第5話 その男の決断

「解かりました、光栄です」

「はい、ありがとうございます」

「貴方は、本当に変わった方だ、周りの男を見て下さい」

と言うと彼女が、身体をゆっくり回し部屋を右から左へ見回し、彼の目に視線を戻した。

「誰でも、貴方の依頼を断りませんよ」

「はい、解かっています、強いて言わせて戴ければ、だからこそ、嫌なのです」

「・・・・成る程、男を見る一つの目安では、ありますね」

彼女が彼の口を指で押さえ、この話に蓋をした、暫く指で押さえていた。

「私、趣味が多くて、と言うか、飽きっぽいのか、浮気性なのか、冒険心が強いのか何でも一通りやってみます。

その中で続いているのが、小学校から続けている空手です、その性でしょうか弱々しい男はだめなんです。

ほかに続けているのは、ダイビング、射撃です、ちょっとやって止めたのは、山ほどあります。

テニス、卓球、バレーボール、スカイダイビング、サーフィンでしょうか」

「テニスがだめでしたか」

「何だか、うーん、手応えがない、と言うか、攻撃性に欠けると言うか、駄目でした。

習ったコーチが助平だったのも理由かもしれません」

「サーフィンも雰囲気的に似合いそうですが」

「あれは、理由がはっきりしています、只ひたすら、いい波を待つ、私は待つのが大嫌いです」

「成る程、それで、今日も時間前だったのですね」

「はい、やっぱり、解かって貰えました、貴方なら解かると思いました。

私は待つのが大嫌いだから、待たせるのも嫌いです。

それには、女のプライドや気位なんて関係ありません。

でも、世の中には、それを理解しない人が男女を問わず大勢います。

私は、友達を選ぶ一つの基準にしています」

「素晴らしい、若いのに・・・私は、若い頃、人生の先輩に、人に優しく、言葉も丁寧にする。

相手の年齢、地位に関係なく、と教えられました。

そうすると、弱さと勘違いするのか、付け上がる人と優しさで帰す人に分かれます。

それが付き合う相手の選び方です、と」

「成る程、確かに貴方は、あまり話さないですけど、皆に同じ言葉使いと態度でした。

私、それが気になっていました、すっきりしました」

「嬉しいですね、気づいてくれた人がいて、多くの人は、気にしないか、気弱と判断しますよ」

「なぜか、貴方は、喧嘩に強いと思いました」

「不思議ですね、ところで、続けているのが、空手とは凄いですね」

「私も、始めた切っ掛けが気になって、つい最近、母に聞きました。

そうしたら、小学校の頃、学校から帰って、私が空手を習いたいと言って聞かなかったそうです

それで、両親が将来の護身術にも良いか、と言う事で始めたようです」

「続けていると言う事は、相当強いですね」

「多分、何も武術をやっていない男の人だったら勝てるでしょうね」

「怖い、怖い、ダイビングは解かりますが、射撃とは・・」

「留学中に練習しました、グアムにあるような観光客用ではなく、アメリカ本土には、町毎に練習場があります、そこで練習しました。

初めて撃った時の、あの爽快感、今も覚えていますし、今でも撃つ機会の度に爽快感を感じます。

貴方は、射撃の経験はないの」

「あります、私も大好きです、若い頃、ダイビングと射撃だけの為に年に何度もグアムに行き、朝、夕と一日二度射撃をし、昼間にダイビングをしていました」

「うわーい」と店中に響く声を上げた。

「趣味が同じなんて、それも二つも、やっぱり運命です、う・ん・め・い」

と言って彼の首に手を回しキスをした、彼女は泣いていた、キスを受ける彼は考えていた。

(周りを全く気にしていないのか、意識していて羨ませたいのか、前者なら、素直だが戦場では、致命的欠点だな、などと。)

