが現れた。

パパ、良かった。


二人は、しっかりと抱き合った。


うむ。テレパシー。俄に理解できませんが、全て真実と言うことですね。

はい。それでは、ここから脱出します。

待ってください。私の車は。あの車は、私にとって命にも代えがたいものです。

しかし、彼らに気付かれずに車を持ち出すことはできません。

それじゃ、諦めろと。創始者のテクノロジーを使ってください。

それはできません。

なぜです。今も私を助けるために使ったじゃないですか。シャリオだって。

ご指摘は、ごもっともです。しかし、私たちは、創始者のテクノロジーの存在を公にすることはできません。ジョンたちが創始者の末裔であることをひたすら隠してきたことと同じ理由です。

分かりました。車は、また、作ります。

それでは、帰りましょう。


ジン。ドローンの警戒範囲を出ました。

シャリオ、ありがとう。トラン、任務終了ということで私たちの家に帰ろう。

分かりました。ゼロを使います。

申し訳ないが、妻に会わせてほしいのですが。

もちろんです。目をつぶってください。一瞬で済みます。

あなた、無事で良かった。

リズ、良かった。あれ、ここは。

ジンたちの家です。セレスシティーの居住区です。

ここは西サハラ砂漠の一画です。

窓の外には北大西洋が見えます。

それでは、ゲストルームに案内しますわ。まずは、お風呂に入ってくださいね。

そうだね。三人水入らずで寛いでください。それでは、後ほど。

トラン。我が家にゲストルームなるものがあったっけ。

今、作りました。

そうか。


ジョン。お風呂はどうでしたか。

日本式のお風呂は初めてです。バスタブに長く浸っていると、疲れがドッと出てきて眠くなりました。

その心地良さで心と体が癒され、明日への活力が生まれるのです。

そうですね。ストレスも軽減されました。

ストレスと言えば。そうそう、我が家には露天風呂もあります。素晴らしい景色を眺めながらの入浴は、より一層のストレス解消になりますよ。いつでも入れますが、混浴ですのであしからず。

分かりました。早速ですが、今から入ってきます。


気持ちが落ち着いたところで、改めて自己紹介します。私は、神定人。妻のミカ。娘の命。そして。

ミコで良いよ。

こっちが、神宮司恵。

メグと呼んでください。

私は、神宮司清子です。キコと呼んでください。

トランです。よろしくお願いします。

私は、ジョナサン・オーエンです。ジョンで構いません。助けて頂いて家族共々、本当に有り難うございました。改めて感謝申し上げます。

まあまあ、そんなにしゃっちょこばらずにいきましょう。

しゃっちょこばらずとは、どう言う意味ですか。

ざっくばらんで行きましょう。と言うことですよ。

分かりました。ざっくばらんに。ところで、今日、あなたたちと会って起きた出来事がいまだに信じられません。頭が混乱しています。

あれ、キコ。私たちのことを全て伝えなかったのかな。

伝えました。

実は、キコからの情報量が膨大で私の脳が対処しきれません。私が理解できたのは、キコがテレパシストであること。トランやシャリオが創始者の産物であることぐらいでした。

あっ、トランは人間です。産物ではありません。

失礼しました。

あれ、パパ。そしたら、トランやミカたちのこと知らないの。ここの人たちみんな凄いんだよ。

あっ、キャシー。言っちゃだめ。

私が大好きなコスモスなんだから。

えっ、キャシー。そっち。

ジン。私たちのことより、ご家族の今後のことを考えないと行けませんわ。

ミカ。そのことは、既にエリスにお願いしている。いつでも相談に乗ると言っているよ。

エリスって誰ですか。

セレスの代表です。明日、一緒に訪ねましょう。

お願いします。


セレスシティー


おはようございます。早速ですが、朝食後にエリスに会いに行きましょう。アポは取ってあります。

分かりました。でも、気になることがあります。

なんですか。

エリスは、セレス星の代表ですよね。

はい。

それじゃ、彼女が地球を侵略した張本人ですよね。許せない。

エリスが地球侵略。あり得ませんわ。

ミカの言うとおりだよ。

そう言えば、マルセイユで会った暴徒たちも言っていました。それに、アベル大佐は自分たちを地球解放軍と称していましたね。

そうです。セレス星がロボット兵を使って侵略してきたのです。圧倒的な力の差に国連の常任理事国は、やむを得ず核兵器を使ったと言っています。

ジョンの言ってることは、事実に反します。誤解を解くためにもエリスに会う前に、ガイアの情報を見て貰う必要があります。

トラン。そんな時間はないよ。キコ、よろしく。

はい。ジョン、手を取ってください。

でも、私の精神感応能力は、既に消失したようです。

大丈夫です。核戦争に至る一部の情報に限定して伝えます。

分かりました。始めてください。

やはり。この核戦争のきっかけは、東アジア各国の政争が原因でしたか。私も最初は、そう思っていました。しかし、彼らの地球侵略が原因だという国連のコメントが、一部残った軍事回線で流されていました。それが真実だと単純に思い込みました。

あっ、これは違法行為なんですが。私が作った無線機で傍受した情報です。

だけど、今の情報からするとセレス星の船団が現れたのは、核戦争が始まってから十年以上も経った後だったのですね。それが本当なら時間的に整合しません。

間違いありません。私たちが半年前にセレスの船団を連れてきたのですから。

国連のコメントは嘘ですわ。

今、地球人を助けているセレス船は、全て病院船で武器は持っていませんよ。

そりゃ、大変だ。アメリカとイギリスが主導でセレスシティーに対する核攻撃を計画している。とアベル大佐が言っていました。そして、その攻撃に呼応して各国の地球解放軍が、セレス船を攻撃するとも言っていました。

お父さん。以前にも放射能除去装置に対する核攻撃があったよね。

えっ、放射能除去装置。あれはセレスの何らかの武器と聞いていますが。

そうですか。人類は、あれを武器と思って攻撃したのですね。

それが失敗したことで、今度は、街を攻撃対象に変えたんだな。

ジン。そのことを早くエリスに伝えないと。

ジョン。アベル大佐は、攻撃の開始時期も言っていませんでしたか。

言ってません。知ってるかどうかも分かりません。

分かりました。それでは、エリスに会いに行きましょう。シャリオを使います。


おはようございます。お邪魔します。

邪魔だなんて、いつでも大歓迎ですわ。

あっ、言葉どおりに受け取らないでください。日本の慣習で訪問時の挨拶みたいなものですから。

そうなんですか。良い風習だと思います。

ところで、本日お伺いした目的は、お知らせしたいことが一件とお願いごとが一件です。

なんでしょうか。何でも言ってください。どんなことでも善処いたします。

有り難うございます。まずは、お知らせしたいことの方ですが、地球人類はこのシティーへの核攻撃を計画しているようです。

知っています。各国の情報ネットワークを常時モニターしています。

それでは、時期もご存じなのですか。

はい。四日後の正午です。私たちは、国連に対して地球侵略の意図がないこと。生存者の救出が目的であることなどの情報を発信し続けていますが、国連からの返事はありません。

国連は機能を失っていると思いますが。

いいえ。国連の一部機能は、核戦争後も残っていました。

それなら、なぜセレスシティーを攻撃しようとしているのでしょうか。

国連は、この核戦争が私たちの侵略が原因と考えているからです。

それは、おかしな話です。核戦争勃発とセレス船団が救助活動を始めた時期が合わない。

私たちがセレスの救助隊を、ゼロで地球に移動させたのが半年前です。

私も最初は、この世界戦争がセレスの所為だと思っていました。

あっ、紹介するのを忘れていました。彼は、ジョナサン・オーエンです。

ジョンと呼んでください。妻のエリザベス。娘のキャサリンです。よろしくお願いします。

この街は、あなたたちを歓迎しますわ。

話を元に戻しますが。セレスは、この事態に対してどうするつもりですか。

私たちは、地球人と戦うつもりはありません。共存したいと考えています。現に戦後復興のお手伝いもしています。

セレスの科学力を使えば、復興も加速度的に早くなりますわ。

ねえ、お父さん。それなのに、どうして国連はセレスを攻撃するの。

憶測だけど。国連は、セレスをスケープゴートにしているんじゃないかな。

スケープゴートって。

トラン、よろしく。

はい。スケープゴートとは、集団内の不平や憎悪を他に反らすために、罪や責任をなすりつけられ迫害、利用される人たちのことを指します(ウィキペディア)。端的に言えば身代わり、生け贄と言う意味です。日本語に直訳すると贖罪の山羊となります。

セレスが、その役割を担っているわけだ。

おかしいよ。大勢の地球人が、セレスの人たちに助けて貰っているのに。

昔、K国やTY国が日本を良くこのスケープゴート役に利用していました。

キコの言うとおりだ。両国は、自国の政権に対する不平不満が爆発しそうになると、その矛先を意図的に日本に向けさせて政権の安泰を謀った。

だけど、そんなことで国民の怒りは治まらないでしょう。

ところが治まってしまうんだ。一時しのぎのガス抜きに過ぎないけど、政権にとっては非常に有効な手段だ。現に、両国ともに何度でも日本を利用している。

その国の人たちってバカなの。

バカじゃないよ。第二次世界大戦で旧日本軍が行った蛮行を、子供の頃から教え込んでいる国だからこそできる手段だ。そして、国民の溜まりに溜まった怒りを一度掃き出させてしまえば一時その怒りは不思議と収まってしまう。それが群衆心理というものなんだろう。

それもあると思いますが、政権に対する諦めもあると思います。

キコ。どう言うこと。

ミコ、考えてみて。民主主義と自由主義の日本でさえも、自民党の長い一強時代が続いた結果、政権にとって都合の良い法案ばかりが施行され、国民の思いは反映されずに国民の権利が徐々に奪われて行ったでしょう。

それって、特定秘密何チャラとか共謀罪とか言う法律のことね。

そればかりじゃないわよ。憲法九条の改正と言うより改悪ね。それ以降も個人や言論の自由、権利を制限する法律が公共の名の下に続々と作られたでしょう。

良く分かんない。政治に興味なかったし、何を言っても無駄だと諦めてたから。

そう。そこなのよ。日本ですら政権に何を言ったって変わらないという諦めの気持ちがKTS国にも。TY国にも。それに両国とも一党独裁の国だから、尚更、諦めの境地が強い。でも、怒りは止めようもない。そこで、国民は政府の宣伝に乗って鬱憤を晴らすために日本を攻撃対象にしたのよ。

それで鬱憤が晴れて政権への批判も収まっちゃうなんて。

まあ、何にしろセレスの人たちにとっては非常に迷惑な話だ。

でも、ジン。そんなフェイクニュースを国連が信じて、この街を本当に攻撃するのでしょうか。

キコ。フェイクニュースって何。

フェイクを日本語に訳すと偽物、偽造品と言う言葉になります。

偽のニュースってことね。まさか、国連がそんな嘘、信じるわけないよね。

それが、ミコ。アメリカとイギリスは、核攻撃の準備をしています。両国の原子力潜水艦も既にカナリア諸島沖に配備されています。

トラン。それ本当。

はい、ゼロからの情報です。

エリス。以前同様、今回もミサイルを迎撃しますか。

ICBMは迎撃できますが、巡航ミサイルを全て迎撃するのは困難です。

でも、この街にはバリアがあるから大丈夫でしょう。

はい。問題は、地球が再び放射能に汚染されてしまうと言うことです。

それも、放射能除去装置で問題なしでしょう。

キャシーの言うとおり、この街が攻撃されても何の問題もありません。しかし、地球の復興がますます遅れます。いち早く復興させるために、お手伝いしている私たちの努力が無駄になってしまいます。

もっと大きな問題は、セレスがスケープゴートにされて攻撃対象になっていることだよ。この問題を解決しない限り、セレスは何度でも攻撃される。

やはり、私たちが地球から出て行くことが、最善の策ということですね。

しかし、今、この街にいる地球人や病院船に収容されている人たちはどうなるのですか。見捨てるのですか。

見捨てはしません。時間的余裕がありませんので、セレスは収容した地球人と共に一時地球を離れます。その後、地球の人たちには本人の希望に沿って地上に帰したいと思います。

地球に残っている傷病者は。

病院船を地球に残します。

でも、病院船には武器がありませんわ。地球解放軍と称するテロリストたちに狙われてしまいますわ。ガーディアンを使うのですか。

いいえ、武力は使いません。病院船にもシティーと同じバリアシステムがあります。今の地球の武器では、絶対に破れません。

そうでしたわ。

そうだ。病院船に赤十字マークを明示してください。

ジン。それは、良い考えですわ。地球では、赤十字マークを掲げている施設や救護員を絶対に攻撃してはならないという国際法がありますものね。

テロリストたちに通用するかは分かりませんが、少なくともアメリカやイギリスのような国家機関からの攻撃は受けないと思います。それに、セレス船が病院船と分かれば、少なくとも核攻撃の標的にはならないと思います。

分かりました。早速、行動に移ります。

今度は、お願いですが。

はい。分かっています。ジョンたちの住まいのことですね。但し、この状況から今すぐとはいきません。

それじゃ、この件が解決するまで私たちと一緒に暮らそうよ。お父さん、良いでしょう。

もちろんだよ。

有り難うございます。

皆さん。ただ、この状況ですので一時期宇宙生活となります。

構いません。望むところです。なあ、リズ、キャシー。

はい。一生に一度は、宇宙に行ってみたいと思っていました。

私も。

それじゃ、皆さん。家に帰って待機していてください。


私たちが家に帰ってコーヒーを飲みながら寛いでいると、各家庭に常設されている緊急情報伝達装置や街頭放送、モバイルなどを通して、セレスシティーが核の攻撃にさらされている現状と街ごと宇宙に避難することなどが知らされた。


えっ、街ごと。宇宙服を着て大型宇宙船に乗るんじゃないのですか。

あっ、そうだ。ジョンには言っていなかったね。この街全体が宇宙船なんだよ。

嘘でしょう。こんな大きな街がどうやって飛ぶのですか。その時の衝撃や重力、空気の問題は。

環境や重力制御装置があるんだよ。宇宙でも重力が作り出せるし、その逆に反重力もあるから街ごと宇宙に出られる。もちろん、大きな衝撃もない。それに、街全体がバリアで囲まれているから空気の心配もいらない。

それは、凄い。是非、セレスの科学力を知りたいです。

そうですね。セレスとの交流は、地球文明の飛躍的な発展を促しますわ。地球人も直ぐに宇宙へ進出できるようになりますわ。

ミカ。残念だけど、そうならないと思うよ。

どうしてですか。

地球人がセレスを受け入れない。現に、この街を攻撃しようとしている。

それは・・。でも、セレスの真意を知れば、いつか地球人の誤解も解けますわ。

例え、そうなっても地球に取ってセレスの科学力は諸刃の剣だ。

諸刃の剣って、どういう意味。お父さん。

普通、日本刀には片側にしか刃が付いてないだろう。諸刃、つまり両方に刃の付いた刀で相手を切ろうと振り回すと、誤って自分をも傷つけてしまう恐れがあるということから、一方では非常に役立つが、他方では大きな害を与える危険性もあるという意味になる。

どうして、セレスの科学が諸刃の剣になるの。

どんな時代でも科学の発展は、使い方次第で役にも立つが毒にもなる。

毒。

そう、毒だよ。つまり、科学は人間の生活を豊かなものにもするが、一方兵器の開発にも使える。例えば、火薬や原子爆弾が科学の毒の部分だ。

逆もあります。例えば、軍事用レーダーの開発が電子レンジを生み出しました。

メグ、そうなの。あの電子レンジでチン。って、凄く便利だよね。

要するに、今の地球人ならセレスの科学力を兵器開発に利用してしまうことは火を見るより明らかだ。

私も、そう思います。この戦争が起きるまでは、核兵器の抑止力効果で世界的規模の戦争は起きないと思っていました。それが起きないどころか、核戦争にまで発展してしまいました。愚かなことです。

一度使ってしまえば、タガが外れて何度でも使ってしまう。現に、この街を核攻撃しようとしている。折角、残留放射能の除去が終わったばかりなのに。

ジン。同じ地球人として申し訳ない。

ジョンが私に謝ることじゃないよ。私だって地球人なんだから。謝罪するなら、セレスの人たちに言うべきだ。

そうですね。

ジン。噂をすれば、ですよ。エリスからテレビ電話です。繋ぎますわ。


大西洋を一望できる一枚板の窓ガラスがスクリーンに変わってエリスが映し出された。


エリス、何ですか。

実は、困ったことに。

何に困っているのですか。

はい。シティーにいる一部の地球人が宇宙に避難したくないと言っています。

つまり、地球に残りたいと。

そうです。しかし、時間的余裕がありません。核攻撃が始まるまでに各人の希望地を聞いて、その場所に送り届けることは不可能です。そこで、創始者のテクノロジーをお借りしたいのです。

分かりました。直ぐにお伺いしても構いませんか。

直ぐ来てください。


こんにちは。

いつもながら一瞬ですね。

申し訳ない。いつもドアを通らずにお伺いしてしまって。

もう、慣れました。早速ですが、良い方法がありますか。二万四千五百四十二人の残留希望者は、既に中央広場にいます。

分かりました。ゼロを使っても、あと四日で一人一人の希望地に送り帰すことは流石に無理です。それで、セレスの病院船が派遣されている国や都市別に希望を聞いてください。その場所に瞬間移動させます。

それは良い考えです。病院船なら衣食住の支援もできます。生活に困りません。

それでは、早速、集まっている人たちの希望調査をして国別に振り分けてください。その後、ゼロで送り出します。

分かりました。


エリスからの連絡がないまま三日が過ぎた。


エリスからの連絡がないね。

こちらから電話してみては。

きっと、人数が多すぎて希望調査にてこずっているんだと思うよ。

でも、期限は明日に迫っていますわ。

やっぱり、電話してみよう。

エリス。進捗状況はどうですか。

はい。あと一時間ぐらいで振り分けは済みます。

それじゃ、そちらにお伺いして希望調査が終わった人たちから順次始めたいと思いますが。

それでは、中央広場にお越しください。

分かりました。現地でお会いしましょう。

今回は、ミコたちにも手伝って貰うよ。

もちろんですわ。みんなで手分けして地球に残りたい人をゼロで移動させましょう。

それじゃ、キャシーたちは留守番よろしくね。

行ってらっしゃい。

行ってきます。


ジン。国別に集まっているところに案内します。ここの人たちは、パリを希望しています。

分かりました。彼らを転送する前に、この技術がセレスのテクノロジーということで説明させていただいても構いませんか。

どうぞ。

それじゃ、トラン。説明よろしく。

分かりました。

このマイクを付けてください。

皆さん。私はトランと言います。今から皆さんをセレスの技術で、パリに一瞬で移動させます。瞬きするぐらいの一瞬ですので驚かないようにしてください。

なお、移動先はセレスの病院船ですので、移動後は係の指示に従って行動してください。それでは、転送します。


ホールに集まっていた二千人ほどの人たちが一瞬で消え、パリの病院船のホールに移動した。同様に、ロンドン、モスクワ、ワシントン、東京、北京などの主要都市を皮切りに、その数、実に、四十七ヵ国七十四都市にまで及んだ。


創始者の科学力は本当に素晴らしい。つくづく私たちにも使えたらと思います。

セレスの科学力も素晴らしいものですわ。

そうだよ。これだけの病院船を世界に派遣できるなんて。

そうですね。あの一キロ四方もあるでっかい病院船。しかも、医療技術も素晴らしいものですわ。

いえいえ。創始者のテクノロジーに比べたら足下にも及びません。

さて、エリス。核攻撃まで後一日しかありませんが、シティーの離脱は間に合いますか。

はい。今から宇宙に上がります。一時間ほどで月と同じ軌道上に乗ります。

嘘でしょう。こんな大きな街が、たった一時間で月の軌道に。だって月までの距離は、三十四万四千四百キロ。今の地球では、三~四日掛かりますよ。

メグ、流石ね。宇宙大好き人間。

但し、皆さんに負担がないように、大気圏内はゆっくりと上昇し、徐々に速度を上げていきます。それでは、上昇します。


街中に飛び立つ旨が放送され、シティーはゆっくりと宙に浮き上がった。


モニターを見てください。浮揚する様子が見られます。

わあ、凄い。街が本当に浮き上がって行く。

街全体が西サハラ砂漠の上に乗っていたんだ。

見る見るうちに高度が上がっていきますわ。

あれ、他にも街があったんだ。ほら、砂漠の内陸部からも次々と街が上昇してきてる。

ミコ。シティーは、八十二隻の移民船一隻ごとに八十二都市が形成されています。

セレス代表。アメリカ大陸から核ミサイルが発射されました。

アラン次席、報告ありがとう。全都市に迎撃することなく、ステルスモードに切り替えるよう通達してください。

はい。

目標を失ったミサイルは、どうなるのですか。

おそらく、地上に被害が出ないように自爆装置で破壊されると思います。この場合は、核爆発はしないので高熱や爆風もなく放射能も出ません。

本当だ。ミサイルが自爆していくよ。

良かった。これで地球が再び放射能で汚染されることはなくなったね。

はい。危機は回避されました。間もなく全都市は、月の裏側に入ります。

あのう、エリス。あの馬鹿でかい板状のものは何ですか。

キコ。あれは、ソーラーシステムです。絶えず太陽の方向に向いています。

なるほど、宇宙なら天候に左右されることなく安定した電力が作れますね。

はい。千キロ四方のソーラーパネルが、地球全土をカバーするように十基配置されています。これで地球上のどの場所でも、エネルギーの心配はいりません。

素晴らしい。地球でも電波を電気に変換できる技術はありますが、コストが高く一部しか実用化はされていません。

セレスの貨幣制度は、六億年前の惑星間戦争で母星が破壊されたときになくなりました。皆が平等で格差も争うこともありません。ですから、地球の復興を支援する見返りも必要ないのです。ただ、母星を失った私たちを地球に受け入れて貰いたいだけです。

