11月1日

 

 ふと、ベッドの近くにある椅子に腰掛けると、そこは懐かしい雰囲気に包まれていた。


 まるで今までの全てを思い出すかのような感覚に、不思議と何とも言えない心地良さ。


 そんな中、俺はいつもの様に……君に話し掛ける。


「なぁ、花。今年の誕生日プレゼントはどうだった? 流石に公開日は無理だったけど、試写会はお願い出来たんだ。だから……許してくれよ?」


「そうだ。昨日取材してくれた子さ。同級生の妹だったんだ。しかも、何の運命かその子の兄貴に取材する事になったんだ。今日急に。凄いよな?」


「それに素直に作品を褒めてくれて……嬉しかったよ。何度も留守電くれてた子で、編集長の烏真さんに聞いたら熱意ある新人さんて聞いて……何となく勘で取材OKしたけど、想像通りの子だった。真っすぐで……素直なね」


「まぁそれも含めて、花? とうとう映画化だぞ。これで……世に残せるものは全部叶ったんじゃないか? ライトノベル、漫画、アニメに実写映画。本当に運が良かった。本当に良い人達に恵まれた。でもさ、おかげで……誰もが花の事を覚えてくれる。俺だけじゃない。日本中の人達だ。それが実現出来ただけで……俺は嬉しい」


「あっ、そう言えばあのトラックの人が来てたよ。仕事決まったんだってさ。毎週手紙くれてたもんな」


「視界が悪い中、確かに電話しながらの運転はダメだけど……かなりの激務で、その電話も内容は追加の仕事。あの人もかなり無理してたらしいし、あれから会社の勤務状況が明るみになった。でも元々責任感が強いんだろうな。またお見舞い来ますって言ってた」


「そう考えると……8年ってあっと言う間だったよ。なぁ花? 俺高校3年の時、ちゃんと全国高校サッカー選手権大会行ったぞ。あの後精密検査受けて、軽症だったから……花のおかげだ。まぁ1回戦でまた鳳瞭学園と当たって、PK戦で負けたけどさ? 全力尽くしたよ」


「あっ、そう言えば烏真さん鳳瞭学園のお偉いさんと仲良いんだって。作中で正式に名前出しの許可も貰えたんだ。宣伝になるからドンドンどうぞって。そう考えると……世の中の繋がりって凄いよ」


「それにちゃんとサッカーも続けてるぞ。大学で結構大きな怪我してさ? 流石にプロは諦めたけど……フットサルと草サッカーで技術は落ちてないはず!」


「あと……俺、記者になったんだ。仙宗新聞のさ? 花のお父さんの所でお世話になってる。花のお父さん……いや? 匙浜さんは今や編集長。滅茶苦茶可愛がってもらってる気が……する。勿論甘やかされてるとかじゃないからな? 本当に」


「春さんも相変わらず元気で、毎日仕事終わりに花の足や腕のマッサージしてくれてる。関節が固まらないようにストレッチもさ? 皆変わらない。花と一緒で変わらない」


「変わらない……か。ごめんな? 花。春さんも花のお父さんも……気にするなって言ってくれてるけど……やっぱ無理だ」


「あの時逃げてごめん。俺が逃げなきゃ、花はこんな事にならなかった。8年間も眠り続ける事なんてなかった。全部俺のせいなんだ……俺の……」


「花との幸せな記憶を消したくなくて……花と言う存在を誰かに知ってほしくて……自分勝手にライトノベルを書いた。最初はそんな不純な動機だった。自分よがりな動機だった。それでも、花の両親や御神本先生に許可貰って、運よく青空出版拾ってもらって……それが世に広がったら嬉しかった」


「これしかない。俺が出来る恩返しは……これしかない。だからさ? いつでも目を覚ましてくれよ。いつでも誰でも、花の事……知ってる。覚えてるんだ」


「そしたらさ、あそこ行こう。青森の後黒公園。桜の絨毯見に行こう? 俺、抜け駆けしてないからさ? 約束しただろ? 2人で行こうって。だから……だから……」



 そう呟きながらふと視線を向けると、その先にはいつもの様に君が居て、いつもの様な寝顔をしていた。


 柔らかい日差しに照らされて、すやすやと眠るその表情。


 変わらない。あれから……ずっと……ずっと……



 それでも心のどこかで、薄っすら期待をする自分が居る。

 ゆっくりと、その瞼が動いて……優しい笑みを浮かべてくれるんじゃないかと。



 だから、君に会いに来た時は、必ずこの言葉を忘れない。



「早く起きてくれよ……花……」



 こうしていつもの様に声を掛けると、俺はそっと立ち上がろうとした。

 最後に花の顔を見ると安心したのか……自然と笑みが零れてしまう。


 また来るよ、花。


 そう心の中で呟いた時だった、



 少しだけ……唇が……動いた気がした。



 一瞬だった。もう1度よく見てみても……動くなんて事はない。


 やっぱり気のせいだった。

 分かっていても、少しだけ落ち込む。


 だけど、思わず顔を俯かせた時だった。

 布団から姿を見せていた指が……今度はピクリと動いた。


 それは間違いない。確かにこの目で見た事。


 その瞬間、胸の鼓動が一気に早くなる。

 それに合わせて、顔が熱を帯びる。


「えっ……はっ……は……」


 言葉なのか、ただの過呼吸なのか……自分でも分からない位動揺した。


 そして恐る恐る……花に問い掛けた。



「はっ、花……?」



 すると、どうだろう。今まで閉じたままだった瞼が……まつ毛が小刻みに震えている。


 有り得ない。けど、目の前で現実に起こってる。

 その事実に、もう1度声を掛ける。



「花? 花?」


 ゆっくりと、それでも確かに開いていく。

 目は虚ろだった。だが、それは8年ぶりに見た瞳。



「はっ、花! 花!?」



 それを目の前に、驚かない訳がない。焦らない訳がない。

 俺はは必死になっていた。必死に声を掛けていた。

 応えてほしい。反応してほしい。


 俺の事を忘れていたとしても……



「花! 花!」



 声に反応するように、徐々に俺の方へと動く瞳。

 そして…………目が合った。



「花……」



 思わず漏れた囁くような声。

 だがその数秒後、遂に……遂に……


 その唇はゆっくりと時を取り戻した。


 こうなったら何でも良い。

 何を言っても良い。



 俺は純粋に……花の声が聞きたかった。



 俺の事を忘れてても良い。

 誰? って言われても良い。



 だからだから……



「…………た………」


 掠れるような声。それでも十分嬉しかった。


「……な…………た…………」


 聞こえるだけで嬉しいはずだったのに、



「…………な……た」



 それは…………




「……ひ……な……た……」




 1番聞きたかった……



「おっ、おはよう……」



 8年間待ち望んだ……




「花……」




 言葉だった。











 ―――俺は君の片隅に、君は俺の心の中に―――










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺は君の片隅に、君は俺の心の中に 北森青乃 @Kitamoriaono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