第4話 その男の苦悩

「今日は、いろいろと驚きました、斉藤さんのあの入力の速さ、凄いですね。

私も入力の速さには自信がありました、これまで負けたのは数える程です。

でも、斉藤さんの速さは比較になりません。

何故あんなに早いのですか、是非秘訣を教えて下さい」

「秘訣と言われても、強いて言えば平行思考でしょうか」

「平行思考ってどう言う意味ですか」

「五つのプログラムを同時に頭で作ることです」

「えぇー、そんな事できるんですか」

「どう言う意味ですか、皆、二つや三つは同時に考えるでしょう」

「えぇー、えぇー、皆、一つだと思いますよ」

「えぇー、そんな馬鹿な」

「えぇー、一つだけなのは私だけですか」

「貴方は、本当に一つだけですか」

「はい、いいえ、やっぱり皆一つです、一つの私より早い人は、滅多にいません」

「そうですか、二つや三つは当り前で五つの私が少し異常と思っていました」

「異常ではありません、優れた能力だと思います、でも、これで、入力の速さと判断の早さが理解できました」

「私も貴方の理解の早さに他の人にないものを感じました」

「斉藤さんの後を黙って追った事ですね」

「はい、そのことと、道の反対の歩道を歩いた事もです」

「見えていたんですか、どう・・・・あっ、解りました、ガラスの反射ですね」

「ほら、やっばり、頭の回転が速い」

「でも、正直悔しいです、今頃解るなんて」

「全く見当も付かない人が大勢いますよ、きっと」

「斉藤さんの行動の全てが理解できました。

私への気使いと考えれば簡単でした横断歩道を無理に渡った事、店の前でメニューを見る様に立ち止まっていた事、そして、階段の下で待ってくれていた事、何より離れて先に歩き出した事です」

「でも、最後の事は、貴方の為か私の為か判断できないでしょう」

「はい、でも、私は私の為と思う事にしました、何故か・・・もう一つの驚きに関係します。

斉藤さんは、会社では、陰気で無口を通しています、演技だと今日解りました。

それを通す為の事であれば、そもそも私を誘わなければ良い事です」

「やはり、鋭い読みですね、では、何故、貴方に仮面を脱いだと読みますか」

「はい、それを考えていましたが、解りません」

「貴方は、自分の間違いを今、指摘しましたね」

「解らない事がですか」

「いいえ、こうして、話をしながら貴方は私が誘った理由を考えていたのでしょう、平行思考ですよ」

「これがそうですか・・そうかも知れません、でも、プログラム2本と次元が違います」

「それだけでは、ありませんよ、話をしながら、考えながら、ワインの残りを気付ってくれています」

「そうですね、ても、ワインは無意識です、ただの酒好きではないでょうか」

「いいえ、気付かないからできない人、気付いていても気位が高くできない人がいます、貴方は、当て嵌まらない」

「それは、喜んでいいのでしょうか」

「勿論です、相手を気遣い、気位も高くなく素直と言う事です、私は褒めているつもりでしたが」

「ありがとうございます、でも普段の私は気位が高いと言われます」

「そうですか、私が思うに、相手が貴方の気遣いに値しないのではないでしょうか」

「・・・・うーん、有り得るのでしょうか」

料理が出来た様だ、スープ、特性ビーフシチュー、パン、サラダがテーブルに並んだ。

そして、いつの間にかワインもボトルを飲み干していたので追加した。

彼女はスープを食べ満足そうに微笑み、シチューを食べ又満足そうに微笑み、パンを食べ再度微笑んだ。

そして「ごめんなさい」と言って、パンをスープに浸し食べ満面の笑みを浮かべた。

今度はパンをシチューに浸し食べ再度満面の笑みを浮かべた。

「全てがとても美味しい、特にパンが素晴らしいです、浸すと超最高です」

「ふふふ、超が付く美味しさとは・・・良かった」

追加のワイン・ボトルが届いた、二人は食べ、飲み、語りあった。

「こんなに話したのは久しぶりです、家族とも、こんなに話しません、清一郎さんは聞き上手ですね、でも何故、会社では仮面を被って別人のようにしているのですか」

「雪恵さん、私も同じですよ、相手が貴方だからですよ、仮面を被っている理由は今は簡便して下さい、初めて貴方に会った時に、何か磁力のようなものを感じました、その感じを今日確認してみたのです」

