際立つキャラクター

 

 本当に先生はズルい。

 それは勿論良い意味でって事なんだけど、この物語の展開はまさに上手い具合に掌で転がされてるって思わされて……本当に本当にズルいとしか言いようがない。特に一読者としてはっ!


 最初は最悪の関係だったのに、それが徐々に打ち解けて無視できない存在に。けどその関係の変化が微妙なすれ違いを生んで新たな問題になる。


 スタメン落ちに、もしかして知らず知らずの内に症状が出ていたのか? そんな疑念に苛まれる。

 それが違うと分かっても、仲良くなった花に格好悪い姿を見せたくないって気持ちがあって……ついつい本心じゃないのにキツイ言葉を出してしまった日向。


 突然の試合に来なくてもいいって言葉にショックを受けるも、なんとか冷静に日向の様子を思い出して……いつもと違うって気付いた。さらにはちゃんと試合も見に行って、憶測を確証に変えた花。


 そして目の前の状況を解決する為の行動は、まさかのデート……デートで良いんだよね? うん……これはデート。

 今までサッカーを見に来てたりとかはあったけど、そもそも2人でどこかに出掛けるって事自体が初だった。

 それだけでも、おぉ!? って感じなのに、怒ってるフリをワザとしてたとか、スタメンじゃなくても良い。それを隠して悩みを言ってもらえなかった事に怒ってる! なんて言われたらさ? 日向だってそういう雰囲気になるじゃん。ちゃんと謝れる雰囲気に。


 結局、仲直り? してさ……最高かよって思ったのに、更に花が自分の隠していた事を告白だよ? 


 ズルいよね。初めて口にしたなんて言われたらさ? そりゃ日向も驚くし、今まで気丈でなんでも相談に乗ってくれる花が見せた色んな表情見たら……ねぇ。

 しかも、その後まさかの誕生日パーティーって、畳み込むよねぇ。まぁそうなると殆どのインパクトをかっさらって行ったのは……間違いなくあの人。


「あの、先生? ここまで見ると匙浜さんのお母さん、匙浜母の存在感はやっぱり突き抜けてますよね?」

「匙浜母かぁ……まぁ僕が望んだ反応をしてくれて嬉しいかな」


「いや、だってこの誕生日パーティーだって匙浜母の性格じゃなきゃ誘ってないですよね? おかげで日向と読者は、花のお父さんとお婆ちゃんを知れましたし面識が出来た訳です。本当、こんな人って居るの? って思いたくなりますけど、よぉく考えるとご近所にでも居そうな雰囲気醸し出して、親近感湧いちゃいますもん」


 実際その通りだ。友達のお母さんにでも居そうな程、良い雰囲気のおかげで、行き過ぎてウザくなる事も邪魔だと感じる事も少ないんだと思う。


 そういう点で言うと母親として娘を焚きつけ、大人の女性として主人公を茶化しながらどこか期待して楽しんでいる。主人公とヒロインの間に立つ第三者としては抜群のキャラクターだ。


「本当かい? 嬉しいな」


 それに、だからこそ匙浜父と匙浜お婆ちゃんとの対比が分かりやすい。


「それに匙浜父とお婆ちゃんとの性格の違いが凄すぎて……でも誕生日パーティーで2人が出て来てくれたおかげで、読者としては花の性格がなんとなく理解出来た気がします。落ち着いて温厚な匙浜父。優しくて同じ雰囲気なお婆ちゃん。明るくて活発な匙浜母。基本的には匙浜父のような性格で大人びてますけど、時折テンションが上がったりする花は見事に2人の性格を受け継いでるんですもん」

「まぁね。日向と居る時は確かに落ち着いてて大人びてるけど、お母さんとの会話では結構焦ってるイメージを植え付けたくて、そんな場面を多く書いたかな?」


「多く……って、作為的にそう書いてたんですか?」

「そうだよ。逆に言えば花の焦ってる姿はお母さんと会話してる時しか見れない。そして僕の描いた匙浜母は隣に日向が居る時じゃないと、そんな意地悪な事は言わないし、しない……つまりはそういう事」


「匙浜母は日向を認めてるって事ですね?」

「そうかも……しれないね」


 作中でもそういうニュアンスの言葉、やり取りは出てきた。勿論、この後の話の中でも幾度となく描かれる。

 ただ匙浜母の性格上、常に冗談交じりだからどこまでが本気なのか判断しにくい部分もあった。

 けど、それも作者である先生の一言で確信に変わる。個人的に印象的だった次の場面も相俟って、それは紛れもなく強固なものに。


「だって先生、この誕生日パーティーの後に大事な場面が登場するじゃないですか。先生の言葉を聞いたら、これは認めてるとしか思えませんよ」

「まぁ……ね」


「個人的にかなり印象的だったんですよ? 誕生日パーティーが終わって、匙浜母が車で日向の家に送ってくれる場面。途中で助手席に乗ってた花が寝ちゃいますよね。その時、日向と2人になった時の会話が……特に」




