第2話 その男
銀座の7丁目に全世界ホテル・ビルがある。
その名通り、14階から23階まで全世界ホテルが入っている。
23階がホテルのラウンジで夜は銀座が一望でき海の方には新橋の高層ビル群が見えた。
川に掛かるレインボー・ブリッジも見え絶景である。
日本ホテルとしては料金設定が安く入り口も横にありホテルとしての豪華さは、まるでない。
出張族、深夜族の会社員向けである。
と言うのも、1階から13階までを大手電気メーカーのエコリーに貸していて一階がショールームになっているため、ホテルの豪華な入り口が作れなかったのである。
13階はこの会社の社員食堂で、2階から12階までを本社事務所として使っている。
7階の隅でパソコンに向かい仕事をしている男がいた。寒くもないのにスーツの上着を着ている。
起きているのか眠っているのか解らない身体が微動だにしていないからだ。
だが近くで見ると手先と指が目まぐるしく動きキーボードの上を舞っている。
それは尋常な速さではなかった、その動きに合わせ画面も目ま苦しく変化している。
今、彼は、3本のプログラムを平行作成している、かのように見せ、自社のセキュリティに窓を開け外部への秘密回線を設定し、韓国、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、カナダ、スイス、中国を経由し、日本の警視庁のコンピューターに侵入している。
そう、彼はハッカーだ、5年前まで世界でも名を知られた存在だった。
今でも、各国の情報犯罪取締組織が捜している「ゴールデン・ドラゴン」だった。
捜査組織は、「ゴールデン・ドラゴン」は、死んだか、他の犯罪で逮捕され服役しているかと考えていた、ただ単に引退したとは考えられていなかった。
この「ゴールデン・ドラゴン」の正体は、一切不明だった、国籍、性別、年齢、名前全く不明だった、「ゴールデン・ドラゴン」の名前も自分で名乗ったもので、国家機関の情報をハッキングした後、7日経って、機関の長宛に事実が本人から連絡があり、犯行が判明する始末で連絡がなければ永遠に犯行が解らなかった。
調査の結果、盗まれた情報の最後に「G・D」と署名があり、連絡だけではなく真実、情報の漏洩が認められた、だが、その手口は解らなかった。
もし、連絡もなく、「G・D」と署名もなければ、情報漏洩は一切永遠に不明だったと言える。
当初、各機関の心理分析官達はサイバーテロを疑った。
だが取得した情報が何処へも漏れた事実も無かった。
情報公開に対する脅迫、情報公開されたく無ければ・・伝々の脅迫も無かった。
では愉快犯かと言えば漏洩の事実をテレビ局、新聞社などのマスコミに知らせた訳ても無かった。
犯人は盗んだ情報を何処かに売る訳でも無く漏洩する訳でも無く、漏洩事件を公表する訳でも無かったからである。
ただ、各政府、各機関にとっては明るみに出れば政府転覆も可能な情報が多々有り見過ごす事は出来なかった。
このまま脅迫も公開も無ければ各機関の脆弱性の指摘にしか成らない。
それゆえ、各国の捜査機関は躍起になっていたが、5年経っても未だに何一つ解っていない。
時が過ぎ関係機関は脆弱性を指摘されただけに落ち着いた。
真実は、単に引退しただけだ、彼は5年前に女性に出会い結婚し、直ぐに子ができた。
生活に満足し、会社での不満が癒され、その世界から手を引いたのだ。
最後に、隠し口座に世界中の銀行の同じく隠し口座から十分すぎる位の資金を調達していた。
隠し口座は、スイス、リヒテンシュタイン、ケーマン諸島の三箇所に分散している。
但し、生活は普通のサラリーマンのようにしていた。
マンションを35年ローンで購入し生命保険にも加入し、車は極普通の国産の中古だった。
知り合った時、妻は、26歳でとても綺麗で、男は自分の何処が気に入ったのか解らなかった。
情報展にいった時、質問した説明係の女性と長時間に渡り会話した。
