第35話 刑事部長との面談

警視庁の幹部、警視以上は正式な所属は警察庁である。

警視庁は他の都道府県で言えば警察本部に当たる。

警察本部長はその都道府県の警察機構の最高責任者である。

警視庁、東京都の警察機構の最高責任者は警視総監である。

当然、正式な所属は警察庁である。

警察庁では最近の犯罪の多様性、国際性、凶悪化を鑑み組織の再編成を考えていた。

その組織の長、責任者の候補を何人か上げる事にしたが誰もが上げたのは一人、麻生だった。


その組織は全ての都道府県の犯罪捜査も可能でどのような犯罪にも捜査権限を持ち武器の選択権限を持ちスワットへの出動要請も出来る者を責任者とする事になった。

組織名は最近米国のテレビドラマで眼にする物になった。

重大犯罪捜査課である。

課であるが故に責任者は警視であり、麻生は警部から実績も有って警視に昇進した。

但し、専属課員は10名と少なく人選は麻生に任される事になった。

ここのでは麻生本人の知らない処、警察庁幹部会議での決定事項であった。


その日、麻生は職務時間に警察庁刑事部長に呼び出され警察庁へ歩いて向かった。

専用車を拒否しての歩きであった。

服装は何時もの全身黒のパンツ・スーツ姿だった。

肩には斜めに同じく黒のバッグを掛けていた。

颯爽と歩く美貌の女性に男ばかりでは無く女性も振り向く程に周りを圧倒していた。

警察庁に着くと刑事部長の部屋まで一言も発せずに顔と態度で辿り着いていた。

刑事部長の部屋の前には秘書がいてドアを開けてくれた。

麻生は部屋に入ると直立不動で敬礼し上司の返事を待った。

「直れ・・・全く君は少しは柔らかく成らぬものかね、女性らしくとまでは言わん、まぁ座れ」

刑事部長は専用デスクの椅子から立ち上がりソファーを勧めた。

彼女は刑事部長が座るのを待って向かいのソファーに座った。

「セクハラと言われるのを覚悟で言うが君は男を知らぬとの評判だ、私も君はヴァージンだと思うよ」

「その様な言葉でセクハラとは思いません、近年のセクハラの訴えは過剰だと私は感じて居ります、セクハラと騒ぐ女が男女同権を拒絶していると思っています、裁判所の見解と警察の見解は私の意見とは異なるでしょう、此れは私見です、勿論、私は政府と警察の見解に従います」

「君らしい意見だ、全く君には関心する、但し、君の様に率直な言葉は私が時々呼ばれる国会喚問では釣るし上げられるだろうな、まぁ、頭の良い、非常に良い君の事だ、喚問でも鮮やかに熟すに違いないだろうがね」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、刑事部長に少し甘えて見ました」

「おぉ、ありがとう」

「処で今日の要件は何でしょうか」

「おぉ、いかん、いかん、本題を忘れていた、歳かねぇ~、君は近年の我が国の犯罪傾向に感じるものはあるかね」

「外国人による犯罪と被害者の増加、犯罪者の若年化、高齢化、衝動犯罪の増加、女性犯罪の男性化つまり犯罪においては既に男女同権です、外国犯罪組織の拡大です、これは国内犯罪組織、つまり組織暴力団の弱体化が原因です、その一旦は警察にあるでしょうが、一番の問題はネット関連犯罪の急増です」

「流石は我らが見込んだ者だ、実は政府、警察庁では、お前が言った中の理由の幾つかを懸念して新たな組織を作る必要を感じ始めた、そしてその組織の責任者に誰をと皆で名を出し合ったがだ、皆が出した名前は麻生、お前だけだった、皆がお前の名を上げた」

「・・・」

「女性犯罪の男性化つまりは凶悪化、組織暴力団の弱体化のせいで外国犯罪組織が幅を利かせる様になったなどと言う者はいなかったな、新たな組織の名称は重大犯罪特別捜査課に決まった、略して特捜か丸特になるだろう、捜査対象に限度は無い、捜査範囲、区域にも限度は無い、全国のどの様な犯罪も対象だ、責任者、つまりは麻生、お前の選択次第と言う事だ」

「・・・」

「全国の警察本部・本部長の上に立つ事になる、そこでだ、麻生、君は警視に昇進となった」

「・・・」

「先程から何も言わぬが、どうした、何か気掛かりでもあるのか」

「昇進、ありがとう御座います、ですが全国の本部長に命ずる権限はありません」

「そこだ、麻生が警視になつても権限は無い、何処に行っても皆は敬意を払うだろうが結局、本部長の命令には勝てん、例え最高位の警視総監になっても東京の警視庁では同格だ命令権限は無い、何か良い手はないものかな、皆で責任者を麻生、お前さんに決めた、決めたは良いが都道府県で命令権を行使できる方法が無い、思いつかんのだ」