『日向君? 本当にありがとう。それにごめんなさい』

『えっ? どうしたんですか……急に』


『こんな事思っちゃいけないって理解してた。でもね、許してほしい。私は日向君っていう花と同学年で、同じ症状を患っている子が現れてくれて……嬉しかった』

『嬉……しい』


『本音を聞いて嫌いになってもいい。人として失格なのも分かってる。でも今まで1人で、家族以外誰にも症状を話せず生きて来た娘が、あなたと出会えた事は奇跡だと思ってる。母親として……心の底から安心して幸せなの。こんな事言うのは身勝手だと思う。それでも……言わせてちょうだい?』


『これからも、娘と……花と仲良くしてください』

『……本当身勝手ですよ?』

『そう……だよね。ごめ……』


『こんだけ花と仲良くさせといて、いきなりそんな事言うなんて……ズルいですよ』

『えっ?』


『今更過ぎですって。俺は花に救われたんです。不安な事はなんでも相談出来て、実際に記憶を忘れないように取り組んでる事も教えてもらいました。それに……症状の事も含めて、なんでも気軽に話が出来る花の存在はとてつもなく大きいんです』

『日向君……』


『目標であり、憧れであり、尊敬する存在なんです。逆に俺がお願いしたい位ですよ』

『そう……なのね……』


『はい。だからこれからも……花さんと仲良くさせてください』

『…………もちろん。これからも……いや、これからは今まで以上に沢山からかわないとね?』


『えっ!? いっ、今まで以上ですか?』

『そうよぉ。覚悟しておいてね?』


『うっ……善処します』

『ふふっ。日向君、本当にあなたみたいな優しい子と出会えて……良かった。私も花も』


『ん? 何か言いました?』

『気のせいじゃない? あっ、そうそう。今がシャッターチャンスだぞ? 花の寝顔撮っちゃいなさいよなさいよ』


『えぇ、それはちょっと……』

『良いから良いから、スマホ貸しなって』


『ちょっ、ちょっと! ダメですって! って運転中なんですから前見て! 前ぇー!』




 これはもう確定だよね。いやはや母親公認……てかこの後の展開的に両親公認って雰囲気になる訳だけど、ターニングポイントはここだよね? 

 いやはや初デートにここまで意味を持たせる辺り、恐るべし桜熊信長。


「この1日の出来事に大事な要素詰め込み過ぎですよ? 先生」

「そうかな? でも文字数的にはそこまで多くはなかったんじゃない?」


「それはそれで凄いですよ。少ない文字数で印象付ける……うん、やっぱり凄い技術です」

「技術って……僕はただ書きたいように書いただけだからなぁ」


 無意識に書いてるなら、それはそれで恐ろしいんですよ 先生! って、今更か。それこそ作品の人気がそれを物語ってる訳だし。

 にしても、2人の関係性についてはこの出来事で見事に固まった気がする。実際、この後にはクリスマスや年越しの事も書かれている。


 まぁ、仲が深まったとはいえ2人の性格がモロに出てて……病院でいつも通り話してクリスマスプレゼント交換とか。

 年明け早々電話で年始の挨拶したとか、初心なカップルかよっ! って内心ツッコんじゃったけど……実際の人間関係でも進行速度はこれ位なのかもしれない。

 妙にリアルな距離感。ジワジワ近付いてもどかしい感覚。それがまた……作品の良さでもある。


 そして、迎えたのは……新学期。進路か就職かを決めたり、修学旅行と言ったイベントが目白押しの3年生となった日向と花。

 ここで、前に書かれていた約束を見事に果たす辺り……絶対綿密な計算をしてるとしか思えない。


「とはいえ先生? 書きたいように書いているとはいえ、ちゃんと作品の中で交わされた約束を果たしてくれてるじゃないですか?」

「いや、それは……」


「謙遜しても無駄ですって。さて、少し内容は飛んで季節は春。そして描かれるのは、作中の時間で約1年前に交わした約束」



『せっかく知識があっても、やっぱり見ないと。サッカーと同じでね?』

『サッカー見せてくれたお礼。今度は私のイチオシの桜スポット見せてあげたいんだ』

『じゃあ…………そうだ、次は一緒に行かない?』



「そう……桜まつりですっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る