「そう言われれば、私も始めて会った時に、あー、この人が噂の人だ、と思い何かドキリとしました、その後もどきどきしていましたので、変だな、と思いました、あれが、一目惚れだったのかも知れません」

「おや、まあ、私に惚れていると」

「あ、・・・はい、どうもその様です」

「貴方は、本当に変わっていますね、私も大好きです」

「まぁー、嬉しい」

「こちらこそ嬉しいです、男から言うべきなのに、では、お付き合い戴けますか」

「喜んで、こちらこそお願いします、でも会社では秘密ですね、どちらかが移動に成りますし、清一郎さんと比較されては、私の移動が確実です」

「それは解りませんよ、陰気な持て余し者ですからね、こんな男で良いのですか」

「こちらこそ、こんな変わった女で良いのでしょうか」

「では、社内では秘密と言う事で、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「とかく女性は嬉しい事楽しい事は顔の表情や仕草に出易いですが私の様に仮面を被れます」

「女性の仮面の多様性と厚さをお見せします」

「楽しみです」

テーブルが片付けられ、デザートが出された。

「初めて見る形です」と何とも言えない顔で言った。

「食べてみて下さい、甘くて美味しく、病み付きに成りますよ」と言われ一口食べた。

「わぁーお、美味しい、凄く美味しいです」と一口、二口と食べ、無言で食べ切ってしまった、

「ごめんなさい、初めての味と美味しさに我を忘れてしまいました」

「もう一つ食べますか」

「良いですか」

「どうぞ」と言って追加注文した、直ぐに届けれた。

「本当に、病み付きになりそうです」と食べながら言った。

「雪恵さんはご家族と御住まいですか、何人ですか」

「はい、両親と兄弟2人の5人です」

「それは、楽しそうですね、ちょっと失礼」

と言って席を立ち、レヂで話をしていて何か無理やり頼み込み、支払いもしている様だった。

清一郎が席に戻ると彼女はもう食べ終えていた。

「私、毎日でも食べられます、完全に嵌ってしまいました」恥かしそうに言った。

「私も嵌りました、以前は昼にも会社を抜けて食べに来ました、内緒ですよ」

「気持ち解ります、私も外に出る理由があれば来ちゃいます、このお店は何処の国の料理でデザトは何と言うのですか」

「ルーマニア料理の店でデザートはパパナッシュと言います、ところで今日のデートは何点ですか」

「100点満点で1万点です」

「わーぉ、嬉しいですが、次か怖いですね、ところで誕生日はいつですか」

「それが、来週の金曜日なんです」

「素晴らしい、私の為に夜の時間を下さい」

「勿論です、今日から私の彼氏ですから当然です」

「彼氏ですか、では、貴方は私の彼女ですね」

「勿論です、迷惑ですか」

「とんでもない、友人に彼女いるの、と聞かれたら「いる」と答えられます。」

「良かった」

「さて、帰りましょうか、門限は何時ですか」

彼がレヂで紙袋を受け取った。

店の人達の「ありがとうございました」の挨拶に送られて階段を登り外に出た。

「門限はありません、でも自分で決めています、23時です」

「銀座に何時まで居られますか」

「22時です、まだまだ大丈夫です、次は何処ですか」

「二次会まんまんですね、では、銀座で一番古いバーに行きましょう、知っていますか」

「知りません」

「昔のフランスの泥棒の名前で、日本では子孫の三世がアニメになっています」

「名前はわかりましたが、場所は勿論知りません」

「直ぐ近くですよ、でも、人気店ですから、席が空いているか解りません。

貴方の日頃の行い次第ですね」

彼女の肘が軽く彼のお腹に刺さった。

そのまま中央通りを歩いて左に曲がった、店を出てから二人は腕を組んで歩いていた。

左に曲がった直ぐに右の暗い小道に入ると店名の看板が見えた。