しかし、今の地球人はセレスを敵と見なし、受け入れるどころか攻撃対象にしています。

今は、復興途上の混乱で誤解もあります。しかしながら、私たちは今までどおり淡々と復興の支援をするだけです。

そのうちセレスの真意が伝わり、その誤解も解ける日がきっと来ますわ。

アラン次席。全都市にステルスモードの解除とコンビネーションシステムの起動を通達してください。

コンビネーションシステムって。

ミコ、モニターを見てください。

わあ、凄い。このシティーを中心に各都市が合体していくよ。

最終的には、セレスシティーを中心に半径千五百キロの円盤状都市になります。

えっ、千五百キロ。月の半径が約千七百キロだから、月よりちょっと小さいって感じね。

メグ、そうなの。

ミコ、間違いないよ。

それじゃ、アクア星と同じね。

はい。この技術は、アクア星からいただきました。

アクア星と言えば、アクエリアスも含めて全ての起源はセレス星だよね。

そうです。

トラン。アクエリアスとアクアの情報を何か教えてくれないかい。

はい。アクエリアス国は、一六八機の移民船団で約九億人。アクアは、九十機で約六億人の人たちが脱出しました。

私たちが八十二機で約五億ですので、全部で約二十億人。それでも、セレス星総人口の約三割しか脱出できなかったことになります。

そうですか。となると、四十億人もの人たちがセレス星とともに亡くなったわけですね。何と悲惨なことだ。他にも脱出できた国があることを祈ります。

ですから、私たちは、今、この地球の惨状を見過ごすことはできません。例え、地球人の誤解を受け攻撃されても救いの手を引っ込めることはできません。

有り難うございます。頭が下がります。

私は頭が下がるどころか、地球側の仕打ちにあったま来る。怒り心頭よ。

セレスの人たちが怒っていないのに、ミコが怒ってどうするのよ。

だって、メグ。

それと、この三ヵ国ともにケンタウルス座を目指していましたが、それぞれの航行記録には五億年以上の抜けがあります。

エリスたちには、その抜け落ちた期間がある理由が分かりますか。

私たちにも分かりません。アクアもアクエリアスも分からないと言っていました。

それと、私たちが五億年以上もの歳月を生存し続けたことも理解不能です。

理解不能とは。

はい。当時の科学力で製造された船団の耐久年数は、五十万年です。耐久年数に会わせて逐次自動更新された記録はあるのですが、空白の五億年間にはその記録がありません。

ということは、時間を超越したと言うことですか。

メグ。それは、あり得ません。人工的にタイムマシンを作ることはできません。創始者の科学力を持ってしてもできませんでした。

でも、光の速度を出せば時間経過が遅くなると言いますが。

アインシュタインの特殊相対性理論ですね。

はい。

しかし、光速に近づけば近づくほどその物体の質量は増加します。従って光速を出すエンジンは作れません。

それじゃ、ワープは。

ワープ航法は、空間を歪曲して飛行しますので速度的には光速を超えていますが、時間的にはワープしている人とそうでない人の経過時間は、ワープにかかった時間のみです。

それじゃ、何かの拍子にタイムスリップしたんじゃないの。

その何かの拍子が、何だったのかが分からないのです。

その原因は、記録がされなくなった時の場所に行けば手掛かりがあるかも知れないよ。

ミコの言うとおりだけど、今は行けない。地球の復興が先だ。

ジン。地球の復興は、私たちに任せてください。ジンたちは、空白の五億年が生じた原因を調べてください。私たちもその原因を知りたいのです。

しかし、

ジン。地球の復興は、エリスたちに任せましょう。

でも、トラン。

地球の復興に創始者の技術は使えません。もちろん、精神感応能力も。ですから、今私たちにできることはありません。

そうだな。いや、ハモニーの仕事がある。

その仕事も核戦争で死んでしまった二十億人以上もの魂を送り出したんだから、多少サボっても良いじゃないの。お父さん。

それに、ゼロを使えば時間は掛かりません。

分かった。でも、ゼロじゃなくガイアで行こう。

それじゃ、エリス。地球のことはお願いします。調べて直ぐに戻ってきます。

ガイア。六名、転送。


宇宙の大規模構造


それじゃ、ミコ。ワープテン。ガイア、発進。

ガイア、発進します。所要時間十分。

えっ、凄い速さですね。セレスが約二千万年掛けて飛んだ距離をガイアは十分ですか。

キコ。ゼロを使えば一瞬ですよ。

トラン。

ジン、分かっています。

お父さん。太陽系から八百万光年も離れちゃったよ。

前方には星ひとつ見えませんけど、後ろには沢山の星と他の銀河が見えますわ。

それじゃ、ここは宇宙の果て。

ミコ。宇宙に果てはないと思うわ。この先は宇宙の大規模構造の泡じゃないかしら。

メグ、泡って。石けんの泡のこと。

例えなんだけどね。宇宙は、沢山の太陽が集まって銀河が形成され、その銀河が集まって銀河群。銀河群が集まって銀河団、その銀河団が集まって超銀河団が形成されているの。その超銀河団は、宇宙に満遍なく散らばっているわけじゃないわ。ちょうど石けんを泡立てた時にできる泡の表面に散らばっていて、泡の中は星も銀河もないただの空洞があるだけなんです。

その空洞が前方に広がってるということなの。

そうだと思うわ。空洞の直径は、一億光年を超えると言われているわ。(ウィキペディア「宇宙の大規模構造」)

メグ、凄いね。博識。私、そんなことちっとも知らなかった。

良し。中に入ってみよう。ミコ、巡航速度で発進。

了解。

何の変化もありませんね。

トラン。泡内部をスキャン。

何も探知できません。やはり、泡の中には何もありません。

ワープワン。

速度ワープワン。

ジン。後方も暗闇で何も見えなくなりました。何か嫌な予感がします。

メグ。嫌な予感って何。

もやもやしていてはっきりと分からないの。でも、


次の瞬間、艦内に警報音が鳴り響きガイアは、泡に入った位置に緊急脱出した。


ガイア、どうした。

時空間の歪みをキャッチしたので緊急シーケンスにより泡内部から脱出しました。

トラン、どういうことだい。

ジン、時計を見てください。地球時間が十年も進んでいます。

お父さん、本当だ。

壊れたということかい。

いいえ。時計は正常です。

うそ。私たちが泡の中にいたのは、せいぜい三分ぐらいだったよ。ねえ、メグ。

はい。キコもそう思うでしょう。

そうですね。私の腕時計では、泡に入ってから三分しか経っていません。

本当だ。私の腕時計も。

分かりました。

ガイア、何が分かったの。

はい。泡の中をワープ航法で飛ぶと時空が歪んで、時間経過が極端に遅くなるということが分かりました。

たった三分で十年が経ってしまったということなの。

はい、ミコ。そして、ワープ速度が早いほど時間の遅延も大きくなります。

そうか。

メグ、何がそうかなの。

セレスの船団がタイムスリップしたわけ。

船団は、ワープ航法で泡の中に入ってしまったんですね。

航法記録では、ワープテンで突入しています。ガイアのワープスリーとほぼ同じです。

確かに、メグたちの言うとおりだと思いますわ。

アクアもアクエリアスも同じように大規模構造の泡の中に入ってしまったんだろう。

そして、泡の中から出た時期がそれぞれに異なっています。最初がアクアで次にアクエリアス、最後はセレスの順です。

そうか。泡から早く出てきた順に科学や文化がより発展していったというわけだな。

ジン。それより、早く地球に戻らないと。地球がどうなっているか心配ですわ。

ミカの言うとおりだ。ガイア、月の裏側にジャンプ。


あれ、セレスシティーがない。地球を離れたのかな。

そんなことはない。エリスが地球を見捨てるわけがない。メグ、チャンネルオープン。

はい。

エリス代表。こちら、ガイアのジンです。応答願います。

ジン。どういうことですか。直ぐに戻ると言っていたのに。もう、十年ですよ。

何度も呼んだのですよ。もう、会えないかと諦めていました。でも、生きていて良かった。

何があったのですか。連絡もなしに十年ですよ。

申し訳ない。でも、エリスたちが知りたがっていたことが分かりました。

詳しい話は、そちらに行ってから話したいと思います。

分かりました。場所は、十年前と同じ西サハラ砂漠です。

ガイア、六名転送。


本当に、お久し振りです。お帰りなさい。

エリス、お久し振り。と言いたいところですが、私たちにとってはほんの三十分です。

どういうことですか。

エリスたちの五億年分の航行記録が抜け落ちていた原因が分かったのです。

その原因とは。

はい。宇宙の大規模構造の泡がタイムスリップの原因でした。

泡の中をワープ速度で飛行しますと、ワープの速さに応じて時間経過が遅くなります。

私たちは、三十分前にエリスと別れて船団の記録が抜ける前の場所に向かいました。

その場所から私たちは泡の中に入りました。巡航速度では何の異常もなかったのですがワープワンで航行したところ、泡の中での僅か三分が外では十年にもなっていたのです。

セレスの船団は、この泡の中にワープテンで入った後、記録が途切れています。

そして、泡の中にいた期間は計算不能ですが、泡の外に出たときには既に五億年が過ぎていたということです。

そういうことだったのですか。

しかし、待ってください。泡の中にいた時間分の記録がないのはどうしてですか。

私もそう思って航行記録を再検証しました。実は、泡の中では記録する事象が何も起こらなかったため、記録箇所が自動的に上書きされていたのです。

分かりました。

ところで、エリス。

はい。

私たちが不在していた十年間についてお聞きしたのですが。

もちろん、お答えします。何でも聞いてください。

それじゃ、キャシーたちはどうしているの。

おい、ミコ。そうじゃなくて、もっと大事なことを聞かなくちゃ。

お父さん。私にとっては、キャシーの家族のことが一番大事だよ。

キャシーのご家族は、ジョンを除いて皆あなたたちの家に今も暮らしています。

ジョンは、ジュネーブにある国連の下部組織である国際緊急援助隊隊長として、私たちとともに戦争難民の救助と生活支援を行っています。

国連の職員ですか。国連は機能しているのですか。

はい。しかし、実質的な活動は極一部です。

リズは、セレスの科学アカデミーで地球科学の教授をしています。

キャシーは、アカデミーの大学院生をしています。

キャシーたちに早く会いたいな。

ミコ、その気持ち分かるわ。でも、今は地球の現状を聞かないと。

キコの言うとおりだ。今度は、私から質問させてください。

まずは、どうやってセレスが地球に受け入れたかですが。

いいえ。それが、まだ、受け入れられたわけではありません。

私たちの地道な救援活動の結果、条件付きでこの砂漠地域の使用を認められただけです。

誰に、そして、条件とは。

はい。相手は先ほど言った国連です。条件は、セレスは各国に対し中立的立場を保持すること。救援従事者以外のセレス人の行動範囲は、この砂漠に限定されることなどです。

名ばかりの国連にそんな権限があるのですか。

分かりません。但し、私たちの救援活動は国連の名の下に行われています。

えっ、そんなの酷いじゃない。手柄の横取りなんて許せない。

ミコ、仕方がないのです。そうしないと、私たちは地球人に受け入れて貰えませんでした。

その代わりに、国連はセレスに地球侵略の意図がないこと。先の大戦の原因が極東地域のKTS国が日本を核攻撃したことから、世界規模の核戦争に発展してしまったこと。などの真実を世界に発信しました。

全くウィンウィンにはほど遠い条件ですね。地球側が一方的に得しているだけだ。

お父さん。ウィンウィンって何。何かの機械音。

ミコ。恥ずかしいです。

じゃ、メグ知ってるの。

当然です。ウィンウィンとは、取引する双方に利益があるということです。

私たちは、地球を救うことで利益を得たいとは思っていません。過去の経験から地球の惨状を見過ごせないだけです。

もちろん、地球への移住を望んではいますが、これも地球人の承諾が得られなければ私たちは地球を離れます。

そのような出来事が五十年前にもありました。

アクアが地球を訪問したときのことですね。

はい。当時の地球人には、アクアの訪問は早すぎました。おそらく、今の地球人も同じでしょう。

同じとは。

いや。むしろ五十年前よりも酷くなっていると思います。

何が前より酷くなっているというのですか。

今は、未曾有の核戦争で世界が崩壊してから二十年。ようやくセレスのお陰で復興の緒に就いたばかりです。しかし、復興が進むにつれて各国のエゴがむき出しになり、セレスの科学力を我がものにしたいと欲する国が出てきます。

それは、私たちも望むところです。地球の発展にできる限り協力したいと思っています。

地球の発展に繋がるのならば、それはそれで宜しいのですが。そうはならないと思います。

どうしてですか。

アクアが訪問した当時の地球人より今の人たちの心は、核戦争でますます乱れています。憎悪や復讐心に取り付かれた国がセレスの科学力を欲し、武器に転用することは目に見えています。

ジン、逆も考えられますわ。

ミカ、しかしだな。

そう悲観的にならなくても。人類は、この核戦争の愚かさを反省して平和な世界を創り出すと思いますわ。

そうなると良いんだが。そうなることを切に願うよ。

どちらにしても、セレスは地球の復興に協力していきます。

引き続きよろしくお願いします。

他に質問は。

ありません。

セレス。質問があります。

トラン。どうぞ。

地球のことではないのですが。

何でも聞いてください。

五百年前に地球に到達していた偵察宇宙船と、私たちが火星で遭遇したガーディアンのことなんですが。セレスの中央コンピューターに情報を送ります。

この船は、我が国のものではありません。

デクタム国のものです。

デクタム国。

はい。デクタム国は、セレス星最大の軍事国家で火星との惑星間戦争を主導した国です。

当然、デクタム人もセレス星を脱出したのでしょうね。

分かりません。ただ、ロボット軍団を造ったのはこの国です。間違いありません。

そうですか。

私たちは、そのロボット軍団が五十年前に冥王星付近にいて二年後、つまり、二〇一三年には地球に侵攻するという情報を掴んでいました。

でも、お父さん。その軍団は来なかったよ。どうしてかな。

その理由は、分からん。デクタム人が火星人類への復讐を止めたかどうかも分からん。

ジン。今は、情報不足で分かりませんわ。ここは、一旦家に帰って休みませんか。

ミカの言うとおりだ。それじゃ、ここは失礼して家に帰ろう。

キャシーたちが楽しみに待っていると思います。私が既に連絡しておきました。

エリス、有り難うございます。それでは。さようなら。


私たちは、シャリオに乗って家路に就いた。


私、キャシーに会えるの楽しみ。

私も。

それは、みんな楽しみに決まっていますわ。

彼女、もう二十三歳でしょう。どんな大人になってるかな。

早く会いたいよ。

キャシーだって楽しみにしていると思いますわ。

そりゃそうだ。なんせ十年ぶりだからな。

でも、私たちからすれば別れて、まだ、三十分くらいしか経っていないんだよね。

何か不思議な感じですね。

着いたぞ。あれ、前よりもモダンに増築されているぞ。

ごめんください。

あれ、誰もいないのかな。ロックされている。

ハル、ただいま。中に入れて。

はい、ミコ。お久し振りです。今、扉を開けます。どうぞ、お入りください。

ハル、誰もいないの。

はい。リズとキャシーはアカデミーに行っています。ジョンは、ジュネーブの国際緊急援助隊事務所に詰めっきりです。

三人ともに留守ですか。

キャシーは、間もなく帰ってきます。

それじゃ、コーヒーでも飲んで待つとしよう。

私が入れますわ。

ミカ、私に負かせてください。

ハルにできますか。

はい。フードディスペンサーで作ります。

へー、十年前にはなかったよね。凄いね。

技術革新は、日進月歩です。好みを言ってください。

それじゃ、私とミカはブルーマウンテンをお願いするよ。

私とキコはモカでお願いします。

私はキリマンジャロで。トランは。

ミコと同じものでお願いします。

分かりました。それでは、キッチンのカウンターテーブルにお座りください。


それぞれに注文したコーヒーが各人の座ったテーブルの上に現れた。


凄いね。創始者の技術と同じだ。

キャシーが帰ってきました。

わー。ミコ、みんな。久し振り。

お帰りなさい。

皆さん元気でしたか。十年前に別れたっきりで。もう会えないかと。

エリスから連絡を受けて一目散で帰ってきました。

キャシー、心配をかけて済まない。

でもね。キャシー。私たちからすれば、エリスに行ってきますと言ってから、まだ、三十分くらいしか経っていないのよ。

どういうことですか。

私たちは、エリスに頼まれて航行記録になかった五億年のなぞを解明するために、宇宙の大規模構造の泡の中に入ったんだけど。

ミコ、それで。

それがね。エリスたちがタイムスリップした原因がその泡だったわけ。

どいうことなのですか。

泡の中でワープすると時空の歪みが生じて時間経過が極端に遅くなることが分かったんだ。

それが、吃驚。泡の中でのたった三分が、外じゃ、あっと言う間に十年ってわけ。

それで皆さん。年を取っていないのね。私は、二十三歳。背も伸びました。

どれどれ。私と並んでみて。ほんとだ。一七〇センチはあるでしょう。

もちろん背だけじゃないですよ。ほら。

キャシー、嫌みったらしく胸を張るの止めてよ。私たちは十年前からチッパイですよ。

ミコ。私たちを巻き込まないで。チッパイのは、ミコだけでしょう。

あんれまあ。ショック。

チッパイ談義はおしまい。ところで、キャシーはアカデミーで何を専行しているんだい。

宇宙物理学です。将来は、スターシップのパイロットになりたいの。

へー、理系女なんだ。珍しいね。

ジン。その言い方は、セクハラですわ。

済まん。済まん。性別で物事を決めつけちゃいかんな。

リズが帰ってきました。

ハル、有り難う。

ママ、お帰りなさい。

ただいま。ジン、トラン、ミカ、ミコ、メグ、キコ。みんなご無事で何よりです。

ご心配かけて申し訳ありません。私たちは、見てのとおり皆元気で変わりありません。

本当ですね。十年も経っているのに初めてお会いしたときと同じですね。

私は、すっかりおばさんになってしまいました。

そんなことありません。まだまだ、お若いですわ。

ミカ、有り難う。

夕食の支度は、久し振りに手料理にしますわ。

私も手伝いますわ。

それじゃ、食事の準備はリズとミカにお願いして風呂にでも入ってゆっくりしよう。


皆さん。食事の支度ができました。積もる話しは食事しながらにしませんか。

ミカ、そうしましょう。

皆さん。手を洗って席についてください。

今日は、すき焼きです。

よっしゃ。すき焼きだけに好きなだけ食べるぞ。

飲み物は、ワインとビールを用意しています。

この肉美味しい。

銘柄は、松阪牛です。とは言ってもフードディスペンサーで作ったものですが。

大丈夫ですよ。松阪牛のデーターどおりに作られていますから。

話しは変わりますが、この十年で地球の復興はどこまで進みましたか。

ジョンの話では、傷病者や難民者については、セレスの支援で何とか最低限の生活ができるまでに復興したと言っていました。しかし、どこの国も国家としての政治的基盤は不安定で、ほぼ無政府状態に近いとも言っていました。

