坂城 巡璃

 

 パタン


 本を閉じると、何とも言えない感情に包まれる。

 今に限った事じゃないけど、作品を読み返す度に最後は毎回こうだ。

 悲しいのか。

 感動したのか。

 安心したのか。


 自分でもよく分からないフワッとした感情。


 それもそのはずだ。紆余曲折はあったものの、最終的に主人公達の関係は確実に築かれた。しかもその描写の殆どは、ほんわかとした青春模様だった……はずなのに……ものの数千文字でそれがひっくり返った。


 そんな話の流れに、今でこそ慣れたけど、最初はえっ!? 嘘!? 戸惑った気がする。


 そして、そのままの流れで登場した花。その姿を目の当たりにした日向。

 決めた答えと、選んだ道。


 最後の言葉には色々な見方が存在する。


「先生。長々とお付き合い頂きありがとうございました」

「とんでもない」


「あの、最後の部分。まさに急転直下という言葉が似合うと思ってます。まさに桜まつりから突然の出来事。展開を描く上で少し凝縮しすぎかな? とは思わなかったんでしょうか?」

「んー、そうだね? ダラダラと不安を描くより、一気に情報量を見せた方が読者はある意味記憶に残るんじゃないかなって思って。後は……ただ単純に、文字数制限に引っ掛かりそうだったってのもあるけどね」

「なるほど……」


 文字数制限……確か募集要項では8万字以上13万文字以内だったっけ? もしかしてアニメで所々追加されたのは泣く泣く削除したシーンだったのかな? 書籍化した時に加筆するって事もあるけど、基本的に応募されて来た物を再度添削するのが青空出版のやり方。変にイジって、私達編集者が感じた物語の感性を壊さない様に。……とはいえ、先生の狙いはまたしても当たりだ。


「少なからず私は、またしても先生の術中にハマッた訳ですね?」

「術中って……なんか悪い事してるみたいだなぁ」


「すっ、すいません。では先生? 最後に……先生にとってこの作品とは?」

「自分にとって……かい?」


「はい!」

「ある1人の男の子の成長を描きたかった。だから感受性の豊かな高校を舞台に選んだんだ。それに現実にあり得る症状、そこからの出会い。もしかしたら、全国のどこかでこういう経験をしている人が居るのかもしれない。読んでくれた人に物語だけじゃない、そういうリアリティな部分も感じて貰えたら良いなって思った。えっと、だから……ごめんね長くて?」


「全然です! 続けてください!」

「ありがとう。だから、この作品は……ある意味自分自身であり、ある意味理想とする自分かな」


「影……ですか」

「うん。日向にも花にも表と裏、理想と現実が存在してた。この世の中、誰だってそうだと思う。だからこそ、ありのままの自分に自信を持って欲しい。良い所も悪い所も含めて自分なんだから……って事を伝えたいかな? ヤバいな。滅茶苦茶臭いセリフだ」


「そっ、そんな事ないですよ!? 心に染みます。まさしく自分自身に自信が持てない人は沢山いると思います。私だってそうですもん。でも、実際に日向や花のような事を経験している人が居るかもって思うと……頑張らないとって気持ちになります!」

「あっ、いやそこまでは……」


 そう思いたくなるような共感性。それがこの作品にはある。実際の場所をモデルにして、現実の病気を元に書かれた内容は、もしかしたら有り得るかも? そんな気に十分させる。

 …………あっ、そんな気にさせると言えば、これはぜひ聞かなくちゃ!


「せっ、先生!?」

「うおっ! なんだい?」


「これで本当に最後なので……最後にもう1つだけ良いですか?」

「うっ、うん。何かな?」


「ラストの事です!」

「ラスト?」


「はい! これはネットでも少し話題になりました。最後の描写の……真意が聞きたいです!」

「真意……かぁ」


「はい! 記憶を思い出すかのような展開で物語が進んで行きました。そして最後、日向が花に話し掛けて……現在の場面に戻ってきますよね? むしろその前の、『俺は君の……』その後の言葉も聞きたいです。そして、その言葉こそ、ラストの描写の真意を知る上で重要だと思ってるんですよ」

