順風満帆から,
順風満帆。
たかだが高校生の分際が、そんな言葉を言えるのか疑問は残るけど、例えるならその四文字が一番良く当てはまる。
高校生活。
部活動。
通院。
そして匙浜さん。
俺を取り巻く環境が上手く絡み合うそれは……確かに順風満帆。
充実した毎日と言っても過言じゃない。
あの日以降、怪我のトラウマを克服した俺はまるで入学した時と同じ位にサッカーにハマっていった。勿論友上先生に言われた通り、オーバーワークには気を付ける。規則正しい生活を送るように心掛け守っていた。
するとそんな意識が功を奏したのか、翌日に疲れが残る事は殆どなくて……毎日の練習に集中出来るようになったんだ。
自分が上手くなってる。強くなってるって実感。練習でも試合でもそれが結果として現れてくれる事は何物にも代えられない嬉しさだった。
まぁインターハイ予選ではまたもや準決勝で漆谷高校に敗れたものの、試合展開自体は悪くはなかった。失点も後半終了間際の不運なものだったし、チームとしても個人としても全然戦える。そんな意識が浸透していったっけ。そして打倒漆谷を掲げて、来たる選手権予選に向けて猛練習中だ。
そんな部活での充実した毎日。その勢いは私生活にも影響する。
1年の時のクラスメイトが、半分以上変わらなかった新しいクラス。その雰囲気は2年になっても変わらずに心地良くて、笑う回数も多くなった。それに、
『よーし、ホームルームやるぞー。ん? なんだ葵、先生の事ジロジロ見やがって。ははぁん、さては惚れたか?』
『あっ、いえ。全くもって違います』
『何ぃ? 照れ隠しか?』
『1000%違いますね』
『先生、俺は惚れてますよー』
『おっ、岡部! お前は葵と違って目の付け所が違うな』
『ほっ、本当ですか!?』
『その笑い方気持ち悪いぞ岡部』
遊馬先生の冗談にも、難なく対応出来るようにもなった。まぁ先生とは1ヶ月に1回程度、時間を見計らって面談をしてるし……そんな関係は変わってない。
変わっていない。そんな関係の一方で大きく変わった事もある。それは勿論、良い意味での話。
ヴーヴーヴー
突然のバイブの音にポケットからスマホを取り出すと、待ち受け画面に現れたのは、
【おはよう。こっちは今日も良い天気です】
そんなメッセージ。そしてその上に表示されている名前は【匙浜花】。紛れもない、あの
――――――――――――
キッカケはあの日。試合後に送られて来たメッセージに返信すると、今まで連絡先を知っていても1度もなかったあれは何だったのか……そう思う位に、徐々にメッセージのやり取りが始まった。
最初はサッカーの話、それから徐々にお互いの事。そして気が付けば、毎日挨拶を交わすようになっていたんだ。
勿論、病院で会えば今まで通り話もする。流石に戦国武将の話になると、いつもの大人びたそれとは違った一面を見せる匙浜さんだけど、その雰囲気は変わらず。
それに俺にとっては、症状と付き合って来た先輩であり、頼れる存在である事に変わりない。
あっ、そんな匙浜さん。あの日を境に本気でサッカーが好きになったみたいだ。
『なんかテレビで見るのとは全然違うね!?』
試合を見た翌週にそんな事を言ってくれたっけ。そしてそこからサッカーは2人の共通の話題に。でもそれじゃあダメだって思って、俺も匙浜さんの趣味に合わせようと色々と調べたんだ。テディベアとか花の事とか。
特に匙浜さんが好きだって言ってた桜については念入りだったよ。色んな地域の桜の名所とかその種類。
『えっ、もしかして調べてくれた?』
『まっ、まぁ。それに色々な知識あった方が良いかなって』
『嬉しいな。あっ、でも葵君、桜まつり行ってないんでしょ?』
『そうだなぁ』
『せっかく知識があっても、やっぱり見ないと。サッカーと同じでね?』
『サッカーと……確かにそうかもしれない』
『でしょ? じゃあ…………そうだ、次は一緒に行かない?』
『ん?』
『サッカー見せてくれたお礼。今度は私のイチオシの桜スポット見せてあげたいんだ』
『えっ、そっそれって……』
『ダメかな?』
『えっと……ぜ、是非お願いします』
まさかこんな約束をする展開になるとは思わなかったけど。
とまぁ、そんな事も言い合いつつ徐々に親しみを覚えた俺達。時間が経つにつれた何気なく共通点も少なからずある事が分かった。意外にも血液型が一緒とか、なんと誕生日が一緒だとか。それにお互いの母親の仕事もどことなく似てたっけ。まぁ、匙浜さんのお母さんの場合それよりも……
『へぇ、葵君のお母さんは特別養護老人ホームで働いてるんだ』
『そうそう。なんか管理者やってるみたい』
『管理者? それってかなり凄いよ』