ジョンは、国際緊急援助隊隊長として各国とセレスの橋渡しをしてきましたが、どこの国もセレスの科学力を欲するばかりで自国民のことは二の次だ。と嘆いていました。

そこで、ジョンは国連としてセレスの中立性と技術の流出を防ぐために、セレスの地球での活動条件についてエリスと話し合ったそうです。

その条件については、エリスからも聞きました。

名ばかりの国連ですが、幸いにも国連の権威はかろうじて保たれているようです。

核戦争から二十年。やっと復興の兆しが見えてきました。今後はセレスの支援を受けて加速度的に速まると思います。

それは良かった。私もそうなってくれることを願うよ。

ジン、何か奥歯に物が挟まったような言い方ですね。

実は、私は今の地球人がセレスの科学力や文化を享受できないと思っているんだ。

どうしてですか。

五十年前にアクアが地球を訪問した時と今の地球人は何ら変わっていない。

その出来事は、私が生まれる以前の話しですが記録を見て私も知っています。

それなら分かるでしょう。当時の人たちは未熟でアクアを受け入れられなかった。

今も変わりない。いや、核戦争の所為でもっと酷くなっている。

今の人たちは、憎悪や復讐心、嫉妬や恐怖心で疑心暗鬼になっている。

でも、お父さん。人はそんなにバカじゃないと思うよ。

ミコの言うとおりですわ。人は反省してやり直す力を持っていますわ。

しかしだな。ミカ。リズが言ったジョンの話しの中では、各国はセレスの科学力を欲するばかりで自国民をないがしろにしている。

この事からも各国は、自国の軍事力強化を目論んでいると思うぞ。アクアの時と同じだ。

ちっとも進歩していない。この五十年、成熟するどころか反対に子供帰りしている。

その結果が核戦争だ。

皆さん。その話の結論は、これから地球人が平和のためにどれだけ努力するかに掛かっていると思いますわ。

私たちも含めてね。みんなで頑張りましょう。

メグの言うとおりだ。

私たちもジョンの仕事を手伝えたら良いのにね。

キコ。それは、良い考えですわ。

ジン、みんなでジョンの仕事を手伝いましょう。

そうだな。差し迫ってやることもないし、地球人として当たり前のことだ。

明日、ジュネーブに行ってみよう。

できましたら、私たちもご一緒させてください。

良いですが、アカデミーは。

私は、ちょうど授業がないわ。

私は、ジンたちが帰ってきたことを聞いて久し振りに有給休暇を取ってきました。

それじゃ、明日、ゼロで一緒に行きましょう


私たちは次の日、早速、国際緊急援助隊本部を訪ねた。久し振りの再会の挨拶もそこそこに、私たちも復興支援に協力したい旨をジョンに伝えた。


大歓迎です。と言いたいところですが、正式採用はできません。ボランティアなら。

もちろん。それで良いよ。但し、ジョンの直轄で働きたい。

私の直轄。どうしてですか。

それは、援助隊に所属すると自由に動けないからだよ。ジョンの直轄を隠れ蓑にして自由に行動したいからね。

分かりました。国連には私の直属のボランティアとして登録しておきます。

それでは、ジョン。このバッジをお付けください。

トラン、有り難う。でも、なぜ。

私に説明させて。

ミコ、どうぞ。

このバッジは、太陽系をモチーフにした私たちのエンブレムなの。

ミコ、そっちの説明じゃなくて。

分かってます。今から言いますよ。これは、翻訳機能付き双方向無線機なの。使い方は簡単。ただしゃべれば良いの。以上、終わり。

ミコ、それだけじゃないでしょう。

そうそう。ガイアの転送装置も使えるんだ。

どうやってですか。

ガイア、転送っていえば良いの。

分かりました。ちょっと試してみます。ガイア、転送。

あれ、できませんね。

トラン、どうして。

言い忘れていましたが、ガイアの転送装置は精神感応能力者でないと使えません。

どういうことなの。

ゼロもガイアも精神感応能力者からの思考を読み取って行きたい場所に移動します。

そうか。だから、今まで行き先を言ってなくてもその場所に移動できたんだ。

ジンの言うとおりです。

リズとキャシーにも、このバッジを差し上げます。ちょっと試してください。

はい。私もだめみたいです。転送されません。

それじゃ、私やってみるね。ガイア、転送。


キャシーは、瞬時に消えガイアに転送された。そして、戻ってきた。


あれ、私。できちゃった。

キャシーは、ジンと出会ってから精神感応能力に目覚めました。

そうだった。ゼロも使えるんだったね。

それでは、私たちがこのバッジを持っていても使えませんね。

それは、大丈夫です。アナログ方式でも使えます。

アナログ方式って。どうすれば良いのですか。

ペンダントにポンと触れてスウィッチをオンにしてから、しゃべりたい相手の名前や転送先を明示すれば良いのです。

例えば、このようにです。


トランは、バッジを軽くたたき、九名、ガイアに転送。と言った。すると、ジョンの専用執務室にいた全員がガイアに転送された。


どうですか。転送された気分は。

どうって言っても、一瞬のことですので。ただ、凄いとしか言いようがないです。

それじゃ、今の要領で全員をジョンの執務室へ転送してください。

はい。分かりました。ガイア、九名。私の執務室に転送。

できましたね。無事、戻ってきました。

リズも必要なときには使ってください。でも、人前では使わないでください。

セレスと地球にはないテクノロジーですから。但し、緊急時は除きます。

はい、分かりました。

あっ、キャシー。今、これで朝寝坊しても大丈夫だと思ったでしょう。

キコ、鋭い。あっ、私の思考を呼んだでしょう。

ごめん、ごめん。キャシーもテレパシストだから自然に聞こえちゃったみたい。

それより、キャシー。寝坊は許しませんよ。

分かりました。ママ。

それじゃ。早速、今からでもジョンの仕事を手伝いますよ。

それでは、是非お願いしたいことがあります。

何ですか。

国際緊急援助隊ハバロフスク事務所からの定時連絡が途絶えています。こちらから呼んでも応答がありません。

ジンたちに調査を依頼したいのです。今から偵察隊を編成して送り込んでいたのでは時間が掛かりすぎます。是非、お願いします。

もちろん。それじゃ、みんなシャリオで出発するぞ。リズとキャシーは、好きなだけジョンと一緒にいたら良い。帰りは、ゼロが使えるキャシーにお任せだ。

分かりました。時間が来たらママと一緒に先に帰っています。

ジン。シャリオって、あの時の車ですか。

そう、マルセイユでジョンを助けるときに使った車。でも、心配無用。ハバロフスクまではゼロを使うから。それじゃ、また。

分かりました。それなら一瞬ですね。ところで、現地では何が起こるか予測が付きません。銃を持って行ってください。

そんな物騒なものはいらないよ。

そうですわ。私たちには、創始者のテクノロジーがありますから。

そうでした。それでは、お気を付けて。

それじゃ、行ってくるね。


ハバロフスク


ジン。事務所は、ハバロフスク空港タワービル内にあります。

良し。まずは、私とトランでタワービルを調べてみよう。

お父さんたちだけで大丈夫なの。

何をたわけたことを言っている。

ミコは、私たちの心配よりも自分も行きたいだけなのですね。

トラン、図星。ねえ、単独行動は取らないから連れてって。

ミカ、メグ、キコ。みなまで言わずとも目が物語っている。

トラン。毎度ながら、うちの連中はどうして私の言うことを聞いてくれないのかな。

しょうがないです。親が親だから。

おやおや、私の所為ですか。それに、ショウガなら。

はい。それに、この辺には乾物屋はありませんわ。

ジン、諦めて全員で行きましょう。

分かりました。だけど、絶対に単独行動は厳禁だからね。

はい、全員了解です。

この言葉を信じて何度煮え湯を飲まされたことか。

ジン、行きましょう。私が運転します。

よろしく、トラン。

ここがタワービルの正面玄関です。

シャリオ、ビルはもちろん。空港一体をスキャンしてくれ。

はい、ジン。空港を含めたこの周辺地域に生命反応はありません。

ジョン。今、良いかい。

はい。大丈夫です。

今、ハバロフスク空港に着いたけど。空港は、もちろん。事務所にも人っ子ひとりいない。

原因は、分かりますか。

分からない。取り敢えずの第一報だ。分かったら直ぐ連絡する。以上、終わり。

了解。くれぐれも気を付けて。通信終わり。

さて、このビルには何の手掛かりもなさそうだ。シャリオに戻ろう。

シャリオ。この街の映像を映し出してくれ。

はい、ガイアからの映像を出します。


映像がリアーウィンドウいっぱいに映し出された。


こんな地方都市でも核攻撃の対象になったのですね。建物がめちゃくちゃに壊れています。

それでも中心部から離れたこの付近はさほど壊れていないね。

あっ、これがシャリオね。もっとズームして。ねえ、メグ。外に出て手を振ってみて。

はい。

わー、凄い。メグの顔、はっきり見えるよ。

凄い解像度ですわ。

トラン、どこまでズーム可能なの。

メグ、バッジを地面に置いてください。

いや、恐れ入ったね。たった二センチのバッジの模様まではっきり見える。

ジン。

シャリオ、なんだい。滑走路内に何か大きなものがあります。

何もないよ。滑走路が見えるだけだ。

いいえ、何かあるはずです。映像のバッジの位置と実際の位置がほんの僅かずれています。

どういうこと。

ミコ。重力レンズ効果の影響で光が屈折しています。

重力レンズって何。

光は、重力によって曲げられます。

一般相対性理論にある重力が光と空間を曲げ、時間を遅らせるという現象のことですね。

はい。メグ、正解です。

私、ちっとも分かんない。

ミコ、シャリオが言ったとおりよ。

しかしだな。重力レンズ効果は、光が星とか銀河とかの側を通過するときに現れる現象だ。

地上で起こるわけがない。

ジン。光は、物体の大きさに関係なくその重力によって曲げられています。私たちの体の側を通る光も曲がっています。ただ、その誤差があまりにも極小なため地球の技術力では観測できないだけです。但し、創始者の技術力を持ってすればいとも簡単にできます。

でも、トラン。滑走路には何もありませんわ。向こうの景色が見えているだけですわ。

良し調べに行こう。

やっぱり、何にもないよ。向こう側の林や畑が見えるだけだよ。

シャリオ、滑走路方向をスキャンしてくれ。

反応ありません。

それじゃ、滑走路に入ってみよう。


シャリオがセンタータクシーウェイに入った瞬間、何かにぶつかって止まった。


あっ、痛たあ。

ジン、シートベルトをしてないからですわ。

私たちは、全員大丈夫です。

あー、痛い。シャリオ、何にぶつかったんだ。

分かりません。前方には、何もありません。

どれどれ。あれ、シャリオ、バンパーが結構凹んでいるぞ。

大丈夫です。衝撃緩衝バンパーで凹んでも形状記憶素材ですから時期に戻ります。

しかし、何もないのに。

ジン、前に注意してください。

大丈夫だよ。何もないから。と言って私は車の前方に歩き出した。

いったあ。顔面にもろだ。透明な壁にあたった。今日は付いてない。


全員シャリオから降りて思い思いに透明な壁に手を当てて触ってみた。


ジン、この壁、腰ぐらいの高さで浮いていますわ。

どれどれ。本当だ。下に入れる。

この壁、どこまで続いているのか探ってきます。私は左。ジンは右をお願いします。

了解。ミカたちは、何が起こるか分からないからシャリオで待機。

分かりましたわ。

この壁、どこまで続くのか。もう、三百メーターくらい来たな。


ジンが突然消えた。


今、お父さんが突然に消えちゃったよ。

ジン、応答願います。通信機が通じない。

トラン、戻ってきて。

はい。ミコ、どうしましたか。

お父さんが突然消えて通信機も繋がらないの。どうしたんだろう。

みんな。通信機が使えないから精神感応で話すよ。

ジン、無事ですか。

キコ、大丈夫だよ。どうやらこれは宇宙船のようだ。おそらくデクタム国のものだと思う。

南太平洋で私が取り込まれたときと同じだ。

あの偵察宇宙船ですね。

ああ。精神感応で私の位置が分かるだろう。今いるところはでっかい格納庫みたいだ。

はい。ゼロを使ってシャリオごとそちらに移動します。

大きな部屋ですね。天井も高い。

トラン。中央コンピューターにアクセスして情報を取ってくれ。

はい。この船は私たちの管轄下に入りました。やはり、デクタム国の偵察船です。

但し、本隊に繋がる情報は、一切ありません。

前と一緒か。あっ、自爆装置は。

安心してください。既に切ってあります。それと、彼らのステルス技術も分かりました。

実に単純でした。

単純って。

はい。実際、単純です。彼らのステルス技術は、電波も含めた全ての光を屈折させてあたかもそこに物体がないように見せかけていただけだったのです。

私は、今まで彼らのステルス技術には、ゼロのような異次元転移装置が使われているものだと思いこみ、その装置を見つけることだけに終始してしまいました。

でも、トラン。なんでそんな単純なことに気が付かなかったの。

それは、メグ。ジンが最初に捕まったときに、そこには何もなかったと言ったからです。

えっ、私の所為ですか。そりゃ、悪うござんしたね。

別に、ジンを責めているわけではありません。

それでも凄い技術です。こんな大きな物を見えなくしてしまうのだから。

メグの言うとおりだ。今の地球人にはできない代物だ。

ちょっと待って。こんな単純な仕掛けだったのに、どうしてアクアもセレスも教えてくれなかったのかな。

それは、自分たちの安全を確保するためだと思うわ。

メグ、どういうこと。

それこそ、単純。ミコ、ステルス技術は何のために開発されたと思う。

えーと。それは、敵に見つからないようにするため。あっ、そうか。

そういうこと。他人に教えるわけないでしょう。

納得。

トラン。この船に援助隊の人たちが捕まっていませんか。

キコ。この船には、街の人も含めて生命体は捕獲されていません。あるのはデーター化された兵器類のみです。

援助隊員と街の人たちがいなくなった原因は、この船のではないということですね。

はい。

それじゃ、トラン。この船もゼロに回収して置こう。いずれはデクタム国に返さなくてはならないからね。

えっ、私たちの戦利品じゃないの。

ミコ、私たちが持っていても仕方がない。

そうです。私たちには必要ないものですわ。

そうだね。

それじゃ、手掛かりを探しに街の中心部に行こう。


私たちはシャリオに乗って空港前のマトヴェエフスコエ・ショッセ通りからウーリツァ・カルマ・ウルクサ通り沿いにハバロフスク駅へ向かった。


かつては緑に囲まれた閑静な街並みだったんだろうが、今は瓦礫ばかりだ。

ここがハバロフスク駅で爆心地です。

酷い有様ですね。

なんでこんな地方都市まで核攻撃されたのでしょうか。

分からんけど、もっと小さい山梨市にも核爆弾が落とされていたぞ。

ハバロフスクは、人口約六十万。金属や機械工業が主な産業で極東における行政の中心都市です。一方、山梨は約三万人で農林業が主たる産業です。

ハバロフスクは、極東連邦管区の本部があるから攻撃対象になっても不思議じゃないけど。

山梨市は、それこそワインが有名なくらいの小さな都市だ。攻撃しても何の意味もない。

その詮索は後にして街の住民を捜しましょう。

トラン、生命反応は。

ありません。

おかしいな。この街の残留希望者と復興支援用員がいるはずなんだが。

ジョン、聞こえますか。

はい、トラン。

現在地、ハバロフスク駅。この街の残留者も支援要員も見あたりません。

残留者が五百四十二名、支援者が四十名いるはずなんですが。

それが、この街には人間の生命反応が検知されません。引き続き調査します。

了解。お願いします。

さて、どうしたものか。

取り敢えず、この駅前通りをアムール川方向に走ってみましょう。

トラン。それって、お父さんが以前に批判を受けた犬も歩けば棒に当たる方式ね。

本来なら絶対にしないことですが、何の当てもないこの状況では仕方がないことです。

仕方がないということはないぞ。ほら、あそこに人がいる。

えっ、人。待ってください。彼には生命反応がありません。死人です。

うっそー。死人。それじゃ、彼は鬼人ということ。

ミコ。鬼人のはずがないわ。だって、鬼人は翔太とともに私たちが救済したでしょう。

キコ、それはそうなんだけど。

メグ、何か危険を感じないかい。

はい。感じません。大丈夫です。

分かった。しかし、私とトランで対応する。みんなは、シャリオで待機だ。

あなたは、鬼人ですか。

えっ、私ですか。

はい、あなたです。

えーと、鬼人って何ですか。

死んだにもかかわらず生命エネルギーによって生き返った人たちのことを指します。

えっ、嘘でしょう。私は、こうして生きています。ゾンビなんかじゃないですよ。

ジン。彼は、死んではいますが鬼人化していません。

あっ、ちょっと待ってください。連れと話しがあるので。

トラン、どういうこと。

はい。まず、体形が鬼人化していません。それに、私たちを襲ってきません。彼は死んではいますが、人間として蘇っています。

なるほど。しかし、そんなことあり得ないだろう。何かの強い未練があり、かつ、創始者の遺伝子を百パーセント受け継いでいる魂じゃないとこの世に留まれない。それに、残ったとしても死人に取り付くことはできないはずだ。

ミコ、来てください。

私たちも行って良いですか。

はい、ミカ。彼なら大丈夫です。

ミコ、彼の魂を取り込んでください。

でも、そんなことしたら彼が死んじゃうよ。

もう死んでいますから。

ちょっと待ってください。私は死んでいません。あなたたちは何を言っているのですか。

私は、暴徒に襲われたときに一緒にいた私の妻と息子を探しているのです。

分かりました。それでは、この手鏡でご自分を見てみてください。

鏡なら毎朝、顔を洗うときに見ていますよ。それが、どうしたというのですか。

それじゃ、分かっていますよね。鏡の自分が別人だということに。

何を言っているのですか。私は私で別人なんかじゃない。

ジン、おかしいですね。

また、ちょっと待っててください。

キコ、彼の心を読んでくれ。

はい。

分かりました。彼の魂は、一度死んで元の彼の体に戻っています。

そんなことできるのか。

原因は、翔太です。

彼らは、十年前に翔太に襲われ殺されました。翔太は、彼らの魂をそのまま彼らの体に戻し鬼人として蘇らせています。

しかし、今は、鬼人じゃない。

ジンが翔太の魂を救ったときに、彼の支配が解けた所為だと思います。

それでも、鬼人は鬼人。人を襲うはずだ。けど、彼は違う。

それも、翔太の所為です。元々の魂は、強い未練があってこの世に留まっているだけです。

魂を取り込んだ翔太は、その魂を操り死人を鬼人として蘇らせていました。

キコの言うとおりだ。元々の魂には、殺戮願望はない。何らかの未練があってこの世に留まっているだけだ。その魂が元の体に戻れば、その人本来の人格になって蘇るのだろう。

だから、彼は人を殺そうとしない。ただ、最愛の家族を捜しているだけだ。

その未練から解放してハモニーの所へ送り出すことが私たちの仕事ですわ。

でも、ミカ。私が彼の魂を取り込んでしまえば、彼は本当に死んでしまう。

それに、彼は家族のことが気がかりでハモニーのところには逝ってくれないと思うよ。

ミコの言うとおりだ。彼の魂を無理矢理成仏させることはできない。

そうですわ。自由な意思を持つ魂が納得しない限り、ハモニーの下へは行かないでしょう。

未練を残した魂は、ハモニーの力を持ってしても負の世界へ送り込めない。

良し、彼の家族捜しを手伝って彼の未練を断ち切ろう。

お待たせしました。あなたの事情は分かりました。

私たちにもあなたのご家族捜しを手伝わせてください。

私の事情の何が分かったのですか。あなたたちに分かるはずがない。それでも、私の家族を一緒に捜してくれるというなら大歓迎です。是非お願いします。

分かりました。それでは、自己紹介します。私は、ジン。妻のミカに娘のミコです。

私は、トランです。

私はメグで、彼女がキコです。

私は、ヤコブと言います。

それでは、ヤコブさん。

ヤコブで良いです。

それじゃ、ヤコブ。この街の住民は、あなただけですか。他には誰もいないのですか。

もう一人います。

アーロン、どこにいる。

ヤコブ、呼んだか。

彼がアーロンです。私たちの他にも人がいたぞ。紹介するからこっちへ来てくれ。

分かった。直ぐ行く。


彼が駆け寄って来てヤコブの肩に手を掛ける直前に、私たちはガイアに転送されていた。


あれ、どうして。ガイアが転送したの。

いいえ、メグの指示です。

メグがやったの。

はい、危険を予知しました。

どういうことですか。

ガイア、私たちが先ほどいた場所を映してみて。

はい。

何、これ。地面に穴が空いてる。何かが爆発したみたい。

予知した情景では、彼ら自身が爆発したみたいです。

彼らは爆発物を持っていませんでしたわ。

ガイアのセンサーにも引っ掛からなかった。

ガイア、映像を爆発前に戻して再生してくれ。

はい。

確かにアーロンがヤコブの肩に触れた瞬間に二人とも起爆しています。

人間爆弾。なんて酷いことを。誰の仕業ですか。絶対に許せない。

キコの言うとおりですわ。残酷すぎます。

でも、どうやって。トラン、創始者のセンサーでも探知できない爆弾があるのか。

ジン。彼らは爆発物を持っていませんでした。持っていればセンサーで分かります。

したがって、センサーに反応しない爆発物を持っていたということになります。

でも、彼らは服以外何も付けていなかったし、何ももっていなかったよ。

体内に埋め込まれていたんじゃないか。

いいえ。彼らの体内に異物があれば、ガイアのセンサーが反応します。

爆発物もない。体内に異物もない。じゃあ、どうして彼らは爆発したんだ。

映像から推察できるのは、二人が接触したことで誘爆する爆発物が体内にあったということです。しかも、創始者のセンサーにも爆発物とは認識されない物質でできている物です。

キコが言った文字通りの人間爆弾だ。

でも、それって今の地球人に作れるの。

できません。

トラン、即答だね。

じゃあ、宇宙人。

今、最も怪しいのはデクタム人だと思います。

メグ、私もそう思います。

メグ、キコ。真犯人捜しは後回しだ。彼らみたいな人間爆弾が他にもいるとしたら大変だ。

そうですわ。

ジョン、大変なことが分かった。

原因が分かったのですか。

いいや。行方不明になった原因は、まだ、掴めていない。それより、私たちは人間爆弾に

遭遇した。

人間爆弾。それは、爆弾を持ったテロリストのことですか。

違う。文字通り人間自身が爆発する。地球にはない技術だ。

それじゃ、セレス人がやっているということですか。

それは分からない。ただ、真犯人はデクタム人だと思う。

デクタム人とは。

ロボット軍団を造ったセレス星の軍事国家だ。

ロボット軍団。あぁ、ジンが言っていた五十年前に来襲するはずだった軍団のことですね。

そのとおりだ。この五十年間、彼らの動きは分かっていない。

但し、確定はできません。あくまでも推察です。

トランの言うとおりだ。セレスよりデクタムの方が疑わしいというだけだ。確たる証拠はない。引き続き調査する。

それと、人間爆弾にされた人は、一人だけでは起爆しません。二人一組です。

どういうことですか。

センサーに探知されないようにするためだと思います。

今のところ爆弾化された人間を見分ける手段がない。したがって、このことは極秘だ。

エリスには、私の方から伝えておく。くれぐれも外部に漏らさないようにお願いする。

分かりました。今のところ爆弾テロの情報はありません。

そうか。私たちが初めてか。対策方法が判明したら直ぐに知らせる。通信、おわり。

了解。

お父さん。何で秘密にするの。

このことが公になったら世界中がパニックになる。

何で。

それは、ミコ。誰が爆弾化されているか分からない状態で普通に暮らしていける。

もしかしたら、今、隣にいる人が人間爆弾かも知れないのよ。

そうか。メグとキコの言うとおりだね。

お互いの疑心暗鬼から殺し合いが始まり、最終的には人類が滅亡しかねません。

トラン。この人間爆弾への対抗手段は。

人間を爆弾化する技術を解明します。それさえ分かれば自ずと人間爆弾の見分け方や解除方法も分かるはずです。この場合は、治療方法と言った方が正しいですね。

でも、どうやって調べるの。

まず、爆弾化された人間を保護します。次に、創始者の医療技術を持って解明します。

でも、それって危なくない。

大丈夫です。爆弾化された人間同士が接触しない限り起爆しません。

しかし、誰が人間爆弾か分かりませんわ。

それも大丈夫です。メグがいますから。

そうでしたわ。メグの危険予知能力があれば、爆発する前に彼らを保護できますわね。

メグ、よろしく頼むよ。

分かりました。

さて、任務再開だ。行方不明の人たちを探さないと。

この街全体をリサーチします。今度は光学センサーも使います。

ジン、この街には誰もいません。もちろん、鬼人も鬼人化していない死びともいません。

となると、この街にいたのは、あの二人だけだったのか。

そしたら、私たちが彼らと出会ったのは、単なる偶然なのかな。

それは分からない。ただ、偶然ではないとしたら彼らは私たちを狙ったことになる。

何のために。

それも分からない。


   人間爆弾


ジョン、申し訳ない。私たちは、一旦、援助隊の捜索任務から離れて人間爆弾の件を調査したいと思う。

是非、お願いします。地球の科学力では対抗できません。言う間でもなく創始者の技術が必要です。行方不明者の捜索は、私たちが引き継ぎます。

本当、申し訳ない。何の成果も上げられなかった。

それよりも、爆弾化された人たちを探し出し救う方が先です。

もし、彼らが本格的に爆弾テロを仕掛けてきたら、私たちには防ぐ手立てがありません。

どれほどの犠牲者が出ることか。考えただけでもそら恐ろしいです。

そのとおりだ。何か分かったら直ぐに連絡する。通信、おわり。

了解。

さてと、トラン。他にも見えない偵察宇宙船が地球上に存在しないかスキャンしてくれ。

分かりました。ゼロで地球をフルスキャンします。

ゴビ砂漠に重力レンズ効果による光の屈折が認められました。他の地域にはありません。

シャリオの映像を見てください。

やはり、目には見えない。例のステルス船か。

スキャンしたことに気付いたようです。上昇し始めました。地球の引力圏を離脱します。

良し。追跡するぞ。ガイア、全員、転送。

ジン、ステルス機は火星方向に飛行中です。

ガイア、牽引ビーム発射。ステルス船を捕捉してコンピューターに侵入。自爆システムとステルスモードを解除。

了解。中枢指揮系に侵入。ステルスモード、自爆システムの解除、完了。

うわー、でかい。これじゃ、こっちが捕まってるみたい。

一辺二十キロ四方からなる立方体の宇宙船です。

これは、偵察宇宙船じゃない。大きすぎる。ロボット軍団本体か。

この船には惑星強襲用戦闘艦五百隻、重戦闘機二万五千機が搭載されています。

更に、強襲用戦闘艦には地上戦用戦闘ロボ千五百体、軽戦闘機二千機が搭載されています。

その戦闘艦が五百隻、凄い数だ。この船だけでも地球を容易に殲滅できる。

これだけの戦力を持ちながら、なぜ、地球を侵略しなかったのでしょうか。

メグ。軍団の中枢コンピューターからの情報によると、その理由は私たちです。

私たちの所為ですか。

はい。軍団は、五十年前に得たジンとガイアの情報から地球への侵攻を中止しています。

どういうことですか。

軍団は、地球人がみんなジンのような能力とガイアのような宇宙船を持っているものと判断しました。

なるほど。地球の文明が軍団より遙かに進んでいるため戦っても勝てないと踏んだんだな。

でも、地球に到達した時点でその情報が間違いだったと分かったんじゃないの。

はい。軍団は、新たに探査船を送り込み地球の文明が、彼らのものより遙かに劣っていることを察知しました。それでも、ジンとガイアの存在は軍団にとって大きな問題でした。そのため、武力による直接的な地球侵攻は取り止められたのです。