その女性が「貴方の携帯貸して」と言って、自分の携帯電話の番号を登録し「今度の火曜日の夜、お会いしましょう、場所は、銀座が良いです、待ち合わせ場所と時間の連絡を下さい」と言って、他の客の応対に回った。
とても綺麗で頭も良く、何故、自分がと今でも思う。
勿論、火曜日に合い、付き合いが始まり半年後に結婚しそして妊娠した。
彼女は、大会社の重役の次女で、交際後も結婚前も両親との揉め事が何度もあった。
しかし、彼女は、小さい時から、意思が強く両親も覚悟を決め、妊娠を機に好転した。
娘が生まれると初孫のおかげでも在り、大変な可愛がり様で、二世帯同居しよう、とまで父親が言い出した。
娘が二歳になり「パパ、パパ」と懐き、母親似のとても愛らしい娘だった、
三年前のあの日、妻と娘は、祖父の誕生日の贈り物と娘の洋服を買いに銀座に行った、
そして、死んでしまった。
銃乱射事件に巻き込まれたのだ。
親子で、銀座4丁目の角のデパートに入ろうとした時だった。
数奇屋橋から時計店の角を中央通りへ左折した車から男たちが、マシンガン、ショット・ガン、拳銃を乱射した、デパート横の車に乗ろうとしていた男たちに向けられたものだった。
狙われた男たちの中の一人の男が妻子の盾になってくれた。
黒革のパンツ、黒のTシャツ、黒革の帽子、黒革のロングコート、サングラスととても目立つ独特な井手達の男で、裏の世界では、大変有名な男だった。
噂では、元自衛官で、その後、アフリカの紛争地帯、アフガン、イラクと戦争を生き抜き傭兵として世界的にも有名だったらしい。
帰国後、この男の敵になった組織が尽く壊滅又は解散している。
官憲、つまり警察組織にとっては、逮捕しなければならない男だった。
だが、このまま放置し出来るだけ多くの組織を潰して貰いたいような不思議な存在になっていた。
実際、警察上層部では、逮捕か、放置かの議論も交わされていた。
その中に、過激な意見として警察の特殊部隊に採用しては、と言うものもあった。
その日、男は雇われた組織の幹部のガードとして同行していた。
幹部を真ん中にして彼が最後尾でデパートを出た。
彼は、綺麗な女性と可愛い少女に、久しく忘れていた笑みを浮かべた。
その時、タイヤの軋む音と銃声に親子を庇うように包み込み倒れこんだ。
敵の車が角を曲がり止ったので、ここは死角となった事を感じた。
素早く起き上がると、ビルの角へ行き状況を確認し右腕を振り、袖から22口径の拳銃を出し連続発射した。
敵の車の側にまだ、一般人がいたため、貫通力の弱い銃を選んでいた。
彼は車を盾に左に行きなから45口径を出し連続発射し車体のエンジン部分を狙った。
運転手を貫き残りはエンジンに食い込み全弾丸は適格に的を得ていた。
先に撃った22口径の弾丸は、助手席、後部座席の敵に的確に食い込んでいた。
だが、如何せん口径が小さい為、致命傷に欠け行動力を削ぐだけだった。
一般人への誤射を考慮しての選択だった。
助手席の男が運転手と入れ替わり、車が動きだした。
3人が慌てて後部座席に乗り込み、敵の車がスピードを上げ始めた。
それを見た黒革のコートの男が道路の中央にゆっくり歩きだし、背中から黒い大きな拳銃を取り出し撃鉄を起し静かに狙いを付け引き金を引いた。
その銃声は周りの音を圧倒して響き「ズゴーン」と聞こえた。
ダーティー・ハリーで有名になった44マグナムだ。
続けて、3度の銃声が鳴り余韻の音が響いていた。
その間に撃った男は、デパートの入口に行き親子の生死を確認し静かに合掌した。
男は仲間を車に乗せ運転席に座り新橋方面へ走り出した。
敵の車もエンジンに何発も弾丸受けながらも走っていた、さすがは日本車だ、
黒革の男は、新橋方面へ向かったが、交差点でなんども止まり何かを確認した。
幾つ目かの交差点で左に曲がった。
今度は左右の車と左右の上を見ながら、ゆっくりと進んで行った。
その間、後部座席の一人が痛みに呻いており「黙らせろ」と何度か男は言った。
隣の男は「早く、事務所に逃げましょう」と言ったが、男の軽い一発の拳で無言になった。
男は静かに言った。
「お前たちは初めてだが、私は何度も経験がある。
