暗闇の入り口,
足が重い。体がダルい。頭もどこかパッとしない。最悪だ。最悪すぎる。その症状は医者じゃなくたって誰でも分かる。
「なんでこのタイミングで風邪引くんだよ……」
いくらボヤいたって治るわけじゃない。でも、言わずにはいられなかった。なにしろ今日の練習は普通のそれとは訳が違う。
去年の選手権、そして今年も含めてインターハイに20年連続出場を果たした
準決勝で漆谷に負けたうちの監督があまりにも悔しくて、ベスト4に残った高校に声を掛けて実現したもので、他の選手達のプレーを見れるし、実際に肌で感じる事ができる最高のシチュエーション。そして自分の存在をアピールできる場でもある。
今年のインターハイ予選、選手権の予選では運よくベンチ入りは出来たけど、出場時間はごくわずか。だからこそ、監督が事前に色んな人を起用すると明言していたこの練習試合で活躍したかった。なのに……
はぁ……もしかして最近全然疲れ取れなかったのって、風邪の前兆だったのかな? そうに違いない。ご飯も食べてるし、お風呂に浸かってマッサージもしてるし、どれだけ練習してもちゃんと睡眠も取ってたんだけどな。
けど、咳は出てないし、熱も寒気も……ない。薬も飲んだし大丈夫だろ。それに今日の相手は
インターハイ予選でベスト4に残った高校の内、もちろん優勝校の漆谷は呼んでない。その代わりがベスト8に残った高校で近場にある竹巻。言い方は悪いかもしれないけど、他の2校に比べて強さは落ちる。
それに、昨日の監督の話だと竹巻戦は2年1年主体って話だし、スタメンの可能性もあった。そこで活躍すればもしかして、本戦でもスタメンの座が……
なんて妄想と、自分のせいだから仕方ないという歯痒さに苛まれながら歩いて数分。何とか駅に辿り着いた俺の耳に聞こえて来たのは、聞き覚えのある声だった。
「よっ! 日向」
「おはよう! 日向君」
振り向くと、そこに居たのは海斗と須賀さん。まさにいつもと変わらない2人の姿が少し羨ましく感じた。
こうしていつもの挨拶を交わすと、話題は今日から始まる練習試合の事。海斗も俺と同じで公式戦ではベンチ入りはしてたけど出場はしてない。だから今日の試合に賭ける思いは俺以上。そしてそんな興奮気味な海斗をなだめ、時には冷たくあしらう須賀さん。そんないつもの光景に、朝から続いてた変な気持ちも……気付けば少し和らいでいた。
「さて、そろそろ電車が来る頃か。場所って運動公園だったよな?」
「ん? 違うぞ日向」
「えっ?」
「場所はウチのグラウンドだよ? 急だったから運動公園無理だったんだって」
「俺らの所一応グランド2面あるし、各校の丁度真ん中だしな。って監督言ってたじゃねぇか! 忘れたのか? 日向」
「…………あっ、そういえば」
やばっ。すっかり忘れてた。
「ったく、しっかりしてくれよ? 今日の試合は相当力入れなきゃいけないんだからな」
「悪い悪い」
「何下手くそが上から物言ってんのさぁ」
「なっ、なにぃ!」
「まぁまぁ」
あっぶねぇ。危うく1人で運動公園行くところだった。2人と行き合ったのはデカイな。
それに海斗の言ってる事はもっともだ。体調不良なんて関係ない。気合でアピールして……スタメンの座をゲットしないと!
