第7話 一匹狼の男-#1

二年前、滝たち四人は、多摩の山荘へ逃げ込んだ。

この山荘は廃屋で荒れ果てていて近づく者などいない。

来る途中で、大量の薬と治療用品、食料、飲料水、酒、ビール、キャンプ用品を少量づつ別の店で買って来た。

車もガソリンを満タンにし近くの山間に木や草で覆い一寸目には解からなくして置いた。

組織の幹部も含め、滝の度胸と頭の良さと狡猾さに心酔し、今は滝の言うがままになっていた。山荘近くでも、時々止まり、道路の何かを調べていた。

山荘に入ってからも、火を炊かせず、治療もせず、四方の窓から、途中で買った双眼鏡でずっと見ていた。

何度か怪我人が「早く血を止めてくれ」「痛いよ」と言ったが、滝は素知らぬ顔をしていた。

15分程確認し、キャンプのバーベキュー用の燃料入れに炭を入れ火を付けた。

幹部に火の番を命じ、やっと怪我の治療に掛かった。

滝が服を裂いて傷口を見ると、脇腹を貫通していた、滝にしてみれば大した傷ではない。

「こんな傷、放って置いても直りますよ」

と滝が立ち上がり掛けると「助けて」と泣き出した。

滝は、自分のシャツを捲り脇腹を見せた。

そこには、三個の銃創があり、一つはかなり内側だった。

「この三回とも自分で治しました」

滝はそう言うと治療に取り掛かった。

その手際は、手馴れたもので、まるで外科医のようだった。

終わった滝が言った

「自分の脇腹よりも両手の自由が利いてやり易いですね」これが感想だった。

縫い終り後の処置の仕方をもう一人の若者に教え時間毎に当て布を変えさせた。

その間、襲撃の相手の事、今後の事を話し合った。

滝はその間、ほとんど聞き役だった。

怪我をした者も三日目には、お粥を食べられる様になり、会話に参加していた。

少年の頃の武勇伝や青年になってからの無茶な言動について笑い合っていた。

そこには、もう、幹部も部下もなかった。

窮地を一緒に過した仲間意識しかなかった。

その間、携帯用テレビでニュースを見ていたが、襲撃側も襲撃された側も身元不明との報道であった、只し襲撃側の4人は一名死亡3名逮捕入院とのことだった。

怪我の程度は解からないが相手も口を割っていない様だった。

又、残念な事に、巻き添えの死亡者の中に、滝が庇った母子がいた。

他に男性が一名死亡し、負傷者は15名に達していた。

滝は、憤怒に駆られていた、彼は、非情な男と言われているし、自覚もあったが、それは相手が組織の人間に限っていた、決して一般人には、危害を加えた事は無かった。

滝は密かに誓った、あの母子に変わり必ず復讐してやると。

まず情報集めだが、ほとぼりが冷めるまで待たなくては、ならないだろう、と覚悟した。

まず、一年潜伏し情報収集に半年、反撃に半年の計2年と計算した。

この当たりの長期計画は、海外でのゲリラ活動の経験で培っている。

ゲリラ活動では5年計画10年計画は極普通だ。

中には、アメリカへの避難民に紛れ移住し二世、三世にアメリカ国内でのゲリラ活動をさせる活動もあり、30年、40年計画だった。

日本の戦国時代の忍者世界の草と呼ばれた人々と同様の考え方だ。

草は、各地の大名の領地に入り、いろいろな職に就き普通の暮らしをしていた。

5年、10年と住み、忘れた頃のある日、繋ぎと言われる連絡が入り忍として活動する。

中には30年、50年と何の音沙汰も無かったものもあった様である。

一度も忍者としての勤めをする事もなく土地の人間として一生を全うした人々の方が多かったのではないだろうか。


15日目、滝は一人で買出しに近くの町に行った、勿論、離れた店を何軒かに別けた、

警察の動きは無かった、町に出ると言うと皆が一緒に行きたがったが、拒絶された。

「貴方方の様に一目で、一般人ではないと解かる人では困ります」と言うとしぶしぶ納得した。

その日から一般人への変装の練習が3人に成された。

長い組織暮らしに身体がどっぷり染まり、中々、歩き方、素振り、喋り方が直らなかった。

さらに、皆の呼び方に注意した、年の順に一郎、二郎、三郎、四郎と付けた。

幹部が一郎で滝が二郎、怪我をした男が三郎で看病した男が四郎と呼ぶ事にした。

滝は、四人以外に誰かいる時は、どんなに離れていても、この名で呼ぶように慣れろ、と言った。出来れば、もう本名を忘れろとも言った。

それから、お互いをこの名で呼ぶ様になった。

時々、若い者が「兄貴」と言ったりしたが、滝がその都度、張り倒した。

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