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 この作品は、物語における王道と呼ばれる流れを汲んでいる。今こうして改めて読むと、尚の事そう感じてしまう。


 いわゆる日常パートから問題が起こり、それを何とかするような行動をして無事解決する。冒険物なんかで例えると分かりやすいかもしれない。

 とはいえ、どんな作品にも起承転結と呼ばれるものは存在するし、この作品も例外じゃない。物語を描く上で、面白さや読者の心を掴むため。そしてマンネリを防ぐ為には必要不可欠な一種のスパイスのようなモノ。


 けど、それにしたってこの作品に関しては舞台が現代にも関わらず、⦅起⦆と⦅承⦆の落差があまりにもあり過ぎるような……そんな気がしてならない。


 特に初見の際は余計にそう感じるんじゃないかな。勿論、個人的な意見であって読者全員がそう思ったとは考えられない。でも、


 ≪暗い場面はかなりキツいです。でも、それに立ち向かう姿に心打たれました≫

 ≪一筋縄じゃいかない。でもそんな時、必ず居るヒロインはやっぱり良いですよね≫


 ネットなんかでよく見られた感想を見る限り、同意見の人も少なくはないんだと思う。


 まぁ最初にあれだけ高校生活が楽しそうだって様子を描いて、実際充実していたはずなのに……いきなりの軽度認知障害の発覚。

 作品の主題とは言え、主人公の苦しみには同情せざるを得ないよね。それに話の流れ的に、十分起こりうる事ではある。なのに、いざそうなった時に予想以上に悲しくなった。


 そんな中で満を持してのヒロインの登場と、確かに築かれていく症状と向き合う姿勢。その光景はどこか平和でさっきまで感じていた悲壮感を癒してくれる。


 ここで⦅完⦆なら短編物としては綺麗で上出来だと思うよ。だけど本を手に取ってる人なら分かるはず。この時点で本の半分も進んでないという事を。

 つまりは……物語はまだ続く。さっき読んだ最後の一文だけでそれは容易に分かる。


 また暗く重く感じるような、最初以上の悲しい出来事が起きるんじゃないかって緊張感。

 この充実した平和な生活が壊れて欲しくないって哀願。

 これがキッカケで、2人の仲がもっと深まるかもって期待感。


 色々な感情が入り混じるけど、結局は……続きを早く読みたいって気持ちに辿り着く。

 そう思わせる位の描き方は簡単そうに見えて難しい。そんな中、少なくとも私は……見事先生の術中にハマってしまった。


「ふぅ、先生?」

「なんだい」


「私が言うのもあれですけど、改めて作中の内容の強弱が上手すぎます」

「上手い? いや、面と向かって言われるとなんか恥ずかしいな。でも、ありがとう」


「日常パートって言って良いんですかね。そこがもう幸せ過ぎるせいで、次に起こる出来事が余計に悲しくて心に響くというか……よくよく考えると主人公の状態や状況的に十分予想も出来るし、有り得る事ではあるんですけどね。なのにそれをどこか忘れちゃうんですよ」

「褒めてくれて嬉しいよ。まぁ、最初に言ったように物語は最初が肝心だと思ってるから。言い方は失礼かもしれないけど、上げて上げて上げて……一気に落とした方が衝撃受けるだろ? 良い意味でも悪い意味でも印象に残る」


「でもそれだけじゃないですよね? ちゃんとこれからどうなっちゃうのー!? みたいな興味や好奇心を湧かせるような表現があって……見事にヤラれました」

「その意図に気付くとは、やっぱり編集記者さんは違うね」

「いやいやぁ、それ程でもぉ……」


 ……ってはっ! 何調子乗ってんの私! 社交辞令に決まってるでしょ!


