第13話 その女の考察
麻生は新宿の惨劇を一件目から滝の仕業と感じていた。
銀座の銃撃事件以来依然として滝の消息は不明だったが、新宿で事件が起きた事で滝が東京を離れていたが今は戻ったと確信していた。
事件の担当は被害者が指定暴力団の組織員であった為、四課であった。
彼女も滝と同様に一件目の後に新宿を訪れ周辺を見て周った。
その頃はまだ一件目の後なのでそれ程の警戒感も無かったがそれでも所々の角には組の者と思しき若者が立って警戒の目で辺りを眺めていた。
事務所を初め一通り見て周った彼女はこれでは二件目を企てていても無理だと思った。
流石にその道のプロの滝でも無理と感じた。
だが彼女の読みは二度に渡って外れた。
二件目が発生し再度新宿を訪れた彼女は以前とは違った緊張を孕んだ警戒感に圧倒された。
町の角々に殺気だった一目でその道の者と知れる表情を顕わに若者たちが立っていた。
中には内懐に手を入れている者もいて其々が武器を携帯していることを匂わせていた。
今なら警察組織は武器不法所持での一斉検挙も可能であろうと彼女は実感し町を去った。
残念ではあるが彼女には一斉捜査の権限はない。
二件の事件後の現在も担当は組織暴力団係りの4課にあった。
彼女にできる事といえば、一人一人に職務質問し武器の所持を確認し緊急逮捕しか無い。
一人を逮捕すれば直に知らせが回り他の者は隠れてしまう。
逮捕できるのはたった一人に決まっている。
所詮無駄な事で警察内部に彼女の敵を作るだけの効果しか無いのが実情と諦めたのである。
彼女が次の犯行は無理と考えた中での二件目に続き、幾ら滝と言えどももう絶対に無理と思った状況での三件目発生だった、彼女はその一報に愕然とした。
あの状況での犯行に驚き自分の滝に対する評価が間違っており滝の資質は彼女の予測を遥かに超えて高いと評さざるを得なかった。
彼女には犯人が解っていたが動機が今一つシックリ来なかった。
銀座銃撃事件の報復との想像は着くがここまでの危険を冒す事も無いと思った。
第一何年も待った復讐である二件目を警戒が緩んだ頃にすれば良いはずで、何も警戒の中でやる必要が無い様に思えた、確かに相手組織の恐怖はあの警戒の中での犯行の方がより高まったことは想像に難くない。
だが彼女の滝への人物評価では彼は非常に用心深く決して無用な危険は犯さないはずであった。
その評価を変えるか又は滝は彼女の評価以上の力を持ち彼にはこれ位は危険では無いかのどちらかと思えた。
彼女は何日か後に自分の誤りを認め滝の評価を変えた、つまり滝の戦略、戦闘能力の評価をこれまでの数値よりも上げたのである。
三件目が発生して一週間後、彼女は警視総監に呼ばれた。
総監室に入ると隣接する会議室へ通された。
そこには警視総監は勿論の事4課の課長を始め刑事局長などの警視庁幹部たちが揃い彼女を迎えた。
総監が正面に座り幹部連が左右に座り4課課長は尋問を受けるが如く入り口近くに立っていた。
彼女は4課課長の横に立ち敬礼し幹部連を見回し総監に目を止めた。
「麻生君、何故呼ばれたと思いまいか」
「はい総監、新宿の件と思いますが、如何でしょう」
「其の通り、君はどう思いますか」
「どう思うとはどの様な意味でしょうか」
「犯人に心辺りはないか・・・と言う意味ですよ」
「・・・・無くもありません」
総監がニンマリと微笑み、幹部連からは驚きの声が上がり、隣の課長が自分を見つめる気配を感じた。
「何処の組織ですか、麻生君」
「総監、失礼ながら私の読みでは組織ではありません」
「どう言う事かな、一人の犯行と言う事ですか」
「そうです」
先ほど以上に部連からは驚きの声が上がり、隣の課長が自分を見つめる気配を感じた、但し今度は総監も驚きの表情だった。
「誰だ麻生」
「これ局長、麻生君が犯人では無い、怒るで無い」
「失礼致しました、麻生くん許して下さい、それでその犯人とは・・総監失礼しました」
「はい、それで麻生君、犯人は何者との読みですか、プロファイリングですか」
「いいえ、プロファイリングではありません、能力です。
あれだけの度胸と技術と言えば御幣があるやも知れませんが鮮やかな手口は世界でも人数に限りがあると思います。