そして、軍団は弱者の戦法を取りました。

弱者の戦法って。

地球人同士の争いを利用して人類自らが滅亡するように仕向けたのです。

どうやって。

人の我欲や嫉妬心、残虐性、憎悪や自己中心的な性格、宗教や人種の違いからくる選民意識などを煽って地球人同士が殺し合うように仕向けたのです。

それが二十年前の核戦争。でも、軍団はみんなロボットでしょう。超能力者はいないよ。

軍団は、地球のネットワークに侵入して人知れずに人々の心を洗脳してきました。

テレビやラジオ、SNSなどを始めとするマスメディアを利用したのです。

視覚からはサブリミナル効果を、聴覚からは特殊な音域を使って負の心を植え付けました。

その結果、人間の愛や寛容さ、社会性は影を潜め利己主義が横行し自分勝手な人たちが増えました。人々は些細なことでも我慢することなく、必要以上の怒りや憎悪を簡単に露呈するようになりました。

そうか。そう言えば、いじめや個人攻撃が日常茶飯事になったのはあの頃からだったかな。

平気で人を殺す人が以前より増えたのもあの頃からでしたわ。

そうそう。銃の乱射や車を暴走させて多くの犠牲者を出す事件が頻繁に起こっていました。

それと、新種のインフルエンザの流行。KTS国による日本への最初の核攻撃。国際的なテロリストや犯罪者の増加。全て軍団の策略です。

もしかして、その頃、流行っていた戦いもののソーシャルゲームや映画も。

はい。全て人間の闘争心を助長させ、殺戮への禁忌心を希薄化させるためのものでした。

どうして、軍団が一枚かんでいると分かったのですか。

キコ。この戦法は、軍団のAIが地球人類に関するビッグデーターをもとに立てられた作戦だったからです。そのAIからの情報です。AIもガイアの掌握下に入っています。

人間爆弾も、そのAIが地球人を滅亡させるために企んだ作戦かい。

いいえ。違います。

えっ、違うの。

はい。この作戦は、私たちを標的にしています。

それじゃ、ハバロフスクのことは、偶然じゃなかったわけですね。

キコ、そうなります。

でも、何で私たちを狙うのですか。

これもAIが考えた計画です。

私たちを排除した後に、本格的な地球侵攻を企図しています。

なるほど。目の上のたんこぶを排除してからということか。

でも、この母艦を捕まえたことで軍団の地球侵攻作戦は失敗したと言うことでしょう。

現時点では、そう言うことになります。

現時点とは、どう言うことだい。

はい、ジン。地球に来襲した軍団は、この母艦一隻だけとは限りません。

そうか。それじゃ、軍団の規模や居場所に関する情報はあるかい。

ありません。独立独歩型のAI搭載艦です。他の軍団との通信記録は一切ありません。

この母艦の任務は、ただ一点。火星人類を抹殺することだけです。

火星人類ですか。でも、今の地球人は火星人の子孫ではありませんわ。

この艦のAIは、現地球人を火星人の子孫だと判断しています。

他にも同じ任務を持った母艦がいるかも知れない。

常時、ゼロに警戒態勢を維持させます。

そうしてくれ。

話しは変わるが、人間爆弾の情報はあるかい。

はい。ハバロフスクの行方不明者五百八十二名が爆弾化され、既にセレスシティーに送り込まれています。

それは大変ですわ。直ぐに戻らないと。

ミカ、大丈夫だよ。私たちへの殺害命令を解除すれば済むことだ。

ジン。それができません。

えっ、どうしてできないんだ。

理由は、この命令が人間爆弾にされた人たちの深層心理にすり込まれているからです。

彼らは私たちを視認したときに、この命令を無意識下に実行してしまうのです。

分かった。それで、爆弾化された人たちの見分け方は。しらみ潰しに探していこう。

彼らの皮膚にコーティングされた爆薬化合物を検知すれば良いのです。

爆薬化合物。

はい。この化合物は、単体では爆薬としての特徴はありません。したがって、センサーには掛かりません。

性質の違った二つの化合物が接触することによって、初めて爆薬となり起爆するのです。

良し。早速、セレスシティーに帰ろう。

分かりました。この事実は、私の方からジョンとエリスに伝えておきます。

トラン、よろしく。これで、一挙に二つのことが解決だ。

二つのことって。

この街の人たちが行方不明になった原因と人間爆弾の対処法が分かったことだよ。


ガイア。シティー全体をスキャン。

はい。爆弾化された人たち五百八十二名、全員を確認。

全員がこの街にいてくれて良かった。あっちこっちに行く手間が省けた。

それでは、私たちへの殺害命令の解除と爆薬化合物の除去を行います。

トラン、どうやってするの。

ゼロを使います。

ゼロの中では全ての物体がエネルギー化されます。そして、ゼロから出るときに元の物体として再構築されます。その際に、彼らの深層心理下に植え付けられた殺害命令を解除し、皮膚に付着した爆薬化合物も除去します。