これから先、私に逆らわず全て従え、行動は静かにな」
横の男を見、後を見た、彼の目を見た男たちは身震いしていた。
黒革の男は、日頃から寡黙で言葉も至極丁寧で、皆、噂は噂だと思っていた。
だが、今、この男の本性を知った。
四人は「決して逆らってはいけない」と心から感じた。
男は言った。
「手袋を持っているものは、手袋する、ない者は、ハンカチで手を包む、皆で分かち合え、素手では物には触らない、もし触ったら場所を覚えておけ。
これから、車を変えるが、私が呼ぶまで動くな、動く時、怪我の男は、出来るだけ普通に歩け。
左右から二人が保持しろ、怪我の男は、両側の男の肩に決して手を回すな。
怪我がばれ易く目立つ、降りる前に傷口に新たなシャツ、服、靴下を当て血を決して垂らすな」
男は左に車を止め、前へ歩き出し、3台目の運転席の窓ガラスに手を掛けた。
直ぐに手が中に入りドアを開け、中に入り、一瞬姿が消え直ぐに車のエンジンがかかった。
男は助手席を少し開け、車を降りて、後部座席を開けた。
後方から反対に回る時に、来いと合図を送り反対側の後部ドアを開けた。
4人は従順に従い車に乗り込んだ、怪我の男も一言の呻きも上げず乗り込んだ。
男は、先程まで乗っていた車に戻り、トランクを開け、道具箱と救急箱と布切れを取りだし布切れで車の至るところを拭きボンネットを開け、火花を散らして何かを削っていた。
その後トランクとボンネットを閉じ、ナンバー・プレートを取り外した。
新たな車に来て助手席の男に道具箱を渡し救急箱を後部座席に渡した。
運転席に座り、窓から顔出し、後の水平と上部、前の水平と上部を確認し車を動かした。
男は再度言った。
「この車も、直ぐに捨てる、素手では、何も触るな。
怪我の男、よく聞け、痛いだろう生き残れる証拠だ、死が近ずくと痛みを感じなくなる。
その傷では、男の勲章にもならない傷跡にしかならない、残念だな」
男は、行先も言わず運転していた。
四人は行先に不安を感じながらも、この男の不気味さに黙って従っていた。
目的地はお台場だった、空き地に着いて、男は、後部座席の男の怪我を見た。
その後、救急箱の中身を確認し、そして、3人を車のライトの前に立たせ一周りさせた。
三人でお互いの血の跡を捜させた。
そして、黒革の男は、ここで暫く待つ様に言うと何処かへ行ってしまった。
残された三人は、何度も、置いていかれたと思った頃、黒革の男が別の車に乗ってやって来た。
姿も黒革からスーツになっていてサラリーマンの様だった、
車を乗り換え山へ向かい今は使われていない別荘へ行き、傷の手当をすることになった。
こうして、襲撃された側は、警察の目を逃れ逃走した。
襲撃した側は、そうはいかなかった。
エンジンを大破されヨチヨチ走りになり、回りを警察に囲まれ、説得され投降した。
襲撃現場は悲惨な光景が広がっていた。
あちらこちらで呻き声が聞こえ、血が方々で流れていた。
そんな中に黒革の男が庇った親子がいた。
残念ながら母親は、即死だったが子供はまだ息があり、救急車で病院ヘ送られた。
父親の会社は直ぐ傍にあったが、サイレンが頻繁に鳴っており何事かと思わせただけだった。
まさか自分の妻子が巻き込まれているとは、夢にも思っていなかった。
暫くして、男に近くの有名な病院から名指しで電話が入り、嫌な予感を感じさせた。
電話に出ると病院に直ぐに来る様にとの事で、上司に報告し、タクシーで向かった。
心は千路に乱れ、ただ、ただ、無事を祈るだけだった。
病院について、担当医師に妻の死を知らされ、娘も助からないと聞かされ、呆然とし身体から力も精神も抜けてしまった。
そのからの言動は、遠くで自分の声が聞こえる様になり、淡々と病院の手続きをし葬儀を行った。
その間、一睡もできず、事が全て終わった途端に倒れ病院に運ばれてしまった。
うつ病と診断され、2ヶ月入院しその後自宅療養となった。
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