似た者?同士,

 



 匙浜花。石島市立碧乃島高校1年。

 あなたと同じ……軽度認知障害を患っています


 改めて対峙した時、耳に聞こえて来たそれらの情報は俺を混乱させるには十分過ぎるものだった。

 高校生なのは分かっていた。けど、まさか1年? 俺と同じ年。しかも俺と同じ軽度認知障害で、ここに通ってる? その瞬間、彼女に抱いていた嫌悪的なイメージは懐疑的なものへと変わっていた。


「あっ、いけない! バスの時間。これ逃したら電車に……ごめんなさい。こっちから話し掛けておいてあれなんですけど、お先に失礼します!」


 ましてや一通り話すだけ話して、慌てるように俺に背を向けたんだから仕方ない。


「また来週、土曜日にお話ししましょう」


 それでも、なぜか途中で振り返り俺に向かってそう口にした彼女の姿は……本当にそうなるような予感を感じさせるものだった。

 


 ――――――――――――



 それから1週間後。結果として彼女はいつもの時間にいつも通り、もの忘れ外来の待合室に座っていた。それも階段に近い椅子に座って。

 今まではその姿を見た瞬間、ガッカリ感と緊張感の板挟みにあっていたはずなのに、その時ばかりは本当に居る……そんな驚きを隠せなかった。


 そんな中、ゆっくりと足を進める俺。するとそんな俺を察知したのか、彼女がこっちに視線を向けた。突然の行動に一瞬焦ったものの、彼女はそんな俺を目の前にあの時と同じ笑みを浮かべる。そして俺達は、


「おはようございます」

「おっ、おはよう……ございます」


 初めて挨拶を交わした。


 それからは良くある話。1度会話をしてしまえば、今まで抱いていた感情なんてどっかに消えてしまう。

 ましてや心のどこかで思っていた、本当に俺と同じ症状なのか? そんな疑いが綺麗に晴れた事が決め手だったのかもしれない。


「匙浜さん? 患者さんだよ。……って前に葵君が言ってた人って匙浜さんなの?」


 初の挨拶を終え、軽く自己紹介をした後訪れた診察室。世間話の間を縫うように、思い切って彼女を聞いた時の友上先生の反応は……ある意味希望通りのものだった。

 できたら最初にここに受診してる人で、歳の近い子が居るとか言ってくれたら気がもっと楽だったのに……なんて思ったけど、


「いやぁ、一応個人情報だしね?」


 全くの正論にそれ以上追求する事は出来なかった。まぁそれに、匙浜さんが俺と同じ軽度認知障害だという事が確定した安堵感の方が大きかった気がする。

 だからこそ同じ歳で同じ症状同士、打ち解けるのにそこまで時間は掛からなかった。




 最初はお互いに改めて自己紹介から。

 話が出来るようになったと言っても、女の子を目の前にたどたどしさは全開。サッカーだけじゃなく異性との1対1の対人スキルも磨くべきだったと後悔したよ。

 対して彼女は全く真逆で、その見た目通り落ち着いた話し方をしていたのが印象的だった。まぁそんな独特な雰囲気のおかげかは分からないけど、気が付けば普通に話せるようになっていたっけ。


 石島市に住んでいて、家族は両親とお婆ちゃんの4人だという事。

 そして俺と同じで毎週通院している事。

 駅までは電車で、そこからはバスで病院までとなると単純計算で1時間は掛かる。それを毎週となると流石にキツくないのかと思ったけど、


「電車から見える景色好きでね? 毎週楽しみなんだ」


 当の本人は全く気にしていないようだった。

 そしてそんな話の中で明らかになったのは受診の予約時間。聞くと俺の30分前らしく、俺が行く頃には丁度受診が終わっていたそうだ。通りで外来に行くといつも待合室に居るはずだ。

 まぁ結局彼女は俺とは逆方向から帰っていた訳だけど。


「えっ、じゃあ葵君は私が居るの知ってたの? 酷いなぁ」


 その事を告げると、そう言って少し不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 まぁ初っ端でトラウマ並みの事を言われたら会いたくも無くなるだろ? なんて一言には、


「うっ、すいません」


 肩を竦めていたけど、何度も会話を繰り返すうちにいつしかそれも笑い話の1つになっていたっけ。

 もちろんそれだけじゃない。徐々に明らかになる匙浜さんの情報。その中で個人的に驚いた事は、匙浜さんの好きなものだった。


 1つ目は花。名前の通り花を見る事が好きで、家でも育てているそうだ。それに毎年行く家族旅行ではそういった観光地を巡っている。

 ちなみに今年は北海道、野良富のラベンダー畑を見に行ったらしい。毎年家族旅行と聞いただけで、なんとなく察する事が出来る匙浜さん家の姿。正直羨ましかった。


 そして2つ目はテディベア。元々お婆ちゃんが趣味で作っていたらしく、その影響で今もテディベアが好きで自分でも作っているそうだ。

 確かによく見ると鞄には小さなテディベアのキーホルダーが2つ見えていた。お婆ちゃんが作ってくれた物と自作の物。よく見てもその違いはよく分からなかったけど、本人からすると足元にも及ばない出来の違いらしい。


 そして最後、これが1番驚いたかもしれない。まさかの戦国武将。俺だってゲームとかで多少は知識はあたし、ついて行ける話題かと思ったけど、それを言った瞬間の表情の変わりよう。


「えっ! そうなの? 誰が好きなの?」


 ちょっと興奮気味に話し出す匙花さんの姿には若干驚いたっけ。それに答え方もまずかった。戦国時代ってシチュエーションは好きだったけど、個人となると突き抜けて思い当たる人物が浮かばなかった俺のとっさの一言。


「織田信長かな?」


 それが火に油を注ぐ形となった。


「うっ、嘘! 私も私も! 良いよね~信長様!」


 様付けで呼んだ瞬間、只ならぬ何かを感じ取った時点で時すでに遅し。織田信長の事を話す口調が、徐々にヒートアップする匙浜さんの言葉は最終的に何かのおまじないのようなものだった。

 それでも最後には、


「ごっ、ごめんなさい! つい興奮しすぎちゃって……」


 とりあえず満足はしてもらえたみたいだ。

 それからも、ちょくちょくそういう話はしていた。大分抑えてくれてたみたいだけど、本人からしてみれば、なかなか友達には共感してもらえない話題をこうして気軽に出来る事が何より嬉しいらしい。ちなみに、仙宗市と言えば伊達政宗という有名な武将が居る訳だけど、その点については……


「伊達政宗様? 葵君、常識的に考えて。彼は宮城県が誇る超有名人だよ? 私にとってはレジェンド的立ち位置な訳で、好きな武将ランキングに入れること自体失礼なんだよ」


 なんと言うか……凄いの一言だった。


 そんな匙浜さんの一面も垣間見えるようになると、自分達の症状についても話す事が多くなった。

 中学校から症状が出始めた事や、生活する上で何を気を付けているのか、どういう事をしているのか。それを聞く度に参考になったし、改めて匙浜さんの凄さを思い知る。そして自分の事も匙浜さんには包み隠さず言う事が出来た。


 同じ症状であるが故に、自分の本音を素直に言える。それは海斗達と話す楽しさとは違っていた。何ともいえない感覚に包まれて……心地が良い。



 そしていつしかその時間が楽しくて、その時間を楽しみに感じる自分が居た。



 土曜日に病院へ行ったら、匙浜さんと顔を合わせる事が……当たり前のように感じる位に。


 隣の席に座って、世間話や色んな話をする事が……当然のように感じる位に。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る