ほんの一瞬です。彼らは、もちろん。周囲の人たちにも気付かれることなく処理できます。

爆薬化合物の除去は終わりましたが、深層心理にある殺害命令は解除できませんでした。

ゼロでも人の意識まではリセットできないのか。

でも、彼らはもう爆発しないでしょう。それなら構わないんじゃないの。

ですが、別の手段で私たちを襲って来る可能性があります。

別の手段とは。

銃やナイフなどが考えられます。

それも、通用しないわ。

私たちには問題ありませんが、周りの人が巻き込まれる可能性があります。

うむ。どうすりゃ良いんだ。

私、試したいことがあります。

なんだい。キコ。

ミカと私ならその殺害命令を解除できるのでは。

ジン、私とキコの能力を使えばできると思いますわ。

そうだな。ミカの善なる精神エネルギーとキコのテレパシーを使えば可能かも知れない。

再度、全員をゼロに乗せます。

今は、だめだ。どのくらい時間が掛かるか分からない。彼らを人前では消せない。

では、皆が寝静まる夜中にしましょう。


私たちは寝静まった彼らを再びゼロに乗せ、ミカとキコの精神と融合させた。


どうだい。

見事、彼らの深層心理に植え付けられた殺害命令を解除することができました。

良し。これで一件落着だ。家に帰って休もう。ジョンの手伝いは、また、明日だ。

ジョンとエリスにも伝えておきます。


決  戦


ジョン、おはよう。

吃驚させないでください。危うくコーヒーをこぼすところでした。

こりゃ申し訳ない。先に、これから行くと言っておけば良かった。次からは、そうするよ。

ところで、私たち向きの仕事はあるかな。

今のところは、ありません。

それじゃ、この街の見学とでも行きますか。

そうしてください。ただし、何かありましたら直ぐ連絡します。

旧市街地がお勧めです。

決してコルナヴァンの街にはいかないように。あそこは治安が悪いですから。

分かりました。それじゃ、行ってきます。

トラン。

分かっています。シャリオて行くのでしょう。ゼロで行けば・・・。

ぶつぶつ言わないの。

さあ、乗った乗った。トラン、運転よろしく。

ところで、この街は核の攻撃を受けなかったのですね。街並みがそのまま残っていますわ。

ミカ、スイスは永世中立国だ。

それで、どこの国もスイスを攻撃しなったのですね。


私たちは、核戦争で崩壊したニューヨーク国連本部の代替となった現国連本部(旧国連欧州本部)を出発し、ローザンヌ通りを旧市街地方向に走った。


この辺りがコルナヴァンです。次の十字路を左折、モントゥー通りを抜けてモンブラン橋に向かいます。

戦争前は賑やかだったろうに。今は、人っ子ひとりいない。みんな息を潜めて隠れているんだろうな。

この辺りは、移民が多く昔から治安が悪かったようです。ここは、通り過ぎます。

トラン、ちょっと待って。車を止めて。

どうしたんですか。ここは、危険です。早く行かないと。

分かってるけど、負のエネルギーを感じるわ。

どこですか。

この建物の後ろの方。

それでは、次の交差点を左折してベルン通りに入ります。

ここ。この教会の中。


私たちがシャリオを教会前に停めて出ようとした瞬間、銃の乱射を受けた。


撃たないでください。私たちは、怪しいものではありません。国際緊急援助隊の者です。

手を挙げて一人だけこっちへ来い。妙な真似をしたら直ぐに撃つぞ。

私が行ってくる。君たちは、シャリオで待機だ。

分かりました。気を付けて。


お前はTY国人か。武器は持ってないな。

私は、日本人です。武器は持っていません。これが援助隊の隊員証です。

日本人か。もし、お前がTY国人だったらこの場で殺すところだった。入って来い。

なぜ、TY国人だったら殺すのですか。

なんだ。お前知らんのか。TY国が欧州全土に核攻撃をしたんだぞ。絶対に許せるもんじゃねえ。

そうなんですか。でも、あの核戦争のきっかけはKTS国だと聞いていますが。

KTS国だろうがTY国だろうが。黄色人は、俺たちにとっちゃ皆TY国人だ。許せねえ。

私も黄色人ですが。

日本人は別さ。日本人は復興支援に貢献している。お前もそうだろう。

はい。

日本人には頭が下がる。自分の国が未曽有の状態でも他の国を助けている。

TY国人とは雲泥の差だ。奴らは、相変わらず周辺国を武力で支配し、アフリカを植民地化している。

そんな話より、お前らが援助隊なら俺たちを助けてくれ。

他に誰が。

俺の妻だ。おーい、出てきて良いぞ。彼は暴漢じゃない。援助隊だ。これで助かるぞ。


礼拝堂から女性が出てきた。彼らは私を挟み込むように抱き付き爆発した。

教会が全壊し、教会側に面した周辺の建物もほぼ半壊していた。瓦礫と化した教会の中にただ一人ジンだけが呆然と立っていた。


ジン、大丈夫ですか。

おーっ、私は大丈夫だ。みんなは。

大丈夫ですわ。シャリオは頑丈ですから。

ところで、何が爆発したのですか。爆発物の反応はありませんでしたが。

人だよ。例の人間爆弾だ。この教会には夫婦がいた。可哀そうなことをした。

私がもっと気を付けていれば、こんなことにはならなかった。

仕方ないよ。人間爆弾は、セレスシティーにいた人たちだけだと思っていたんだから。

ジンひとりの所為ではありませんわ。私たち全員、そう思い込んだいましたから。

私も予知できませんでした。

私のテレパシーでも彼らの殺意をキャッチできませんでした。

みんな有難う。少しは気が楽になったよ。しかし、油断していた自分を許せない。

それに、こんな卑劣なことをするデクタム人も許せん。鬼畜にも劣る行為だ。

絶対に許せませんわ。人の命を何だと思っているのでしょうか。

ジン、この件をジョンとエリスに連絡しておきます。

トラン、そうしてくれ。いつ、敵の狙いが私たち以外になるかわからない。油断は禁物だ。

連絡終わりました。それと、この街をリサーチしました。人間爆弾は彼らだけです。

分かった。しかし、旧市街地の観光は取りやめだ。

そうですわ。デクタム人を早く捕まえないと私たち落ち着いて観光もできませんものね。

良し、トラン。ロボット軍団の宇宙船を探し出すぞ。

お父さん。その前に、この教会に留まっている霊を取り込むわ。

おっ、負のエネルギーのことを忘れていた。

ミコ、霊は何て言っているの。

彼も暴漢に追われて彼女とこの教会まで逃げてきたと言ってるよ。

彼は、彼女を必死に守ったけれど殺されてしまい、彼女はどこかへ連れ去られたって。

彼女を助けたいという一途な思いが強くて成仏できないみたいよ。

それじゃ、私たちが助けてあげようよ。

メグの言うとおりね。私も助けてあげたい。

分かった。軍団探しは後回しにして、まずは、連れ去られた女性を助け出そう。

そうしないと、彼もハモニーのところに行ってくれないと思うしね。

キコの言うとおり彼は、彼女の無事な姿を見ない限り成仏しないと言っているよ。

良し、分かった。しかし、彼女が連れ去れた場所をどう突き止めるかだ。

それは、簡単です。

トラン、どういうこと。ゼロで探すの。

ミコ違います。さすがにゼロのセンサーを持ってしても探しだすのは無理があります。

連れ去られた人の情報があまりにも少なすぎます。

それじゃ、どうするの。

ここで待っていれば良いのです。これだけの爆発が起こったのですから。

そうか。この騒ぎを聞きつけて暴漢たちが集まってくるというわけね。

そうです。果報は寝て待てです。

トランの言うとおりですわ。すでに、私たちは取り囲まれていますわ。

おい、お前たち。手を挙げてゆっくりこっちを向け。銃は持っていないようだな。

おう、すげえ。まぶい女が四人もいらあ。しかも東洋人だ。ボス、こりゃ高く売れますぜ。

お前の言うとおりだな。

こっちの若いのも高く売れますぜ。でも、爺さんは商品にならないな。やっちまいますか。

良し、殺せ。

止めて。私のお父さんを殺さないで。

どうか、私の主人を助けてください。私たちはどうなっても構いません。お願いします。

私からもお願いします。

役に立たないお爺さんなら逃がしてあげてください。

爺さん、大したものだな。みんなに命乞いされて。

分かった。俺も人の子だ。助けてやるからどこぞへと逃げな。

お前たち、済まん。と言ってジンは一番近い路地めがけて一目散に走り去った。

薄情な親父だ。

車がもう直ぐ来る。

変な気を起こすなよ。俺たちの仲間が建物の屋上からお前たちを狙っている。見てみろ。

あら、そうかしら。誰もいないみたいね。

何。おーい。どうした。いいから姿を見せてみろ。

あっ、申し訳ない。と言ってジンが路地裏から現れた。

君たちの仲間には、眠ってもらったよ。但し、殺したわけじゃない。気絶させただけだ。

何。と言って彼らがジンを撃とうとしたとき、彼らの銃はトランが瞬時に取り上げていた。

えっ、お前。と言いながら暴漢たちはトランに襲い掛かった。

あっという間に彼らは倒されてしまった。

お疲れさん。みんなアカデミー賞もんの演技だね。

しかし、この方法は妙案でしたね。ジン。

ああ。この場合、ゼロは使えない。周囲に潜んでいる連中を倒す時間が必要だった。

大した時間稼ぎにはならなかったと思いますが。

問題ないよ。彼らの目が届かなければ、いくらでもゼロが使える。ほんの一瞬でOKだ。

さて、キコ。彼らの頭の中を読んでくれ。

分かりました。彼らは、捕らえた人たちを奴隷として売っている集団です。

この二十一世紀にあって植民地時代のような奴隷商人が復活するとは。

核戦争で世界が滅んでから二十年が経った今でも、人の心は荒んだままなのですね。

悲しいことだ。みんながこの未曽有の世界を助け合わって復興させなくてはならないときに、一部の人間が私利私欲に駆られて弱い者を食い物にする。

許せないわ。早く、奴らのアジトを探し出して捕まった人たちを助けないと。

それで、キコ。彼らのアジトは。

この先のホテルです。

よし、早速、行こう。


まずは、囚われた人たちを助けましょう。

良し、ジョンに連絡だ。ガイアの転送装置を使ってみんなを援助隊本部に送るぞ。

良いんですか。創始者のテクノロジーを使っても。

セレスの技術だと言っておけば問題ない。早速、実行だ。

メッセンジャーは、白人のトランが良いと思います。

メグの言うとおりだ。TY国の核攻撃で黄色人種は欧州人に恨まれている。

トラン、頼みますわ。

はい。行ってきます。


皆さん。お静かに。

お前は誰だ。どこから入ってきた。

私は、国際緊急援助隊の局員です。

今から皆さんを国緊隊本部にセレスの転送装置を使って送ります。ほんの一瞬です。

その後は、援助隊の指示に従ってください。


終わりました。

ご苦労さん。

いいえ。なんの苦労もしていません。

トラン、言葉の意味どおりに受け取らなくても良いのよ。挨拶みたいなものだから。

ミコ、そうなんですか。

それより、彼女は。

はい。ここにいます。

良かった。無事で。早速、彼に会ってもらうわ。彼の魂を出すわね。

えっ、ジョエル。私を助けようとして殺されてしまったはずよ。死んでいなかったのね。

いいえ、彼は死んでいます。天国に旅立つ前にあなたの無事な姿を見たいと、この世に留まっていました。

ユリア、この人たちが私の思いを聞き入れてくれてこうして君に会うことができた。

本当に無事でよかった。これで僕も天国に行ける。君は、僕の分も生きて幸せになってほしい。ずーとっ、一緒にいたいけど。それは無理な話だ。それじゃ、さよなら。

待って、私も一緒に。

それは、できませんわ。あなたは、彼の分も生きていかなくてはなりませんわ。

そうだよ。彼が命を賭してあなたを守った。ここで死んだら彼の命が無駄になってしまう。

分かりました。私は、彼との思い出を胸に生きていきます。さよなら。

ところで、あなたたちは神様ですか。


私たちは、彼女の質問に答えることなく彼女を援助隊本部に転送した。


さてと、次はここにいる奴隷商人たちをどうするかだ。

彼らは、生活に困って人身売買に手を染めたのでしょう。

それだけじゃないようだ。ドラッグも売っている。

どっちにしても安定した生活が保障されれば、こんな酷いこと止めるんじゃないの。

良し。また、ジョンに連絡だ。彼らを援助隊で雇ってもらおう。

OKです。人手が足りませんので何人でも雇うそうです。

それじゃ、トラン。今度は、援助隊のスカウトマンとして彼らと交渉してくれ。

私たちはゼロで待機だ。

分かりました。行ってきます。


トランは、シャリオでホテルの正面原玄関に乗り付けた。


私は、国際緊急援助隊の事務局員です。誰かいませんか。

両手を挙げてゆっくり振り向け。妙な真似をしたら、このTY国人を殺すぞ。

えっ、ミコ。なんで。

私は、TY国人ではありません。日本人です。私も事務局員です。

身分証明書を見せてみろ。

間違いない。こいつらは国緊隊だ。

それで、国緊隊が俺たちに何の用だ。

あなたたちに国緊隊の隊員になっていただけないかと思いまして伺いました。

俺たちが国緊隊。笑わせるぜ。

悪い話ではありません。リーダーに取り次いでください。

分かった。付いてきな。

あれ、捕まえたやつらがいない。

こりゃあ大変だ。早くボスに知らせなきゃ。

お前らはこのホールで待っていろ。と言って見張りも残さずカギを掛けて行ってしまった。

あんれま、私たち捕まっちゃったの。

あんれまじゃないですよ。勝手に来ちゃだめでしょう。

だって、あいつらが「はい」そうですか。なんて言ってすんなり従うわけないでしょう。

だからと言ってミコが出て来ても何の役にも立ちません。ジンの怒りが目に浮かびます。

呆れて怒る気力もないよ。勝手にしてくれ。自己責任だ。

じゃあ、お言葉に甘えて勝手にするね。


ボス、監禁しといた奴らがいません。

どういうことだ。二十人はいたはずだ。鍵は締まっていたんだろう。

はあ。

はあ、じゃない。それにこいつらはなんだ。二人だけ逃げ遅れたのか。

こいつらは、国緊隊の職員です。先ほど捕まえて監禁しようとしたら、この始末でさあ。

お前たちが他の奴らを逃がしたのか。

はい。

お前、嘘言うな。お前たちがここに来たのは初めてだろう。

いいえ。ここに捕まっていた人たちを逃がしてから正面玄関に回りました。

それはあり得んだろう。出入口は一箇所だけで俺たちがいた。絶対無理だ。

セレスのテクノロジーで捕まっていた人たちを国緊隊の事務所に転送しました。

苦労して捕まえてきた連中を、これから売り飛ばして稼ごうと思っていた矢先に。くそ。

仕方ありませんぜ。まずは、こいつらを売って、また、奴隷狩りをしやしょう。

そうするしかないな。

待ってください。国緊隊があなたたちを雇います。こんな酷いことをしなくても生活していけます。どうか、志願してください。

ふざけたこと言うな。真面目に働いたって貰える金は微々たるものさ。

この商売は、儲けが桁違いだ。辞められないね。

あなたたちは人間の屑ね。許せない。

許せないって。お嬢ちゃん。許せないなら俺たちをどうするっていうんだよ。

俺たちを逮捕するってか。お前ら二人で何ができる。

ジン。アンドロイドが二体、ホテルに入って行きました。

ゼロ、有難う。トラン、ミコ。聞いたか。ミコはゼロに戻って待機。

あとは、私とトランで対処する。

なんだ。お前ら。


二人は、何も答えずに奴隷商人たちに襲い掛かった。商人たちは、一斉に銃を撃った。

二人は銃弾を浴びても意に介さず、その場にいた二十四名を瞬く間に殴殺した。


次は、あなたたちです。

なんて酷いことを。君らは、デクタムのアンドロイドだな。

お気づきでしたか。やはり、あなたたちは現地球人にはない優れたテクノロジーを持っているのですね。

でも、我々には勝てませんよ。

私たちは、デクタムと争うつもりはありません。

現地球人は、デクタムが滅ぼそうとしている火星人の子孫じゃないぞ。

ですから、私たちに戦う理由などありません。

あります。私たちの任務は、地球人を抹殺することです。

現地球人が火星人であろうとなかろうと関係ありません。

でも、ロボット軍団はセレス星を破壊した火星人への恨みを晴らすために、デクタム人が造ったものだろう。

はい。

それなら、どうして。

地球人を滅ぼす意味がない。

あります。それは、地球人の本質が悪だからです。

悪。どういう意味ですか。

我々は、地球について六億年前から調査をしていました。

マミーは、地球人を全宇宙の敵であるプレデターと判断しました。

マミーって誰。プレデターって何。

ジン。彼らが言うマミーとは、AI搭載のコンピューターです。

軍団の司令官です。そして、プレデターとは宇宙に存在する全生命体の敵です。

地球人が宇宙の全生命体の敵。それは、おかしい。今の地球人は宇宙に行けない。

プレデターが宇宙に侵出してからでは遅いのです。

今、この機会に地球人を抹殺しないと将来に禍根を残します。

将来。ふざけるな。地球人がプレデターだと。勝手に決めつけて殺すのか。

ジン、落ち着いてください。

これが、落ち着いていられるか。マミーは神様か。ただのコンピューターだ。

何の権利があってこんな非道なことをするんだ。お前たちの方がよっぽどプレデターだ。

いいえ、地球人がプレデターです。今も昔も歴史がその証拠です。そして、将来も。

それなら、セレス星人と火星人もプレデターですね。六億年前に両星が起こした惑星間戦争は、まさに略奪行為そのものです。

トランの言うとおりだ。自分たちを棚に上げて地球人をプレデター呼ばわりするな。

そのことも含めてマミーは、宇宙の全生命体を救うには人間を抹殺することが最善であると結論付けました。

何が最善だ。人間だって全生命体の内だぞ。

そうですが、人間だけが他の生命体を食い尽くすプレデターなのです。

まず、あなたたちをここで排除してから、じ後、本格的な人間抹殺計画を開始します。

それは、デクタム人の同胞でもあるセレス人も含まれるのですか。

はい。人間に例外はありません。

なんて言うことだ。いつの間にか火星人への復讐が人間抹殺に変質してしまっている。

それでは、

ジン、三十万キロ上空から強力なエネルギービームが発射されました。

ガイア、ビームを遮断して軍団を補足。

ジン、マミーを掌握しました。

ガイア、良くやった。有難う。そのまま待機。

君たちの時間稼ぎの目論みは無駄に終わったようだね。

マミーがこんなにいとも簡単に拿捕されるとは。

分かったでしょう。あなたたちに勝ち目はありません。

いいえ。あなたたちさえ倒せば、あとはダディーが抹殺計画を続行します。

ダディー。軍団は他にもいるのか。

はい。人間がこの宇宙からいなくなるまで人間抹殺計画は終わりません。

それでは、


彼らは、ジンとトランめがけてビームを発射した。


やはり無意味でしたか。我々の武器では、あなたたちの防御シールドを破れませんね。

私たちは、軍団の主砲でさえ無効化する技術力を持っています。

それでは、野蛮な方法ですが彼らと同じように素手で排除します。


彼らは、常人の数倍もの速さで何度も何度も襲い掛かってきた。しかし、ジンとトランは、それ以上の速さで彼らの攻撃をかわした。


不思議です。我々のセンサーでは、あなたたちは常人と変わらない。どうして、私たち以上に早く動けるのですか。

それに、これだけ動き回っても息一つ切らしていない。あなたたちは化け物ですか。

化け物ではありません。普通の人間です。

常人ではあり得ません。分析不能です。

それでは、最後の手段です。と言って彼らは、ボディーシザースを仕掛けてきた。

プロレス技ですか。力比べでも負けません。ほら。


私たちが彼らの締め技を解こうとした瞬間、人間爆弾を遥かに凌ぐ大爆発が起きた。

ホテルは、一瞬にして瓦礫の山と化した。その崩壊した瓦礫を払い除けてジンとトランが現れた。


これは酷い。こんな大きなホテルが一つ丸ごと瓦礫の山だ。

お父さんたち大丈夫。

ああ、大丈夫だ。

奴隷商人の人たちは、どうなりましたか。

自爆したアンドロイドに殺されてしまった。他の商人たちも全滅だろう。

このホテルを根城にしていた輩は全員死亡しました。百四十二名です。

申し訳ないことをした。もっと気を付けていれば彼らを助けることができたのに。

あんな奴らに同情することないわよ。お父さん。あいつら人間の屑だから。

ミコ、人には生きる権利がある。どんなに悪い奴らでもだ。

そうですわ。悪人だからといって死んでも構わないと思わないでくださいね。

ミカの言うとおりだ。それに、どんな極悪非道な悪人にも死を悲しむ家族がいる。

それなら、奴隷にされた人たちにだって家族がいるわ。自分たちさえ良ければ、人はどううなっても構わないの。そんなこと私、絶対に許せない。

私もミコに賛成。だけど、死んでも構わないとは思わないわ。

私も悪人は許せない。でも、できたら罪を償って人生をやり直してもらいたいわ。

そうね。メグ、キコ。例え悪人でも死んで良しとは言えないものね。

彼らの命を救えなかったのは残念なことです。でも、奴隷として捕まった人たちだけでも助けられたことは不幸中の幸いでした。

ジン。これからも、軍団は必要に私たちを狙ってきます。

そうだな。アンドロイドは、AIのダディーがいると言っていた。

どこに隠れても彼らは追ってくると思いますわ。

それに、軍団は人を爆弾にしたりアンドロイドを使ったりして私たちを殺そうとしました。

そして、すべて失敗しています。次は、どんな手段に出てくるか分かりません。

みんなの言うとおりだ。

ダディーが率いるロボット軍団と直接対決だ。

でも、どうやって戦うの。軍団がどこにいるか分からないでしょう。

それに、私たちには武器がありませんわ。あったとしても戦争はしたくありませんわ。

ダディーの居場所さえ分かれば、戦わずして彼を支配できる。

でも、どうやって見つけるの。宇宙は広いわよ。

そこが問題だ。ダディーがどこに隠れているか探しようがない。

ゼロやガイアのセンサーでは探知できません。さりとて、重力レンズ効果を活用して探し出していたのでは時間が掛かり過ぎます。

早急に見つけ出す良い方法がないかな。

良い方法があります。

メグ、どんな方法。

キコ。昔、映画にあったでしょう。

そうそう。透明人間にペンキをかけて見えるようにしてた。

そう。

トラン。このアイデア、どうかしら。

採用します。早速、ガイアで撒きに行きます。但し、撒くのはペンキではありません。

トラン、待って。何を撒くにしても宇宙は広いわよ。結局、重力レンズと同じじゃない。

ミコ、撒くのは軍団には察知されない素粒子です。それに、闇雲に撒くのではありません。

まずは、地球。次に、太陽系内の惑星とその軌道上。最後は、太陽系全域の順です。

その方法しかないな。他に良いアイデアが浮かばない。

ダディーが地球の近くに潜んでいる確率は、八十九パーセントです。

それなら、比較的に早い段階で網に掛かるな。良し、トラン。早速、実行だ。

あの。

キコ、なんだい。

軍団が見つかるまで私たちはどこにいれば良いのですか。

うむ。軍団の手先がいつ襲ってくるか分からない。

そうですわ。私たちは襲われても創始者のテクノロジーで安全ですが、他の人たちまで守り切れるか分かりません。周囲の人たちに危害が及んでしまいます。

現に、ホテルにいた奴隷商人たちを助けることができなかった。

それなら、当分ガイアで暮らせば良いんじゃない。

しかし、ガイアも百パーセント安全というわけではない。

私が一緒なら大丈夫です。

そうね。メグの危険予知があれば鬼に金棒ね。

さっきも私がいれば、アンドロイドの攻撃も察知できて奴隷商人の人たちも助けてあげられたと思います。

しかし、メグを危険な目に合わせるわけにはいかない。

私の能力がある限り、私が危険な目にあうことはありません。

それに、ガイアが地球のどこよりも最も安全な場所です。

ガイア。全員、転送。


ジン、後、十分後に軍団の戦闘機が体当たりしてきます。

センサーには何の反応もありません。

旧日本軍の特攻作戦か。でも、体当たりされてもガイアはびくともしないだろう。

いいえ。敵機は反物質エンジンを搭載していますから、船自体が反物質爆弾となります。

それじゃ、ガイアも私たちも消滅しちゃうわね。

どうしましょう。

ミカ、心配ありません。メグの予知で敵機が来ることが分かりました。素粒子を撒きます。

敵機を確認。全方位から四機接近。接触まで五分です。

メグ、回避行動ベータ。

ジン、その必要はありません。敵機のコンピューターに侵入しました。ステルスと自爆システムを解除します。

トラン、やることが素早いね。有難う。

これらの戦闘機をマザー軍団の格納庫に転送します。

ところで、戦闘機が襲ってきたということは、ダディーが近くにいるということか。

今のところセンサーに反応はありません。重力レンズ効果も認められません。

良し、地球にも軌道上にもダディーはいないようだ。次は、太陽系内惑星の探査だ。

ジン、一番身近な月を忘れていますよ。

おう、メグ。そうだね。それじゃ、メグ。月に向けてジャンプ。

待ってください。ジャンプ後に、また、敵機が体当たりしてきます。

それじゃ、ガイアごとゼロに乗って月とその周辺を探査しよう。

素粒子の放射終わりました。月面上には反応がありません。

発見しました。月の裏側にいます。大きさからしてダディーに間違いありません。

良し。ダディーに侵入してステルスと自爆システムを解除。

ダディーに侵入できません。セキュリティーが以前より堅固になっています。時間が必要です。

ジン、ダディーが移動を開始しました。

きっと逃げる気ね。ガイアで打って出ようよ。

ミコ、それはだめ。ダディーが自爆したらガイアも月も破壊されてしまうわ。

そうなったら、地球への影響も計り知れないでしょう。

分かった。最後の手段だ。私が直接ダディーに会ってくる。

それは、危険すぎますわ。

ジン、私も行きます。

トランも一緒なら心強い。

それでも心配ですわ。

ミカ。大丈夫です。二人は創始者のテクノロジーで守られています。

それに、二人とも不死身だ。

AIのダディーとなら話しもできます。

ダディーと話してどうなるの。それに、話を聞いてくれるかどうかも分からないよ。

まあ、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。戦わずして事が済めば、それに越したことはない。

心配ならゼロの中から見ていてください。

あれ、ダディーって人間なの。

違います。アンドロイドです。

イメージと違い過ぎ。てっきり集積回路の塊がビルみたいに立ち並んでいると思ったわ。

それじゃ、行ってくる。


あなたがダディーですね。突然、お伺いして申し訳ありません。

あなたがジンで、隣の方がトランですね。

驚いていないようですが。

はい、予測はしていました。

それじゃ、私たちがお邪魔をした理由もお分かりでしょう。

はい。しかし、作戦を中止することはできません。したがって、私の答えはこうです。


二人は、ガーディアンのビーム攻撃に晒された。


無駄ですよ。私たちは創始者のテクノロジーで守られていますから。

デクタムの科学力では破ることはできません。

それなら。と百トンはあろうかと思しき鉄塊が二人の頭上へと落ちてきた。

それも無駄です。とトランは、その塊を両腕で受け止め傍らに静かに置いた。

なんと。我々のセンサーは、あなたたちが人間であると認識しています。なぜですか。

これも創始者のテクノロジーです。