「あぁ……なるほどなるほど」


「だって最後は、ベッドで寝ている花の顔を見て微笑んでるんですよ? そして『変わらない。あれからも……これからも……ずっと……ずっと……変わらない』と言ってます。この時点で2人は結局どうなったのか、先生は明言されてないので色んな推測があるんです」

「うんうん」


「また出会った時のように徐々に思い出を作って、日向が花を導いてくれてる? はたまた、軽度認知障害の症状が思わしくなくて、折角覚えて貰っても暫くすると日向の事を忘れる。その度に日向は1から説明して……忘れられるのが分かっても永遠とそれを繰り返してる?」


「それとも、あんな笑顔なんだから作中みたいに仲良くなってて付き合ってるでしょ? いやいや、既に日向は事故か何かで亡くなってて幻想だとか……とにかく色々ありますし、そのどれもが可能性有りっちゃ有りなんですよ。ですので先生? ズバリ! 先生の中ではどういうイメージであのラストを描いたんですか?」

「んー、それに関しては読者の感じたままの結末に任せたいかな?」


 でっ、出たぁ! いや、いいのよ? 読者の想像に任せるのは。でもね、折角目の前に先生が居るのに……どうせなら先生の意見が聞きたいっ!


「でっ、でも! これ記事にはしませんし、ボイスレコーダーだって……はい! 切りました! ですのでなんと……」


 しかし、そんな必死なお願いは……


 コンコンコン


「先生? 失礼します。時間になりましたのでお呼びに参りました。会場までご案内します」


 何とも最悪なタイミングで儚く散った。


「分かりました。今行きます。ごめんね? 坂城さん」

「いえ……大丈夫です」


 大丈夫なんかじゃなかった。もう少しで……そんな気持ちに襲われる。けど、何気なく時計を見ると取材の予定時間を15分もオーバーしていた。


 げっ? ヤバッ! めちゃオーバーしてるじゃん! もう悔しがってる場合じゃない。むしろここまで応じてくれた先生に感謝するしかないよ。


 そう思い立つと、私は徐に立ち上がった。それを見てか、先生もゆっくりと席を立つ。


「先生、ありがとうございました。貴重なお時間を頂いて。それに時間も……」

「いいよ全然。それに準備ったってすぐだよ?」


 そう言い放つと、先生はゆっくりソファの後ろに回り、置かれていたクローゼットの中を漁り始めた。そして、


「これ頭に被るだけだからさ?」


 その手にあったのは……大きな熊の顔の被り物だった。


「えっ? 先生それって……もしかして日向が誕生日プレゼントに買ってたテディベアじゃ!」

「正解正解。流石にこういう場を設けてもらったら、作者として出ない訳には行かないだろ?」


「そっ、それをつけて試写会に? 公の場に出られるんですか?」

「まぁね? それに関係者の皆さんには挨拶済みだけど……大勢の前に出るとなると恥ずかしいからね?」

「すっ、凄いです!」


 なんてこった! 先生が表舞台に現れる。そのテディベアの被り物さえもこの目で、こんな近くで見られる? なんて最高なんだ!!


「言い過ぎだって。それじゃあ、行こうか。坂城さん、今日はありがとうね」

「いっ、いえ! こちらこそ本当にありがとうございました!」


烏真からすまさんにも宜しく伝えて貰えるかな?」

「勿論です! 編集長に必ず伝えます!」


「君は本当に明るくて面白いね。今後も宜しくね? ……坂城さかき|巡璃めぐりさん」

「……はっ! はい! 精一杯頑張ります」


「ふふっ……あっ! そうだ。お兄さんにも宜しくね? じゃあ、本当に今日はありがとう。お疲れ様」

「分かりました! あの……本当にありがとうございました!」



 よっしゃ、取材はバッチリ! しかも名前までフルネームで呼んで貰っちゃった! 嬉しい事この上なしっ! 烏真編集長にも言い報告が出来そうだ!


 …………ってあれ? 私、兄弟は居るって言ったけど、なんでそれがお兄ちゃんだって分かったのかな? …………まぁそんなのどうでも良いか!


 とにかく、こんな経験は滅多に出来ない。必ず今後に生かさないと。そして先生にもっと認められて、立派な編集記者になる。


 本当に……良かった。なんて幸せな時間だったんだろう。これも全部、先生のおかげだなぁ。


 本当に本当にありがとうございました。



 桜熊信長先生!

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