「水戸の黄門様の印籠でも有れば良いのですがね・・・もし私が埼玉県、千葉県の案件に手を出したい時に警視総監から本部長に電話を一本入れて頂ければよい事ですよ」

「電話で便宜を図る様に頼む、か、それしか無いか、麻生、受けてくれるな」

「はい、お受けいたします、何人の組織ですか」

「特捜だ、全国何処からでも誰を選んでも・・・民間人でも構わん・・・麻生、お前さんが気にする滝と言う奴を味方に出来んものかな」

「滝、滝をですか、世界的なスナイパー、犯罪者ですよ」

「既に犯罪者が警察で働いでいるではないか、毒には毒をもって制す」

「情報戦でのハッカーの事ですね」

「そうだ、狙撃が予想される場合何処から狙うかはスナイパーで無ければなるまい」

「自衛隊にも警察にも狙撃の専門家はいるでしょう」

「それはあくまでも練習にすぎない、私が言うのでは無く、君が案を出すと思ったのだが」

「正直に言えば私も考えました、実際に報告しました様に滝に相談もしました、私が提案した場合の上層部の方の反対意見に対する反論を聞きたかったと思って下さい」

「私が考えたのも君の滝に相談したとの言葉を聞いての事だ、滝を使うについてはまだ君に話す今が初めてだ」

「私が受けて滝を説得出来るかどうか、出来たとして上層部が納得するでしょうか」

「既に働いている元ハッカーは有罪判決を受けた元犯罪者だ、滝は犯罪者では無いぞ」

「実は私も滝については心配はしていません、滝を説得する手立てを考えていました、私は滝よりも仲間にしたい人がいます」

「滝よりも欲しい人材がいるのか、誰だ、滝の資料を見る限り、その上を行く者がいるとは思えんがなぁ」

「新宿の連続殺人です、組織暴力団員とは言え殺人です、遠距離狙撃、日本刀と思われる切り口の殺傷、組織員と警察の重要警戒中での狙撃です、滝に聞いても自分には無理だとはっきり言い切りました、滝も自分より上の男、多分、男がいると確信していました、私はこの人物をスカウトしたい、殺人者と言ってもやくざ者、組織員ばかりですからね」

「滝が自分より上と認める奴か・・・男に、男一人に間違いは無いのか、女もしくは組織と言う可能性は無いのか」

「一人です、実は私は目星を着けた男がいます、ですが、普通の会社員で大人しく優しいとても大それた犯罪を犯す人には見えないのです、ですが私はそれが返って怪しく思っています」

「ほほう、それでその男に会ったのか」

「会いました、一度目は遠くから見ただけです、二度目は話をしました、証拠は何一つありません、ありませんが私は彼に違いないと確信しました」

「又そいつはやるつもりか」

「やるでしょうね、どんなに警戒しようがやるでしょうね、組織も警察もどんなに警戒しようが彼はその上を行くでしょう」

「誰だ、と聞いても教えてはくれんだろうな」

「はい、何も証拠がありませんから」

「それ程平凡なと言うか弱々しい男があれ程大胆な犯罪、殺人をやってのけられるものかね」

「あの男も組織と警察がそう思うと予想していたでしょうね、処が私が彼の処へ行った、さて、彼はどうするでしょうね」

「どうすると思うね」

「彼は頭が良い、それもずば抜けて頭が良い・・・何もしないでしょうね、もしかしたら次の殺人さえもするかも知れない・・・大胆で繊細で臆病で勇気のある男です」

「臆病か・・・捕まり難い要素だな、処で君は警視昇進を受けるかね」

「はい、お受けします、ありがとう御座います」

刑事部長はポケットから携帯電話を取り出すとポン、ポンと二度押しまたポケットに仕舞った。

「君の実績からすれば遅いくらいだが警察はまだまだ男社会でね、まぁ君ならば警視正への昇進もそう遠い話では無いだろう、で、その男を見張らせているのかね」

「いいえ、何もしていません、次にどうやって、厳重警戒の中で犯行を起こすかを楽しみにしています」

「その男は本当に組織員だけを標的にしているのだろうね」

「間違いなく」

「組織員とは言え家庭では良き父だろう、妻も要れば子もいるのだぞ」

「組織員の家族は父親が何者かを知っています、必ずです、他人の不幸で成り立っている生活です、幹部ともなれば優雅な生活をしています、組織員の家族です覚悟は出来ているでしょう、それが組織員では無く彼と言うだけの事です」

「君には参るなぁ~、私も君の様に思えれば良いのだが」

「私の知っている事を知れば成れると思います、が、もう少し待って下さい」

「解った、まず、私に知らせてくれ、君の昇進は今公表された、新部署についてはまだだがね」

「部署は何時からですか」

「課員の人選と説得と部署の場所選択に2カ月でどうかね」

「半年と言いたい処ですが、3カ月でお願いします」

「解った、暫くは現職を続けてくれ」

彼女は立ち上がり敬礼した。

「了解しました」

「帰って良し」

「失礼致します」

彼女は式典の様に礼儀正しく帰って行った。

「あいつが男ならば今頃は私の地位にいる事だろうにな」

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