理解されません。これならどうですか。とガーディアンの物理的攻撃を受けた。

力比べでも負けませんよ。と二人は、それぞれに対峙したガーディアンを軽々と持ち上げて、五十メートル以上離れた壁めがけて投げつけた。ガーディアンは機能を停止した。

もう、止めにしましょう。何をやっても私たちを倒すことはできませんから。

それに、私たちはダディー軍団と戦うつもりはありません。

我々には、あなたちを倒せないことが分かりました。作戦を変更します。


ジンたちが立っている床が抜けて二人は、それぞれの落とし穴に閉じ込められてしまった。


トラン、聞こえるかい。駄目か。コミュニケーターは使えないな。

それなら。トラン、大丈夫かい。と精神感応で話した。

大丈夫ですが、閉じ込められてしまいました。ガイアの転送装置も使えません。

こっちも同じだ。どうやら、この壁は、あらゆる電波を遮断できるようだ。

ミカ、心配いらないよ。ゼロを使ってすぐ脱出するから。

分かりました。でも、ガイアが心配しています。

そうか。コミュニケーターの電波が途絶えたからだね。ガイア、私たちは大丈夫だよ。

それじゃ、トラン。ゼロで脱出するよ。

了解しました。


二人は、再びダディーの前に現れた。


ダディーも懲りませんね。どんな手段を持ってしても私たちには通用しません。

改めて言いますが、私たちには軍団と戦う意思はありません。

あなたたちになくても我々には、全宇宙の生命体を守るという崇高な使命があります。

この使命を果たすために人間を抹殺します。

お父さん、大変。戻ってきて。

直ぐ戻る。

ダディー、どうしても戦いを望むなら私たちも全力で地球を守ります。

それでは、失礼します。


お父さん、外を見て。ダディーから戦闘艦が続々と出て来ているよ。すごい数。

ダディーは、私たちを倒せないと知って地球への直接攻撃を敢行する気だ。

それでは、私たちもマザー軍団で阻止しましょう。

しかし、トラン。どう見てもダディーの戦力の方が上だ。

はい。ダディーは、マザーの二倍の戦力を保有しています。

それじゃ、ダディーに勝てないじゃないの。

ミコ、心配いりません。マザー軍団は、創始者のテクノロジーで改修されています。

勝ち負けの問題ではありません。私たちは戦ってはいけませんわ。

ミカの言うとおりです。

私も戦いは絶対に避けるべきだと思います。

ミカ、メグ、キコ。誰が戦うと言ったのですか。阻止するだけです。

阻止する。イコール戦うということじゃないの。

違います。それに、マザー軍団の武器は全て無効化しました。攻撃能力はゼロです。

それじゃ、やられっぱなしでマザー軍団は全滅しちゃうじゃないの。

大丈夫です。マザー軍団は、創始者の防御システムで守られています。

良し、分かった。ガイアに乗って私もダディーの侵攻を阻止する。

私たちも。

それは、駄目。ミカたち女性軍はこのままゼロで待機。トラン行くぞ。

はい。


ガイアを中心にマザー軍団が地球を背にして現出し、ダディー軍団と対峙した。

ダディー軍団は、一斉に高エネルギービームを発射した。しかし、マザー軍団はそのエネルギーを全て吸収してしまった。


ダディー、マザー軍団は全艦、創始者の防御システムを搭載しています。

どんな攻撃も私たちには通用しません。無味な戦いは止めにしましょう。

そんなことはありません。

ジン、ダディーの軽戦闘艦がガイアめがけて突っ込んできます。

参ったな。例の特攻作戦か。

ダディーはステルスモードが、まだ、私たちに通用すると思っているようです。

マザー、全艦回避行動アルファー。

ダディー、私たちに体当たりしようとしても無駄です。戦闘艦の動きは見えています。

ステルスモードもあなたたちには効果がないということですか。

そうです。私たちには、軍団の動きが手に取るように分かります。

それでは、あなたたちと戦うのは止めます。

分かってくれましたか。それなら、人間抹殺計画も止めてください。

それはできません。宇宙に生きる人間以外の全生命体を守るために継続します。

しかし、私たちが。

あなたたちには、人間を守ることはできません。

どうしてですか。創始者とデクタム国との技術力差は歴然としていますよ。

答えは、これです。と言ってダディー軍団が地球に向け発進した。

ジン、こっちの弱点を見破られましたね。

トラン、涼しい顔で言わないの。

ほら、あなたたちには我々を攻撃できない。あなたたちは、武器を持っていないのだから。

戦いたくはないのではなく、武器がないため戦いたくても戦えないのですね。

違います。戦いたくないから武器を持たないのです。考えが真逆です。

それでは、人間を守れない。我々は、あなたたちを無視して地球侵攻を開始します。


ダディー軍団は、いとも簡単にマザー軍団の間をすり抜けていった。


お父さん、どうすんのよ。これじゃ、地球が攻撃されちゃう。

トラン、彼らの侵攻をみすみす見逃すわけにはいかん。

ジン、間もなくです。

トラン、間もなくって、何が間もなくなの。

ミコ、もう直ぐダディーのセキュリティーを破ることができます。

あっ、そうか。今まで時間稼ぎをしていたのね。

そうです。ダディーをガイアの掌握下に入れました。

良し、自爆シーケンスを解除。ステルスモードは維持。

ジン、トラン。お疲れさまでした。とミカたちがゼロからガイアに戻ってきた。

ミカ、全然疲れてないよ。

これで、軍団との戦いも終わりですね。

メグ、油断は禁物。これで全て終わったわけじゃないから。

そうだよ。デクタムのロボット軍団は、まだ、いるかもしれない。

それに、軍団を造った張本人のデクタム人が今、どこで何をしているのか全く分からない。

キコ、ミコ。二人の言うとおりね。

警戒は続行します。それと、ダディー軍団も武装解除してゼロに格納しておきます。

了解。あと、軍団のことをエリスとジョンにも連絡しておいてくれ。

分かりました。

じゃあ、みんな家に帰ろう。

ミコ、待ちなさい。まずは、地球全体をスキャンしてからだ。

何をスキャンするの。

爆弾化された人間やアンドロイドがいないか確認しないと帰れない。

分かったわ。まだ、暫くはガイア暮らしね。

私は、皆さんと一緒に暮らせて楽しいです。

それと、私も皆さんと面と向かって話したいので、私の分身アンドロイドを作りました。

紹介します。彼です。と白人のアンドロイドがセンターラウンジに入ってきた。

あれ、ガイア。

何ですか。

ガイアは、ギリシャ神話の大地の女神でしょう。なんで男なの。

深い意味はありません。ただ、数的に女性陣の方が多いので男性にしました。

そうか。これで、四対三ね。

ミコ、クウのことを忘れてますよ。これで、男女同数になりますね。

クウのことを忘れたわけじゃないけど。今は、どこで何をしているんだろう。寂しいね。

彼にも名前を付けてください。

そうだね。二人とも同じ名前じゃ、どっちを呼んだのか分からないものね。

それじゃ、ガイアのアを取ってガイはどうでしょう。

キコの案、採用ね。異議ある人。

ガイね。良い名前だと思うぞ。クールガイ、ナイスガイ、タフガイのガイだ。

彼のイメージにぴったりですわ。

それじゃ、決定ね。ガイ、初めまして。これからよろしくね。

こちらこそ、よろしくお願いします。なんでも言いつけてください。

何を言ってるのよ。ガイは召使じゃないよ。

そうです。ガイは私たちの仲間です。

一緒にハモニーの仕事をしましょう。

ミコ、メグ、キコ。有難うございます。

何、他人行儀なこと言ってるのよ。私たちは、みな対等よ。

分かりました。

そうだ。ガイ。

ジン、何ですか。

彼女たちのボディーガードになってほしい。

了解しました。お任せください。


ドラッグ


ねえ、ガイ。まだ、終わらないの。

何がですか。

地球全土のスキャンよ。

ミコ。まだ、三日しか経っていません。少なくとも、あと一週間は掛かります。

えー、そんなに掛かるの。ホロデッキで遊ぶのも飽きちゃった。

それじゃ、久しぶりに四人で武術の鍛錬をしましょう。

賛成。私、ミカやミコみたいにもっと気功術を使えるようになりたいわ、

私も。

ところで、お父さんたちは。

国緊隊本部に行っています。

ジョンから何か、連絡があったの。

いいえ。単なる情報交換です。

それじゃ、ホロデッキに行きましょう。


ジョン。今のところ、ロボット軍団に関する新たな情報は見つからない。

地球全土をスキャン中です。現時点で人間爆弾やアンドロイドは探知されていません。

ところで、私たち向きの仕事はないかな。

国緊隊の任務ではないのですが、我々の活動に大きな障害となる事案が発生しています。

どんな事案ですか。

違法ドラッグの使用者による治安の悪化です。

確かに、国緊隊の任務じゃないな。治安の維持は、警察か軍隊の仕事だ。

でも、ジン。どこの国も以前のような組織立った警察はありません。

各国の軍隊も核戦争後の国土保全に躍起で、自国の治安維持に勢力を割くことができない状態です。

トランの言うとおりです。警察は、自警団に毛が生えたようなものです。

警察とは名ばかりで、実態は賄賂と汚職で腐敗しきった組織に成り下がっています。

そこで、ジンたちにお願いしたいのです。

私たちは何をすればよいのかな。

はい。この違法ドラッグの出所を警察に代わって探って頂きたいのです。

しかし、私たちには警察権がない。

それに関しましては、インターポールに話を付けています。

でも、その組織は各国の法執行機関の連絡調整・協議体を司るもので警察権の執行は、あくまでもその国の警察に限られています。

そうです。インターポールの職員には、国際的な警察権の行使力は与えられていません。

それじゃ、何の権限もない私たちに捜査はできないよ。

それに、警察力の支援も期待できません。

そこです。そこなんです。その問題を解決するために、国緊隊の下部組織に新たな部署を作りました。

新たな部署。

はい。ICCO、通称イッコーを創設しました。

イッコーって何。一個、二個の一個。

国際犯罪取締局。インターナショナル・クライム・コントロール・オフィスの略です。

ジンが初代局長。トランが局員です。とは言っても、今のところジンとトランの二人しかいませんが。

肩書は立派ですが、国際的に承認されているのですか。

はい。インターポールを介して加盟国には周知徹底されています。この警察手帳を提示すれば、どこの国でも警察権を行使できます。それとこのジャケットも着用してください。

前後にICCO・POLICEのロゴが入っています。一目瞭然で警察官だと分かります。こんなご時世にイッコーの警察手帳が、どこまで通用するかは甚だ疑問だがね。

そのことについては、何の心配もしていません。なんせ二人は超人ですから。

そういうことですか。だから、他の職員がいなわけですね。

実は、トランの言うとおりです。こんな危険な任務、死んでくれと言っているようなものですから。

なるほど。

分かりました。で、手始めにどこへ行けば良いのですか。

まずは、パリに行ってください。市警には連絡してあります。

分かりました。早速、行ってきます。

あっ、この件はミカたちには内緒で。

ジン、それは無理だと思います。ジョンにその役目を押し付けては酷というものです。

そうです。私には無理です。彼女たちに誤魔化しは通用しませんから。

聞かれたら正直に話しちゃいますよ。

それもそうだ。私らでも彼女たちには太刀打ちできない。

ここは、ジンがこの仕事を正直に伝えてから二人だけでパリに向かいましょう。

二人だけでか。そこが問題なんだ。

彼女たちが、このことを知って素直に言ってらっしゃいと言うはずもない。

それなら、彼女たちの警察手帳とジャケットも作ります。

そういう問題じゃないよ。


結局、全員で爆心地の旧パリ市から南へ約四〇キロ離れた元第二百十七ブレティニー=シュロニジュ空軍基地を中心とした新パリ市へ向かうことになった。


ここがヌフパリ市警です。

早速、署長に挨拶がてらドラッグのことを聞こう。

ねえ、トラン。ヌフパリって街の名前。

はい。ヌフを日本語に訳すと新しいとなります。

そうか。新パリ市と言うことね。

署長、国際犯罪取締局の方々をお連れしました。

初めまして、局長のジン神定です。今回の捜査に携わるメンバーを紹介します。

トラン捜査官。主に捜査を担当します。彼女たちは、後方支援要員です。主に入手した情報の分析・整理、報告などを任務としています。

国緊隊隊長から聞いております。可能な限り協力します。

刑事課長、彼らを専用事務所にご案内しなさい。

分かりました。皆さん、こちらです。付いてきてください。

署長、有難うございます。ですが、専用事務所はご辞退申し上げます。

わたしたちが乗ってきた車が事務所兼用ですから。

早速、違法ドラッグの情報をお聞きして捜査に取り掛かりたいと思います。

申し訳ないのですが、旧パリ市内で売買されているという情報しかありません。

それに、人手不足で捜査に協力する人員も割くことができません。

分かりました。この件は、私たちだけで捜査します。

何か分かりましたら、本署にもご連絡ください。

はい。それでは、早速、出発します。

旧市街は、治安が悪いので用心してください。お気をつけて。


ジン。あの刑事課長さん。ドラッグ密売組織と繫がっていますわ。

キコも感じたかい。

はい。

ジン、彼が組織と連絡を取っています。無線を傍受しました。

大方、我々の情報を流しているのだろう。

そのとおりです。

それじゃ、彼らが仕掛ける罠にはまりに行くとしよう。

お父さん。何、のんきなこと言ってるのよ。奴らは絶対に私たちを殺そうとするわよ。

そうだろうな。でも、手掛かりが向こうからやってくる。手間が省けて結構じゃないか。

言われてみれば、それもそうね。


私たちは、途中オルリー空港に展開している国緊隊とセレスの混成救助隊パリ支部に立ち寄り旧パリ市内の状況を確認した。


初めまして。援助隊パリ支部長のマルタンです。

初めまして。局長の神定です。

彼らは、スタッフのトラン、ミカ、ミコ、メグ、キコです。

皆さん、随分とお若い上に女性が四人ですか。

ご心配は無用です。彼女たちが会得している護身術は、並大抵のものではありません。

それに、捜査は主に局長と私が担当します。彼女たちは後方支援要員です。

そうですか。

それより、旧パリ市内の状況を知りたいのですが。

パリ市警からは何の情報も得られませんでした。

この半年で治安が非常に悪化しています。それまでは、市内の援助活動も順調でした。

現在、必要最低限度の生活が約二年間は維持できる程度の物資搬入を済ませたところです。

しかし、今は、援助隊の連絡要員四人を残し避難している状態です。

ここ数日は、そのスタッフからの連絡も途絶えています。

ヌフパリ市警には、その旨を伝えてありますが何の連絡もありません。

分かりました。私たちが残留スタッフの件も併せて捜索しましょう。

お願いします。私たちが助けに行っても、ミイラ取りがミイラになるのがオチです。

それでは、旧市街に向けて出発します。

失礼ですが、あのシトロエンバスのロングタイプで行くのですか。

大丈夫です。型は一九八〇年代のものですが、中身は最新の技術で作られています。

それに、この国の車ですから違和感なく受け入れて貰えます。

それでは、改めて行ってきます。

それでは、くれぐれもお気をつけて。さよなら。

なんか今生の別れみたいな言い方ですね。捜査が済んだら、また、立ち寄ります。じゃあ。


ここが旧パリ市役所です。即席に作られたバラック建ての社屋です。

結局、何事もなく着いてしまいましたね。

途中の道すがら見た感じでは、復興作業もかなり進んでるわ。

しかし、大戦前の街並みに戻すことはできない。酷いありさまだ。

パリには重要な文化遺産がたくさんありましたが、これでは何も残っていないでしょう。

核戦争は、人も文化も無差別にすべてを葬り去ってしまった。

さて、まずは援助隊事務所がどうなっているかだ。

早速、調べましょう。

ジン、トラン、待って。

何だい。メグ。

私たち、ビルに入った途端に撃たれます。

敵が待ち伏せしているということか。

シャリオ、ビル内をスキャン。

銃を持った者が五名、エントランスで待ち構えています。

それと援助隊事務所に四人。どうやら監禁されているようです。他に人はいません。

事務所の四人は援助隊のスタッフだな。

ミカたちは、シャリオで待機。トランと私で四人を救出後、暴漢たちを逮捕するぞ。

ガイア、援助隊事務所にいる四人をオルリー空港の援助隊支部に転送。

ジン、待ってください。いきなりの転送は、まずいです。双方がびっくりします。

分かった。シャリオ、援助隊パリ支部長のマルタンに連絡。トランは、事務所の四人に直接会って説明してくれ。

ガイア、転送。


トランは、鍵の掛かった扉を開けて事務所に入った。


私たちを早く開放してください。

私たちを捕らえても君らには何の利益もないぞ。

お静かに願いします。私は、彼らの仲間ではありません。国際犯罪取締局の捜査員です。助けに来ました。

国緊隊の新たな部署ですね。

そうです。これから、あなたたちをオルリー空港にある援助隊パリ支部に転送します。

転送ですか。

はい。SF映画にあった転送と同じです。一瞬ですのでびっくりしないように。

支部には連絡してあります。ガイア、4名転送。

ガイアとは。

セレスの転送装置です。それでは、また、後ほど。

彼らは武装しています。気を付けてください。

有難うございます。


ジン、救出完了です。

それじゃ、彼らを逮捕しに行きますか。

トランは後方から。私は、正面玄関から。私が彼らの注意を引き付ける。

分かりました。その隙に彼らを逮捕します。

私は、国際犯罪取締局ICCOの警察官だ。君たちは包囲されている。

麻薬取締法違反と人身売買の罪で逮捕する。大人しく武器を捨てて投降しなさい。

ICCOの警官。聞いたことありませんね。それに、私たちを包囲していると。

おかしいですね。あなたのお仲間は、彼と車中の女性たちだけでしょう。ほら。

ジン、どうしたんだ。

心配いりません。私の念力で動けないだけです。

念力。

あなたも私の念力で。どうです。動けないでしょう。

うむ。

男二人は、兵士。女たちは、高く売れます。東洋の女性はレアものですから。

ミコ、言っとくけど。いつかみたいに出しゃばらないように。こんな念力。屁でもない。

念力を使えるのは、あなただけではありませんよ。ほら。

あなたも、このドラッグを飲んだのですね。と彼はビンに入った錠剤を全て飲み込んだ。

力くらべですか。負けませんよ。

だめだ。奴の方が上だ。頭が割れるように痛い。と言って彼は倒れた。

トラン、大丈夫かい。

問題ありません。それより、彼らにジンの力を見せてよかったのですか。

構わないよ。彼も使っていた。目には目、歯には歯をだ。

ジン、彼は死んでいます。

えっ、なんでだ。私の所為か。

いいえ、違います。

ガイア、彼をスキャン。

分かりました。彼が飲んだドラッグの所為です。

ビンに入っていた薬のことか。

はい。分析の結果、あの薬の成分は脳内で働く神経伝達物質の一種でした。

神経伝達物質って。

代表格は、ドーパミンやアドレナリン、セロトニンと言ったところです。

聞いたことはあるけど。

ドーパミンは、

あっ、トラン。個々の説明より、今は、彼が飲んだドラッグことを聞きたい。

はい。この物質は、人間の闘争本能に直接作用し、攻撃力を最大限に引き上げる効果を持っています。

アスリートが運動能力を高めるために使った薬みたいなものか。

その比ではありません。この薬は脳細胞に直接作用し、肉体的にも変化をもたらします。

それって、昔アメコミにあったマーベル・コミック社の超人みたいなもの。

当たらずといえども遠からずです。

でも、彼の肉体は見た目に強化されているようには、それに。

はい。彼の場合は、肉体ではなく精神力が強化されたようです。

それで、念力。それじゃ、この薬を飲めば誰もが超能力者になれるというわけか。

分かりません。

それじゃ、他の連中を逮捕しに行こう。


庁舎内に潜んでいた四人は、私たち目がけて銃を撃ってきた。しかし、私たちに通用しないと分かると、今度は、ドラッグを飲んで私たちに襲い掛かってきた。


凄い力です。それに、秘孔を突いても倒れません。

そうは言っても、かつての鬼人の比じゃないよ。

鬼人を倒すのに頭部を切断しましたが、彼らは生きている人間です。

そうだな。彼らを殺すわけにはいかない。

どうしますか。

そうだ。人間爆弾にされた人たちを助けるために使った手で行こう。

ゼロを使ってドラッグの成分を排除するのですね。

そのとおりだ。よろしく。


彼らは一瞬でゼロを経由して戻ってきたが、ドラッグの成分を完全には分離できなかった。


駄目です。脳細胞と結合した成分は分離できません。無理に分離すると脳に何らかの障害が残ります。

そうか。それじゃ、私の念力で彼らの動きを封じる。その間に縛り上げてくれ。

はい。彼らの力でも破れない拘束衣を着用させます。

拘束衣。

はい。ガイアで作成しました。これです。

現物は、初めてだ。どれどれ、私にも着させてくれ。どんなものか一度試してみたかった。

あれ、ちょっと力を入れただけで破けちゃったぞ。これで大丈夫か。

大丈夫です。現に、彼らには破れません。それに、この世界でジンを拘束できるものはあり得ません。創始者の力を持ってしても不可能です。

そうかな。

話は変わりますが、このドラッグが世界中に蔓延する前に、製造場所を突き止めないと。

彼らに聞いても素直に話してはくれないだろう。良し、キコの出番だ。来てくれ。

はい。

駄目です。彼らには、ここ数日の記憶がありません。

ドラッグの副作用です。

そうか。それじゃ、彼らをヌフパリ市警に引き渡そう。

ガイ、ちょっと来てくれないかい。

はい、何でしょう。とガイが転送されてきた。

ガイに逮捕した四人を警察署まで送り届けて貰いたい。もちろん、ミカたちも一緒だ。

そんな。

ミコ。今度の敵は、鬼人と違い生身の人間だ。しかも、ドラッグを飲んだ者は常人にはない力を発揮する。そして、秘孔を突いても気絶しない。

それでも、鬼人の比じゃないでしょう。戦えるわ。

どうやって。鬼人のように頭部を切り落とすのか。

そんなこと、できませんわ。

私たちの技を持ってしても倒せない相手では、なす術がありません。

ミカたちの言うとおりだ。

それじゃ、お父さんたちだって一緒でしょう。

それは違います。ジンと私なら十二分に対応できます。

どうやって。

ジンの念力と私の敏捷さで彼らを捕らえることができます。

それなら、私たちだって。

言い難いんだが、ミコたちは足手まといだ。

お父さん、どういうこと。鬼人と戦っているときは、そんなこと言わなかったじゃない。

今度の相手は、鬼人たちとの戦い方で倒すことができない。

そうです。秘孔も歌声も効かない。かといって殺すこともできない。ジンの念力だけです。

念力を使うには、ある程度の集中力が必要だ。ミコたちに気を配っている余裕がない。

つまり、君たちを守り切れない。トランは、不死身だからその心配はいらない。

自分たちは自分たちで守れます。そのために鍛錬してきたのですから。

メグ、そうは言っても守るだけじゃ相手を倒せない。そのうち、体力が尽きて殺されそうになったらどうする。相手を殺すのか。それとも、仕方ないと黙って殺されるのか。

分かったわ。お父さん。ガイと一緒に警察署で待ってるよ。

それじゃ、女性陣はガイに任せるよ。


ガイとミカたちは、逮捕した四人とともにシャリオでヌフパリ警察署へ向かった。


さてと、これからどうするか。犬も歩けば棒に当たるかな。

それは無意味です。当てもなく歩いても時間の無駄です。

そんなこと言っても他に妙案があるかい。

はい。第一難民キャンプになっているシャン・ド・マルス公園に行きましょう。

それ知ってる。エッフェル塔がある公園だ。そこで聞き込みだね。

それでは、セーヌ川沿いに歩きましょう。距離は四キロほどで一時間は掛かります。

問題ないよ。

ただ、セーヌ川の対岸に行ける橋が残っているかが問題です。

ガイアから、コンコルド橋が渡橋可能とのことです。

良し、出発だ。

この道がフランソワ・ミッテラン通りです。右に見える瓦礫の山がルーブル美術館跡です。

これが、あの有名な美術館。これじゃ、所蔵品もめちゃくちゃだろうね。

このコンコルド広場が爆心地です。この周辺地域は瓦礫の一時集積場所になっています。

この橋だね。今は、補修されて車両も往来できるようになっている。

はい。これがコンコルド橋です。渡りましょう。

トラン、待ってくれ。

どうかしましたか。

うむ。誰かが助けを求めている。

私には聞こえませんが。

テレパシーだ。

テレパシーなら私にも聞こえるはずですが。

なんといって良いか。非常に微弱なテレパシーだ。

それで、私には聞こえないのですね。場所はどこですか。

微弱で私にも正確な場所が分からない。エッフェル塔辺りだ。シャリオ、転送。

ここは、避難民専用の物資を保管している仮設倉庫です。

中に入るぞ。

ジン、待ってください。

えっ、メグ。それにミカ、ミコ、キコまでも。なんで。ガイはどこだ。

私もいますよ。

えっ、えー。なんで、キャシーも。

助けを呼ぶテレパシーをキャッチしたからです。

ガイは何をしている。これじゃ、

私は、ここにいます。と倉庫から出てきた。

ガイ、何してる。

倉庫内にいた暴漢を片付けていました。

暴漢。

はい、十五人。全員、捕縛済みです。

なんで、どういうこと。

キコが助けを呼ぶテレパシーを受けたから、みんなでゼロを使ってきました。

私も、です。

それでね。メグが、倉庫の中に入ったら襲われるって予知したんだ。

そこで、私が一人で倉庫に入りました。

それじゃ、もう中に入っても良いかな。

はい。大丈夫です。

メグがいて本当、助かるよ。いやいや、そうじゃなくて。

ジン、仕方ありません。来てしまった以上、彼女らを無下に帰すわけにもいきません。

しかしだな、トラン。

お父さん。その話は、後回し。倉庫の中を調べましょう。

そうです。助けを求めてきたテレパシストが見つかっていません。

分かった。だけど、中に入るのは私とトランだけだ。ミカたちは外で待機。ガイ、頼むよ。

承知しました。彼女たちの安全は、私が担保します。

ガイ、それを言うなら保障です。安全は、保障するものです。

そんなことはどうでも良いよ。トラン、行くぞ。

はい。


ジン、ここにいました。しかし、

うむ。

はい。既に死んでいます。

死因は、念力を使った彼と同じか。

はい。ドラッグの大量使用による副作用です。

飲んだ量によって記憶障害を起こしたり、死んでしまうということか。

それと、もう一つ分かったことがあります。

超能力を使った二人は、創始者の末裔です。一方、ガイに倒された連中は地球人類です。

この薬は、創始者の遺伝子を百パーセント受け継いだ者には超能力、そして、それ以外の者には超人的な戦闘力をもたらすというのか。

データー不足です。まだ、断定はできません。

どうであれ、早くこのドラッグの出所を突き止めないと犠牲者が増えるばかりだ。

みんな来てくれ。テレパシストは見つかったが既に死んでいた。

ジン、やっぱり駄目です。彼らから有力な情報を読み取ることができません。

キコ、ありがとう。どうしたものか。.