各国、特に戦争中又は過去に戦争経験がある国には何人もいるでしょう、がその者達の所在は其々の国で掴んでいます、いるはずです。
アメリカは間違い無く自国と敵対国、特にテロ国家と目される国の軍事能力の高い者達の所在は把握しています。
世界中で軍事能力の高い者たちは大概指導者の立場におります。
中には傭兵として現役の者も多数います、しかしその雇い金は非常に非常に高額です。
新宿の犯行はその様な高度に軍事訓練を受けた者の単独犯行と思っています。
世界で名の知れた傭兵の中でも戦略と戦術と戦闘能力で高く評価されている日本人が一人います、私はこの者の犯行と考えております」
「あぁ」「おぉ」と席に座る1課の課長と隣に立つ4課の課長から声が漏れた。
「思い当たるのか」
「はい、総監」と二人の男が同時に答えた。
「誰だ」
「麻生警視にお聞き下さい」と1課の課長が答え、これを聞いた4課の課長も言う事を止めた。
「では麻生君、教えて貰えるかね」
「はい、名を滝竜一と言います、二年程前に銀座で銃撃事件があったおりの衝撃された側にこの滝と思しき男が目撃されております。
そして襲撃した側がこの度の三件の被害者の組織でした。
この三件の綿密な計画性と度量と殺害の凶器の多様性と見事と言える程の刃物による切り痕を考えますと滝に辿り着きます。
この者意外に我が国には一連の犯行を成せる者を知りません。
外国人は値段が高過ぎます。
只、今一つ理解出来ない事があります・・・滝の犯行であるならば、何故二年も待ったのか、何故二年も待ったのに警戒厳しい二件目、三件目と続けたのか。
確かに警戒の中の犯行はより相手に恐怖を生みますが私が分析した滝の資質、用心深い資質に合いません。
高い危険性に相手の恐怖が見合いません、第一容疑者としての滝に変わりはありませんが、もう一度、銀座の事件から洗い直しが必要と感じております」
「麻生君は三件が銀座銃撃事件に端を発すると考えるのだな」
「はい、勿論です、それ以外に考えられません。
組織同士の争いなら警戒に他の組織が参加する事は有り得ません。
ヒーロー気取りの者の犯行ならば何も一組織にこれ程固着する事もありません。
ましてやあの警戒厳重な中での犯行の必要性がありません。
故に銀座の事件が関係すると考えざるを得ません。
本庁が知りえた情報の中には他に要因が見当たりません。
我々の知らぬ事情があるかも知れませんが知らない以上考えには入れようがありません。
以上であります」
「・・・・解りました、見事な考察と洞察でした・・・局長どう思われますか」
「はぁ、総監、麻生君が言った様に手持ちの情報ではその滝以外にいないと仮定し捜査するしかないと思います、後は情報が増え次第臨機応変にと行きましょう」
「それで指揮はどうしますか」
「被害者は指定暴力組織に限っていますが、市民の恐怖心が高まっています、本来ならこのまま4課に任せる所ですが、残念ですがこれまでに何の成果もありませんでした、麻生君に任せたいと思います、なお、異例ではありますが本件に限り麻生君の下に4課を組み込みたいと思いますが・・宜しいでしょうか、総監」
「私もそれが良いと思います、私は手が足りなければ全ての課を麻生君に任せてもと考えました、が、局長に任せます、只、私の考えを覚えておいて下さい、この範囲での指揮は私の判断は不要と思って下さい」
「はぁ、ありがとう御座います・・・諸君、お聞きの通り4課はこれより麻生君の特課と合同捜査と成り指揮権は麻生君に任せる、なお、今後麻生君の求めが有り次第全課が麻生君の指揮権に入る事もあると心得ていて下さい、以上、総監、宜しいでしょうか」
「本日はこれまで、ありがとう」
全員が立ち上がり総監に敬礼し総監は国旗に敬礼し皆が退出して行った。
当初、総監が「麻生君の意見を聞きたい」と言った時、露骨にいやな顔をした者、「えー」と驚いた者もいたが麻生の意見を聞き考えを変えていた。
皆も麻生の出勤初日の行動を聞いており実力を評価していた。
ただ「女・・・」と言う感情が邪魔をしていたが今は皆が納得していた。
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