第40話 麻生の訪問

赤坂のビルの最上階のエレベーターのドアが開いた。

前に立っていた私服の警備が驚きの顔をし、上げかけた右手を下ろした。

エレベーターから出た人物は廊下を歩き一番豪華で警備の人間が別に二人立っている部屋のドアの前に立ち止まった。

この部屋はこのビルを所有する会社の社長の部屋で最上階のフロアを貸してはいなかった。

つまり最上階のフロアの全てがこの会社が利用していた。

他の14フロアはいろいろな会社に貸していた。

ドアの前に立った人物が警備の一人に目をやるとドアを開けさせた。

「これは、これは、本庁の警視様が直々の来訪とは驚きました、御昇進おめでとう御座います」

最上階に来たのは麻生だった。

「貴方に用はありません、滝さんはいますか」

「今、戻ります」

「私は少し甘い珈琲が好みです」

麻生はそう言うと来客用の椅子に座った。

「しかし、勿体無い、其れだけの美貌を警察にとは・・・」

「それ以上は性差別で逮捕するけど良いのかしら」

「・・・」

ドアを空けて滝が戻って来た。

「やはり、麻生さんでしたか」

「滝さん、お久振りね、元気だったかしら」

「聞き飽きたでしょうが、ご挨拶ですから、御昇進おめでとう御座います」

「ありがとう御座います」

「麻生さん、私と態度が全然違うじゃ無いですか」

社長が、親分がぼやいた。

じろりと震えが来る程の眼つきを返し言った。

「当たり前でしょう、度胸も根性も実力も無い、ふんぞり返っているだけの人間とは違うのは当たり前でしょう」

滝が麻生の前のソファーに座った。

「あんた、本当に良い女だね、びっびんさんだよ、目のやり場に困る」

「ありがとう」

「ちぇ、違い過ぎるぜ」

親分が又震える眼つきをされた。

「滝さん、単刀直入に言うわ、私の部下に成らないかしら」

これには親分も滝も驚いた。

「私を部下に・・・麻生さんは警察を辞めるのですか」

「いいえ、警察は私の転職よ」

「では、私に警察に入れと言うのですか」

「そう言う事、いやなの、入るの、どっちなの」

「ちょっと待って下さい」

ちょっとやそっとの事では驚かない滝も驚きを通り越し何かの罠かとさえ思った。

「罠でも嘘でも無いわ、私の昇進に合わせて新たな組織を作る事になったのよ、極秘の組織をね、その組織の人員は私が何処から選んでも良いのよ」

「今、極秘と言いませんでしたか」

「言ったわよ」

滝が親分と部屋の警備員一人を指差した。

「あぁ、漏らせば、漏らした本人と聞いた人は次の日には・・・」

「そう言う組織ですか」

「そう言う事よ」

「私に声が掛かる訳だ」

「で、どうなの、興味あるでしょう」

「大いにありますね・・・でも私よりも適任がいますからね」

「それがまだ誰なのかも解らないのよ、多分と言う人は見つけたんだけれど」

「ほう、流石は麻生さんだ」

「それがなかなかね~、全うな仕事、綺麗な彼女、大金持ち、説得出来ないのよ」

「本当にそいつですか」

二人はまるで二人きりで話ている様に親分と警備の二人を無視していた。

とうとう我慢仕切れずに警備の男がドアを空けて廊下に出て行った。

親分は動けずに両耳を両手で塞いでしまった。

「私はそう睨んでいるんだけど・・・一度あった、正確には二度ね、貴方も一度会っているわ」

「・・・あぁ、あの・・・なる程ね、あり得ますね」

「てしょう」

「二度と言いましたね」

「ええ、会社に行きました、そして確信しました」

「何か理由があるのですね」

「貴方とも縁があるのよ、貴方が庇った人の旦那よ」

「・・・そうか、しかし・・・やるもんだ」

「でしょう、まさかと誰もが思うわよね」

「思いますね、こうやって聞いても、麻生さん、貴方からで無ければ信じられないでしょうね」

「証拠も無ければ、説得材料も無いのよね」

「あの人物が入れば私は要らないでしょう」

「万全の組織にしたいのよ、少数精鋭のね」

「警察組織の誰の配下ですか」

「刑事部長直轄の組織よ、貴方が今入ると言うなら何ならその親分を始末しても良いわよ」

耳を塞いでいた親分が両手を合わせて震え出した。

親分が苦手とする二人に見詰められ、自分を殺しても良いと言っているのである。

「本気の様ですね」

「本気も本気、大真面目よ、但し影の組織よ」

「まぁ、そうなるでしょうね」

「今日の要件は以上、考えておいてね、出来るだけ返事は早くお願いね」

「解りました、仮の了承として置いて下さい」

「仮ね・・・OK、じゃね、お邪魔したわね」

麻生は廊下に出るとエレベーターの前に三人の警備員、用心棒がいて一人がエレベーターのドアが閉まらない様に押さえていた。

麻生がエレベーターに乗ると三人が声を揃えて言った。

「お疲れ様でした」

ドアが閉まり下へと降りて行った。

「怖いな、怖い」

「怖いなんてもんじゃね~」

「儂はちびりそうだった」

「しかし、あんなに良い女が何であんなに怖いんだろな」

「解らん、が怖い」

「あぁ、お前、親分じゃねぇ、社長が怒っているぞ」

「あぁ~」

社長室内の警備員が慌てて走りドアを空けて中に消えた。

中からは予想に反して怒鳴り声も聞こえず静かだった。

中では滝が社長を起こしソファーに座らせた処だった。

「水を飲ませて上げろ」

「はい」

社長は水を飲むと大きく息を吸い言った。

「怒りはしないよ、俺も出来れば逃げたかったからな、但し今日の事は忘れろ」

「はい、何の事でしょうか、社長」

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