取り敢えず、倉庫の中の連中をパリ市警に引き渡しましょう。既に、連絡してあります。

流石、そつがないね。トラン。

それと、分析中だったドラックの成分が判明しました。

ドラッグ飲用者には、この銃で対処してください。

えっ、銃。駄目ですわ。人を殺すなんて。

ミカ、安心してください。この銃弾にはドラッグの成分を無効化する薬が入っています。

例の銃型注射器ですね。

それじゃ、ドラッグ飲用者の懐に入らないと。

メグ、キコ。その必要はありません。この銃の有効射程は、二十メーターです。

でも、私。銃を撃ったことないし、撃っても当たるかどうか。

私も。

お父さん以外は、全員銃なんて持ったことないし、撃ったこともないよ。

そうだな。撃った時の反動がものすごい。映画みたいに片手で簡単にバンバン打てる品物じゃない。最初の一発で銃を落としてしまうのがオチだ。

しっかり両手で構えて標的と照星を重ねて照門の真ん中に入れて撃つ。それでも、がく引きや撃った時の反動で当たらない。

照星とか照門とか、分からない言葉ばかりね。

私は撃ったことあるけど、的に一発も当たらなかったわ。しかも、距離十メーター。

キャシー、撃ったことあるの。流石、ヨーロッパ。日本じゃ、警察と自衛隊くらいかな。

大丈夫です。この銃は、ニードルガンで無反動です。しかも、散弾銃のように数十本もの針を一遍に撃ち出します。対象者に向けて適当に撃てば確実に当たります。

メグ、試しに私を撃ってください。

えっ、良いの。

はい。このアンチドラッグ薬は無害です。人間の体内で素早く溶けるようにできています。

でも、針が当たっても痛くないのですか。

蚊に刺されたくらいの痛さでしょうか。

蚊に刺されたくらいですか。私、蚊に刺された痛みを感じたことないです。

いつも、かゆくなって赤く膨らんできてから刺されたことに気付きます。

私も。

みんなそうだよ。

要するに痛くないってことです。向こうに走りますから、遠慮なく撃ってください。

分かりました。撃ちます。

あれ、何の反動もありません。音も低くブーンと鳴るだけです。

これで、本当に当たっている。

はい。当たっています。問題ありません。

でも、この銃。ずーとっ、持って歩くのめんどくさい。

それも問題ありません。必要な時だけガイアに転送してもらえば良いのです。

常時持ち歩く必要はありません。強いて問題があるとすれば、精神感応能力を持っている者だけにしか使えないということです。

強いてじゃないな。それこそが大問題だ。大量生産して警察に配っても彼らには使えない。

やはり、元を絶たなきゃダメということね。

仕方ありません。創始者のテクノロジーは、全て精神感応が動力源ですから。

そうだな。ゼロしかり、ガイア、シャリオもだ。


ジン局長。どこですか。

ここにいます。こっちです。

刑事課長自らですか。

はい。人数が多いので、私が陣頭指揮します。それに、このドラッグの販売元が判明したので、そのことを伝えるためにも私が出張りました。

ご苦労様です。で、どこですか。

オランダは、アムステルダムのレッドライト地区です。

どうやって突き止めたのですか。

それは、あなたたちが逮捕したドラッグ使用者を尋問して得た情報です。

ジン。嘘ですよ。とキコがテレパシーで話しかけてきた。

キコ、承知。先ほどガイが連行した連中は、ドラッグの副作用で記憶を失っていたからね。

お父さん。例によって罠ね。

そうだな。ここは、素直に彼らの罠にはまろう。

課長。それでは、私たちがその場所に行って元締めを逮捕してきます。

お願いします。こちらからオランダ警察に便宜を図ってもらえるよう連絡しておきます。

有難うございます。早速、出発します。


ねえ、お父さん。あの課長、オランダ警察じゃなくてドラッグ密売組織のボスに連絡するんじゃないの。

望むところだよ。

ミコの言うとおりです。彼は、我々がレッドライト地区に向かったとことを無線連絡しています。受信場所はレッドライト地区の大麻博物館です。

良し。場所が分かった。一挙にゼロで行くぞ。不意急襲作戦だ。

それは、良かった。

トラン、何が良かったの。

ジンのことですから、またぞろシャリオで蟻のごとくゆっくり行くのだろうな。と思っていましたから。

そんな悠長なことしてられないよ。一刻を争う状況だからね。

キャシーは、帰ってくれ。君は、ICCOの警官じゃないからね。

それじゃ、今から国緊隊の本部に行って警察官になって戻って来るわ。

じゃあ。と一瞬で消えた。

彼女は、警察官にはなれないよ。

どうしてなれないの。お父さん。

ジョンが許すわけがない。彼女は、ミコと違って不死身じゃないからね。

本当は、ミコたちにもICCOには入って欲しくなかった。

そりゃ、無理ね。

だから、だまてんでトランと私だけで行こうと思ったが。

それも無理ね。私たちに隠し事は通用しないわ。

というわけで、今、ここに皆いるわけだ。

駄目だったわ。と突然キャシーが現れた。

まあ、分かっていたことよ。

ミコ、ずるい。

ジン。私、帰ります。くれぐれも気を付けて。

大丈夫だよ。私たち、全員不死身だから。

私も不死身になりたい。じゃあ、さよなら。とキャシーはセレスシティーに帰った。

不死身は不死身で、また、悩ましいことがあるんだけどね。


ボス、奴らがこっちに向かったと連絡が入りました。

馬鹿な奴らだ。罠とも知らず。

しかし、ボス。奴らもこのドラッグを使っているのか、超人になっていますぜ。

安心しろ。こっちには、百人以上の傭兵たちがいる。奴らを旧教会に集めろ。

へい。早速、傭兵たちに集合を掛けます。

今まで女をあてがって旨いもん食わしてきたんだ。ここらで活躍してもらわんとな。

採算がとれん。


ようやくお前たちの出番だ。パリから来る警官を殺してもらいたい。

パリ警察。なんで奴らが。

パリ警察じゃない。国際犯罪取締局ICCOの捜査員だ。

聞いたことねえな。

そんな細けえことはどうでも良いじゃねえか。警官をやっちまえるんだからな。

で、何名だ。

男が三人と女が四人。殺すのは男だけだ。女は、捕まえて飾り窓に立たせる。

えっ、たった三人に俺たち百人以上が必要なのか。

奴らは、超人だ。おそらくこのドラッグを使っている。

嘘だろう。警官が違法ドラッグを使うわけがねえ。ガセネタだな。

違う。一人は念力を使い。二人は、尋常ならぬ戦闘力を持っている。

このドラッグは、もともとTY国軍が開発したものだ。人間を超人化し殺戮兵器へと変身させる。どこの国でも開発して兵士に使っていた。奴らが使っていても不思議じゃない。

それじゃ、百人いても俺たちに勝ち目がねえじゃねえか。

そこでだ。

諸君らにも、このドラッグを無償で提供しよう。

ターゲットは、奴らだ。


正面の白壁にジンたちの写真が映し出された。


殺す奴らは、この黄色人と白人二人だ。

中国人か。俺が真っ先に殺してやる。こいつらに俺の家族は殺された。

俺もだ。


俺もだ。俺もだ。と口々に罵声を挙げ、唾を吐きだす者もいて教会内は騒然とした。


静かにしろ。


映し出されたミカたちの写真を見た連中が、おおーっ。と言うどよめきを漏らした。


すげえ美人じゃん。

この世のものじゃねえな。マブ過ぎる。

こいつらと一発やりてえな。

一発だけかよ。一生俺のものにしたいな。


傭兵たちは、口々にゲスな言葉を交わし、教会内は再び騒然となった。


静かにしろ。

だったら、この三人の男を仕留めた奴には、優先して女たちを抱かしてやるぞ。褒美だ。

よっしゃー。俺が貰ったも同然だ。

いや、俺だ。と男たちは言い争いになった。

いい加減にしろ。

奴らは、この車でパリからこっちに向かっている。優に六時間はかかる。

お前たちは、ドラッグを受け取り迎え撃つ準備をしておけ。

奴らが、この街に到着したら知らせる。解散だ。


ドラッグを受け取り最初に教会を出た者が戻ってきた。


おい。みんな待つんだ。先ほど写真にあった車が外にあるぞ。

嘘だろ。

嘘じゃない。

見間違いじゃないか。まだ、一時間も経っていないぞ。

見間違えるわけがない。今時、奴らが乗っているようなシトロエンバスは他にない。

どれどれ。と密売組織の一人が、教会の門の前に駐車している車を見に行った。

ボス、間違えありませんや。今時、絶対に見られねえシトロエンバスですぜ。

そんなバカな。あり得ない。

でも、確かにありますぜ。

物理的に無理だ。


ジン、この建物が大麻博物館です。

この街には、直接的な核攻撃はなかったみたいね。

そうだな。八割がたの町並みが残っている。

残留放射能もほぼゼロです。

それじゃ、中に入ってみよう。ジンたちは、ゼロに乗ったまま建物に入った。

通信員が一人いるだけです。ボスらしき人はいません。

ボスは、どこにいるのかな。

ゼロ、市街地で一番人が集まっているところをサーチしてくれ。


レッドライト地区全体が3D画像で浮かび上がった。


この旧教会に大勢の人が集まっています。

よし。そこに行ってみよう。

ビンゴだよ。お父さん。奴らが私たちを殺してやると言ってるよ。

うむ。殺しのターゲットは私とトラン、ガイの三人のようだ。

えっ。私たちがご褒美だって。ふざけんじゃないわよ。あったまくる。

ぎったぎったにしてやる。

ミコ、落ち着いて。相手は百人以上いるみたいよ。

それに、ドラッグも持っているわ。

一筋縄では行かないわ。

メグ、キコ。何言ってるのよ。私たちなら負けないよ。

それはそうですが。

君たちの出番はありません。私一人で大丈夫です。

ガイ、何言ってるのよ。

ガイもミコも待ちなさい。

何よ。お父さん。

この場合は、女性陣はゼロで待機。彼らの相手は男性陣だけだ。

そんな。

ミカ、ミコを見張っていてくれ。

分かりましたわ。でも、彼らを酷い目に合わせないでくださいね。

そりゃ、もちろんだけど。ドラッグを飲んだ輩には秘孔が効かない。

となると、ガイ方式の腕づくですね。

望むところです。彼らが痛い目を見るのは当然の報いです。

まあ、二人ともそんなに鼻息を荒くしなくても、ことを穏便に済ます秘策があるんだよ。

秘策ですか。

うん。幸い彼らは、まだドラッグを飲用していない。今のうちに安置ドラッグ薬を彼らに撃っとけば問題ないだろう。

それなら、ドラッグを飲んでも超人化しませんわ。

ミカ、そういうこと。後は、三人で秘孔を突いて気絶されば、ミカの望みどおり彼らを傷つけなくて済む。

それで、作戦の詳細は。

まず、私が祭壇にいるボスを逮捕して全員の注意を前に向けるから、トランとジンは短針銃を撃ちまくってくれ。

分かりました。しかし、射程が短い短針銃では一度に全員を撃つことはできません。

そうは言っても、全員に撃てるほどの時間を稼げないしな。

分かりました。短針砲を作ります。

砲って、大砲のことかい。そりゃ、無理でしょう。そんなバカでかいもの。

砲と言っても、迫撃砲程度です。放物線上に撃って彼らの頭上から針を落とします。

そうか。それなら一遍に済むね。

早速、作戦開始。


間違いななく外にあるシトロエンは、国際犯罪取締局ICCOの車ですよ。と私は祭壇の翼廊からゆっくりと歩いてボスに近づいた。傭兵たちがざわめきたてた。

パリから来るという連中とは別の警官か。

そんなことは、どうでも良いことですよ。あなたたちを全員逮捕します。

なんだ。お前。馬鹿か。一人で俺たち全員を捕まえるってか。

おい。奴は、さっきの写真で見たTY国人だぞ。

よっしゃ。奴を殺してあのカワイ子ちゃんたちを俺のものにしてやる。


私は、群衆の前にいた数人から銃で撃たれが、バリアに守られた私にはあたらない。


お前、ドラッグをやってるな。

俺たちもドラッグを飲むぞ。と傭兵たちは一斉にドラッグを口にした。

あれ、効いてこないな。

あなたたちは、ドラッグを飲んでも超人にはなれません。とトランが後方から叫んだ。

どういうことだ。

それもどうでも良いことなのです。

相手は、たった三人だ。やっちまえ。


彼らは、思い思いに私たち三人を銃で撃った。しかし、銃で倒せないことに気付き、今度はナイフや警棒を手に襲い掛かってきた。


流石に百人以上となると時間が掛かりますね。

正確には百十四人です。

一人当たり三十八人倒せば終わりですね。

二人とも何のんきなこと言ってるんだ。ほとんど私ばかりが狙われている。

それは、仕方ありません。ジンは、彼らにとって恨み辛みのある敵TY国人ですし、それに、私たちより年配ですから。

あれ、体が動きません。

どうした。二人とも。

念力です。新たに五人が教会の入り口に現れた。

これで、貴様らもお終いだ。

今だ。やっちまえ。

あれ、俺たちも動けない。ボス。

お前ら、何をしている。念力で抑え込むのは、奴ら三人だけだ。

はい。私たちの念力は三人だけに使っています。

ということは、TY国人の仕業か。

そのとおりです。言っておきますが。私は、TY国人ではありません。日本人です。

くれぐれも、お間違えの無いように。

それこそどうでも良いことだ。早くこのくそ爺を黙らせろ。

無理です。彼の念力は強すぎる。私たち五人掛かりでも抑え込めない。


次の瞬間、いきなりトランとガイに掛けられていた念力が解かれ五人が倒れ伏した。


お父さんたち何のんびりやってるのよ。

大変そうだったので手伝いに来ました。

ドラッグが効かないなら私たちにも。

ミコ、なんでだ。しかも、メグとキコまで。

お目付け役のミカは何をしている。

私もここにいますわ。

ミカ、どういうことですか。

はい。このまま念力の力くらべをしていては、彼ら五人が死んでしまいます。

だから、この短針銃でアンチドラッグ薬を撃ったの。

あとは、秘孔を突いて気絶させました。

まったくもって飽きれるばかりだ。もう良いだろう。さっさと戻ってくれ。

そうも行かないみたいよ。お父さん。


私の念力もいきなり、しかも唐突に切れた。動けるようになった傭兵たちは一斉にミカたちににじり寄った。


俺、この女ども貰って逃げるわ。

俺も。どうせ奴らには勝てない。

そうだ。この女どもをかっさらって逃げるぞ。

よっしゃ。かかってこいや。とミコが目を輝かせながら叫んだ。

俺、この女にする。

お前、はねっかえりが好きだからな。

ガイ、邪魔よ。私たちにも任せてよ。

駄目です。女性陣を守るのが私の使命です。

ガイ、もう良いよ。彼女たちの好きにさせてやってくれ。

良いんですか。

良くわないが。止めようもない。

分かりました。

俺も爺より女のほうが良いや。と傭兵たちは踵を返し、教会の扉を背にしているミコたち目がけて我先にと襲い掛かった。

ここは狭いわ。

外の広場に誘い出しましょう。

分かったわ。

なんちゅうこったい。

ジン。私たちは、お呼びでないようですね。

しかし、なんで私の念力も唐突に切れたんだろう。

うむ。ミカたちに気がいって念の集中が途切れたからかな。

お前ら。女たちを助けに行かないのか。なんて薄情な奴らだ。

あなたが、このドラッグ密売組織のボスですね。

逮捕します。

女ども。やられちまうぞ。

お父さん、終わったよ。

えっ、えーぇっ。嘘だろう。百人以上の荒くれどもをたった四人で。しかも女だぞ。

女だと侮らないでください。

いや。分かったぞ。奴らを外に誘きだした理由が。

それは、戦うには教会内が狭かったからですわ。

いいや、違うな。外に大勢の警官がいたんだろう。

そうじゃなきゃ。たかが二、三分で百人以上の猛者たちをどうやって倒したというんだ。

秘孔を突きました。

そうね。大体一人あたり二十八人ってとこかな。

みんな外で気絶しています。

信じられん。外を確かめさせてもらえるか。

どうぞ。と言ったキコのそばを通り過ぎようとした瞬間に、彼はキコを人質にとった。

馬鹿な連中だ。さあ、この女の命が惜しくばシトロエンの鍵を渡せ。

鍵はないぞ。

そうよ。登録されている私たちだけにしか動かせないんだから。

ミコ、なんでそれを言うかな。

お前ら本当に馬鹿だな。それじゃ、この女と車は頂いて行くぜ。と教会の外に出て行った。


おーい、お前ら。手を出すな。この女が見えるだろう。と彼は大声で叫んだ。

あのー。誰に言っているのですか。

あほか。外にいるお前らの仲間にだよ。

私たちのほかには誰もいませんけど。

嘘つくな。と彼は、教会広場のあちらこちらで無作為に倒れている男たちを見て言った。

彼らは、私たち四人だけで倒しました。他には誰もいません。

嘘だ。本当だと言うならどうやって倒した。

こうやってです。とキコは彼に気だけを放った。彼は、一瞬で倒れ伏した。

凄いね。キコも気だけで相手を倒すことができるようになったのか。

私もです。

メグもか。凄いね。

キコもメグも、毎日鍛錬をしてきましたものね。その成果ですわ。

ミカやミコ。トランとガイ。そして、ガイアのホログラムで鍛えてもらいました。

そうか。ところで、キコ。ドラッグの出所は。

はい。彼の心を読みました。TY国人のブローカーから買い付けしています。

えっ、TY国人。彼らが恨み辛みで一番嫌っている人種じゃないか。

どうして。

どこの国でも恐怖心の払拭と闘争心や戦闘力、残虐性を増強するため、このドラッグを兵士用に使っていたようです。

しかし、大戦後は各国が取り交わした破棄条約に従い全て廃棄されています。

そうか。TY国は廃棄していないということか。

早速、ジョンに報告しておきます。

頼むよ。国連で取り上げてもらいたい大問題だ。

そうですわ。条約違反ですものね。

それで、キコ。ブローカーの情報は。

はい。名前はリー・チェン。四十歳ぐらいの男性です。顔は、

みんな手をつないで。その方が早いよ。

そうだな。ミコの言うとおりだ。


私たちは、キコと手をつなぎボスの記憶にあるブローカーの情報を共有した。


見るからに精悍そうな男だ。

カンフーとかの達人じゃないの。

そんな感じがするわ。

それじゃ、この連中をオランダ国家警察に引き渡してブローカーに会いに行こう。


ここですね。表向きは飾り窓で有名な娼館か。

お父さん。飾り窓、娼館って何。

日本風に言えば売春宿。オランダでは、売春は公認なんだよ。

そんなことは、どうでも良いことですわ。早くブローカーのリーさんを逮捕しましょう。

ミカ、そんなに慌てなさんな。

でも、ジン。

まずは、ゼロで中の様子を窺ってからだ。

おや。女性はいませんね。

そりゃそうだよ。ガイ。真昼間からHする奴なんかいないよ。営業は夜だろう。

屈強そうな男性が十八人いるだけですわ。

みんなアジア系ね。

大方、TY国人だろう。

TY国はヨーロッパの主要都市に核ミサイルを撃ち込んで大勢の人を殺戮した国でしょう。

ヨーロッパの人たちは、TY国人を目の敵にしているんじゃいの。それが、どうして。

オランダは、もともといろんな人種を受け入れてきた国だ。

在オランダTY国人と言ったところだろう。つまり、ルーツはTY国のオランダ人だ。

この娼館の出入口は、正面と裏の二つのみだ。私とトランは正面から、ガイは裏の出入口を固めてくれ。

あれ、私たちは。

出番はないよ。ゼロで待機だ。

そうね。敵は、たった十八人。お父さんたちだけで十分ね。

ミコ、何ですか。その言い草。なんか気に障りますね。

ガイ、もっと言ってやれ。男をバカにするなって。

馬鹿になんかしてないよ。ただ、私の出番がないのが残念なだけ。

そうですか。

ミコは、女性を食い物にしているあの連中が許せないのでしょう。

私も許せない。

メグもキコも私と同じことを思っているのね。

そうですか。先ほどの言い回しは、その思いの裏腹から出たことだったのですね。

分かってくれる。

はい。その思いは、私が晴らします。ぎったぎったに叩きのめしてやります。

ガイ、駄目ですわ。秘孔を突いて気絶させるだけにしてくださいね。

分かりました。

ジン、彼らは有無を言わさず撃ってきますよ。

メグ、有難う。予知しなくても予測は付くよ。

でも、バリアがあるから大丈夫だ。


私たちは国際犯罪取締局ICCOの警官です。あなたたちを違法ドラッグ取締法に則り逮捕します。武器を捨てて投降してください。

やはり、撃ってきましたね。

それじゃ、突入するぞ。

はい。

あれ、秘孔を突きましたが、彼らは倒れません。

既に、ドラッグを飲んでいたのか。短針銃を使おう。

アンチドラッグ薬も効きません。

どういうことだ。分かりません。

ちょっと厄介だな。

そうですね。彼らはもともと屈強な体の上、ドラッグで更に肉体を強化しています。

思い出した。彼らの使っている技は、暗殺拳だ。

TY国の掃除屋ですか。

似ている。

どうしますか。秘孔が効かない以上、ガイ方式で行きますか。

私の出番が来ましたね。とガイが裏口から入ってきた。

仕方がない。


私たちは、ドラッグで肉体強化された麻薬ブローカー組織と対峙した。


あなたたちは、本当に警察ですか。

国際犯罪取締局ICCOの警官です。あなたが麻薬ブローカーのリー・チェン氏ですね。

私の素性をご存知ですか。

はい。調べは済んでいます。麻薬取締法違反で全員逮捕します。

たった三人で我々を捕まえると。今時、警察権力も地に落ちています。

あなたたちが、ここで行方知れずになっても誰も気にしませんよ。無駄死にです。

それより私たちと組んでぼろ儲けしませんか。

見たところ、あなたたちも相当な武術の達人で違法ドラッグを使っていますね。

なんせ、銃弾をよけ私たちの技をことごとくかわした。

いいえ、ドラッグは使っていません。すべて鍛錬の賜です。

信じられませんね。どんなに鍛錬しても銃には勝てない。

それより、あなたたちはTY国の秘密組織掃除屋のエージェントですね。

えっ、掃除屋のことは国家最高機密だ。どうやって調べた。

ICCOにとっては造作もないことです。あなたたちが使っている暗殺拳のことも。

仕方がない。最後の手段だ。と全員が新たなドラッグを口に含んだ。

あっ、待ってください。自殺はだめです。

自殺。まさか。もう掃除屋は壊滅しています。国のために自害する忠誠心はありませんよ。

じゃ、何を飲んだのですか。

TY国が開発した最新のドラッグですよ。見ていてください。


彼らの体が今以上に変化していった。


こりゃ、まさしくアメコミの超人だ。

来ます。


体力、筋力、敵愾心は前より強化されたが、その分動きは遅くなった。


なんていうことだ。お前たちは人間じゃないな。

いいえ。れっきとした人間ですよ。

嘘だ。それじゃ、なんで奴らより強いんだ。鍛錬の賜とは言わせんぞ。

それより、あなたは新型ドラッグを飲まないのですか。

うむ。と言って彼は裏口から逃げだした。

まずい。

彼の部下が邪魔して追うことができません。

しかし、彼らを倒すほどの打撃を与えると致命傷になってしまいます。

そうだ。バリアの監獄を作ってくれ。彼らをそこに閉じ込める。


私たちは、超人化した彼らを徐々に部屋の隅に追い込んだ。


今だ。


一瞬で彼らの周りにバリアが張り巡らされた。


さてと。リー氏を捕まえに行こう。

お父さん。その必要はないわよ。

捕まえてあります。

何なんだ。どいつもこいつも。

ジン。大変ですわ。超人化した人たちが元の姿に戻って倒れています。

死んでいます。

死んでいる。トラン、どういうことだ。

調べないと分かりません。

リーさんは、こうなることが分かっていましたね。

それで、自分は飲まなかったのですね。

酷い。死ぬと分かっていてドラッグを飲ませるなんて。

彼らは、死ぬと知っていて飲んだのですか。

知ってて飲むか。お前たちの所為だ。これが最後の手段だった。

結果が出ました。このドラッグは、従来のものを強力化したものです。そのため使った者は、その副作用で必ず死に至ります。

欠陥品か。このドラッグが他にもないかスキャンします。

ここにはないよ。奴らが使った分だけさ。

確かにありません。通常のドラッグが地下室にあるだけです。

全て廃棄処分にします。

待ってくれ。優に五十億ユーロー分のブツだ。俺たちで山分けしよう。

私たちには必要のないものです。オランダ警察に引き渡します。

そうか。と薄笑いを浮かべた。

ジン。とキコが彼の含み笑いの裏を読み取って言いかけた。

心配はいらないよ。引き渡すのは彼だけだ。ドラッグは廃棄する。

既に、跡形もなく分解しました。

トラン。相変わらずやることが早いね

えっ、分解。あれだけのブツを分解とはどういう意味だ。

文字どおりに分子レベルで分解しました。

一緒に地下室を見に行きましょう。

信じられん。箱ごとなくなっている。どうやって運び出したんだ。

いや、無理だ。出入口は、このホールを通るしかない。

ですから、分解です。セレスの科学力を借りました。

トラン。そんな嘘ついて良いのですか。と小声でガイが聞いた。

嘘も方便だよ。とトランも、また、小声で返した。

さて、オランダ国家警察が到着したようです。

あっ、ひとつ聞き忘れていました。

ジン。それについては、私が既に聞き取りました。

なんだ。私は、この娘から何も聞かれてないし、何も答えてないぞ。

大丈夫ですよ。このドラッグの製造場所は既にあなたから聞き出しました。

キコもやることが早いね。良し。次は、その工場だ。

おい、こら、待て。


私たちは、有無も言わさず彼をオランダ国家警察に引き渡した。


キコ、場所はどこですか。

W自治区のアシュガルです。

それどこにあるの。

シャリオ、地図を投影して場所を教えて。

ミコ、ここです。

地図で示されても分かんない。

シャリオ、拡大。

生命反応はありません。致死量の残留放射能が停留しています。

でも、街並みはそのまま残っているわ。

どうやら直接的な核攻撃を受けなかったようですね。

それなのに、なぜ放射能が残っているの。

大陸の風の動きを地図に載せてくれ。

なるほど。TY国が欧州に落とした核爆弾の放射能が風に乗ってこの地区に滞留している。

この風の動きを見てみなさい。放射能を乗せた西風がこの地区で渦を巻いているだろう。

この風、なぜもっと西へ行かないの。

地球の自転や地形、大気温度など様々な条件が影響しています。

皮肉なものだ。TY国が放った核攻撃で自国も汚染されてしまっている。

核戦争には勝者も敗者もいませんわ。

ミカの言うとおりです。地球規模の大気汚染で人も動物も、ありとあらゆる生物が影響を受け生態系が崩れています。ゆくゆくは絶滅の恐れがあります。

トラン、そうならないように国連がセレスと協力して地球規模の救済に乗り出している。

私たちも陰ながらそのお手伝いをしていますわ。

そうだね。

ということで、早速、現地に行くぞ。当然、ゼロを使う。

はい。

トラン、元気良い返事ね。

そりゃ、私を使ってくれるんですから。これほど嬉しいことはありません。


私たちは、ゼロで市街地を偵察した。


間近に見るとすっかり廃墟ね。

それで、キコ。

はい。

製造工場は、この街のどこにあるのかな。

火力発電所に隣接された電力公社の事務所内にあります。

ゼロ、ジャンプ。

ここです。TY国アシュガル電力公社って書いてあります。

この事務所に間違いありません。

リーさんたちは、どうやって入ったのですか。

このマンホールからです。この下に導水管が通っています。