「ごめんなさい」と慌てて離れ、涙を拭った

「いいえ、こちらこそ、ご馳走様でした」

「馬鹿、意地悪ね」

「会社を長期間一緒に休む訳にも行きませんから、連休にでも、近場のグアムに一緒に行ってみましょうか」

「本当に、本当に」

「はい、パスポートはOKですか」

「何時でも準備OKです、隊長」と敬礼した。

「よろしい、直れ、軍曹・・・、しかし、こう言う時には、同じ部署は、困りものですね」

「はい、でも、スリルは満タンでしょ」

「それは、言えてる」

「こんなに、次の日の会社が楽しみなんて初めて」

「そう、明日も会社ですから、そろそろ帰りますか」

「はい」

清一郎は彼女の背を守る様にレヂへ行き支払いを済ませ二人は店を出た。

薄暗い路地を少し歩くとバターンと音がし二人が振り向くと、二人の若い男が同じ店から現れた。

一人は帽子を被っていた、顔付きと目付きで目的が解かった。

清一郎はあえて路地を出るのを止め彼女を背に回した。

帽子の男が言った。

「おっさん、見せ付けてくれるじゃねぇか」

別の一人も言った。

「女を置いていきな、怪我するぜ」

「この女性は、小さい時から空手をやっていて、とても強いそうです。

貴方がたが怪我をします、その怪我の分を私が変わりに受けます。

上着を脱ぐまで待って下さい」と上着を脱ぎ彼女に渡した。

「おっさん、やるのか、本当に怪我するぜ」

「黙って、女を置いていきゃいいものを」

若い二人の男が言うと清一郎が返した。

「さてと、余り痛くはしませんよ」

清一郎が身体に力を込めた。

二人の若い男たちと彼女もびっくりした、Yシャツの中で筋肉が盛り上がったのが解かったからだ。

「どうしました、余り痛くはしませんよ」

二人の若い男たちは、引くに引けず、一人がナイフを出した、

「おや、刃物ですか、それでは、前言撤回ですね、少し痛い思いをして貰います」

ナイフの男が近寄って来た、彼はその手首を足蹴りし「ボキ」と音をさせ、横の男の溝落ちに拳を入れ、元の位置に戻った。

「刃物など出さねば、よいものを、単純骨折ですから一ヶ月で直ります。

これからは、悪さを止めるか、相手を見る目を養いなさい」

清一郎は、路地を出るまで彼女を背に庇い彼らに目を向けながら後ろ下がりをした。

右に曲がると、道路の反対側の歩道へ彼女を急がせた。

その後も路地が遠退くまで後ろを気にしていた。

彼女は彼のこの行為を臆病とは思わず、用心深さ、修羅場の慣れと思った。

第一あの喧嘩とも言えない一方的な攻撃に臆病など、あるはずがない。

今、触れているこの筋肉の凄い事、(本当に会社で上着を脱がないはずだわ)と思った。

彼は晴海通りに出て人込みに紛れると歩きを普通に戻した。

だが、彼女の感じでは、彼の感覚は殺気を探っているようだった。

「ごめんね、怖い思いをさせましたね」

「はい、貴方が怖かった」

「おや、言いますね」

「はい、だって、全然、不安を感じる時間がありませんでしたし、私の出番もなかったもの」

「成る程、刃物なしを任せるべきでしたか・・・・むう、失敗しました」

「嘘ですよ、私は道場だけで、喧嘩の経験はありません。

もう少し時間が掛かったらきっと震えていました」

「貴方は、実践でも震える人ではありませんよ」

清一郎が彼女の目を見つめて言った。

彼は帝国ホテルへ連れて行った。

彼女から上着を返して貰い財布からカードを出し、受付係りに渡し「ダブル」と言った。

カードはアメックスのゴールド・カードだった。

受付係り「はい」と言って、カードと鍵を渡してくれた。

「ありがとう」

二人はエレベーターに乗り部屋に入った。

「疲れたでしょう、先にシャワーに入りなさい」

雪絵は「はい」と素直にバス・ルームに消えた。

清一郎は受話器を取りモーニング・コールと朝食を依頼した。

テレビを付けベッドに横になりニュースを見ていた。

何分程たったか、彼女がバス・ローブを着て頭にタオルを巻いて出てきた。

少し恥じらいを見せていた。

「少しは酔いが覚めましたか」

彼女の気持ちを和らげる様に言った。

雪絵は「はい」と素直に答えた。

「先に寝ていると良い」

そう言ってバス・ルームに消えた。

彼女は、戸惑った、先に寝ていて良い、てどう言う事、私って魅力ないのかな。

本性見せ過ぎたの、嘘だと思ってるの、と思いが千路に乱れた。

テレビの音も映像も彼女には届かない。どれ程経ったか、彼がバス・ローブを着て出て来た。

「眠くないの」

雪絵はまたまた素直に「はい」と答えた。

「明日も早いし、もう遅い寝よう」

雪絵は「駄目~」と言った。

「私は、女性の処女性を特別と思っています、私は、自分の彼女を異性関係で裏切らない。

ましてや、彼女が処女で妻になったら一生浮気はしない。

他の男は知らない、私にとって処女性は重要です。

私には想像力があります、以前の男を意識する事は自分が自分を嫌いにします。

解かって戴けないでしょうね。

急ぐ事はありません、機会は何時でもあります、貴方に十分、その重みの意味を理解してほしい。

私たちが、結局別れるかも知れない、私が死ぬかも知れない。

その後、貴方が出会った人に上げたいと思ってももう遅いのですよ」

「・・・・はい、よく考えます、でも、今日は、包んで寝て下さいね、お願いです」

「正直、君はとても魅力的です、抑える自分が馬鹿のようです。

魅力的な君が裸で横に寝ていて手を出さない、一種の拷問と思って下さい」

「本当に、魅力ありますか」

「お願いです、それ以上責めないで下さい、私の決意が歪みます」

雪絵は彼のローブに手を入れ鍛えられた胸の筋肉を確かめながらすぅーと眠りに就いた。

彼も、枕にされた右手をそのままに、左手を頭の下に当て眠りに就いた、丁度深夜だった。

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