第11話 その男の転機

翌日、ホテルを腕を組み出た二人は地下鉄日比谷駅で女が地下へ降り男は歩き出した。

「君は、ここから地下鉄で行きなさい」

「貴方は、・・・」

「良い天気ですから歩いて行きます、ところで、ちゃんと演技ができますか」

「任せて下さい、女は生まれた時から役者なんですよ」

「えぇ、そうなんですか」

「はい、まぁ見てて下さい」

「楽しみにしています、では」

「はい、ありがとうございました、では」

彼女は、彼が彼女の事を思い手を出さなかった事に感慨深い気持ちを込めて感謝の言葉を述べたのだ、だが、残念と言う気持ちも当然あった、だが今、肉体的には一体にならなかったが気持ちの一体感は十二分に感じていた、信じられない事だった。


二人が並んでパソコンに入力している、仕事をしている、かの様に見えるが実は二人はログに残らないメール交換をしていた。

このメール・ソフトは彼が作ったもので、この課の6人だけが接続しているルーター内で閉鎖的に交信できるもので如何にシステム情報専門会社のこの会社でも検出は不可能だった。

この会社はその専門だけに社員の情報伝達には監視が厳しく特に外部との接触には厳しかった、外部とのメールは全て保存され、もしもの時の証拠になり、インターネットで怪しいアドレスにアクセスしようものなら即座に遮断され本人と上司に通告されるシステムになっていた。

この機能は会社と外部の情報経路の間にファイアー・ウオールと言う装置が有りその装置で制御されていた、だが彼はその装置を欺(アザム)くソフトも開発してあり自在に外部と接触する事が出来た。

『どうでした、私の演技?』

『完璧です・・と言いたい処ですが少し余所余所(ヨソヨソ)しさが強過ぎて還って不振に思われました』

『なるほど、思ったより難しいですね』

『簡単ですよ、昨日までの様に居ない者と思えば良いのです』

『えぇ、昨日までの私の態度はそんなだったんですか・・・』

『そうです』

などとメールのやり取りをしながら彼は外部のデータベースにアクセスしていた。

今は警察庁のデータをハッキングし新宿と銀座の事件の捜査状況を確認していた。

新宿の組織幹部の殺害の犯人に関する証拠が何一つ見つかっていず目撃者も居なかった。

銀座の事件も同様で襲撃者側は逮捕されているが組織との関係を否定おり襲撃された側に居たっては滝と言う男が居た様だとの曖昧な目撃証言しか得られていなかった。

以前と変わらず進展は無い様だった、このハッキングは当然、世界中を経由しており最終的には中国で操作されている様に見せていた。

『今晩も会いたいわ』

『家族が心配しませんか?』

次は警察機構により指定暴力団とされた新宿の組織のサーバーへ侵入した。

こちらは楽なものだ、一応念の為アメリカからの接続にしていた。

既に幹部たちの住所、氏名、年齢、写真、家族構成、情婦の家も知っている。

情婦の家は銀行口座からの振込で把握できた、彼には簡単な事だった。

今日は末端までの構成員の情報を戴くつもりだ。

そう、新宿の暴力団幹部殺害は彼の手によるものだった、勿論、妻と子供の復讐である。


『良い年の娘が毎日真面目に帰る方が心配でしょうね』

『では、昨日最初に行った店で昨日の15分後でいかがですか』

『嬉しい、待ってます』

『こちらが待ちますよ、競争ですね』

『負けません』

彼はその間に新宿の他の組織の情報も入手しスイスの情報バンクに送信していた。

スイスは金融の国から情報の国へと変貌を遂げつつある、金融も昔と異なり札束を必要とせず電子マネーの時代だからだった。

因みに彼は他人名義の口座を幾つも持っておりケイマン諸島、スイス、リヒテンシュタインなど各国に無数の名義で膨大な資金を持っていた。

では、金はどこからかと言えば当然、組織からだ。

但し資金については新宿の組織だけでは無い日本中の組織から小金を移動し集約した。

だが、サラリーマンとしての生活は至って質素なもので不振を抱かせる行動は控えていた。

彼にとって彼女の出現は予想外で当然計画にはないものだった、成り行きに任せるしかないと決意していた。

『目立たない事が大事ですよ、ご注意を・・・』

『ラジャー、チーフ』

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