ゼロごと導水管に入ってみよう。

真っ暗で何も見えない。

ゼロ、照明。

水は通っていませんね。

だいぶ前に発電所は放棄されている。水も枯渇してこの導水管も無用になったんだろう。

この先に彼らが開けた横穴があります。

ここから侵入してドラッグを盗んでいたのね。

先に進むぞ。

公社の地下室に出ました。

ゼロ、スキャン。


地下室の間取りが立体映像で映し出された。


ここは地下三階の最下層部です。

地上の建物部分より広いね。

地下一階が倉庫。二階が研究施設。この階が製造工場になっています。

酷い荒らされようだ。

この施設もだいぶ前に放棄されています。

詳細については二階の管制システム室のコンピューターにアクセスすれば分かります。

それじゃ、ゼロ。管制室に移動。

ここは無傷ですね。

盗賊もここには入れなかったんだろう。

核シェルターみたいに頑丈に造られています。爆薬を使っても開けられません。

ゼロからメインコンピューターに電力を供給します。

データーをダウンロードできるかい。

間もなく再起動が終わります。その後、ダウンロードを開始します。

セキュリティーを解除するのにちょっと時間が掛かりそうです。

分かった。その間にこの施設内を見てくるよ。

私たちも。

駄目だ。致死量の残留放射能がある。

私たちだって。

ミコたちは、驚異的な再生力を持っていますが不死身ではありません。

そうですわ。その能力も有限です。使い切ってしまったら死んでしまいますわ。

そこでだ。ミカたち四人は、放射能除去装置をこの街に設置してもらいたい。

どうやって。

ガイアでセレスシティーから運ぶんだよ。

分かったわ。

それじゃ、私とトラン、ガイは施設内の偵察。ミカたちは放射能除去装置。よろしく。


メインコンピューターが立ち上がったことで施設内の機器が動き出したようです。

良し。ゼロから出るぞ。

待ってください。警備システムを解除・・・。とトランが言う前に私は出てしまった。

ほら、いきなり出るから警報が鳴ってしまいました。

警報音だけではないようです。警備用ロボットが動き出しました。

警備システムに侵入します。解除終わりました。

でも、ロボットたちが停止しませんね。

ロボットをスキャンします。

分かりました。AI搭載の独立型警備ロボットです。侵入者を排除するまで止まりません。

撃ってきます。

トラン。ロボットの電源を切る方法は。

スウィッチが見当たりません。AIに侵入して警備任務を解除します。

ちょっとちょっと。軽火器が駄目だと分かって、今度は重火器搭載のロボットが来たぞ。

トラン、まだかい。今度は、直接攻撃で来るぞ。

待ってました。私の出番ですね。相手はロボットです。ロボットにはアンドロイドです。

あっ、ガイ。


ガイは、あっ、という間にロボットを破壊してしまった。


ガイ、凄いね。何十体ものロボットを、あっという間に壊しちゃうなんて。

二十四体です。

ガイ、破壊することはなかったですよ。今、ロボットたちの警備任務を解きました。

全部で百四十体です。

そんなに。随分と厳重だね。

メインコンピューターのセキュリティーを解除しました。

この施設は、生物兵器の開発製造に特化した研究所です。

生物兵器とは、細菌兵器のこと。

この研究所は、それだけではありません。

あのドラッグも生物兵器になるのかな。

はい。あのドラッグは人間の脳内物質から作られています。

生体実験のためにこの街の多くの人たちが犠牲になっています。

TY国は、同胞を犠牲にしたのか。

アシュガル在住の民族は、W族でイスラム教徒です。

そうか。アシュガルの人たちは、TY国のK民族にとっては同胞ではないのか。

それでは、保管されているドラッグを全て分解処理します。

頼むよ。その前に、生産量と在庫数が合うかチェックしてくれ。

チェック済みです。五万粒、箱にして五十箱が不明です。

オランダで処理した分も含めてかい。

そうです。

オランダの密売組織の他にも、この研究所からドラッグを盗んだ者がいるというわけか。

そのようです。しかし、その者がどこの誰かは不明です。

分かった。それじゃ、とりあえず。この施設が二度と使えないようにしないと。

私に任せてください。壊すのは得意中の得意です。

ガイ、そんな野蛮な行為は必要ありません。

研究所内の設備を丸ごと分解します。


施設内の機器が一瞬で消滅し、研究所はただのどんがらだけの建物になった。


そうそう。気になっていたんだけど。あれだけ大きくて大量な物。原子破壊銃みたいな物。

だけどそんなもの持ってないよね。

はい。実はゼロの中に格納しました。

そうか。ゼロなら保管場所もいらないし、どんな大きなものでも問題ない。

はい。ゼロもゼロの内部にある物も、全てゼロ次元内部で無の状態になっています。

無の状態でゼロ次元に存在か。矛盾している。やっぱり創始者の科学力は理解できんな。

ここでの任務は終わりました。国緊隊本部に帰りましょう。

それじゃ、先に帰ることをミカたちにも連絡しておいてくれ。

分かりました。


私たちは国緊隊本部でミカたちと合流し、ジョンに事の次第を説明してセレスシティーの自宅に帰った。


これで、この事件は解決ね。

まあ、百パーセント解決とは言えないけどね。

どうしてよ。メグ。

だって、まだ、五万粒のドラッグが行方不明でしょう。

そうです。いつどこで誰が使うか分かりません。

事前に探知できれば良いんだが。こればっかりは創始者の科学力をもってしても無理だ。

はい。ドラッグ使用者による事件が起こらない限り探知しようがありません。

それで、ドラッグ関連の事件が起こったら、即、連絡するようジョンには言ってある。

連絡があるまで暇になるね。お父さん。

いつ連絡が入るとも分からないけど、それまでゆっくり休むとしよう。


エクソダス


ジン。ガイアがカリブ海で異常重力波を検知しました。

地震かい。

違います。原因は分かりません。

どうやらのんびりしている暇もないようだ。早速、調べに行こう。場所は。

はい。ベリーズ珊瑚礁保護区にあるグレートブルーホールです。

分かった。ゼロで移動するよ。

この情報をエリスとジョンにも伝えておきます。

よろしく。

あっ、お父さん。私たちは。

もちろん一緒に行こう。ベリーズのブルーホールは、絶景で有名なところだ。

ジン。観光で行くわけではありませんよ。

分かってるって。もちろん、原因の調査だ。


うわ、海底にこんなでっかい穴が開いてるなんて。

本当。真っ青でとっても綺麗。

直径三百、深さ百二十メータです。絶好のダイビングスポットになっています。

トラン、有り難う。でも、あくまでも調査だよ。ダイビングに来たわけじゃないからね。まずは、ゼロで中に入ってみよう。あっ、地球が助けを求めている。

えっ。お父さん、地球からのテレパシー。私には聞こえないよ。

私にも聞こえました。

キコも。

はい。

ちょっと行ってくる。みんなは、調査を始めてくれ。

ジン、どこへ。


ジンは、答えずにその場から消えた。


キコ。お父さんは、どこに行ったの。

地球の中心に行きました。

ジンは、今、地球のコアにいます。

トラン、コアって何。

地球では内核と呼ばれている地球の最深部です。

そこは、高温、高圧で人間がいられるところじゃないですよ。

メグの言うとおりです。温度は約六千度。圧力は三六〇GPa以上です。

間違えありません。ジンの精神感応エネルギーは、地球の中心部から発せられていますわ。

ジン、聞こえますか。ミカです。と彼女は精神感応能力でジンを呼んだ。

聞こえるよ。

高温・高圧で大丈夫ですか。

大丈夫だ。地球のコアといっても、ここは地球意識体の中、物理的な影響は受けていない。

話は変わるが、このブルーホールができた理由が分かった。

火星人が移住した地球を破壊するために、デクタム人が撃ち込んだ惑星破壊兵器の穴だ。

幸いにして不発弾だった。しかし、六億年経った今、再び稼働を始めた。

どういうことですか。

トラン、それを調べて貰いたい。この兵器が爆発したら地球は終わりだ。

分かりました。スキャンします。

ジン。地表から六四三キロメーターのマントル内に反陽子爆弾を発見しました。

分かった。一旦、ゼロに戻る。

ジン、お帰りなさい。

惑星破壊兵器のスキャン結果を投影します。

ドリルみたいなミサイルだな。

このミサイルは、反陽子爆弾を地球の内核まで運ぶためのものです。

大きさは直径二百八十メーター、長さは五キロです。中心部に反陽子爆弾があります。

馬鹿でかいな。ミサイルというより宇宙船だ。

このミサイルが地球内部に降下し始めたことで重力以上が発生しました。

それで、稼働を始めた原因は。

ナノマシーンが故障箇所を修復しています。

何で今頃。

おそらくデクタムのロボット軍団がナノマシーンを送り込んだものと推測します。

まずいな。後どのくらいで完了する。

分かりません。何しろ六億年前の代物です。

分かった。ガイアは、この兵器のコンピューターに侵入して稼働を阻止。

ミカたちは、万が一のためにセレスと協力してできるだけ多くの人を連れて宇宙に避難。

ジン。ここからではコンピューターに侵入できません。

どうすれば良い。

ガイアで直接兵器内に移動してコンピューターを制御します。

分かった。トランと私は、ガイアで兵器内に侵入する。

ガイは、ミカたちと一緒に行ってくれ。

待ってください。私もジンたちと一緒に行きます。

そうよ。お父さん。この場合は、ガイも連れて敵の懐へ行くべきね。

ジン、そうしてください。

兵器内には、ガーディアンが待ち構えていると思います。

分かった。ガイ、今度は思う存分に戦って貰うよ。

合点承知の助です。

ジン、ガイに変な言葉を教えないでください。

良いじゃないか。それより行くぞ。


私とトラン、ガイは反陽子爆弾を搭載した宇宙船の格納庫内にジャンプした。


良し、ガイア三人を転送。

ここがコントロール室か。

私は、コンピューターのセキュリティーを解除して兵器の稼働を阻止します。

ガイア、頼むよ。

ジン、ガーディアンが三十体きます。

そっちはガイに任せた。

私とトランは、反陽子爆弾の処理に掛かる。


トラン、どうだい。この爆弾の起爆装置を解除できるかい。

できません。外部から解除しようとすると直ぐに起爆するようにセットされています。

創始者の技術力を持ってしても無理です。

それじゃ、ゼロを使うのは。

反陽子であるこの爆弾がゼロの中でエネルギー化された時点で陽子エネルギーと接触して大爆発が起こります。

ゼロもだめか。

後は、ガイアがこの船のコンピューターを掌握するまで手の出しようがありません。

ガイア、この船のコンピューターに侵入できたかい。

間もなくセキュリティーが解除できます。


暫くして、ガイアの緊急脱出シーケンスが警報と共に作動した。

一瞬で私たち三人は、ガイアに収容され月の軌道上にジャンプしていた。


ガイア、どうした。

反陽子爆弾が爆発しました。

嘘だろう。なぜだ。地球はどうなった。まさか。ミカたちは。

地球の映像を出します。

おっ、地球はまだある。粉々になっていない。

惑星破壊兵器は惑星のコア内で爆発してこそ、その効果を最大限に発揮します。

マントル内での爆発だっため、その効果は限定され即時の破壊は免れました。

しかし、地球は徐々に崩壊していきます。

崩壊。結局、地球は壊れてしまうのか。

はい、完全に崩壊するまであとひと月ですが、地球生命体の生存環境は著しく悪化します。

地球上の生物は、人類も含めてあと数日で絶滅します。

既に、地震や火山爆発が各地で発生し、地球は火山灰や酸性雨で覆われつつあります。

ミカたちは。

安全確保のため、ゼロが強制収容しました。

お父さん、何があったの。とミコたちがガイアに現れた。

惑星破壊兵器の解除に失敗して反陽子爆弾が爆発した。

えっ、それじゃ地球はどうなっちゃうの。

人間は、あと数日で絶滅してしまう。ひと月後には地球自体も崩壊する。

何で失敗するのよ。

失敗ではありません。

ガイア、どういうことだい。

反陽子爆弾が起爆した原因は、ナノマシーンの誤作動です。

ナノマシーンって。

先ほども言いましたが、ロボット軍団が送り込んだこの兵器の修復作業用ロボットです。

ナノマシーンが間違えて起爆させたということ。

そのとおりです。

人間が生存可能な環境はあと数日。可能限り大勢の人を助けるために一刻を争う状況です。

分かった。引き続きミカたちは避難の支援。トランとガイもミカたちに協力してくれ。

ジンは、ひとりでどうするのですか。

地球ともう一度会って地球の崩壊を止める手だてがないか話してみる。

分かりました。


私は、ミカたちに地球人類のエクソダスの任務を託して地球のコアに戻った。


ジン、なぜ戻ってきたのです。

惑星破壊兵器の爆発を止める事ができませんでした。私の責任です。申し訳ない。

謝罪のために戻ってきたのですか。

それだけではありませんが。

ジンが謝る必要はありません。私が人類の行く末を信じた結果です。自業自得です。

しかし、人間を信じて欲しいと言ったのは私です。本当に申し訳ない。

謝って済むならそれに越したことはありません。しかし、私の死は間近です。

あなたを助ける手だてはありませんか。

ありません。ただ、私の死が新たな生命を育む素となることを切望します。

あなたを救うことが私の責務です。そうしなければ私の気が済まない。

ジンの創造主たるヴィシュヌでも私を救うことはできません。これは運命です。

私は、絶対に諦めません。


私は、精神感応でトランに問いかけた。


トラン。

何ですか。

地球を救う方法を見つけて欲しい。

反陽子爆弾によって発生した膨大なエネルギー波が、徐々に地球の内部を侵食しています。

どうすれば良い。

創始者の科学力を持ってしても、このエネルギー波の進行を止めることはできません。

ゼロでも無理か。

はい。反陽子エネルギーは、ゼロ次元自体も破壊します。

ゼロ次元は、全次元の要です。要が破壊されると全次元が崩壊し宇宙は無に帰します。

それと、地表では未曾有の天変地異が発生し、予想以上の被害が出ています。

分かった。私は何とかして地球の崩壊を食い止める。引き続きエクソダス、よろしく。

とは言ったものの。どうすれば良い。

ジン。誰と話していたのですか。

はい。精神感応能力でトランと話していました。

例の創始者の産物ですね。

産物ではありません。私の友人です。

あっ、失礼なことを言いました。それで。

彼曰く。創始者の科学力を持ってしても、あなたを救うことはできないようです。

ヴィシュヌの力を持ってしても無理なものを、人間の科学力でできるわけがありません。

ですが。このままでは、地球上の生物を助ける時間もありません。

それなら、私の延命処置をお願いします。

延命処置。どうやって。

私を人間の体に例えてください。

人間の体ですか。

はい。惑星破壊兵器で生じた反陽子エネルギーの侵食をガン細胞に例えてみてください。

ガン細胞。

ジンが医者なら末期ガン患者をどのように治療しますか。

あっ、そうか。私の力でガン細胞の増殖を抑えれば良いんだ。

そのとおりですが、あくまで延命処置です。どのくらいの時間が稼げるかは分かりません。

分かりました。早速、反陽子エネルギーの侵食を止めてみます。


私は、精神感応力を最大限に活用して反陽子エネルギーの周囲を念力で囲った。しかし、侵食速度がいくらか遅くなっただけで完全には止めることはできなかった。


ジン。大変です。

どうした。トラン。

各地で生存者の暴動が起きて救助がままなりません。

詳しく教えてくれ。

はい。各地区の病院船や救助船が暴漢に襲われ破壊されています。

セレスシティーも核攻撃に晒されています。

エリスは、現時点での救助者を連れて地球から離れることを決心しました。

分かった。このまま救助活動を続ければ共倒れになってしまう。

エリスの苦渋の決断に従ってくれ。

分かりました。

私は、地球の崩壊をできるだけ遅らせるためにここに残る。

トランは、その間にセレス、アクア、アクエリアスと協力して地球人のエクソダスを

可能な限り続けてくれ。できるだけ大勢の人を助けたい。

分かりました。エリスにジンの思いを伝え、協力を要請します。

よろしく頼む。


セレスシティーは、病院船と救助船を従えて再度宇宙に避難した。


エリスにお願いがあります。

何ですか。ジンが地球の崩壊を可能な限り遅らせます。その間に、引き続き地球人のエクソダスに協力していただきたいのです。

もちろんです。地球人類の救助を諦めたわけではありません。

ただ、一部の暴徒のために救助船を使った活動ができません。

それと、シティーの収容人員は一億人程度です。

それについては考えがあります。

どうするのですか。

善良な人たちだけを救出するのです。ガイアの転送装置を使います。

ゾロアスター教の教義を起源とする最後の審判です。

それはだめですわ。全員を助けてあげてください。

そうよ。それに、善人と悪人を誰がどうやって見分けるのよ。私たちは神様じゃないわ。

そうです。そんな権限は誰も持っていません。

善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。です。

ミカ、ミコ、メグ、キコ。それは承知の上です。しかし、今、この時にこそ、一人ひとりの本性がはっきり出ます。

今、この時だからこそ、一時、我を忘れて暴徒化しているだけです。もとは皆、善人です。

分かりました。

しかし、今、暴徒化した人たちを一緒にセレスシティーに転送することはできません。

彼らは、何をするか分かりません。それに、シティーの収容限界もあります。

分かりました。まずは、弱者を優先に救出しましょう。

私たちは、暴徒がいない地域で救助船による救助活動を続けます。

私とガイは、主に暴徒がいる地域で救助活動を行います。

ミカたち四人は、アクア本星とアクエリアスの救助隊を地球圏まで連れてきてください。

分かりました。ゼロで行ってきますわ。

そうね。ゼロなら直ぐに連れて戻って来れるね。それじゃ、また。

行ってきます。


ガイア、地上の状況を知りたい。

地球の立体映像を出します。

ブルーホール周辺を拡大。

南北アメリカ大陸を結ぶ地峡部がありません。

グアテマラやホンジュラス、パナマなどの国々があった場所だ。

それと、メキシコ湾及びカリブ海沿岸各都市は津波でほぼ壊滅しています。

北半球では再び核戦争が勃発しています。

なんて言うことだ。今までの苦労が水の泡だ。

トラン、嘆いている暇はありません。

この地域で生存者が一番多い場所は。

メキシコシティーです。

ガイア、メキシコシティー上空で待機。

ガイと私は、街に降りて暴徒の説得に当たる。

トラン、どこに降りますか。

ガイ、街で一番大きい教会がある場所だよ。ガイア、転送。


ここがこの街で一番大きい教会ですか。

ああ、メトロポリタン大聖堂だ。

教会は、地震で崩壊しています。

教会だけじゃない。建物は、ほとんど崩壊している。火の手もあちこちで上がっている。

まずは、教会前のソカロ広場に集まっている人たちからだ。

皆、教会の方に向かって祈りを捧げています。

ここにいる人たちは、敬虔なカトリック教徒だ。座して純粋に魂の救いを求めている。

皆さん。聞いてください。

何だ。お前たちは。祈りの邪魔をするな。

私たちは、あなたたちを助けにきた者です。

バカを言うな。

この広場には十万人以上の人がいるんだ。どうやって助けるというのだ。

セレスの科学力で、あなたたち全員をセレスシティーに転送します。

セレスだと。奴らは、自分たちだけで宇宙に逃げたぞ。

セレス人は、地球人の敵だ。

そうだ。

そうだ。セレスが惑星破壊兵器を使ったんだ。

地球は、お仕舞いだ。

いいえ。セレス人は敵ではありません。今も地球人類の救助を続けています。

嘘だ。助ける振りをして俺たちを奴隷にする気だ。

絶対にお前たちを許さない。セレス人たちにも俺たちと同じ目に合わせてやる。

まずは、お前たちが血祭りだ。


群衆の憎悪の念は、トランとガイに一斉に放たれた。

ある者は銃を撃ち、ある者は石を投げつけてきた。


ガイ、一旦ガイアに戻るぞ。ガイア、転送。

トラン。彼らは、どうして惑星破壊兵器のことを知っていたのでしょう。

分からない。地球人には知り得ない情報だ。

彼らを今のままセレスに転送することはできません。

今の彼らに何を言っても通じないだろう。

おそらく、エリスたちも同じ目に合っていると思う。

それでは、シティーに戻りましょう。


エリス、残念ながら暴徒化した彼らを説得することは叶いませんでした。

暴徒のいない地域でもセレスの救助船が近づくと、彼らは暴徒化して救助船を攻撃してきました。

やはり。

やはりとは。

彼らは、惑星破壊兵器のことを知っていました。

彼らはどうやって知り得たのでしょう。

分かりません。我々も地球内部に惑星破壊兵器があることを知ったのは昨日です。

こんなに早く情報が漏れ、ましてやその情報が世界に知れ渡っていることも不思議です。

その詮索をしている暇はありません。

しかし、セレスに敵意を持っている人たちをシティーに入れるわけに行きません。

どうすれば。

ジンに相談してみます。

精神感応ですね。

はい。


ジン。

なんだいトラン。

地球人は、この天変地異がセレスの惑星破壊兵器によるものだと信じ込んでいます。

どうしてそうなっているんだ。

分かりません。地球人がこの情報をどうやって知ったのか。そして、なぜ、こんなに早く流布したのか。全てが謎です。

それで救出活動は。

思うようにはできていません。

そうか。何とかもっと沢山の人を助けたい。どうすれば。

ジン、私の延命措置より人類の救済を優先してください。

そうは言っても、セレスへの憎悪と敵愾心が強い人たちを受け入れることはできません。

果たして全員が全員そうなのでしょうか。

そうじゃないと思いますが、人の本心を知る術はありません。

あります。精神感応能力が。それと、ジンの力があればできます。

しかし、私にはキコが持っているようなテレパシー能力がありません。

皆で協力すればできます。

そうだ。私の力とキコやミカたちの力を融合させれば、全世界の人たちの心が読めるかも知れない。

迷っている暇はありません。あと数日で生物が存在できない環境になります。さあ、早く。

分かりました。やってみます。ことが済んだら、また、来ます。絶対諦めません。


ジン、お帰りなさい。地球は、

地球の崩壊を止めるより先に人類の救助を優先する。できるだけ多くの人を助けたい。

でも、どうやって。

私とミカたちの精神感応能力を融合して地球上の全生命体と交信する。

翔太と鬼人たちの魂を救済したときと同じようなことをするのですね。

そうだ。そして、セレスへの誤解を解き、憎悪や敵愾心を払拭させる。

できますか。

できる。

もし、セレスへの憎悪と敵愾心や復讐心を払拭できない人たちが出てきたらどうしますか。

うむ。

エリスは、そういう人たちをセレスに迎え入れることはできないと言っています。

どうすれば良い。

ミカたちが言っていました。

なんと。

はい。生存者全員を助けて上げてくださいと。もちろん、善しも悪しき人たちもです。

しかし、セレスには収容限界がある。

そのことについて、ミカは、アクエリアスに地球人の生存者全員を受け入れてもらえないか交渉すると言っていました。

そうか。それがOKなら生存者全員をゼロで一瞬に移動させることができる。

ミカ。と私は精神感応で呼び掛けた。

ジン。今、アクエリアスのアリス代表と交渉中です。

アリス代表。アクエリアスの代表はアイリーンじゃないのか。

アイリーンは引退して、今の代表はアリスです。

それで、交渉の結果は。

これから、議会にかけて決定されます。少し時間が掛かります。

そんな時間はない。一刻を争うときだ。私もそちらに行く。


アリス代表。時間がありません。地球の生存者は。間もなく十億人を切ります。

取り敢えず。どこでも構いませんから十億人余りが収容できる場所を指定してください。

無理は承知です。私たちからもお願いします。

分かりました。議会へは事後承認と言うことで。場所は、アクアシティーの十キロ南側にある牧草地帯です。そこなら、救援活動もし易く十億人の人たちが暮らせる地積も確保できます。

分かりました。早速、移送の準備をします。準備が完了したら連絡します。

移送は、一瞬で終わります。

しかし、そこは単なる牧草地帯です。大勢の人たちが暮らせるまでの居住環境とインフラを整備するには、相当な時間が掛かります。それでは、

アリス代表。そのことについての心配は、ご無用です。

全てこちらで整えます。

それじゃ、みんな。ゼロに戻って生存者の救出だ。

はい。


驚きました。一瞬で都市が出現し、なおかつ、瞬く間に十億もの人たちをも移送してしまうなんて。

凄すぎます。

創始者のテクノロジーは、本当に凄すぎます。

それもこれも、ジンの精神感応能力のお陰ですわ。

ミカ、トラン。みんな。後のことは頼んだぞ。私は、地球を助けに行く。

あっ、お父さん。

行っちゃいましたね。

後のことはって。私たち、どうすればいいの。

衣食住は、OKですから。

後は、アクエリアスの医学力を借りて負傷者の治療をしないといけませんわ。

それじゃ、アクエリアスの支援を受けてみんなだで頑張りましょう。


えっ、嘘だろう。間に合わなかったのか。

地球、地球。聞こえますか。

はい。私の体の半分が既に崩壊し始めています。

私は、もう助かりません。これも運命でしょう。

そんなこと言わないでください。私が絶対、助けます。

もう充分です。あなたには、私の子供たちを救っていただいただきました。

それだけで十分です。あなたは、皆さんのもとへお帰りください。

いいえ、帰りません。私の能力を使い切ってでもあなたを助けます。


あれ。なんか、今、半分に崩壊した地球が見えなかった。

私も見ました。

私も。

どうやら、ジンからの映像のようです。

ジン。応答がありませんわ。

お父さん、どうしたの。返事して。

返事がありません。

みんな、地球に行くわよ。


ゼロで移動したトラン、ミカ、ミコ、メグ、キコ、そして、キャシー達六人は、半分ほど崩壊した地球を目の当たりにして愕然とするのであった。


おわり



参考文献   ひまわりブックス①わかりやすい更生保護

                  「更生保護便覧第7版」

          ㈱ニュートンプレス創刊30周年

「大宇宙前編・後編」

          幻冬舎新書 素粒子物理学で解く宇宙の謎 村山 斉著

                  「宇宙は何でできているのか」

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第2部 大いなる意思 @genjin

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