それはまるで冗談の様に,
俺は今……機嫌が悪い。そして滅茶苦茶焦っていた。
すっかり忘れていた自分も悪かったけど、ようやくサッカーに対する恐怖心が無くなりつつある状況で、冷や水を浴びせられたらこうなっても仕方ないと思う。
――――――――――――
『日向。明日は試合に遅れるって、監督に言ってね?』
昨日の朝、突然言われた言葉。それに対して俺の第一声はこうだった。
『はぁ? なんで?』
一体何を言ってるんだ? 明日は準々決勝。そして日曜日は、順当に行けば宿敵漆谷戦。先輩達のモチベーションも高いし、明日の応援から俺達も気合い入れなきゃいけないのに。
そんな思いが顔に出たのか、母さんの表情は少し呆れ気味だった。でもすかさず、こう口にした。
『検査の結果、聞きに行かないと』
検査? 結果……あっ!
正直、それを理解するのには少し時間が掛かった。そして何度も言葉を繰り返して、ようやく思い出したのは些細な出来事。
そうか、病院行ったの先週だっけ。そう言えば結果が出るのは1週間後って言ってたもんな。
あの時は少しだけおかしかった。だから半ば強制的に病院へ連れて行かれて、何種類も検査を受けるハメに。とにかく閉鎖的な空間に長時間居るのは、苦痛で仕方なかった。
その反動からか、次の日はバッチリ試合会場行って応援したっけ。勿論、マスクは忘れずにね?
最初は一目散に監督の所行って謝ったなぁ。そんでコーチ、先輩方。思いっきり怒られるかと思ったけど……逆に心配されて、先輩達はいつものように接してくれた。
まぁ、その分1年生軍団にはこってり怒られたけど。
『休むなら連絡しろ! 心配するだろ!』
『ホウレンソウ大事なんだよ!』
『だから言ったじゃねぇか! 足じゃなく体もケアしろって!』
でも不思議と嫌な気はしなかった。逆になんか嬉しかったんだ。
結局試合は大勝して、次の日はそんな余韻もあって体が軽かったっけ。そして放課後、先輩達が軽い調整をしてる脇で、滅茶苦茶弱くだけどボールを再び蹴る事が出来た。それでも何度も何度も海斗と繰り返すパス練習は……嬉しくて、楽しくて仕方なかったよ。
そうして久しぶりにサッカーを楽しみ続けた日々の最中、突然の宣告。それは歯痒い所の話じゃなかった。
『別に大した事ないから行かな……』
なんてふざけて言ってみたものの、その瞬間真顔になる母さん。
それが何かしらのスイッチになってる事を知る俺にとっては、成す術がなかった。
――――――――――――
こうして一旦は納得したものの、試合開始時刻が近付くとそれは分かりやすく体に現れる。
ましてや予約の都合で完全に遅れる事が分かっている以上、こんな場所に居る自分にイライラする。早く会場へ行かなければという焦りが出る。
うん。さっさと診断結果聞いて、さっさと会場行こう。
そうなると、すでに頭の中にはそんな考えしかなかった。だからこそ、病院へ着いた瞬間の行動は素早い。
急ぎ足で中に入ると自動受付機向かい、手早く受付を行う。出てきた診察券と受付票を手に取ると、途中で何か話してる母さんなんてお構いなしで、2度目……そしてもう来る事はないだろう物忘れ外来へ。
待合室には前に来た時より人の数は多くて、それも見た感じお年寄りだらけ。10代は自分1人かもしれない。そう思うと途端に恥ずかしくなって……診察室近くの端っこの椅子に座り込んだ。
そして予約の時間通りに呼ばれる名前。案内される診察室。座って待ち構えるのは前と同じ先生。
その光景は1週間前と全く同じ。だからこそ、前みたいに長めの世間話が始まるんじゃないか? そんな予感が浮かんできた。
「やぁ、葵日向君」
「おっ、おはようございます」
「じゃあ早速、前に検査した結果を言うね?」
おっ?
しかし、そんな予想は良い意味で裏切られる。まさかいきなり本題を口にするのは、願ってもいない流れだった。
「はっはい。お願いします」
何緊張してんだよ母さん。ただの気のせいで、一時の体調不良だから。もしかして俺驚かせようって芝居か? 残念、騙されないから。ささっ、先生。
「日向君も良いかな?」
「はい」
早く言ってくれよ。ちゃちゃっと聞いて早く会場行かないと。
「1週間前に様々な検査をした結果、葵日向君。君は……」
戦力にはなれないけどさ? 熱のこもった応援ならいくらでも出来るんだ。それに皆が……
「若年性アルツハイマー病による軽度認知障害です」
「…………は?」
それは無意識の内に口から零れる。勿論失礼なのは分かっているつもりだった。ただ、反射的に出てしまう位……先生の言葉は突拍子もなくて、それこそ冗談でも言っているかのような気さえする。
なん……だって? 若年性……アルツハイマー? 認知……症……それって、確かお爺ちゃんお婆ちゃんがなる病気だろ? だんだんと物を忘れ、記憶を忘れる。いやいや有り得ないって、冗談にもなってないよ先生。
「なっ、何言ってんだよ先生。そんな冗談良いって」
恐らく冗談か何かを言って、笑いを誘おうって魂胆だろう。そんな気配を感じて、俺は軽く言葉を返した。だけど……
「冗談じゃ……ないよ?」
さっきまでの優しい表情は、先生の顔から完全に……消えていた。
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