そう思えば思う程、不思議と体が軽くなるような……そんな気がした。
そんな思いを胸に、幕を開けた合同練習試合。だが、グラウンドに付いた瞬間、その考えが浅はかだったと思い知らされる。
整列する4校。その先頭に立つ上級生らは、誰もが打倒漆谷を意識してるようで、始まってもいないのにその気合いが肌を突き刺す。
この試合で活躍できればスタメンを掴める。そう考えているのは俺だけじゃない。各校の控えメンバーも同じ気持ちなんだろう。
スタメン・控え。そのどちらもがピリピリとした異様な雰囲気。例え練習試合とはいえ、それは公式戦ばりの緊張感に包まれていた。
そんな中、始まった竹巻戦。そのスターティングメンバーは事前に監督が言っていた通りに1、2年主体で、俺もその中に入っていた。
一方の竹巻は本番さながらの主力メンバー。おそらく新しいシステムを試したいって事なんだろう。それにベスト8とは言えその主力と、経験の浅い俺達1、2年。正直自力では竹巻の方が上回っている。でも、仙宗高野のサッカー部として負ける訳には……行かなかった。
そして、運命のホイッスルは吹かれる。
独特の空気感を漂わせながら始まった練習試合。けど、その内容は思いもよらないものだった。チームの誰かが口にした訳じゃない。その雰囲気が伝染したのかも分からない。けど、そう思いたくなる位俺達のプレーは閃きを放っていた。
開始早々から主導権は俺達。相手が新しい動きに慣れていないってのもあるだろうけど、確実に支配率を上げていく。そして口火を切ったのは俺だった。スペースに走りパスをもらって、グランダー気味のクロス。それを先輩が決めて幸先よく先制点をゲット。
前半早々の失点に相手は少なからず動揺を見せる。けど、監督からの指示はないようで……その後も自分達のサッカーはさせてもらえない。
監督は失点しても新しいシステムに慣れさせたい。一方で選手らは慣れないシステムに苛立つ。その不一致は確実に選手のプレーに現れるものだ。
プレッシングのタイミング、マークの受け渡し、パスの呼吸に飛び出しのズレ。そしてそれらを逃すほど、俺達は甘くない。そして……
ふぅ。
1つ息を吐き、タイマーに目を向けると、残り時間は20分。
後半も中盤か。相手が慣れてないとはいえ、ここまでハマるとは思いもしなかったな。それにいざ試合になったら、朝まで感じてた体の不調が嘘みたいに消えたよ。風邪薬の効果かな?
結局前半の流れそのまま、試合はここまで来ている。そしてそのスコアは4対0、その内俺は1ゴール1アシストとそれなりの結果を残していた。
ゴールと言っても、海斗からノーマークの俺に良いパスが来たから……ある意味ごっつあんゴールだけど。それでも1点は1点。海斗だって2アシストしてるし、十分アピールは出来てる。
それにボランチの岡部も要所要所でボールを奪ってミスもない。同じクラスメイトが結果を残す良い試合で間違いない。
だが、サッカーの試合は何があるか分からない。決して気を緩めるな。サイドバックとして、失点0で切り抜けないと。
そう自分に言い聞かせ、集中を切らさずプレーしていると、相手のロングボールが俺のサイドに向けて蹴られる。
来た!
そのボールは対峙するサイドの選手と追いかけっこの形になったものの、ポジション的に俺の方が先に追いついた。それにボールの勢いを見る限り、ゴールラインを割るのは見え見え。だからこそ俺は、迫りくる相手選手に向けてスクリーニングの体勢をとった。
よし、体入れて相手触らせないようにしてゴールラインを割らせる。
後ろから来る相手の気配を感じながらも、的確にポジションを取る。ディフェンスとして最善の方法。そして、ボールがラインを越え一安心した時だった。
左足に感じる鋭い痛み、それを感じた瞬間宙に浮く体。
あ……れ……?
まるでスローモーションのような感覚に、思考が付いて行かない。体を動かそうと思っても全然動かせない。そして、徐々に近づくピッチの芝生。その光景は本能的に自分の体が危ないと察知する。
や……ば……
「うっ!」
その瞬間、体全体に響く衝撃。地面に付いた肩と脇腹に走る鈍痛。それには思わず声を上げるしかなかった。
いってぇ……肩から落ちた。脇腹も……あれ?
なんて事を考えながらしばらく倒れていると、ある違和感に気が付く。
なんか足……熱い? 左足が……
まるで炎に包まれたような左足。しかもいくら力を入れてもピクリとも動かない。
ヤバイ。スライディングまともに受けた。しかも……動かない。
そして少しずつ現われる痛み。それはジワジワと、そして着実に……襲いかかる。
今思えば、これがサッカーで負った最初で最後の……大きな怪我だった。
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