「ゴッ、ゴホン」


 危うく自意識過剰な勘違い女になりかけながら、寸でのところで目が覚める。不自然な咳払いで、先生に変な目で見られてないか気になったけど……


「大丈夫かい?」

「だっ、大丈夫です!」


 幸いその心配もなさそうだった。

 良かった。変に思われてないよね。でもなんだろ。ちょっと変な空気? って私だけ変に焦って感じてるだけなんだけどさぁ……あっ! 何か違う質問して落ち着こう。うん、落ち着け私。えっと、何を質問する? えっと……はっ! 良いのあったじゃん。これだぁ!


「そっ、そう言えば先生? ヒロインの匙浜花が登場して仲良くなった訳ですけど、私ちょっと思ってる事があるんですよ」

「うん?」


「私自身も前々から、更にネットでも噂になってた事です。それは……先生のお名前の由来です!」

「由来ねぇ」


「今まで取材を受けてらっしゃらなかったので、その真意を確かめる術はなかったんですけど……この貴重な機会に是非聞きたいと思いまして。宜しいですか!?」

「うおっ、なんか今日イチでグイグイ来てない? ふっ、どうぞ」


「ありがとうございます! それでは……先生? 先生のお名前、桜熊信長! これはズバリ、ヒロイン匙浜花の好きな物から取ったものではないですか?」


 これはなんとなく思ってた事。それにネットでもまことしやかに話題になってた事でもある。

 なんせ作中に出てきた匙浜花の好きな物として代表的なのは、まずは戦国武将! 伊達政宗はレジェンド扱いだけど、彼を除いて1番の推しは織田信長。まさに先生の名前に一致する。


 それに名字に当たる桜熊。これも例外じゃない。戦国武将の他に好きなものは……まずテディベア。お婆ちゃんの影響で手作りする程だし、後々のキーアイテムにもなる。テディベア=熊。桜熊の熊!


 そして残る桜は、そのままんま花の桜。これに関しては、花全般が好きって事が書かれていたけど……その中でも桜は主人公とヒロインにとっては感慨深い物のはず。桜まつり行こうって約束してた位だし、物語に深く関係もする。


 そして、こうして完成するのが桜、熊、信長。先生の名前! どうです? これは間違い……


「うん。そうだよ?」

「ふぇっ!?」


 えっ、そうだよ? なんかめっちゃ軽く言った? アレッ……なんか想像と違う……


 ふっ、流石だね。

 バレちゃったかぁ。

 ん? 何の事かな。

 ちっ、違うよ。


 そそっ、そんな返事が来る想定をして待ち構えていたんですけど……


「ん? 大丈夫? 坂城さん」

「えっ、あぁだだっ、大丈夫ですよ! えっと、じゃあ先生、 先生の名前はヒロインの好きな物で……」


「その通りだよ」

「ややっ、やっぱりそうなんですね」


 ヤバイヤバイ。なんかドヤ顔で質問したのに、真相が聞けて嬉しいはずなのに……予想外の反応に思いっきりカウンターパンチ食らった感覚なんですけど!


「ふふっ、今更だけど結構単純だよね?」

「そそっ、そんな事ないですよ!?」


「そうかな?」

「そうですよ? すっ、素敵です!」


 うぅ……なんか変に焦って、しどろもどろな事しか言えない。どうしよう、変な空気にさせず、先生に気付かれず……何とかする。

 求ム! それが可能な行動! って、無理無理! どうするどうする? いっその事……さりげなく別の話題に……するか!? 


「あっ、あの先生。そう言えば物語の続きなんですけど、また何かありそうな締め方でしたよね?」

「そうだね。またちょっと重い話に逆戻りかな」


 よっ、よし。何とかなるか? いいや、このまま作品の振り返りに行ってしまえ!


「ですねぇ。悲しくて暗くて重い。けど、物語には必要な事でした。順風満帆だった生活、そんな中で……突如告げられた、スタメンを外すという宣告。葵日向にとってそれはショックだった」

「そうだねぇ……」


「だからこそ、物語は……もう1度動き出す訳です」

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