店に入るとカウンターの席が丁度二つ空いていて二人は座った。

「君の行いは、良いようですね」

「はい、勿論、えへん」とおどけて見せた

「私は、ここでは、ジェームス・ボンドになります」

「・・・・マティーニですね」

「正解、貴方は何にしますか」

「私は喉が渇いているのでビールにします」

清一郎がバーテンダーに注文した。

「ここへは、よく来るのですか」

「以前は、来ていました、私は若い頃から一人が好きでしたので、一人でも溶け込める場所ばかりです」

「ええ、私も一人が気が楽で好きでした、でも、貴方が相手だと、二人が良いです」

「素直な方ですね、私は、そういう所が特に好きですね」

バータンダーがビールとマティーニを持って来た。

「では、記念すべき二人の出会いに」

「二人の出会いに、乾杯」

二人はグラスを合わせ飲み始めた。二人は語り飲んだ。彼の妻子の話になった。

「ありがとう、皆、気を使って話を避けます、私は話たかった。

貴方がもし、私と付き合うのが、私を哀れんでなら、お付き合いはできません」

「それは、違います、私の気性は、自分で言うのも何ですが、とても激しい、特に悪に対して激しいです、もし、貴方が復讐するなら私もお手伝いしたい程です」

「それは、凄い考えですね」

「私は、貴方がそれを考えていると読んでいます。

先ほど腕を組みました、その時驚きましたし貴方が上着を脱がない理由も解りました。

凄い筋肉でした、病気療養との事でしたが、ただの療養ではなかったと思いました」

「やはり、貴方は素晴らしい、もし、私が修羅の道を選び貴方が同行すれば、貴方の家族に迷惑を掛けます、貴方が修羅に耐えられるか、それを貴方の家族がどう感じるかが心配です」

「清一郎さんの家族も同じでしょう」

「私は、もう天蓋孤独です」

「違います、今日から私が居ます」

と手を伸ばし清一郎の手に重ねた。

「それに、貴方は、悪人だけが標的でしょう、私の正義感は人一倍、二倍強いです。

家族については、知らなければ心配のしようがありません、割り切りましょう。

その辺は、清一郎さんにお任せします」

「私は、最悪の事を先に考えます、貴方が敵に捕まった時、貴方の素性が警察にばれた時の家族の悲しみ」

「それは、考えない事にしませんか、私も今日から家族は貴方だけです」

「本当に、それでいいのですか」

「はい」と力強く返事し、トイレと言ってバックを持って行った。

清一郎は、こんなにも息が合うとは信じられなかった。

復讐を忘れて新たな人生も良いのでは、などと考えても見たが、妻子の悲惨な姿が脳裏に浮かび忘れる事は出来ないと悟った。

彼の気紛れで女性を巻き込む事になってしまった、今更如何しようもない。

トイレから彼女がこちらに向かって来る姿を周りの男性客が見つめていた。

今まで考えなかったが、彼女は飛びぬけて美人で容姿端麗、スタイル抜群だったのだ。

「お待ちどう様でした、今日は泊まりにしました」

「・・・・どう、どう言う意味ですか」とびっくりして聞いた。

「私の処女を貰って下さい」

「・・・・どう、どう言う意味ですか」と繰り返した。

「幾ら私でも、恥ずかしいです、何度も言わせないで下さい」

「私のようなおじさんを困らせないで下さい」

「困りますか」

「困ります」

「私は、決めたのです、貴方が置いて行っても後を追いかけます」

「私の方が足は早いですよ」

「はい、貴方が休みの間、郵便物を誰が送っていたと思いますか、今日から毎日、貴方の部屋の前で待ちます、何日でも待ちます、私は頑固です」

彼は沈黙し、マティーニを飲みながら考えた、彼女はそんな彼を微笑みながら見つめていた。

そんな彼と彼女を回りの男たちが、嫉妬と羨望の眼差しで見ていた。

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