『ははっ、名前ばっかりだぁ! って嘆いてるけどね』
『でも上に立つって事は責任重大だし、任されてるって事は認められてるって証拠だよ』
『家に居ると、そうとは思えないんだよね。しかも父さんの職場はもっとよく分からないトコだし』
『なんていうところなの? えっと、仙宗市社会……福祉……協……なんたらってトコ』
『社会……名前だけだと福祉に関係あるかな。でもそう考えると葵君のご両親は2人共福祉関係のお仕事なんだね』
『残念ながら、俺はサッパリ興味がないんだけどね』
『人の役に立てる仕事に間違いないよ?』
『人の役ねぇ……そう言えば匙浜さんのご両親は?』
『えっと、お父さんは仙宗新聞で働いてるよ』
『仙宗新聞!?』
『うん。記者さんなんだ』
『すげぇ……』
『そうかな? でもお父さんの記事が載ってるのを見ると嬉しいな』
『滅茶苦茶凄いじゃん。じゃあお母さんは?』
『あっ、お母さん? えっと……』
『この病院の地域連携室ってとこで働いてて、優しくて美人でスタイル抜群な人なんだよ?』
『『えっ?』』
そんな声が不意に聞こえて来たかと思うと、誰かが隣に座り込んだような気配を感じる。勿論そんな行動に驚かない訳がなかった。
不意に出た声と一緒に思わずその謎の人物の方へ視線を向けると、間違いなくそこには誰かが座っていて、更には俺の顔を覗き込んでいた。そして次第に捉えるその人物は、全く知らない人のはずだったんだ。なのに……なぜか薄っすらと見覚えがあるように感じた。
『おっ、お母さん!?』
『えっ!?』
お母さん?
今度は逆サイドから聞こえた匙浜さんの声とまさかの単語。それに驚きを隠せず、今度は思わず匙浜さんの方へ顔を向ける。するとどうだろう、そこには居たのは隣に座る謎の人物と似ている顔の……匙浜さん。
この瞬間、理解は追い付かなかった。けど、雰囲気的にそうなんだと察したっけ。この隣に座るショートカットの人、この人は紛れもなく……
『匙浜さんの……お母さん……』
これが匙浜さんのお母さんとの初対面。正直、忘れろっていう方が無理な位衝撃的で、印象的だった。それに加えてその性格。顔は似てるのに、ぶっちゃけ匙浜さんとは真逆というか……とにかく明るくてとにかく喋る。従姉のお姉さんのような性格で、その日を境に良くイジられるようにもなったっけ。匙浜さんが居ても居なくても。
『おいおい、ここは病院だぞ? イチャイチャなら他でしなぁ』
『イチャ……』
『もっ、もう! お母さん!?』
『おぉ、怖い怖い。ふふっ』
『おっ、サッカー少年。明日練習試合頑張ってね』
『えっ、練習試合って誰から……』
『誰って……決まってるでしょ? とにかく怪我には気を付けてブチかませ!』
とはいえ、地域連携室という場所で患者さんの為に様々な医療機関や福祉施設と連携する。凄い人だと知ったのはもう少し後の事。その仕事姿は……本人に間違っても見に来るなよ? って釘を刺されているので、未だに目にした事がないけどね?
でもまぁ、とても話しやすくて面白い人には変わりない。それに匙浜さんが家から1時間もかかるこの病院を受診した理由も、通院してる理由も何となく分かった。自分の娘が抱える症状に、詳しい人が居る。そんな病院に勤めているなら、そこを受診させるのは当たり前だろう。
そんな感じで思わぬ出会いもあったけど、通院も匙浜さんとの関係も、症状についても……順調そのものだった。友上先生からは、
『笑顔も多いし、精神的にも充実してるのが見て分かるよ』
なんて言われるようになって、自分でもその実感は湧いていた。毎日のメモと日記、毎朝の確認作業では前の日の事も、一昨日の事も1週間前の事だってちゃんと記憶に残ってた。
そして話す度に楽しくて、尊敬できる匙浜さんとの関係。お母さんと出会ってからは更に面白さも加わって……気持ちが凄く和らいだ。それに何より嬉しかったのは、ちょくちょく匙浜さんがサッカーの試合を見に来てくれるようになった事。病院で知り合った子がサッカーに興味を持ってくれて、しかも試合まで顔を出してくれるようになったなんて、サッカー好きとしては新規ファンが獲得出来て嬉しい限り。それに知ってる人に見てもらえるのは……満更でもなかった。
――――――――――――
そんな日々が続く……毎日のように続く。なにも疑う余地もなく、それが当たり前だと思ってた。
ある日突然、あんな言葉を耳にするまでは。
「葵、単刀直入に言うぞ。来週から始まる選手権予選…………スタメンから外れてもらう」
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